第170話 魔の軍団
聖都から少し離れた場所にある草原に、悪魔グシオンは転移してきた。ハルトからの追撃を逃れるべく、倒れるフリをしてまでここに逃げてきたのだ。
いつもの彼であれば、ここまで追い詰められれば一旦魔界に帰り、万全の状態を整えて再戦を望むはずであった。
しかし、千年かけた計画をことごとく潰されたグシオンは、冷静な判断ができなくなっていた。
彼はその身体の右半分をハルトに消滅させられたままの状態だった。肉体再生能力に優れる悪魔といえど、種族の弱点である聖属性魔法で完全に消滅させられた身体を元に戻すことは容易ではなく、新たな肉体を作り出す他なかった。
「ぐっ、くそ……こい、我が眷属よ」
グシオンが呼びかけるとその場に複数の闇が現れた。十体の魔人が転移門を開き、人間界に出現したのだ。
その魔人たちは千年ぶりに会う主人の姿に驚いた。
「あ、
「早く再生を!」
「再生補助ができない? こ、これは──」
「肉体を……賢者に消滅させられた」
「賢者ですと!? 主をここまで傷つける賢者など──」
「並の賢者ではない。闇と聖の属性反転すら使いこなすバケモノだ……すまんが、魔力を少しもらうぞ」
そう言ってグシオンは、近くにいた魔人に手を触れ、その魔力を吸い取った。
吸い取った魔力で、自分の身体を新たに構築していく。再生とは違い、失った肉体を構築していくのは膨大な魔力を必要とするのだ。
魔人たちは聖結界を破壊した後に聖都を蹂躙する──その計画を、グシオンとの魂の繋がりから知らされていた。
主であるグシオンに聖都へ侵入させ、人のフリをさせるなど、魔人として不甲斐なさを重く感じていた。
しかし、それが悪魔グシオンの計画であるなら、配下である自分たちはそれに従うのみ。
聖都を壊滅させるのだ。
聖都を絶望と恐怖で染めあげよう。
我が主、グシオン様のために。
主が仕える、邪神様のために。
呼び出された時は、主との再会を喜んだのち、聖都を恐怖に染め上げるつもりだった。
しかし再会は、喜びとは程遠いものだった。
強く、圧倒的な魔力、再生力を誇る我らの主が半身を失い、その再生もままならないほどダメージを負っている。
誰がこれを──
主を傷付けた者への怒りが溢れ出す。
同時に、魔人たちの中に僅かな恐怖も生まれていた。
自分たちが全員で挑んでも敵わない主を、ここまで追い詰める人族がいるというのだ。
「奴には──賢者には勝てない。どう足掻いても無理だ……しかし、お前たちがいれば、聖都を滅ぼすことはできよう」
グシオンが配下の魔人、ひとりひとりの顔を見る。
「悪いが、お前たちには死んでもらう」
突然、主人からかけられた言葉。
しかし、それに反論する魔人はいなかった。
「もとよりこの身はグシオン様に捧げております。我が命、好きなようにお使いください」
「どんな命令であろうと──」
「なんなりとお申し付けください」
主の闘争心は折れていない。
聖都を滅ぼすことを諦めていない。
邪神様の指令を──果たす気でいる。
であるなら我ら魔人は、命尽きるまで主の命令に従うまで。
十体の魔人たちは皆、グシオンに対して強い忠誠心を持っていた。
「お前たち、すまない……」
グシオンは巨大な狼へと、その姿を変えた。
これが彼の本当の姿──完全な悪魔体だ。
数千年、長いものでは数万年もの間、自分に尽くしてくれた魔人たちを、自分の命令で殺すのだ。
最後は悪魔として、
「命令だ。聖都を蹂躙せよ。魔物を呼び、住人を殺せ。たとえ仲間が賢者に倒されようと、それを気にとめるすることは許さん。ひとりでも多くの人族を屠れ」
「「「はっ!」」」
魔人たちが、配下の魔物を召喚し始めた。
それぞれがCランク以上の魔物、百体を使役している。その全戦力を、この場に召喚し始めたのだ。
百年前、魔王ベレトが君臨していた時に発生した最大のスタンピードより、規模が大きいものとなった。
魔物の質も桁違いだ。
Aランクの魔物──『オーガ』が数体に加え、オークの群れを指揮する『オークキング』もその姿を現した。
過去千年で、最悪の魔の軍勢が完成した。
闘いの前の、指揮官による激励など必要ない。
ここにいる魔人と魔物は、それぞれが魂で繋がっているのだから。
悪魔の怒りが魔人に伝わり、その怒りは千の魔物に伝達していた。全ての魔人と魔物が、悪魔の怒りを共有していた。
「やれ」
その悪魔の一言で、十の魔人と千の魔物が聖都に向かい移動を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます