第91話 魔衣
柔らかい質の魔力を身に纏う。
これは自分の身体を保護するためだ。
俺は防御力も10で固定なので、全力で殴ったら拳が痛いかもしれない。
そう言えば転生して以来、あまり痛みを感じた覚えがないので、実際はどうなのか分からないのだけど。
さ、問題はここからだ。
見るからにボロボロの的。
恐らく、多くの挑戦者が的を破壊しようと挑んだのだろう。
表面はボロボロだが、的はしっかりそこに立っている。
かなり頑丈な造りであることが予想された。
しかし、これを破壊できないと力を認められず、王都に入ることができない。
なんとか高威力の攻撃で破壊しなくては。
物理攻撃力10の俺が、殴る蹴るなどの物理攻撃をする際の威力を上げるには、魔力に頼るしかなかった。
これらは一定の魔力を消費し、呪文を詠唱することで簡単に己のステータスを上げることができる魔法だ。
肉体強化魔法は腕だけ、足だけなど、身体の一部分に限って使えば消費魔力は10以下なので、俺でも使える。
使えはする。
しかし、俺はステータス固定の呪いのせいで、肉体強化魔法を使ってもステータスが強化されることはない。
──つまり、俺は肉体強化魔法を使う意味が無いのだ。
俺は転生して割と直ぐにこの事実に気づき、少し落ち込んだ。
強化した拳で大岩を破壊してみたり、速度を上昇させて元の世界で感じたことの無いようなスピードで移動するなどしてみたかった。
せっかく異世界に来たのだから、元の世界ではできなかったことをしたい。
だから、俺は諦めなかった。
そして試行錯誤するうちに、俺はあることを発見した。
高密度に圧縮した魔力は実体をもつ。
更に圧縮の仕方によって、硬度も調整可能だった。
そして、その実体をもつ魔力も、元の魔力と同じように自分の意志で操作できるのだ。
このことに気づいてからは早かった。
アイア○マンが出る映画を全部見ていたおかげで簡単にイメージできた。
そんでもって、この世界ではイメージできるものは大体魔力で再現できる。
俺は魔力で、パワードスーツを作った。
これは俺の身体の動きを補助し、パワーとスピードを補ってくれる。
物理攻撃力10の俺では到底できない攻撃を繰り出せるのだ。
俺はこのパワードスーツを
ちなみにこの純粋な魔力だけの魔衣に、火や水などの各属性を与えてやると、更に能力が強化される。
火の属性を与えれば、攻撃にも防御にも優れた炎の鎧を纏うこともできる。
雷と風の属性を与えれば、神速で行動できる疾風迅雷の魔衣となる。
──でも、それらをやると恐らく水晶玉が反応してしまうので、今回は止めておく。
ノーマルの魔衣だけなら無色透明で、魔視ができなければ気づかれることは無い。
チャンスは一回だけらしいので念のため、攻撃用の魔衣をなるべく厚くしておこう。
俺は防御用の柔らかい魔衣の上に、攻撃用の硬い魔衣を纏った。
魔衣頼りの攻撃でも、そこそこのパワーは出せるが、それで的を壊せなければ意味が無いので全力を出そうと思う。
Y○uTubeを見て無駄に何度も練習した、“強いパンチを打つ方法”を実践しよう。
多分、俺と同じようにパンチの練習をしたことのある男子は結構いるはずだ。
……いるよね?
俺は的の正面に立ち、肩幅くらいに足を開いて、利き腕側の足を半歩後ろへ引いた。
半身の状態で顔だけ正面の的に向く。
すぅーっと、息を吐く。
力を抜いて拳の指は軽く握る。
後ろ足のかかとは浮かして、膝を柔らかく保つ。
魔衣の状態を確認した。
全身に高密度の魔力が行き渡っている。
──よし、いける!
地面を蹴るようにして、後ろの足のつま先を軸にして、かかとを外に回す。
かかとを外に回しながら、右膝をやや内股にして、腰に回転を伝える。
腰の回転と共に、肩に回転を伝え、右腕を前に押し出すように拳を突き出した。
その拳に乗せるように、全身の魔力を拳に移動させる。
前の足でブレーキを掛け、体重と魔力を全て乗せた拳を──
「覇っ!!!」
的に叩き込んだ。
ズドォォォォン
俺が殴った的は、破片を撒き散らしながら吹っ飛んでいった。
残念ながら、訓練所の外まで吹き飛ばすには至らなかった。
もう少しタメをつくっても良かったか……。
まぁ、壊せたのだから良いだろう。
「──なっ、えっ、はぁ!?」
後ろを振り向くと、犬の獣人が口を大きく開けて驚愕の表情をしていた。
「ハルトって、物理攻撃もヤバかったのかにゃ……まぁ今更、この程度で驚かないけどにゃ」
メルディが少し呆れたように、そう話しかけてきた。
ちょっとは驚いてほしい。
俺、頑張ったのだから。
「どうした! なにがあった!? ──って、
検問所にいた鹿の獣人がやってきた。
大きな破壊音がしたので、様子を見にきたようだ。
そして俺が破壊した的を見て驚く。
そうそう、こういう反応が良いよね。
「こ、これはもしや、お前がやったのか!?」
「あぁ、的を壊せって試練だろ? ちゃんと壊せだぞ」
「魔法は使ってないのか? おい、どうだった!?」
鹿の獣人が犬の獣人に詰め寄る。
「わ、私が見る限り魔法を使った素振りはありませんでした。それに今、確認しましたが魔法検知の水晶には、僅かな魔法の波動も記録されていませんでした」
おぉ、良かった。
やはり魔法検知の水晶とやらは、ノーマルな魔衣には反応しないらしい。
「それで、俺たちは王都に入れてもらえるのか?」
「あ、あぁ──いえ、はい。入っていただいて問題ありません。不倒ノ的を、倒したのですから」
鹿の獣人が急に恭しい態度になった。
「貴方様はこれより、ベスティエの客人となります。ご要望があればなんなりとお申し付けください」
「なんでも良いの? なら俺と、この子のふたりを王都に入れてほしいんだけど」
メルディは魔法で強化した肉体で強力な攻撃を放てる。しかし、この的を壊す試練では魔法を使えない。
もちろん、魔法無しでもメルディは強い。
ただ、魔法無しであの的を壊せるレベルかと言うとちょっと怪しいので、俺の望みを叶えてくれるというのであれば、俺と一緒にメルディも王都に入れてほしい。
「畏まりました。それではこちらへ」
こうして、俺とメルディは鹿の獣人に連れられ、無事に王都内に入ることができたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます