第76話 シロの一日(1/4)

 

 我は神獣、フェンリルである。


 今はハルトという人族に名を付けられ、皆からシロと呼ばれている。


 初めは犬っぽい名だと思っていたが、存外シロと呼ばれるのも悪くないな、と最近思い始めた。


 我の真っ白な身体の特徴をよく表した名だ。

 シンプルだが、悪くない。


 さて、朝だ。


 我の朝は

 今日はたまたま起こされる前に目が覚めた。


 普段は我が眷属たる、獣人族のメルディが我を起こしに来てくれるまで応接室のふかふかなソファーの上で寝ている。


 この応接室にあるソファーがハルトの屋敷で一番ふかふかで、我のお気に入りなのだ。


 そしてメルディという猫系獣人族の娘が、なかなかできた奴なのだ。


 起こす時も優しく我に声をかけ、我が目を覚ますまで待っていてくれる。


 これがハルトだと、我が起きるまでベシベシ叩いてくるのでちょっと嫌だった。


 優しく起こしてくれるので、メルディが良いと言ったら、我を起こすのはメルディの当番になった。



「シロ様、おはようございますにゃ」


 ちょうどメルディが起こしに来てくれた。


「メルディ……おはよ」


 我は朝に弱い。


 既に日が昇り大分経つようだが、まだまだ微睡まどろんでいたい。


「朝ご飯、できてますにゃ。今日の料理当番はティナですにゃ」


 おおっ! ということは、今日の朝食はティナが作ったのか!


 一気にテンションが上がる。


 ハルトの屋敷ではティナ、リファ、ヨウコ、マイ、メイ、メルディが日替わりで料理、掃除、洗濯、買い出しなどといった家事を分担して行う。


 我はティナの手料理が大好きなのだ。

 だからティナが料理当番の時は嬉しくなる。


 メルディやリファの料理も悪くない。

 マイとメイは、成長してきたな。


 ヨウコ、お前はたまに焦げた料理をこっそり我に出すのをやめよ。


 我は神獣フェンリルだぞ。


 ハルトに焦げてないハンバーグを出して、我に真っ黒になったのを出したことに気付いていないとでも思ったか?


 まぁ、ティナ仕込みの作り方なので、焦げていても美味いのだが。


 今日は料理当番がティナだというので楽しみだ。


 メルディの後を付いていく。


 前を歩くメルディの尻尾がピンと真上に立っている。


 メルディもティナの料理を楽しみにしているのだ。気付けば我の尻尾も大きく振れていた。


 おっと、いかん。


 これではまるで飼い馴らされた犬ではないか。我ほどにもなると如何にテンションが上がろうと、己の身体を完璧に制御できるのだ。



 し、尻尾が止まらぬ……。


 ティナ、やるではないか。我にここまで手料理を楽しみにさせるとは。


 ふははは、光栄に思うが良い。


「シロ様、おはようございます」

「おはよう、ティナ」


 いい匂いだ。いつものように、ティナが我専用の台の上に料理を並べてくれていた。


 我はヒトと同じものを食す。


 昔は魔物などを食べていたが、ティナの料理を口にしてからというもの、あんなものはもう食べたくなくなった。


 ハルトの屋敷では食事の時、用事で居ない者を除いて、全員が揃ってから食事をすることになっている。


 マイとメイは既に席に着いていた。


 ええい、ハルトたちはまだか!?


 我の目の前のスープから物凄くいい匂いがするのだ。が、我慢ならん。


 しかし、我は誇り高き神獣である。

 このくらいの誘惑に負けるわけがないのだ。


 ジュル


 ちょっとヨダレが出たけど、これは生理現象だから仕方ない。



 それから二分ほどして、リファに連れられてハルトがやってきた。


「ハルト、遅いぞ!」

「おはよ、お待たせ。いつもは寝坊助なシロが、今日は早いじゃないか」


 そう言いながらハルトがガシガシ我の頭を撫でてくる。


「や、やめぬか!」


 口では拒絶するが、我は頭を撫でられるのが好きだった。


 神獣である我の頭を撫でようとする者など、創造神様かハルトくらいだ。


 頼めばメルディやティナたちも撫でてくれるだろうが、撫でてくれと頼むのも、ちょっと我のプライドが……。


 なのでたまにメルディに、身体のブラッシングを頼む程度にしていた。


「あはは、ごめん。今日も良い毛並みだな」

「ふん。さっさと席に着け、ティナの料理が冷めてしまうわ!」


 あぁ……終わってしまった。


 べ、別にもっとしてもいいのだぞ?

 朝食も早く食べたいけど。



 ハルトはもっと我に構うべきなのだ。


 神獣である我を、用もないのにたたき起こしたのだから。


 今度、ハルト以外に誰も居ない時に、もっと我を構うように要請しよう。


 我にはその権利があるはずだ。


「全員揃ったな。じゃ、いただきます」

「「「いただきます」」」


 今日の朝食はサンドイッチとスープだ。


 どちらも我が食べやすいようにしてくれていて、大変助かる。


 スープをひと舐めする。


 うまぁぁぁい!

 美味い、美味いぞ!!


 サンドイッチにも口を付ける。


 ──んんんっ!?


 な、なんでこんなシンプルなモノがここまで美味いのだ!?


 これはきっとパンはティナの手作り、そして、調味料など全てに拘っているに違いない!


 美味すぎて、食べるのが止まらない。


「シロ、そんなに急いで食べるなよ」


「ゔばぶびぃでふび!(美味すぎて無理!)」


「おい! その状態で喋るんじゃない! 飛んでくるだろうが!!」


 くそぅ、ハルトめ。


 こんなに美味い料理を幼少期から食べていたとは……ズルいぞ。


 なんでも、我が眠っていた山はハルトの実家のすぐ側だったというではないか。


 もっと早く我を起こしてくれれば良かったものを。


 そんなことを考えていたら、もうサンドイッチとスープがなくなってしまった。



「もう、ない……」


 まだまだ食べられる。

 もっと食べたい。


 しかし、現実は残酷だ。

 空の器が虚しく我の前に置かれている。



「シロ様、もっと味わって食べてくださいね」

「!!!」


 ティナがそう言って、お代わりを持ってきてくれた。


 ティナが女神様に見えた。


 創造神様、今だけ、ティナに媚びへつらうことをお許しください。


「ティナ──いや、ティナ様! ありがとう!!」

「ふふ、まだまだありますからね」


 まだ食べていいのか!?

 ちょっと嬉しすぎて涙が出た。


 あぁ、我はこの世界に生を受けて、今まで何をしていたのだろう。


 確実に人生(?)を無駄にしていた。

 世界には、こんなに美味いものがあるのだ……。


 我は満足ゆくまで、朝食を食べ続けた。




「なぁ……シロが今日も、泣きながら飯食ってんだけど」


「ティナが料理当番の時はいつもにゃ。ティナの料理が美味しすぎて、涙が止まらないらしいにゃ」


「そ、それは……そこまで喜んでいただけると逆に恐縮です」

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