第167話 勇者の言葉(2/2)
わたしを助けてくださったのは、守護の勇者の遥人様ではなく、賢者のハルト様でした。
ハルト様はその手に持つ身の丈ほどもある大剣で悪魔の腕を斬り落として、わたしを助けてくださったようです。
賢者なのになんで剣を使ってるんですか?
なんで大剣を片手で振り回せるんですか?
そんな剣、どこから持ってきたんですか?
聖都の外でわたしを助けてくださった時、そんなの持っていませんでしたよね?
色々聞きたかったのですが、切り離された後も悪魔の腕がわたしの首を締め続けていたので、声を出せませんでした。
その悪魔の腕を、ハルト様が握りつぶして消滅させてしまいました。
彼が腕に聖属性の魔力を纏っていたのは分かりましたけど……
悪魔の身体の一部を消滅させるなんて、信じられませんでした。
信じられないことはまだ続きます。
ハルト様が持っている剣は破魔の宝剣、『覇国』でした。
悪魔が斬られた腕の再生に手間取っていることからも、その剣が本物であることは間違いないと思います。
それだけではありません。
ハルト様が『転移』を使いました。
ノーモーションで悪魔のすぐそばまで転移すると、再生したばかりの悪魔の腕を再び斬り落としたのです。
転移も、限られた勇者様だけが使用できるスキルなのです。
もしかして……ハルト様は勇者なのでしょうか?
「き、貴様、まさか勇者なのか!?」
悪魔もわたしと同じことを考えたようです。
「俺は、異世界から来た勇者だ」
「──えっ!?」
覇国が持てて、転移ができる。
状況から見て、ハルト様が勇者だと言われても不思議ではないのですが、それでも驚きの声が漏れていました。
ハルト様は賢者だと聞いていたので。
ただ、それだけではありません。驚いたのは、勇者だと言った時の彼の姿が、守護の勇者様と重なって見えてしまったからです。
遥人様とハルト様──同じお名前です。
そんな偶然……
でも、ふたりのお顔は全然違いますし、ハルト様は綺麗な青い眼をしています。
異世界からきた勇者様たちはみんな、黒い眼をしているのが特徴でした。
ですからハルト様が勇者だと言われても、素直に信じられませんでした。
それに、あれほど力強い魔力だった炎の騎士があっさりと倒されて、希望をへし折られたばかりなのです。
簡単に『もう助かる』などと、思えなくなっていました。
ハルト様に『もう大丈夫』と言われても、その言葉を信じられなかったのです。
もうこれ以上、心を揺さぶられたくありません。
それなのに──
「君を、守らせてくれ」
……ズルいです。
わたしに背を向けて、そう言い放ったハルト様の姿は、完全に守護の勇者様のそれでした。
守護の勇者様は、後ろに守るべき人がいると強くなれるスキルを持っていました。
ですから、これから自分が守ろうとする人に対して『守らせて』という言葉をかけていたのです。そうすることで守護対象だと自分も相手も認識できて、スキルを発動させられるのだとか。
助けようとしている相手に対して『守らせて』なんて、あんまり言いませんよね?
だから、その言葉を口にしたハルト様を、守護の勇者様だって思っちゃっても仕方ないのです。
そんなの、『助かる』って思っちゃうじゃないですか。『もう大丈夫』って言葉を信じちゃうじゃないですか!
確かめたい。
でも、真実を知るのが怖いです。
たまたまハルト様の言葉が、あの御方のと似ていただけだったら?
ハルト様が勇者じゃなくて、悪魔に勝てなかったら?
怖くて、聞きたくないのに──
「ハルト様は……守護の勇者様なのですか?」
私の口から、勝手に質問が飛び出しました。
それに対する彼の回答は──
「覚えててくれたんだ。久しぶりだね、セイラ」
チラっと振り向いたハルト様が笑顔を見せてくださいました。その笑顔は、どんな絶望的な状況下にあっても、彼のうしろにいる者に勇気と希望を与えるものです。
その言葉と仕草で、わたしは確信しました。
彼は──ハルト様は、守護の勇者様です。
「何をゴチャゴチャと!!」
悪魔が剣を振り上げ、魔力を込めて私たちに向かって振り下ろしました。
振り下ろされた剣から、絶望や恐怖を凝縮したような黒い稲妻が、わたしたちの方へと飛んできます。
でも、怖くはありません。
だってわたしは、守護の勇者様の
この世界で、守護の勇者様のうしろが一番安全だと、わたしは知ってます。
ハルト様は悪魔の攻撃を簡単に防ぎました。
覇国を構えて、紫電一閃。
「なっ!? ──うぐっ!!」
覇国から飛び出した斬撃が魔人の攻撃を打ち消し、それだけでは威力衰えずに悪魔のもとまで飛んでいき、その腕に大きな傷をつけました。
腕を硬化させてギリギリ防いだようですが、防ぎきれなかった部分から大量の血が流れ出ていました。
「……チッ、どうやら、本物のようだな」
ふっ、と悪魔から発せられていた殺気が収まりました。
ハルト様が勇者であると知り、諦めて逃げるのでしょうか?
──そんなに甘くありませんでした。
悪魔は悪意の塊です。
タダで逃げるような輩ではなかったのです。
「せめてひとりは魂をもらっておこう」
「──!? ま、待て!!」
ハルト様が慌てています。
咄嗟に魔法を発動しようとしていますが──多分、間に合いません。
私も圧縮された時間の中で、動かない自分の身体を恨めしく思いながら、イーシャに迫る悪魔の剣を見ていることしかできませんでした。
「イーシャ!!」
悪魔の剣がイーシャに触れる瞬間──
イーシャと悪魔の間を、超高速の何かが通り抜けました。
「いぎっ!?」
黒い剣と、それを持っていた悪魔の腕が消え、悪魔が悲鳴を上げました。
「お前、主様が『待て』と言うておったのにそれを無視するとは……罰としてこの剣も、腕も、我が滅却しておいてやる」
ハルト様と一緒に、聖都に来ていた着物姿の女性──ヨウコさんが、そこにいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます