第61話、やっぱりきっと知らないうちにライバルは増えていく
SIDE:潤
棗ちゃんの部屋から生徒会室までは、八階にある渡り廊下を渡ってすぐだった。
どこかの城を彷彿とさせる、広く湾曲した階段を昇りきれば。
やがて生徒会室が見えてくる、本校校舎十階。
生徒会室と放送室と会議室。
三つ合わせて作戦指令本部、なんて呼ばれる場所。
ここ最近は出動もなくて、本当にただの生徒会室と会議室と放送室になってしまうんじゃないかな、なんて思ってたりしてたけど。
それらの入り口に続く階段終わりの広間。
そこには、歓迎会の時に用意した、ようこその看板が散乱していた。
「何かあった……のか?」
命ちゃんの呟きに答えられるものはいなかった。
それは、生徒会室へと続く、観音開きの大きな扉の向こうから不穏な気配が漂っていたせいもあったんだろうけど。
そんな中、私は別のことを考えていた。
それは今の今まで失念していたことだ。
何かを忘れているようなって引っかかってたこと。
クリップがない。
その大きめの看板を支えておくには少し無理のあったはずのものが。
私には当然心当たりがあった。
そこにいたのはカチュのお友達だ。
吟也がここに来て、カチュたちの言う『ボス』ならば。
きっとクリップの彼女に気付いて連れて行ったのだろうということは容易に想像できて。
(今更だけど、みんな女の子じゃん……)
どうしてそんな単純なことに気付かなかったんだろう。
カチュも、ここにいたクリップの子も、昨日吟也に会った時に聞こえてきたがやも。
みんな吟也の大好きな女の子たちだ。
吟也が歓迎会を放り出し地下へ行ったことも、カチュのことを返して欲しいと言ってきたことも。
生徒会室へ呼ばれたのにも関わらず、棗ちゃんの部屋へ訪れたことも。
みんな彼女たちを探すためだとしたら?
ただそれだけだったとしたら?
それは、吟也が何かを企み、いろいろな場所へ足を運んでいると言うより、よほどしっくりくるような気がしていた。
それに、もしかすると吟也は知らないのかもしれない。
私がカチュの姿を見出し、その声を聞くことができるということを。
それを考えれば、急に吟也がカチュを返してほしいと、まだ約束が半ばであるのにも関わらずそう言ってきたことにも辻褄が合う気がした。
吟也はきっと心配だったんだろう。
私がこんなにもカチュを大事にしてるってこと、話してもないし、知りようもないんだから。
「何にやけてるんですか、急に。怖いからやめてください」
「なんだかしばらく見ないうちに潤姉ちゃん変わったよね」
「いいえ。これが素です。今までは猫かぶっていただけですから」
「そ、そうなんだ」
キクちゃんの呆れた呟きと、ひきつった棗ちゃんの笑み。
そこでようやく私は我に返って。
「えっと……あ、失礼します。三水潤他三名入りますよ?」
私は手遅れながらも誤魔化しつつ扉をノック。
だが反応はない。
怒りのようなそうでないような、とにかく鬱屈した空気……真希先輩の気配はあるのに返事がないと言うことはどういうことか。
時間的に見て、何事もなかったのならば吟也はもういないはず。
私たちは首を傾げながらも扉を開け放って。
すぐ視界に入ったのは、部屋の中心に据えられたデスクに突っ伏す真希先輩の姿だった。
案の定吟也の姿はない。
それはちょっぴり残念だったけど、つまるところ吟也はシロで。
何事もなかったのかな、なんて思っていたけど。
「……フフフ」
「……っ」
寝ているのかなって、起こそうと近付いてぎょっとなった。
真希先輩は笑っている。
小刻みに震えながら、それはもう不気味に。
これはあれだ、堪忍袋の緒が切れる瞬間と言うか、大噴火の前触れというか……。
「名神議長……?」
そんな、いつ爆発してもおかしくない状況に一石を投じたの命ちゃんだった。
さすが、勇気あるなぁ、なんて思っていたのも束の間。
真希先輩はその呼び声に反応し、ゆっくりと顔をあげる。
「ひぃっ」
棗ちゃんが悲鳴あげるのも必然だっただろう。
そこには鬼がいた。
顔を真っ赤にして怒りに打ち震えるその様は、まさに赤鬼と呼ぶにふさわしく。
「フフフフッ。……いい度胸じゃない。この私にこれほどの屈辱を与えるとは、一生から末代まで後悔させてやるわぁっ!」
そう叫んだとたん、うがーっと暴れだす真希先輩。
デスクの資料は花吹雪のように舞い、ありとあらゆる家具はへこみ、ひび割れて。四人がかりで止めなければ、冗談抜きで生徒会室がなくなっていただろう。
それが後に、生徒会室の乱と呼ばれるようになったかどうかはともかくとして。
小一時間ほどもみ合いへし合い、赤鬼と化したのが怒りではなく(まあ、怒りも少なからずあったのかもしれないけど)、羞恥のせいだということが、根気よくこうなった事の次第を聞くうちに理解できて。
かなり混乱していて先輩もこんな風に取り乱すことがあるんだなぁと感心すらしたほどだったけど。
要約すると。
棗ちゃんの部屋に寄ったせいか遅刻してきた吟也は、ノックすると同時に何故か脚立を貸してほしいと言ってきたらしい。
予想外の問いかけに、反射的に「どうぞ」と返事したのはいいものの、それきり吟也は部屋に入ってくる気配すらなくて。
痺れを切らして先輩自ら扉を開けたところ、吟也に襲われたらしい。
襲われたというのは、恥ずかし気に言い澱んでいるのを見るに、敵対し殺意があったという意味ではもちろんなく。
もうお嫁に行けないとか、初めてだったのにとか、いかにもな台詞を口走っていたけど。
私が予想するに真相はただの事故だろう。
吟也が脚立を欲しがったのは、きっとクリップの子を助けるためだったに違いない。
となると脚立を置くのは扉の前になるわけで。
勢いよく開けば何かしらハプニングが起こってもおかしくなかった。
結局、どんなハプニングだったのかはもうお約束と言うかマンネリ言うか、頑として口を割ってはくれなかったけれど。
「それで、結局どうなったんだ? 紅恩寺の評価は」
「評価も何もろくに話もしてないわよ。全力でぶっ飛ばしちゃったし」
「ひ、ひどい」
力のこもった真希先輩の一撃と言えば、町一帯に避難勧告が出される上級の魔物でも木っ端微塵になる威力を持っているのだ。
棗ちゃんが眉を寄せてそう呟くのももっともなわけだが。
「だ、だって……」
仕方ないじゃないとばかりに泣きそうになる真希先輩。
まず見られないだろうしおらしいその態度に、なんていうかぐっとくる。
というか、本当に吟也は何をしたんだろう?
ある意味ここまで真希先輩を変えてしまうとは。
少し羨ましいとか思ってしまう時点で、私も相当やられてるんだろうけど。
「全力……まぁそれはともかく、つまり力を介して殴ったと?」
命ちゃんの問いにこくこく頷く真希先輩。
改めて考えてみると、ちょっと心配になってきた。
今ここにはいない吟也。
下手すれば鼻歌三丁でひでぶ、なんてことになりかねないのでは、と。
「た、ただいま戻りましたっ」
と。そこにノックとともにやってきたのは、息も絶え絶えの由宇ちゃんだった。
「随分と辛そうだな、どうかしたのか?」
「あ、はい。吟也を入り口で寝かしておくのもなんだったので、寮のほうへ運んだんですけど」
「そ、それってもしかして、背負ったりとか?」
「え、いいえ。肩を貸したくらいですけど」
それでも、なんという素敵体験……じゃなかった、ナイスタイミング。
「様子は? 大丈夫そう?」
「はい。もしかしたら青あざくらいはできてるかもしれませんが、もう目を覚ましてますし、大丈夫ですよ」
まるで自分の手柄のような口ぶりに聞こえるのは、たぶん私の耳が悪いせいなんだろうけど。
そんな由宇ちゃんは、生徒会室に呼ばれた吟也の後をこっそりつけていたらしい。だが、八階付近で急に進路を変えたので見失って、色々探し回っていたそうで。
しばらくして生徒会室へ向かえば、そこにはどうもひと悶着あった後の吟也の姿があって。
そんな吟也を起こした由宇ちゃんは、一緒になって付属の校舎のほうへと戻ったのだという。
「名神議長の一撃に耐えうるとは、やはり生徒会長としての素質ありか」
そうして事の次第を知り、命ちゃんが感心してそう呟いたから。
「生徒会長……いいじゃない。こうなったら私の奴隷として、一生こき使ってやるわ!」
再びスイッチの入った真希先輩が、さも良い事を思いついたと言わんばかりにそう宣言するに至って。
(吟也。なんていうか、ごめん……)
もはや吟也は私たちから、本校から逃げられない。
その原因の一端が自分であることを強く自覚しながら、私は内心で謝罪の言葉を述べていて……。
※
そんなこんなで、うまくまとまったように思えたけれど。
結局は毎度おなじみの、現状に変化なしの仕切り直しなわけで。
とりあえずは、現れた魔物を交代交代で監視することになって。
改めて私が呼び出されたのは、その監視の任務を終えて、しばらくしてのことだった。
「吟也を本校へ入れる……?」
そして、真希先輩の待っていた生徒会室で、私にだけと口にしたのは。
ほとんど決定事項に近かったにも関わらず驚かずにはいられない、そんな言葉だった。
「そう。彼は異世の力に耐えうる数少ない男子だから。本校の【生徒】として働いてくれれば、付属の生徒たちへの刺激にもなるし」
「それじゃあ、虹泉の件は?」
「男子の【生徒】は貴重だからね。今のところ被害も出ていないことだし、もしあれが彼の創り出したものだとしても、不問にするって上は……先生たちはおっしゃったわ」
「……」
何だか急に結論を出すんだなぁと、私はちょっと思った。
それを、私一人だけに伝える意味もないような気がしていて。
その事を改めて問うと。
「だって潤。彼と幼馴染みなんでしょう? 明日は付属お休みだし、あなたに迎えにいってもらうのが一番だと思って」
「それは……別に構わないですけど」
やっぱり私にだけ言う必要はない気がする。
いくらテンパっていたとはいえ、みんながいた時に言えばよかったのにと。
私が不服とは言わずともしっくりきていないのを、真希先輩も分かったんだろう。先輩は一つ息を吐いて天を見上げて。
「潤はさ、彼が今回の虹泉の創造主だなんて、あまりに都合良すぎると思わない?」
「……そうですね」
それは、今考えられているものとは、逆の考え方。
そう言う風にも取れるのかと頷いていると、真希先輩はさらに言葉を続ける。
「だけど、彼は全く自分を隠そうとしていないでしょ? いえ、もしかしたら彼は何も知らないのかもしれない。そんな、虹泉があることも、普通の人たちを拒絶する力を私たちが持っていることも」
確かに言われてみれば、初めて会った時だって、全く平気そうにしていたのは。
知らなかったからこそに見えなくもなかった。
となると、どうして吟也はそれに気付かなかった……曲法の影響を受けないのかってことなんだけど。
「それは、知らないなんて問題じゃない。ありえないことだと思ったけど。彼の転校前にいた場所を知ってピンと来たの。彼はやっぱり、かつてこの地にいた妖の人……あるいはその末裔じゃないのかって」
魔物が現れたことで、結果この地を追われるようにいなくなった妖の人。
その行き先は西方。
吟也は確かにここから西……神戸の町に引っ越したんだけど。
私はそれをただの偶然というか、今まであまり気にしていなかった。
だけど、今は私自身も、詩奈ちゃんたちの話を聞くことで、吟也が妖の人かもしれないと思う部分があって。
「これはあくまで私の推測なんだけど、もし彼がそんな自分の出生すら知らないとしたら、これ以上のスケープゴートはいないんじゃないかしら」
「それはっ……」
もしそうだとしたら、吟也が何も知らないことをいいことに利用し陥れ、自身のやったことを押し付けようとしている人がいるってことで。
「潤にだけこの考えを話し、任せたのはあなたが彼のことを一番裏切らないだろうって、そう思ったからよ。……そして他の皆にはこう宣言する。『虹泉の創造主が分かる装置により、彼を検索する』ってね。うまく行けば本当の創造主が、これで炙り出されてくれるはず」
あくまでもそれは可能性で、確実なものではないみたいだったけど。
そう言う真希先輩は、何だか自信に満ち溢れているように見えて。
生まれるのは一つの懸念。
「妖の人は、人に紛れ、人心を支配する。先輩がそう思い考えていることすら、つくられて操られているものだったとしたら……」
「もしそうだったら、本校は終わりね。この町は再び妖の人に支配されるでしょう」
私が重い空気を背負い、吐き出すようにそう言えば。
返ってきたのは随分とあっけらかんとしたそんな言葉で。
「て言うか、そんな事潤ちゃんが誰よりも一番覚悟してるんでしょう?」「……っ」
無粋なことを言いなさんな、とばかりに笑顔を見せる真希先輩。
朝、キクちゃんに宣言したのは何だったのかと、私はただただ自分に呆れていて。
結局のところ。
真希先輩も、吟也の魅力に囚われてしまったものの一人だったんだろう。
一体どれくらいライバルが増えれば気がすむのか。
私は思考が行ったり来たりしつつも自分を信じることを再確認して。
きっと際限なく増えていくんだろうなって、半ば諦観を持ちつつ。
真希先輩とともに曖昧な笑みを浮かべるのだった……。
SIDEOUT
(第62話につづく)
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