第54話 裏切りの裏切り
「きたっ、きたぞ!」
王都の防護壁の上からアプリストス軍の動きを監視していた兵たちに動揺が広がる。
アプリストス軍が動き始めたのだ。
兵たちは皆、絶望的な表情をしていた。
アルヘイムの最強戦力が敵主力を攻撃し、それが失敗に終わったこと。そして、約十一万もの敵がここに向かっていることを知らされたからだ。
防護壁の上にいる兵たちは先刻、その最強戦力と思われる数人が敵軍に突撃するのを確認していた。そして、巨大な雷が敵陣に落ち、多くの敵を吹き飛ばしたのを見た。
圧倒的な力。
これは勝てるかもしれない。
多くの兵がそう思った。
しかし、二発目の雷が落ちた後、倒したはずの敵が復活した。
その数をおよそ十倍に増やして──
兵たちは意味がわからず狼狽えていると、上官から我が国の最高戦力による攻撃が失敗に終わったと知らされた。
そして、こう告げられた。
敵の総攻撃がくる。
備えよ──と。
眼前に広がる大草原には敵の魔法だと思われる一万体の燃える騎士、その後ろに三千人の中隊、そして十万人の大連隊が隊列を組み、こちらに向かってきている。
昨晩、停戦交渉が行われたが、アプリストス側の返事として、使者の首が届けられた。
敵は止まる気がない。
この国を蹂躙するつもりだ。
兵たちの手足は震えていた。
しかし、逃げるわけにはいかない。大草原とは反対側の王都の門から、まだ国民が退避しているからだ。
少しでも時間を稼ぐ必要があった。敵軍に捕まった女、子供たちが酷い目に遭うのは容易に想像できた。
何としても我が妻、我が子供らを逃がす時間を稼ぐ。多くの兵が逃げ出したくなる衝動を抑え、自らを奮い立たせて敵の攻撃に備えていた。
敵軍が大草原の中ほどまで到達した。
ここである異変が起きる。
淀みなく歩いていた炎の騎士が足を止めたのだ。
──***──
炎の騎士が足を止める少し前、炎の騎士の後ろを、王子とその親衛隊が歩いていた。
王子の左右に左将軍と元大将が。
元大将の少し後方をハルトが歩いていた。
炎の騎士の圧倒的な戦力に酔いしれ、王子は気が大きくなっていた。本来であれば私有軍か国軍の後方にいれば良いものを、アルヘイムが炎の騎士に蹂躙される様子を近くで見たいからと最前列まで出てきたのだ。
左将軍もそれに付き合わされていた。
「おい、ちゃんと女のエルフは殺さず捕らえるのだぞ。男はどうなってもいい」
王子が元大将に話しかける。
「承知致しました。抵抗する男は皆殺しにしますが、よろしいですか?」
「構わん」
「……祖国に対して、容赦がないな」
非道な王子の命令をあっさり受け入れた元大将に、左将軍が少し驚く。
「私としてはあの国が恐怖と絶望に覆われてくれれば、それで良いのですよ。あぁ、ティナ=ハリベルだけは私がこの手で殺したいのです。これもお許しいただけますか?」
「あの英雄を? まぁ、構わんが。なぜだ」
「個人的──と言いますか、まぁ、親の仇みたいなものです」
元大将の身体は、アモンが乗っ取っている。
今の言葉はアモンのものだ。
ティナはかつて勇者と共に、邪神が育てた魔王を倒した。それに苛立った邪神の心が、配下であるアモンにも影響を及ぼしたのだ。
直接ティナに何かをされたわけではないが、アモンは心底ティナを憎んでいた。
「だが、あの者はかなりの手練と聞く。いくらこの騎士が強いとはいえ、捕らえたりするのは厳しいだろう。それとも貴殿は単独でティナに勝てると言うのか?」
左将軍は目の前に居る炎の騎士の強さを十分把握していた。しかし、ドラゴンを素手で撲殺した逸話を持つ英雄を相手にしては心もとない。
「あぁ、恐らく私でも勝てないだろう。だが、私にはこいつがいる」
そう言ってアモンはハルトを見た。
そして、命令する。
「ハルト、ティナ=ハリベルを捕らえてここに連れてこい。殺すなよ? 奴の息の根を止めるのは私だ」
「嫌だ」
ハルトはアモンの命令を拒否した。
「は?」
アモンは自分の耳を疑う。
隷属の腕輪によって、洗脳されているはずのハルトが主の命令に背けるはずがない。
アモンがもう一度命令する。
「命令だ。ティナ=ハリベルを連れてこい」
「嫌だ、と言ってる。くどいぞ」
「──!?」
間違いなく、ハルトが拒絶した。
「ど、どうなっている? 何故私の命令に逆らえるのだ!? お、お前は、完全に洗脳されているはずだ!」
ハルトの腕を見る。
隷属の腕輪はしっかりその腕についていた。
「洗脳なんかされてない」
「──は?」
「どういうことだ!?」
「ま、まさか……お前は俺たちの敵、か?」
「あぁ、俺はハルト。アルヘイムの第2王女と、
英雄ティナの夫で、お前らの敵だ」
ハルトがそう言い終わった瞬間、王子と元大将、左将軍の喉元に炎の槍が突きつけられた。
いつの間にか周りを取り囲んでいた炎の騎士たちが、王子たちに槍を向けたのだ。
「な、なぜだ? なぜ、隷属の腕輪が効かない!? いや、貴様は仲間に攻撃していた。洗脳は効いていたはずだ!!」
「なんか俺って、装備品の効果を受けられないんだよね。つまり伝説の武器を装備しても全然強くなれない。でもそれって、逆に言えば呪いの装備を身につけても、呪われないってことなんだよ」
そう言ってハルトは隷属の腕輪を外す。
本来であれば付けた主人──この場合はアモンが身体を乗っ取った元大将でなければ外せないはずの腕輪を、ハルトは苦もなく外した。
「そ、そんな馬鹿な……」
アモンが目を丸くする。
「それから、俺が仲間を攻撃した理由だったか? それは、お前たちに俺が仲間だと信じ込ませるためだよ。特にお前には逃げられたくなかったからな」
ハルトがアモンに歩み寄る。
「な、なに?」
「お前、邪神に連なる者だろ?」
「──!?」
ハルトはアルヘイムに来た時から、邪神の気配を感じ取っていた。そして、元大将に声をかけられ、握手を求められた時、元大将が邪神に関係する何者かと接触したことにも気づいた。
もちろん、こうして対面すれば、邪神と似たオーラを纏った何者かが、元大将の身体に居ることをハッキリと認識できる。
実のところ、ハルトは邪神をそこまで恨んでいなかった。
この世界での暮らしをなかなか楽しんでいたからだ。
だが、殺されたことに関しては、少しでも仕返しをしたいと常々考えていた。
「これから俺がお前にするのは、ただの八つ当たりだから」
「なっ──ぐふっ!?」
魔力で強化した拳で、ハルトがアモンを殴りつけた。
元大将の肉体は素晴らしく鍛えられていた。
さらに上位の悪魔であるアモンがその身体を乗っ取ったことで、並大抵の攻撃は効かないはずだった。
──にもかかわらず、アモンは盛大に吹っ飛ばされた。
その吹っ飛んだ先にいた数体の炎の騎士が、アモンを受け止める。
そして、炎の騎士たちは既に意識が途絶えているアモンを、ハルトに向かって投げ返した。
高速で飛んでくるアモンの顔面に向かって、ハルトは最初に殴った時の数倍の魔力を込めた拳を──
全力で叩き込んだ。
人が人型のなにかを殴ったと思えない音がして、アモンは遠くの山まで吹き飛んでいった。
「ふぅ、ちょっとスッキリしたかな」
あまりの出来事に、王子や左将軍、周りの兵たちは驚き、固まっていた。
それとは対照的に、ハルトは清々しい顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます