第176話 最強の一撃
悪魔の居場所はわかっていた。
そこへ移動しようとした時、急激な魔力の高まりを感じた。
マイとメイの魔力だ。
「──っ、まずい!」
慌てて聖都を覆う聖結界に魔力を送り込んで、それを強化する。
クリスタルを介して俺の魔力で聖結界を発動させたので、それを強化したり特性を少し弄るくらいは可能になっていた。
その直後、聖都の五分の一ほどの範囲を巻き込む大爆発が起きた。
それを、なんとか聖結界で防ぐことができた。
恐らく、マイとメイの
防護壁の外側には彼女たち以外にティナとメルディが出ていて、魔物の進軍を止めていたようだが──
大丈夫みたい。
ふたりの魔力を感じる。
ティナとメルディは無事だ。
俺は、彼女たちに渡していたブレスレットからそれぞれ炎の騎士が飛び出して、その後、消滅したことを感じ取った。
つまり、炎の騎士がティナたちを守りきったが、受けたダメージが大きすぎて消えてしまったということだ。
炎の騎士が二体で二万の魔力の塊となる。
その騎士が全力で防御してギリギリ。
とんでもない威力の魔法だったことがわかる。
融合魔法からは、怒りの感情が読み取れた。
恐らく、俺が悪魔に対して怒りの感情を持ったことで、俺と召喚契約を結んでいるマイとメイにも影響し、彼女たちは力のセーブができなくなっている。
マイとメイが、聖都やティナたちを巻き込むほどの魔法を狙って使用したとは思えない。
さっきの大爆発も、俺のせいなんだ。
……ダメだな。
冷静になろう。
怨みや怒りの感情を、極力抑えよう。
そうしなければ、俺と契約している精霊たちが暴走してしまう。
マイとメイだけではない。
俺は九尾狐という魔族のヨウコと主従契約を結んでいる。九尾狐は周囲の負の感情と一緒に魔力を取り込むことで、国々を滅ぼす災厄へと成長する。
ヨウコは今、俺と
もし俺の魔力が怒りなどの負の感情で満ちれば、契約で繋がる彼女にも影響するだろう。
そうなった場合、マイとメイのようにヨウコも暴走してしまう恐れがある。
そんなこと、させるわけにはいかない。
心を鎮める。
防衛にあたっていた兵士を、俺のミスで死なせてしまったことは申し訳なく思う。
その原因を作った悪魔が憎いことも変わりない。
でもそれで、俺が心を乱してはダメだ。
俺が黒い感情にのまれれば、世界が危ない。
俺は、自分の負の感情の高まりが家族に、そして世界に悪影響を及ぼすことを認識した。
「ファイアランス」
一体が一万ほどの魔力で構成された炎の騎士を、五十体作り出した。
「お前たちはリュカの魔力が減ったら、彼女の魔力になれ」
倒れている五十人の兵士を蘇生するための魔力タンクにするつもりだった。
炎の騎士たちが、リュカの前に一列に並ぶ。
「リュカ、彼らをお願い」
「はい。おまかせください! ハルトさん、お気をつけて」
「うん」
俺はティナのもとへと転移した。
──***──
ティナとメルディのすぐそばで、人化したマイとメイが泣いていた。
「ごめん、遅くなった」
「ハルト様、おかえりなさい」
「ハルト……マイたちを、慰めてほしいにゃ」
感情の昂りで、ティナとメルディを巻き込むような魔法を使ってしまったことを、マイとメイが後悔して泣いていた。
「「ハルトさま。わ、わたしたち……」」
ふたりは、もしかしたらティナとメルディを傷つけていたかもしれないと気付き、自分たちの力を恐れていた。
震えながら涙を流すふたりを、抱き寄せる。
「違う、悪いのはマイとメイじゃないよ。俺の心が乱れたから……ごめんな。でも、もう大丈夫」
今後、負の感情はできるだけ抑えよう。
誰かが死んだらそれを悲しむのは仕方ない。
後悔するのも、止められない。
しかしそれで、俺が誰かに強い怒りの感情を持ってしまうと、最終的にはマイたちが苦しむことになる。
悲しみや後悔は、ヒトに行動を躊躇させる。
どちらかと言うと、弱い負のエネルギーだ。
一方で、怒りや憎しみ、怨みはヒトを仕返しや復讐といった行為に駆り立てる原動力となる。
怒りは、とても強い負のエネルギーだ。
怒ってはいけない。
怨んではいけない。
もし、誰かに怒りをぶつけるのなら、それは周りに敵しかいない時だけだ。
「ティナとメルディも、危ない目にあわせてごめん。マイたちの魔力が暴走したのは、俺のせいなんだ」
「私は大丈夫ですよ。ハルト様の魔法が、守ってくださいましたから」
「ウチもにゃ。びっくりしたけど、マイとメイを怒ってるわけじゃないにゃ」
「「うぅ、ごめんなさぃ」」
「いいにゃ、いいにゃ」
「お前らがよくても……私がよくないのだ」
黒く巨大な狼が、そこにいた。
その魔力は先ほど対峙した悪魔のものだった。
この巨狼が、悪魔の真の姿なのだろう。
「逃げなかったのか」
マイとメイの魔法で、魔物はもちろん、全ての魔人も消滅していた。
残るは、この悪魔一体のみ。
コイツが逃げることもあると考えていた。
まぁ、逃がさないけどな。
悪魔の身体には転移魔法陣を貼っていたから、たとえ別大陸へ転移しようとも、絶対に逃がさない。
もちろん、悪魔が俺たちに近づいてきているのも把握していた。
不意打ちをしてこなかったので、完全な悪魔体にそれなりの自信があるのだろう。
「逃げる? この私が、逃げるだと? ふざけるな!」
悪魔の魔力が高まる。
「千年だ、千年だぞ……」
「は?」
「私が千年かけた計画を、貴様が──」
そこで悪魔の言葉は止まった。
最後まで話に付き合ってやる必要性を感じなかった。
それに、悪魔は言葉巧みにヒトの心を惑わせる。
悪魔と会話など、するべきではない。
だから、斬った。
聖都を覆うほどに放出していた魔力を全て集め、その半分を魔衣に変えた。
もう半分の魔力を聖属性に変えて覇国に纏わせ、ティナから教わった剣技で悪魔を両断した。
悪魔のコアも完全に破壊した。
黒い砂になって、悪魔がサラサラと散っていく。
以前の俺なら、これで終わりだと思ったかもしれない。
でも、俺は悪魔相手に油断しないと決めていた。
悪魔は転生しようとしていた。
黒い砂の中に、僅かながら悪魔の意志を感じたのだ。
悪いけど、お前にはもう、この世界から退場してもらうよ。
「ホーリーランス!!」
魔衣にしていた魔力と、覇国に纏っていた魔力を全て注ぎ込み、過去最大級の光の柱をその場に撃ち込んだ。
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