第184話 妻たちの奔走(2/9)
「お父様、ただいま帰りました!」
アルヘイム王城の最上階にある、エルフ王の執務室。
そこの扉を開けて、リファが中に入る。
執務室には、エルフ王がひとりで仕事をしていた。
「リファ、よく帰った。お前……ひとりか?」
エルフ王はリファに、魔法学園が休みの期間に一度顔を見せるように連絡していた。
アルヘイムと魔法学園は十日で往復できる距離にはない。
ハルトの転移魔法で連れてきてもらうしかないのだ。
だからリファを呼べば、ハルトもついてくるものだと思っていた。しかし実際は、リファがひとりで帰ってきたので、エルフ王は少し驚いた。
「みなさんお忙しいみたいでして、ハルトさんに転移で送ってもらって、私だけ帰ってきました」
「そ、そうか……」
あまりハルトとの仲は進展していないのだろうか? ──と、エルフ王は心配になった。
そもそもエルフ王がリファに顔を見せるようにと言ったのは、次代のアルヘイム王となるリファとハルトの子供ができそうか、確認がしたかったからだ。
アルヘイム王家には王子がいない。
リファと、リファの姉と妹──その三人の王女だけだ。
第一王女であるリファの姉は、既に他国の王族に妻いでいる。そこで産まれた子は、その国の王子となる。
また、リファの妹の第三王女も最近、人族の男子と付き合いはじめたそうだ。
世継ぎのために第三王女と人族の男子を別れさせて、エルフの男を婿入りさせるという意見も大臣たちから飛びだした。
しかし、その人族は将来有望な人物であり、なにより第三王女が本気で彼を好いているようだったので、エルフ王はふたりを別れさせることを躊躇していた。
そのため現状では第二王女であるリファの子が、次のアルヘイム王になる最有力候補だったのだ。
アルヘイム王家に人族の血が混じることになるが、ハルトはアルヘイムを救った英雄なのだ。文句を言う者は少ないだろう。
また、この世界ではエルフと人族の子であっても、ハーフエルフになるとは限らない。
ハルトとリファを例に見てみると、彼らの子は人族か、エルフ族、もしくはハーフエルフになる可能性がある。
できれば彼らには、エルフ族の男子を産んでほしい。というか支援はいくらでもするから、エルフ族の男子が産まれるまで子作りを続けてほしい──そうエルフ王は考えていた。
もちろん、リファはそんなことを知らない。
「お父様、今日はお願いがあって参りました」
「願い?」
「はい。秘蔵書が保管されている宝物庫に入りたいのです」
「宝物庫に入るのは構わんが……まさか、秘蔵書を読みたいと言うのではないだろうな?」
「読みたいです!」
「それはダメだ」
「な、なぜですか?」
「この世界の禁術を集めた禁書が多数あるのだ。本を開いただけで呪いが溢れ出すこともある。危険すぎる」
「そ、それは、気をつけるようにします」
「ならん。第一、お前はハルトに嫁いでおって、今は王族ではない。そんな者に秘蔵書を読ませるわけにはいかん」
「そんな……」
実はリファはまだ、アルヘイム王家に籍が残されていた。
そうしなければ、ハルトとリファの子を次期アルヘイム王にできないのだから。
リファは
しかし、秘蔵書は危険すぎる。
迂闊に本を開いて、リファが呪われたりしたらアルヘイム王家の存続に関わる。
別の者に、リファが読みたい本を探させるという方法もあるが──
この時代、アルヘイム王家が保管する秘蔵書を呪われることなく読める魔導師は、アルヘイムに存在しなかった。
否、世界中探しても、そんな者は居ないだろうとエルフ王は考えていた。
秘蔵書は古代の遺物だ。
そこには、忘れ去られた超高位の魔法の数々が記されている。
しかし、誰もそれを読めない。
本を開けば呪われる。
さらに強引に本を開いたとしても、その文字を読める者がいないのだ。
だからエルフ王はリファに嘘をついた。
リファを守りたい一心で。
「だいたい、なぜ秘蔵書を? あんなもの、現在は保管されているだけで、アレを必要とすることなど滅多にないはずだ」
「それは──」
リファは言葉に詰まる。
ティナや、精霊族のマイたちですら存在を知らないという分身魔法。
それを創り出したいのだ。
であれば普通に読むことのできる魔導書にヒントが書かれている可能性はかなり低い。
だからこそ古代に書かれたという秘蔵書に、なにか手がかりがないか確認したかったのだ。
その希望が潰えた。
そう思った時──
「やっほー! リファ、久しぶり」
王の執務室に突如風が渦巻き、その中央に風の精霊王シルフが姿を現した。
「シ、シルフ様!?」
「あ、お久しぶりです。シルフ様」
ハルトたちがアルヘイムを去った後、シルフが顕現することはなかった。
そのため、突然現れたシルフにエルフ王は驚愕している。
「リファの魔力を感じたから来てみたの。今日はリファだけ? ハルトやティナは?」
「本日は私だけ用事があって帰ってきたのです」
「ふーん。リファの用事って、なに?」
「そ、それは──」
リファが秘蔵書を読みたいとエルフ王に相談しにきたことを説明する。
もちろんそれが、ハルトに分身魔法を使ってもらって逆ハーレムをするためだということは黙っておく。
「あぁ、この国に保管されてる古代の魔導書ね。確かにアレは正しい手順で開かないと呪われちゃうから気を付けないといけないね」
「シルフ様、ご存知なのですか?」
「もちろん。何冊かは、僕が昔の王様にあげたやつだから。なんだったら、本を開けるの手伝ってあげようか?」
「よろしいのですか!?」
「うん! ──あっ、でも、本を開けられても読めないかも。僕でも書いてある文字を理解できない本が結構あったから」
「それはなんとかなると思います。神様の言語でも理解できるスキルの持ち主が、私の身近にいますから」
それはルナのことだ。
彼女はハルトと同じ世界からこちらの世界に転生させられた時、言語理解というスキルを知の女神からもらっていた。
「それってハルトのこと?」
「いえ、最近ハルトさんと新たに結婚された人族の女の子です」
「なに? もしや、ハルトはお前やティナ様以外とも結婚しているのか?」
「はい。今は私とティナ様を含めて十一人の女性がハルトさんの妻になっています」
「──なっ!?」
「あはははっ、さすがハルトだね!」
「し、しかしお前はシルフ様の御加護をいただいてハルトとの結婚を認められた。だから、その……なんだ、ほかのハルトの妻より、優遇されているのだよな?」
そうでなくては困る。
十一人も妻がいたのでは、リファが何人も子どもを作らせてもらえないかもしれない──そうエルフ王は危惧していた。
「じ、実は……シルフ様の御前で申し上げにくいのですが、私たちハルトさんの妻は
「そ、創造神様の御加護を!?」
「えっ、すごいじゃん」
シルフがふわふわと飛んでリファの頭に軽く指を触れた。
「おぉ、ほんとだ! ……あれ? でも、僕があげた加護も残ってるよ?」
この世界では上位存在の者が加護を付けると、下位の加護は上書きされて消えてしまうのが普通だった。
創造神の加護という、この世界最高の加護があるにもかかわらず、リファにはシルフの加護も残されていた。
「私はシルフ様に祝福していただいたことが嬉しくって……創造神様が加護を与えてくださる際に相談したところ、シルフ様の加護も残してくださったのです」
「そうなの!? リファ、ありがと! 僕、リファのことだいすきー!!」
シルフがリファに抱きついた。
「そ、創造神様にご相談? ……い、いったいリファはなにを言っているんだ?」
あまりに次元が違う会話で、エルフ王は思考がうまくまとまらなかった。
エルフが一族で守ってきた世界樹の化身であるシルフが、顕現すること自体も滅多にない風の精霊王シルフが、自分の娘に抱きついている目の前の状況もイマイチ呑み込めない。
必死に状況を理解しようとしているエルフ王に、リファが追い打ちをかける。
「お父様、シルフ様がいらっしゃれば秘蔵書を開けるのに危険はないですよね? ……あっ、私が王族じゃなくなったから、やはり秘蔵書は見せていただけないのでしょうか?」
「リファって今、王族じゃないの? 確かアルヘイム王家って、誰かが王族から抜けたり入ったりする時、僕に報告してくれるよね? リファの件、聞いてないんだけど」
「えっ、そうなのですか?」
「そ、それは、その──」
エルフ王の額から滝のように汗が流れ落ちる。
リファを想って王族から抜けたことにしたとエルフ王が謝罪した。
そしてリファは、秘蔵書を読むことを許可されたのだ。
「あっ、そういえば、秘蔵書を開くことができても、私もシルフ様も読めないんですよね?」
「なら、ハルトの所に持っていって、読める子に読んでもらえばいいじゃん! 僕もハルトのお屋敷いきたい! だから秘蔵書、持ち出していいよね?」
秘密裏に所蔵しているから秘蔵書なのだが──そんなことを精霊王シルフに言えるわけがなかった。
「シ、シルフ様が秘蔵書を守ってくださるというのでしたら、なにも問題はございません」
「わかった。守るよ!」
「お父様、シルフ様、ありがとうございます」
その後、リファはシルフと共に宝物庫に入り、分身魔法に関係しそうな秘蔵書を、片っ端から持ち出していった。
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