第53話 破滅の進軍
翌朝、元大将の身体を乗っ取った悪魔アモンが、私有軍の陣を守るハルトと炎の騎士のもとへと来ていた。
「人間がこれほどまで高度な魔法を使いこなすとは……しかもこれだけの数を、たったひとりで」
アモンは、ハルトの魔法に感心していた。
「惜しいことをした。素晴らしく強く、崇高な魂であったろうに。だが、隷属の腕輪を使用してしまったからか? 魂はもう使い物にならないな」
ハルトの魂は隷属の腕輪により傷付けられてしまったようで、アモンはハルトの魂に干渉することができなかった。
アモンが陣の外に向いているハルトの前に移動し、その姿を確認する。
「ん? お前、もしや私に気付いたのか?」
ハルトの視線はアモンに合わなかったが、何となく元大将の身体に乗り移っている自分の魔力を探られている感じがした。
「隷属させられながらも私の存在に気付くか……やはり元の素体が優秀だったのだな」
アモンがハルトの身体に直接触れ、その魂への干渉を試みる。
──が、やはりハルトの魂は完全に破壊されているようで、アモンの干渉を受け付けなかった。
「チッ、これでは魂を奪うことすらできん……まぁ、良い。お前には今後、我が戦力として働いてもらう」
そう言い残し、アモンは陣の中心へと戻っていった。
──***──
その日の昼過ぎ、アルヘイムの国境を十万のアプリストス国軍が越えて、第五王子の私有軍と合流した。
国軍を率いるのはアプリストスに三人いる国軍司令官のうちのひとり、左将軍だ。
左将軍は国王から密命を受けていた。
第五王子をアルヘイムで殺せ──と。
本来であれば、左将軍が手を下すまでもなく、王子は国境警備隊に負けて死ぬか、捕縛されているはずだった。
しかし王子は、アルヘイム国軍の元大将と内通することで、国境警備隊が最も弱体化する時間帯に攻撃をすることができ、無事アルヘイム国内に侵攻することができたのだ。
左将軍はその情報を得て、新たに王子を殺す計画を練った。王子を唆して、国軍より先に王子と私有軍をアルヘイムに侵攻させる。
私有軍は三千人と寡兵ではあるが、アルヘイムの兵たちを多少疲弊させるのには使えるはずだ。
そして、その攻撃で王子が死ねば良し。
仮に死ななければ戦乱に紛れて部下に殺させれば良い。
そんなことを考えながら、左将軍は私有軍と合流することにしたのだ。合流する場所はアルヘイム王都が一望できる大草原。
「……どういうことだ、私有軍は三千人のはずでは?」
私有軍の姿を確認した左将軍が側近に確認する。
「はい。そのはずですが……」
側近も言葉に詰まる。左将軍の眼前にはおよそ一万三千の兵が隊列を組み、並んでいた。
そのうち三千人は人間だった。
これが第五王子の私有軍だ。
そして、残りの一万は──
「俺の目がおかしいのか? あの兵たちが、燃えているように見えるのだが」
轟々と燃え上がる槍を手にし、全身を炎で包んだ騎士たちだ。
それは、ハルトが生み出した炎の騎士だった。
「左将軍! よく来てくれた」
「殿下」
第五王子が左将軍のもとまでやってきた。
左将軍は膝を付き、形だけの敬意を示す。
「父上からなにか、聞いているか?」
「はい、殿下の私有軍と共闘し、エルフ族を壊滅させよとのお言葉です」
私有軍との共闘は嘘だ。
左将軍の目的は、世界樹を手に入れるためにアルヘイムを滅亡させること、そして第五王子を亡きものにすることであった。
「そうか! それは心強い」
何も知らない王子は素直に左将軍の言葉を喜んだ。
「あの……殿下の私有軍の前にいる、騎士たちはなんなのでしょうか? 魔法、ですか?」
「おぉ、あれか。あれは我が友の下僕の力よ」
そう言って王子が元大将を呼んだ。
「彼が協力者だ」
「お初にお目にかかります。私はアルヘイムの国軍で大将をしていました。その職を解かれ、今はあの国への復讐を望む者です」
「そ、そうか。殿下にご助力頂き、感謝致す。それで、あの騎士たちは貴方の魔法なのか? 一万ほども居るように見えるのだが……」
「私の下僕の力です。元は千体程度でしたが先程、奇襲を受けましてな。敵に奇襲など無駄だとわからせるために、
──***──
アプリストス国軍が合流する数刻前、サリオンとティナ、ルーク、リューシンがハルトを奪いに来た。
ルークが範囲を絞り、威力を高めた究極魔法で、ハルトの前に居た炎の騎士、数十体を吹き飛ばし道を作った。
そこを通り、ティナとリューシンが一気にハルトに詰め寄る。
リューシンが炎の騎士を牽制しているうちに、ティナが、ハルトに拘束魔法をかけた。
レベル250のティナが本気でかけた拘束魔法は、いとも容易くハルトに打ち消された。
だが、ティナたちもそれを想定していた。
ハルトが拘束魔法を破ることに意識を割かざるをえない、その瞬間──
気配を消していたサリオンが、ハルトの死角から隷属の腕輪を攻撃した。
ハルトを拘束できなくとも、隷属の腕輪を壊せば、ハルトは止まるはずだった。
サリオンの攻撃は確かに隷属の腕輪に当たった。
──しかし、それは壊れなかった。
アモンの指示で、ハルトが隷属の腕輪に幾重にも魔法防壁を張っていたのだ。
作戦が失敗し、焦るサリオンたちのもとに炎の騎士が押し寄せた。
完全に包囲される寸前に、ルークが二度目の究極魔法を炎の騎士たちへ撃ち込み、サリオンたちは包囲が薄くなった部分を突破して、何とか王都まで逃げ延びた。
──***──
「千体居ても突破されたのだろ? そんなものを増やしたところで、意味ないではないか」
左将軍が元大将に問いかける。
「突撃してきた者たちが異常だったのですよ。究極魔法を使える者が居ましたし、更にティナ=ハリベルが来たのですから」
「究極魔法!? い、いや、それよりティナ=ハリベルと言ったか? 勇者と共に魔王を倒した伝説のエルフ……実在したのか」
「えぇ。そんな者達の猛攻に耐え、逆に討ち取るまで後一歩のところまで追い込んだのですから、あの炎の騎士が役立たずではないとご理解頂けますでしょうか?」
「あ、あぁ……頼もしいことこの上ない」
言葉とは裏腹に、左将軍は危機感を募らせていた。伝説の英雄すら退ける力。
もし、その力が自分たちに向けられたら──
「我が友の力に驚いたか? 凄いであろう」
まるで自分の力であるかのように王子は自慢する。
「この戦、既に勝ちは決まっている。さっさと攻めよう。エルフの女を犯したくてたまらん。俺をコケにした報いを受けさせてやるのだ!」
「……殿下のお心のままに」
王子の号令で、炎の騎士一万体、私有軍三千人、国軍十万人が、アルヘイム王都に向け一斉に進軍を開始した。
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