第68話 神獣の力

 

 四年生クラスとの対戦当日。


 俺とリューシン、メルディは闘技台の上で相手が来るのを待っていた。


「どんな相手だろうと負ける気がしない。俺は、強くなった」


「あの炎の戦士の槍を必死に避け続けたから、今なら最速の雷撃魔法でも見切れるにゃ」


 ふたりは自信満々の様子。


 確かに今日までの訓練で、リューシンは炎の戦士を単独で倒すまでになったし、メルディは二体の戦士に挟まれても全ての攻撃を避けられるまでに成長した。


「ヒトって、死ぬ気でやればここまで成長が早いのですね」


 俺たちの訓練の様子を見たティナが、遠い目をしながらそう呟いていた。


 死ぬ気って、大袈裟な。

 そこまでキツかったかな?


 昨日までの訓練を思い出す。


 訓練では、怪我をすればリュカがすぐに完全回復させてくれた。


 更にルナが魔法で、疲労も回復してくれる。


 また、減った魔力は俺が補充してやった。


 魔力酔いを起こさないように、魔力の波長を合わせれば、他人に魔力を渡すことも可能なのだ。


 怪我も怖くないし、疲労も回復してもらえて、更に魔力も使い放題。


 そんなわけで、日中はほとんど休まず炎の戦士との戦闘訓練に費やした。


 俺が創り出した炎の戦士を、俺が倒せるのは当然なので、戦闘訓練では俺はふたりのサポートに回ることにした。


 ただ、俺が完全にサポートに徹すると戦闘が楽になりすぎたので、ふたりが避けられるはずの攻撃は防がないようにし、攻撃もしなかった。


 その結果、リューシンとメルディは炎の戦士との戦闘で何度も傷付き、疲れ果てて倒れ込んだ。


 だがその度、リュカ(治癒)、ルナ(疲労回復)、俺(魔力回復)の回復トリオがふたりを完全回復させて、戦闘に復帰させた。


 リューシンとメルディは気付いた。


 炎の戦士を倒さない限り、この戦闘訓練は終わることがないと。


 そしてリューシンとメルディはふたりで、三体の炎の戦士を倒せるまでになったのだ。


 ──魔法無しで。




「あぁ、ふたりは強くなった。この対戦で訓練の成果を見せてやろう」


「もちろん!」

「やってやるにゃ!」


 しばらくして、対戦相手の四年生が闘技台に登ってきた。


 男子生徒二名、女子生徒一名だった。


 三人とも、あまり肉体だけでの戦闘に自信があるような体型には見えない。


 武器も持っていなかった。


 合気道的な感じの『技』で戦うタイプなんだろうか?


 とにかく見た目だけで判断するのは良くない。


 俺達は注意深く相手の動きをチェックした。


 続いて、審判役の教師が闘技台に上がってきた。


 そして、俺たち生徒六人には魔封じの腕輪がはめられた。


 もちろん、俺には効果がないのだが、これで魔法を使ってしまうと、色々面倒なことになるのがわかり切っているので、魔法は使わない。


 俺は事前に精霊界から召喚していた覇国を審判に見せて、魔法が込められた魔具ではないことを確認してもらう。


 魔法が込められた魔具を使ってしまえば、魔封じの腕輪を付けられたとしても、魔法が使えてしまうからだ。


 無事、覇国はただの剣として認められた。


 いよいよ、魔法無しで戦う、初めての対戦が始まる。



「それでは、始め!」


 審判の合図で俺が少し前に出て、覇国を構え、相手の出方を窺う。


 すると──


「来い! ろっくん!」

「おいで、メリッサ!」

「ガル、出番だ!」


 対戦相手の三人がを呼んだ。


 すると闘技場の控え室の方から、ロックゴーレム、シーバード、ウォーウルフという三体の魔物が現れた。


 どれもCランクの魔物で、魔法学園の一般の生徒が魔法無しで勝てる魔物ではなかった。


 そんな魔物たちが、闘技台の上に上がってきて、俺たちと対峙する。


 どうやらこの三体の魔物は、四年生の生徒たちにティムされた使い魔のようだ。



「……あの、魔法はダメなのでは?」


 審判の教師に尋ねる。


「彼らは魔封じの腕輪をした状態で、あの使い魔たちを呼び出した。つまり、使役魔法に頼らず、魔物との信頼関係を築いて自分の戦力にしているんだ。何も不正ではないよ」


 ほう。


 確かに、あの三体の魔物は四年生の生徒たちによく懐いているように見える。


 使役魔法に頼らず魔物を味方に、か。


 敵ながら、やるじゃないか。


「ハルト、どうする? 六対三になったけど」


「でも見た感じ、炎の戦士よりは弱そうにゃ」


 リューシンとメルディは結構、落ち着いていた。


 多分、俺たち三人で普通に戦っても勝てると思う。


 対戦相手の四年生達は、この対戦方法を思いつき、これなら俺たちに勝てると思い込んでいたはずだ。


 その幻想を、真正面から力技で打ち砕いてやるのも悪くはない。


 でも、俺はあえて相手の土俵で戦うことを思いついた。


 その方が四年生の生徒たちの『えっ、そんな!?』と驚く顔が見える気がしたからだ。


 だから──


「来い、シロ!」


 俺は観覧席でリファに抱かれて対戦を見ていた、神獣フェンリルのシロを呼び出した。


 シロが観覧席リファの腕を離れ、観覧席から飛び降りて闘技台の上へと駆け上がってくる。


 ててててて、と可愛らしい足音が聞こえる。


「がるるる」


 自分がやることは分かっているようで、シロは敵となる三体の魔物に向かって威嚇をした。


 ただ、小さい姿のままだったので、まったく怖くない。


「これも問題はないんですよね?」


「あぁ、問題ない。だが……大丈夫か?」


 審判にシロを呼んだことの確認をする。


 問題ないと言われたが、明らかに審判はシロのことを心配してくれていた。


 まぁ、この姿では神獣ってわかんないよな。


 だがこれで、この対戦の構図はなった。



 魔法の使えない四年生 三人

  & Cランク魔物 三体


  VS


 Bランク魔物を魔法無しで倒す俺たち 三人

  & 神獣(Sランク) 一体



 うん、勝てる。



「おいおい、マジかよ。そんな子犬呼び出して、舐めてんのか?」

「怪我しちゃう前に下がらせた方がいいよ?」

「そもそもお前達も魔法使えないんだから、こいつらには勝てねーだろ。早く降参しろよ」


 かなり馬鹿にされてしまった。


 やはり、四年生たちにはこの戦力差が理解できていないようだ。


「ハルト、アイツら、我を舐めてるよな? やっちゃっていいか?」


「あぁ、やっちゃいなさい」


 俺がそう言うと、シロが大きく息を吸い込んだ。


 そして、息を吐いた。


 超高速で。



「──えっ!?」

「ふぎゃ!」

「へぶしっ!」


 シロの吐いた高速の空気が、三体の魔物を吹き飛ばし、その後ろにいた四年生たちを巻き込んで、観覧席の下の壁へと叩きつけた。


 壁と自分の使い魔に挟まれた四年生たちは全員が気絶したようで、誰も起き上がってこない。


「ふん、我を舐めるからだ」


 定位置俺の肩の上に登ってきたシロがそう言い放つ。


「…………」


 ちょっと思ってたのとは違った。


 俺の思い描いていた戦闘はこうだ。


 まず、元の姿に戻ったシロが三体の使い魔を威嚇し、使い魔がビビって動けなくなる。


 そして、俺、リューシン、メルディの三人が四年生を圧倒し、勝つ。


 そうなると思っていた。


 そうなる予定だった。


 まさか小さい姿の吐息だけで、三人と三体の魔物を吹き飛ばすとは……


 神獣フェンリル、恐るべし。



「なぁ、ハルト。あの地獄の特訓の成果を、俺は何処で見せればいいんだ?」

「うち、何もやってないにゃ」


「…………」


 ノリでシロに「やっちゃいなさい」って言った、俺が悪いんだよな。


「なんか、ごめん」


 お詫びとして、俺はふたりに中央街の高級レストランで飯を奢る約束をした。

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