第92話 獣人王とメルディ

 

 鹿の獣人の案内でベスティエの王都を歩く。

 この男は検問所の責任者でもあるらしい。


 まだ昼だというのに、出歩いている人が少なかった。


 営業していない店も多く、王都だというのに、すごく寂しい。


「ここはいつもこんな感じなんですか?」


「いえ、普段はもっと活気に溢れています。……実は一ヶ月ほど前、この国は魔人に襲われました」


「魔人に?」


 鹿の獣人の話では、国軍が訓練していた所に魔人が突然やってきて、その中隊を壊滅させたのだという。


 その魔人はこの国の王と、獣王兵と言うこの国最強の十人の獣人がなんとか撃退したものの、魔人が撤退する際に獣人王に呪いをかけ、そのせいで王は起き上がることもできない状態になってしまった。


「魔人の攻撃で、国軍所属だった多くの者が亡くなりました。そして、生き残った者も酷い怪我を負い、今も治療が続けられています」


「そ、そう、なんですか」


 この世界にはテレビや新聞がない。


 つまり他国の情報は、人伝でなければほとんど入ってこない。


 各国の王たちは独自の情報網を持っていて、他国の情報を得たりしているらしいのだが、それでも情報にはタイムラグがあるし、その情報は一般人に伝えられることはない。


 魔人によって多くの獣人が殺されたというのに、俺はその事を全く知らなかったのだ。


 知らない、気付けないということに少し恐怖を感じる。


 これは獣人の国で起きた事で、俺には関係ないと言ってしまえば、それまでだ。


 しかし、これがもし今、グレンデールで起きたとしたらどうだろう?


 俺の大切な家族が危険に晒されているのに、俺はそれに気付けない。


 まぁ、俺の家族は今、皆揃ってイフルス魔法学園に居て、側には賢者ルアーノがいる。


 それに家族全員に守護のブレスレットを渡してあるので、たとえこの国を攻めた魔人がグレンデールを攻めたとしても、誰かが傷つくことはないと思う。


 ただ、もしもの事態を想定すると、俺は他国であってもリアルタイムに情報を入手できる方法を検討すべきだと考えた。



 俺はもうひとつ気になっていたことを、鹿の獣人に尋ねる。


「魔人の襲来は一ヶ月ほど前だと言われましたが、その後の魔人の足取りは?」


「分かりません。王の攻撃で腹に大きな穴を開けたということは聞きましたが……トドメを刺すには至らなかったようです。もしかしたら回復し、今にもここへ攻めてくるかも知れませんので警戒のため、国民は基本的に屋内待機となっています」


 そうか。それで王都の大通りだというのに、人が少ないのか。


 この国を襲った魔人が、俺達を襲ってきた魔人なのでは? ──と思っていたが、どうやら違うらしい。


 俺が捕獲した魔人は、腹に穴なんて空いてなかったしな。


 とすると、この国の側には二体も魔人がいたことになる。


 人族と比べ獣人は身体能力が格段に高い。


 更にその中でも最強と言われる者達が、束になっても倒すまでに至らなかった魔人が、まだ近くに潜んでいるのかもしれない。


 ……ちょっと警戒しておいた方が良いな。


 俺はこっそり魔力を放出して、いくつかの魔法を発動した。



 ──***──


 しばらく歩いて王城に着いた。


 エルフの国アルヘイムの王城が優美な城であったのに対して、この国の王城は無骨で実用性に富んだ造りをしていた。


 ここで鹿の獣人と別れた。


 王城に入るにはまた別の審査があり、王都の検問所責任者である鹿の獣人でも力になれないとのことだった。


「何者だ?」


 門番をしていた狼の獣人に止められた。


 さすがに王城まで来ておいて、観光ですとは言えない。


 チラッと後ろにいたメルディを見る。


「うん、ここからはウチがお願いするにゃ」


 メルディが俺の前に出る。


「ん? ──えっ、こ、この匂いは!!」


 狼の獣人が何かに驚く。


 あれ、俺、臭かったかな?


 そんなことを考えているとメルディがフードを取った。


「メルディ様!」


 狼の獣人がメルディの前に膝をついた。


 良かった。

 俺が臭かったわけじゃないらしい。


 てか、門番のこの反応──やっぱりメルディって王族とかだよな?


「お父様が呪いで倒れたって知って、帰ってきたにゃ。お城に入れてもらえるかにゃ?」


「もちろんでごさいます!」


 ……うん。やっぱりメルディは王女様だよね。


 だって呪いかけられたのって王様でしょ?

 それを父と呼ぶってことは絶対に娘じゃん。


 俺は知らない間に、他国の姫様にメイド服を着せて給仕させてたのか……。


 ごめん、メルディ。

 それからベスティエの皆様。


 そんなことを考えながら俺は、メルディと一緒に狼の獣人についていき、複数の兵が守る部屋までやってきた。


 狼の獣人がメルディの帰還を告げると兵たちは皆、メルディの前に膝を突いた。


 そして俺たちは部屋に入る。


 医師らしき獣人たちが囲むベッドに、一際身体の大きな獣人が寝ていた。



「お父様!」


 メルディがその獣人の下まで走っていった。


「お父様、ウチが来たにゃ。メルディにゃ、わ、分かるかにゃ?」


 メルディの目から涙が溢れている。


 俺はメルディの少し後ろに立ち、ベッドで寝ている獣人の様子を確認する。


 彼の全身には黒い模様が浮かび上がっていた。


 多分、黒死呪だ。


 黒死呪は死に至る呪いの一種で、初めは小さな黒い模様が現れるだけだが、次第にその模様は全身に広がっていく。


 模様が広がる度、全身に釘を刺されたかのような激痛が走る。


 そして、およそ一ヶ月ほどで全身が真っ黒になると死に至るのだ。


 ちなみに黒死呪で死ぬと適性にもよるが、と言って魔族や魔人になってしまう可能性がある。


 また、この呪いは術者との間に、ある種の繋がりができているため、術者が解呪するか、術者を倒す以外に呪いを解く方法がない。



「メルディ、か?」


 弱々しい声が聞こえる。

 寝ていた獣人が起きたようだ。


「お父様!」


「……はは、お前にだけは、こんな弱々しい姿を見られたくなかった」


「そんなの、どうでもいいにゃ」


「だが、よく帰ってきてくれた。呪いなんぞかけられたことが少々恥ずかしくてな、なかなか報せを出せなかったのだ……すまん」


 赤いレターバードは、グレンデールとベスティエ間であれば二日ほどで飛行できてしまう。


 だが、レターバードがメルディのもとに来たのは今日だ。つまり、この獣人はここまで呪いが進行していながら、ほんの二日前までメルディに知らせようとはしていなかったのだ。


「しかし、身体が弱るとダメだな。どうしても最後にお前に会いたくなってしまった。正直、間に合わないと思っていた」


「最後なんて言わないでにゃ。せっかくここまで、ハルトが連れてきてくれたにゃ」


 そう言ってメルディが俺を振り返る。


「初めまして。ハルト=エルノールと申します」


「人族か……メルディとはどういう仲だ?」


 呪いで弱っているとは思えない眼光で睨まれた。


 こ、これが父親に娘さんを下さいという時の感覚なのだろうか? ちょっと怖い。


「魔法学園の学友です」


 頑張って平静を装い、そう答えた。


「そ、そうか、メルディは魔法学園に入ったのか。それでお前はメルディのなのだな」


 なんだか、この獣人もほっとした様子。

 そして、友という言葉が強調されていた。


 俺の屋敷でメルディにメイド服着させて給仕させてるって知ったら、怒るんじゃないかな?


「──っうがぁ!」


 突然、横になっている獣人が苦しみ出した。

 全身の模様が少し広がる。


「陛下! 気を確かに!」

「ダメだ、呪いの進行が止まらぬ」

「おい、鎮痛剤をはやく打て!」


 周りに居る医師たちが慌て出す。


 しかし、鎮痛剤を打ったところで、黒死呪の痛みは引かないし、ヒール回復魔法も意味をなさない。


 獣人王は数分間の痛みに耐え、何とか持ち堪えたが、恐らくあと二回模様が広がれば、死に至るだろう。


「ハルト、ウチはなんでもするにゃ。だから……お父様を助けてほしいにゃ」


 メルディが涙を零しながら、俺に懇願してきた。


 俺だって助けられるのなら助けたい。

 でも黒死呪を解くのは、普通は無理だ。


 ──そう、は。


 できれば、というか普通なら絶対にやりたくない方法だが、俺は邪神にかけられた〘ステータス固定〙の呪い以外の、どんな呪いでも解くことのできる方法を俺は知っている。


「メルディ、なんでもするって言ったな?」


 俺はメルディの意志を確認した。


 メルディは俺の言葉を聞き、少し困惑した表情を見せながらも、確かに頷いた。

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