第51話 魔王軍十個分の戦略

 

「……ヤバいな」


「あぁ、魔人をたった五体で倒す炎の騎士が千体。あれが攻めてきたら、アルヘイムは無くなるんじゃないか?」


「かつての魔王が従えてた魔人が、確か二十体──ってことは、あそこに魔王軍十個分の戦力があるんだ。アルヘイムどころか、世界の終わりだよ」


「……まじか」


 アプリストス第五王子の私有軍が陣を張っている場所からおよそ三キロ離れた森に、ルークとリューシンが隠れて様子を窺っていた。


 ふたりはハルトが洗脳され、連れ去られたというリファの話を聞き、ここまでハルトの魔力を追いかけてきたのだ。そして、ハルトが炎の騎士を出現させるのを確認した。


「どうする? ちょっとハルトを殴って正気に戻るかやってみるか?」


「あの炎の騎士千体の防衛をくぐり抜けてか? 無理だろ。あの騎士が槍を投擲するのを見たことがあるけど、俺はそれを目で追うこともできなかった」


「だよな。俺はあの騎士が連携して魔人を倒すのを目の当たりにしたけど、隙なんか無かったし、攻防の連携も完璧だった」


「じゃあ」


「あぁ」


「「終わりだな」」


 ルークとリューシンはその場で笑いだした。


「ははは、おい、ヤバいな。人ってここまでピンチになると笑うのか」


「いや、これは笑うしか無いだろ。だって魔王軍十個分の戦力が敵なんだぞ? 有り得ないだろ」


「間違いない」


「てか、ハルト強すぎ。魔王かよ」


「それな」


「もう、ハルトの居ない国に逃げ続けるしかないんじゃないか?」


「あいつ、転移使えるぞ?」


「あっ」


「ぷっ」

「「ふははははははは」」


 2人はしばらく笑い続けた。



「ふぅ、とりあえずこの状況を王都に伝えるか」


「あぁ、そうしよう」


 ルークとリューシンはその場を後にした。

 その様子を、ハルトはずっと見ていた。


 元大将の命令は、敵の牽制だった。

 だからハルトはふたりに気付いても、その場を動かなかった。



 ──***──


「その話、まことか? あのハルトが敵になったと」


「……はい」


 ルークとリューシンは王城まで戻り、会議室でエルフ王と大臣たちに自分達が見てきた状況を説明した。ティナやリファたちは別室で待機している。


「チッ、だから人族など信用できんのだ! 簡単に洗脳されよって!!」


「黙れ! ハルトに隷属の腕輪を付けたのは我がエルフ族だ。これ以上、恥を上書きするな!」


 エルフ王の一声で大臣たちは静かになった。


「いいか、リファの話では、シルフ様がハルトに強制帰還させられたそうだ。この意味が分かるか?」


「シルフ様を強制帰還!?」

「ま、まさか」

「シルフ様がこの国に敵対なさると!?」


「そうだ。強制帰還させられるということは、逆も可能だろう。つまり、ハルトに強制召喚されたシルフ様が一切の手加減無しに、この国を攻撃なさる可能性がある」


 このエルフ王の言葉で、大臣たちに焦りの表情が浮かぶ。


 だが、問題はそれだけではない。


「シルフ様の件も問題ですが、もう1つ問題が……ハルトが、かなりの数の炎の騎士を出現させました」


「炎の騎士とは、武闘大会で国軍大将を打ち破ったあの魔法か?」

「かなりの数とはどれくらいだ? 十か? 二十か?」

「馬鹿をいうな。国軍大将があっさり負けた魔法だぞ!? あんなものが二十も居たら太刀打ちできんわ!」


「……千です」

「──は?」


「俺たちは第五王子の私有軍三千に加え、ハルトが出現させた千体の炎の騎士の姿を確認してきました」


 バタっと音を立てて、国防を担う大臣が倒れた。


 これから、その圧倒的な強敵と戦わなくてはいけないプレッシャーに耐えきれず気を失ったようだ。


「皆、聞け」


 エルフ王が大臣たちに語りかける。


「まずはハルトを元大将から引き離す。命令されなければ、ハルトは何もしないはずだ」


「そ、そんなこと可能でしょうか?」


「できなければこの国が滅びる。何としてもやるのだ。そして、それが失敗した時のため、今から全ての非戦闘員を国外に逃がす」


「国民を逃がすのですか? 王都に立てこもった方が安全なのでは? 王都の壁には魔法障壁もありますし、持ちこたえられるはずですが」


「それは無理だ。ハルトは武闘大会で闘技台に張られた魔法障壁を、いとも容易く破壊した」


 王都の壁に張られた魔法障壁と、闘技台に張られた魔法障壁の強度は同等だった。つまり、王都の魔法障壁はハルトの前には意味をなさない。


「サリオン」

「我が主、なんでしょうか」


 エルフ王が呼ぶと、どこからともなく執事サリオンが現れた。


「お前はティナ、そしてここにいるルークたちに協力してもらい、ハルトを元大将から引き離す方法を考えてくれ。我が国軍は囮程度にしか使えないだろう。お前たちだけが頼りだ」


「畏まりました。ルーク様、リューシン様、別室でティナ様たちがお待ちです。そちらに行きましょう」


「あぁ」


「分かりました。では、失礼します」


 サリオンとルーク、リューシンが去った会議室では国民をどこに、どう逃がすかの話し合いが行われた。

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