第168話 妻たちの怒り

 

「な、何者だ!?」


 グシオンが殺気を飛ばしながら、ヨウコに問いかける。


 普通のヒトであれば、動けなくなるどころか発狂してもおかしくないほどの殺気。


 それをものともせず、ヨウコは答えた。


「我は、九尾狐のヨウコじゃ」


 そう言いながら彼女は手元に召喚した炎獄の炎で、手に持つ魔剣と悪魔の腕を焼き尽くしてしまった。


「……九尾だと? 魔族がなぜ、悪魔である私に敵対する!」


「それは我が、主様の忠実な下僕しもべだからじゃ」


 ヨウコがハルトの腕に抱きつく。


 そのヨウコの尻尾には、十字架に磔にされていたイーシャが包まれていた。


「ヨウコ、来てくれたのか。この子を助けてくれて、ありがとうな」


「ふふふ。このくらい、わけないのじゃ」


 ハルトがヨウコの頭を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。


「馬鹿な! 九尾が人族如きに使役されるなど、信じられるか!!」


「おい、それ以上主様を愚弄するな。我が殺したくなってしまうではないか……お前にイラついておるのは、我だけではないのじゃぞ?」


「な、なにを言って──」


 次の瞬間、突如現れた巨大な氷の剣がグシオンの右肩に突き刺さり、彼の足元から立ち上った炎の柱によってその左手が灰と化した。


「──っくそが!」


 グシオンは瞬時に腕を再生させ、攻撃してきたに対して、複数の魔弾を放って反撃に出る。


 その攻撃を身軽に躱すと、悪魔の両腕を破壊したマイとメイは、ハルトのそばに着地した。


「「これは罰。貴方のせいでハルト様と──できなかった」」


 ハルトはマイとメイの言葉をはっきりとは聞き取れなかったが、ふたりが怒っているのは分かった。


「こ、高位精霊だと?」


「私たちもいますよ」


 いつの間にかハルトの斜め後ろに立っていたリファが、グシオンの左足に矢を射掛けた。


 ハルト以外のエルノール家の一員で、発動した後の攻撃速度が一番速いのはリファの風魔法だ。


 彼女の魔法はおよそ百メートル以内であれば、手元から矢が放たれたのとほぼ同時に目標に着弾するレベルになっていた。


 いくら悪魔と言えど、そんな攻撃を避けられるわけがない。


「ぐっ!?」


 リファの矢は、速度と貫通力は高いが、そこまで破壊力があるわけではなかった。


 でもグシオンの足を止めるのには十分。

 元々、リファはグシオンの行動を制限するのを目的として、矢を撃ち込んだ。


 の攻撃は、ほんの少しだけ溜めの時間が必要だから。


「これは……ハルトとのお楽しみの時間を奪った、お前への怨みの一撃にゃ」


 リファに撃ち抜かれた脚を押さえていたグシオンが、声に反応して前を見る。


 そこには、周囲の空気が震えるほど圧縮された魔力を右手に集めたメルディが構えていた。


「ま、まて──」


 メルディの全力の一撃が、グシオンの腹部に叩き込まれる。



 大量の血を吐きながら、悪魔は吹き飛ばされた。


 吹き飛んだ先に、五歳くらいの女の子が立っている。


 その子は、高速で吹き飛ばされてきたグシオンの身体を最小限の動きで躱しながら、その場でクルリと横に回転した。


 グシオンが女の子の横を通り過ぎる瞬間、彼女の腰付近から何かが飛び出し、グシオンの身体を


 それは純白の鱗に覆われた、ドラゴンの尻尾。


 その女の子──白亜は、最強の魔物である竜が人化した姿だ。


 白亜は尻尾だけを出現させて、飛んできたグシオンをハルトたちの方へと打ち返したのだ。



「──ふべぇ!」


 何度も回転しながら、グシオンがハルトの足元まで転がってきた。


 さすがにダメージの蓄積が大きく、グシオンはなかなか立ち上がれないでいた。


「ナイスだ、白亜」

「えへへーなの!」


 ルナとシロ、ティナを除くハルトの家族が全員、ここに来ていた。


 よく見ると、全員に様々なオーラが付与されている。


 ここにきていないルナが──レベル100を超える付術師が、全力でみんなに補助魔法をかけたのだろう。


 それによりハルトの家族は全員、普段より数段階ステータスが上昇していた。


 シロは、ここに来るのは危険だと判断して宿に残ったルナの護衛をしているのだろう。



「リファ、ティナは?」


「もちろん来ていますよ。一番お怒りなのは、ティナ様ですから」


 ティナがいったい、何に怒ってるんだ?


 ハルトがそんなことを考えていたら、グシオンが立ち上がった。


 しかし、その身体は小刻みに震えていた。


「な、なんだ、これは?」


 グシオンの身体が、本人の意志とは関係なく恐怖していた。


 悪魔が恐怖するほどの魔力。

 研ぎ澄まされた殺気を放ちながら──


 が、歩いてきた。



「……覚悟は、いいですか?」


 本物の勇者がいない現在において、この世界最高レベルの魔法剣士が、その最強装備を携えて歩いてきた。


「な、な、ななんだ、なんなんだお前は!?」


「私はティナ=エルノール。貴方がこの聖都に現れたせいで、ハルト様との大切な時間を奪われた者です」


 ティナがその手に持つのは、かつて守護の勇者が使用していた刀。


 守護の勇者であった遥人が元の世界に帰った後は、ティナが使用していた。



 ハルトの家族は皆、ハルトとの入浴タイムを邪魔されたことに腹を立て、グシオンに仕返しにきたのだ。


 もちろん、悪魔がそんなことを知る由もない。


 グシオンが計画を実行しようとした日、たまたまハルトたちが聖都を訪れていたことが、運の尽きだった。


 悪魔に有効打を与えられる者は、世界に百人も居ない。


 しかし今、この場には悪魔を倒し得る力を持った者が、八人も集まっていた。


 その中で二番目に強い者が──最強の魔法剣士が、悪魔に対して最も強く怒りを抱いていた。


 ハルトとの間にグシオンを挟んで立っていたティナが、一瞬でハルトの側まで移動する。


 その移動の際、悪魔の横を通り抜けたティナが、ついでとばかりに悪魔の肉体を切り刻んだ。


 守護の勇者が神から与えられた刀の斬れ味は、百年経った今でも変わっていない。


「──」


 腰から下顎までを粉々にされて、悪魔は声を上げることも許されなかった。


「さすがだね。ティナの本気装備、久しぶりにみたよ」

「えへへ。ハルト様の妻として、これくらいは当然です!」


 悪魔の身体を粉々にできて溜飲が下がったのか、ティナは眩しいくらいの笑顔を見せながらハルトに抱きついた。

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