第50話 最強の敵
元大将が腕輪が付けると、ハルトの目から光が失われた。
「貴方、ハルト様に何を!?」
ハルトの異変を感じ取り、ティナが元大将に飛びかかろうとしたが、炎の槍を足元に打ち込まれ、足を止めた。
「ど、どうしたんですか、ハルト様」
ティナの声が震える。
ティナに向けてファイアランスを撃ち込んだのはハルトだった。
「ふははは、こいつはもう俺の言いなりだ。ほら、見せてやれ」
その言葉に従うように、ハルトが元大将に付けられた腕輪をティナたちに見せる。
「それは隷属の腕輪!」
「何故、貴方がそれを!?」
シルフとリファは腕輪が何であるのか知っていた。隷属の腕輪という、アルヘイムが保有する魔宝具の1つ。他人に付けられると、付けられた人はそれを付けた人の言いなりになる強力な洗脳魔法がかけられるというものだ。
「俺は国軍大将だったんだぞ? これが保管されていた宝物庫の鍵の複製くらい簡単だ」
元大将は宝物庫からお宝をくすねては他国にこっそり売り払い、遊ぶ金にしていた。隷属の腕輪は除隊された際、宝物庫の最奥に保管されていたものを盗んできたのだ。
「おい、ハルトを今すぐ解放しないと殺すよ」
シルフが元大将に向かって殺気を飛ばす。
精霊王の本気の殺気。
立っていられずに元大将が膝をついた。
「シルフ、精霊界へ戻れ」
「──!?」
一言。
ハルトの命令でシルフは強制的に精霊界へと帰還させられた。
「よ、よくやった」
元大将が汗を拭いながら立ち上がる。
「シルフ様を強制送還……そんなことができるなんて」
リファが驚愕の目でハルトを見る。
「ハルト様、目を覚ましてください!」
「…………」
ティナの呼びかけにもハルトは答えない。
「無駄だ、我々エルフにも効果のある魔宝具だぞ? 人族のこいつがレジストできるわけが無いだろう」
「貴様ぁ!」
ティナが雷槍を元大将に向かって投げつける。超高速で向かってくる槍を、ハルトが前に出て容易く撃ち落とした。
「ハ、ハルト様……」
「ティナ、俺を殺すつもりだったな? ハルト、自害しろ」
「なっ、なにを!?」
ハルトが身につけていた護身用の短剣を自らの首に当てる。
「やめて!!」
「止まれ」
元大将の命令で、ハルトは動きを止めた。
首の皮が切れ、血が流れ落ちる。
「分かったか? お前たちが逆らえば、俺は躊躇わずこいつを殺す。お前らはこの戦争が終わるまで一切、何もするな」
元大将の口元が嫌らしく歪む。
「英雄ティナ、そして王女リファ。お前たちはこの戦争が終わったら俺の奴隷にしてやる。だから死ぬんじゃないぞ?」
そう言い残し、元大将はハルトを連れて去っていった。ティナとリファは、ふたりを追いかけることができなかった。
──***──
国境から王都に続く草原。
そこにアプリストス第五王子と、その私有軍三千人が陣を張っていた。兵達はここに来るまでに蹂躙した村や町で得た食料を貪っている。
できれば女エルフを捕らえて、その身体を好きにしたかった。しかし、国境警備隊を倒して国門を抜けるのに時間がかかり、その間に国境付近の村や町から全てのエルフが逃げてしまった。
得られたのは食料や貴金属など。
エルフの女を好きに犯せる。そう言われてこの侵攻に参加した闇ギルドの冒険者も私有軍に混じっていたため、不満気な兵が多かった。
そんな陣の中心に突然、魔法陣が浮かび上がった。
「な、なんだ!?」
「警戒しろ!」
兵達が魔法陣を取り囲む。魔法陣の内側が真っ黒に塗りつぶされ、そこから元大将とハルト、そして眼帯をした女エルフが現れた。
「何者だ!?」
「おっと、俺たちは仲間だぜ? な、か、ま」
「どう見てもエルフじゃないか! どうやってここに現れた!?」
元大将たちに私有軍の兵たちが剣を向ける。
「待て! 彼らは仲間だ、剣を引け」
陣の奥から親衛隊を連れたアプリストス第五王子が現れ、兵士たちを下げさせた。
「よく来た」
「あぁ、俺の提案に応じてくれたこと、感謝する」
元大将はアプリストス第五王子と内通していた。元大将が国境警備隊の見張り交代時間などを王子側に漏らしたことで、私有軍は最も防衛が手薄になる時間に国門を突破できたのだ。
「だが、何故こちらに合流したのだ? そして、どうやってここに現れた?」
元大将はアルヘイムの王都に留まり、アプリストスの国軍が王都を包囲した時に、内部で反乱をおこし、内側から門を開けて敵を招き入れてしまう計画だった。
「なかなかいいモノを手に入れてな。内乱なんか起こさなくてもあの国を滅ぼせる力を手に入れた。だからここに来た。ちなみにここまで移動できたのもソレのおかげだ」
そう言いながら元大将がハルトを指さした。元大将がここに来た本当の理由は王子に裏切られることを危惧したからだった。
内側から門を開けてアプリストス軍を中に入れたら、王子は用済みになった元大将を裏切って殺すかも知れない。そう考えた元大将はハルトの力をアプリストスに見せつけておくことにしたのだ。
「この人族の少年にそんな力が? お前の言うことを聞くのか?」
「あぁ、我が国の宝具である隷属の腕輪を付けたから俺の言いなりだ。そして、こいつは強いぞ。見せてやれ」
「ファイアランス」
命令に従い、ハルトが炎の騎士を出現させた。
「王子! お下がりください!!」
周りにいた親衛隊が第五王子を守るように炎の騎士に剣を向ける。
「とんでもない魔力です。下手をすれば、この一体に我が軍は壊滅させられます」
炎の騎士と対面した親衛隊たちの額から汗が流れ落ちる。
「おいおい、警戒すんな。こいつは俺の下僕だ」
「ほ、本当にお前が制御できるのだな?」
「問題ない。信じてくれ」
元大将は王子たちにハルトの力を見せつけられて満足していた。これでハルトを恐れて、王子たちは裏切ることができないだろう。
元大将はそう考えた。
「アプリストスの国軍が来るのは明日の昼か?」
「あぁ、その予定だ。父上から先程知らせが来た」
「そうか、では今日は休もう。明日は略奪の日だ。我らは真っ先に王都に攻め込めるからな。兵たちも休ませた方がいい」
「だ、だが夜襲があるやもしれん」
「問題ない。ハルト、お前が見張れ。敵を牽制しろ」
「分かった。全方位を見張れるように
「ん? まぁ、構わんが」
ハルトが言った、『数』がなんの事か元大将は理解できなかった。
「ファイアランス!」
「──っ!?」
「こ、これは!」
約千体の炎の騎士が現れた。
その炎の騎士たちが、私有軍の周りを囲う。
一体で人族の兵三千を壊滅させられるほどの力を持つ炎の騎士が千体。
これにはハルトに命令した元大将すら驚いた。
「おっ、おい、本当にこいつは味方なんだろうな!?」
「あ、あぁ、問題ない」
すごく焦った様子の王子の問いかけに、元大将も吃りながら答えた。
「明日の昼まで、敵を寄せ付けるな」
「分かった」
元大将の命令を聞くと、ハルトは炎の騎士と並んで私有軍の陣に背を向けて立ち、動かなくなった。
自らの命令に従うハルトの姿を見て、大将は満足した。
この圧倒的な力が自身のものになった。使いようによっては世界の覇権を握れるかもしれない。その後、元大将はまるで自分の軍を歩くように私有軍の中を歩き、用意された寝床に向かった。
対照的に王子は自分の軍が展開した陣の中であるというのに、おどおどしながら元大将の後ろをついていくことしかできなかった。
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