第94話 解呪
「我に呪いをかけたのは、側頭部に大きな角がある魔族だ。褐色の肌だった」
「……そうですか」
獣人王の言葉で、俺は確信した。
俺がベスティエに来てすぐに拘束した魔族。そいつが獣人王に呪いをかけた魔族なのだ。
俺は王城に来るまでに、風魔法で複数の鳥を造り王都周辺を警戒させていた。この風の鳥は、炎の騎士と同じように自律行動が可能だ。
そのうちの一体が、獣人王と魔人が戦闘したと思われる場所を見つけた。
その場所で観測した魔力の残渣は、俺が捕獲した魔族の魔力の波長と一致した。
獣人王に聞いた魔族の身体的特徴も一致する。
つまり、俺は獣人王の呪いを解く手段を、この国に来てすぐに手に入れていたのだ。
これで獣人王の肉体を、聖属性魔法で消滅させる必要がなくなった。
指も切り落とさなくていい。
俺は両手に準備していた魔法を解除し、俺とメルディが転移してきた王都郊外の方に身体を向ける。
「ん? どうしたのだ?」
王が不思議そうに尋ねてきた。
「すみません、陛下の指を切り落とす必要がなくなりました」
「……なに?」
俺は魔人を閉じ込めている氷柱がある方角に向けて手をかざし──
勢いよく、その手を握り締めた。
氷が砕ける感触が手に伝わってきた。
たぶん、これでいいはず。
俺は獣人王の方を振り返る。
「こ、これは……呪いが消えていく」
獣人王の身体から、黒い模様が徐々に消えていった。
良し、成功だ。
「もう、大丈夫です」
「何をしたのだ?」
「魔人を倒しました」
「──は?」
獣人王が口を開けたまま固まる。
獣人王は巨大なライオンのような姿をしているのだが、そのちょっと怖い外見の王が、口を開けたまま唖然としている様子は見ていて面白い。
「ハルト、どういうことにゃ?」
「メルディとこの国に来た時、いきなり襲い掛かってきた奴が居たろ? あれが、陛下に呪いをかけた魔人だったみたい」
「えっ、あのハルトが拘束しちゃった奴、魔人だったのかにゃ?」
魔人と遭遇した時、メルディは俺の後ろに隠して魔法壁で守ってやってたからな。
魔人と俺の会話が聞こえていなかったのかもしれない。
「そうみたい」
「お前たち、魔人と遭遇していたのか?」
「ま、魔人を拘束しただと!?」
「陛下と獣王兵が、撃退するだけでも苦戦した敵だぞ!!」
「そんなこと、できるわけが──」
「黙れ。現にこうして我の呪いが消えている。恐らくハルト殿が、魔人を倒してくださったのだ」
大臣たちが俺に色々言ってきたが、獣人王がそれを制す。
そして俺への言葉遣いが丁寧になっていた。
医師が止めるのを無視し、獣人王がベッドから起き上がろうとする。
「あ、少しお待ちください」
俺はエリクサーの入った小瓶を開け、獣人王の失われた腕や体の傷がある部位に振りかけた。
「ぬ!?」
切り落とされた獣人王の腕の元から白い泡が吹き出し、次第に腕の形になっていく。
数十秒で獣人王の腕は完治した。
もちろんその他の傷もきれいさっぱりなくなっている。
「これで呪いも消えましたし、傷も癒えたはずです」
「なんと、呪いだけでなく腕や全身の傷まで……」
獣人王がベッドから立ち上がる。
おお、やっぱり大きい。
立ち上がると俺の二倍くらいの身長だ。
その獣人王が、いきなり俺の前で膝をついた。
「ハルト殿、呪いを解いてくれたこと、心から感謝する」
「頭を上げてください。俺はメルディの願いを聞いただけです」
「おぉ、そういえばハルト殿は、我が娘をご所望だったな」
えっ? 望んでないけど……。
俺が望んだのは、メルディの肉球を触る権利。
「だが、ここは獣人の国ベスティエだ。強き者だけが自分の意志を押し通せる。我は命を救われたので、ハルト殿を強き者と認めよう。しかし我が娘を娶りたければ、国民と娘自身に認められなければならぬ」
んー、つまりメルディの肉球触るのに、この国の民の許可もいるってこと?
そんなの、どうすればいいんだ?
「陛下、ちょうど武神武闘会が開催されますので、そこにハルト殿も出ていただいてはいかがでしょう?」
ひとりの大臣がそう進言してきた。
この国は、武神武闘会という大会で優勝した者が王となる。
そしてその王が、国民に力を疑われるような事態になった時、在位期間に関わらず武闘会が開催され、新たな王が選出されるらしい。
獣人王は無事回復したのだが、魔人に負けたという認識を国民が持ってしまっているので、既に武神武闘会の開催が決定していた。
「それは良い。是非とも参加していただきたい。我が負けた魔人を倒したのだ。きっと我とも血沸く熱い戦いをしてくれるだろう!!」
獣人王の目がキラキラ輝いている。
獲物を見つけ歓喜している目だ。
自身も武闘会に出なくてはならず、王座が危ういかもしれないのに、そんなことを全く気にしていないようだった。
この人は多分あれだ、戦闘狂なんだ。
なんだろう。
姫をかけて武闘大会に出るのって、昨年もあった気がする……。
まぁ、今年は姫の肉球目当てなわけだけど。
「お父様、今年はウチも出るにゃ!」
──えっ?
何とメルディも武神武闘会に出るという。
ちょっと昨年の武闘大会とは趣旨が変わってきそうだ。
「メルディ、大会に出るのは構わんが、いつも通り肉体強化以外の魔法は使えないぞ?」
えっ!?
突然知らされる驚愕の事実。
武神武闘会は、魔法禁止らしい。
いや、俺、賢者なんだけど……。
「大丈夫にゃ! 肉体強化魔法だけでも、お父様をボッコボコにできるくらいウチは強くなったにゃ!!」
「ほぅ、それは楽しみだ」
ふたりの間でバチバチと火花が飛ぶ。
父を救うためならなんでもすると言っていた少女が、いざ父が元気になった途端、その父をボコボコにする宣言。
そしてそれを受け入れる父親……。
「今年はメルディ様もご参戦なさるのですね。私も武闘会が楽しみです!」
大臣達の中にも、鼻息を荒くしている肉食系獣人がいた。
俺は肉食系の獣人の
みんな戦闘が大好きなんだ。
「それではハルト様、メルディ様、陛下の武神武闘会出場の申請は私がやっておきます」
「おぅ、頼むぞ」
「よろしくにゃ!」
「えっ!?」
いつの間にか俺も、出場することが確定していた。
俺、出るって言ってないのに……。
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