第58話、思い起こせば初めての戦闘に突入しそうになって



SIDE:潤


それからお昼休みが終わり、午後の授業。

予定通りことが進んでいれば、今頃は吟也がトーイ先生のお使いということで、生徒会室へと向かっているはずだった。

今は歓迎会の時よりも濃い、私たち【生徒】以外には猛毒にも等しい、この異世の中を。


普通に考えれば心配しなきゃいけないところなんだけど。

私は既に異世を……私たちから生まれ出でる拒絶の空気をまるで気にかける様子もなかった吟也のことを何度も見てきたから、あまりそういう感覚もなくて。



(それでも様子、見に行ったほうがいいかな……)


真希先輩には手を出すな、とは言われているけど。

吟也のことだから約束事をすっかり忘れて、どこぞの女の子についていってしまう可能性を否定できない自分がいるから困りもので。


(ん~、だけど何か忘れているような……)


あれからキクちゃんは何とか体調がよくなって、そのまま保健室で寝てるし、キクちゃんの緊急事態でおざなりになっていたカチュと対話しようという案も、分かっててやってるのか、頑として起きようとしないカチュのせいで膠着状態だし。


確か、カチュと関係していることで、他に気にかけなくちゃいけないことがあった気がしたんだけど。

結局それを思い出すことができなくて。


そんな私を我に返らせたのは。

私を当てる先生の声でもなく、終業を告げるチャイムの音でもなく。

カチュのいる胸ポケットの反対側のポケットに備え付けられていた、緊急連絡用の連絡機の、そのアラームだった。


通常魔物が出現した場合、それは教室じゅうに鳴り響くくらいの大音量の合唱をする。

だけど今回は音なしの赤い点滅。

しかも同じ教室で光っているのは私だけみたいだった。



(長のみの召集……あるいは、私だけ?)


どちらにしろ、何か起こったのは確かなようだった。

今、まさに吟也が本校に来ているだろうこの時に。

それは、やっぱりどこか仕組まれているようにも思えて。


「風紀委員長、三水潤。出動します」


思ったよりも冷静なまま、私は手をあげ立ち上がりそう言うと。

先生の許可を得てすぐさま教室から飛び出す。


すると、ほとんど同じタイミングで命ちゃんが隣のクラスから飛び出してきた。

私たちは無言で頷き合い、集合場所である会議室へと向かう。

そこには対応中なのか、そうでないのか真希先輩の姿はなく。

代わりにいたのは、心なしか焦っているようにも見えるトーイ先生と、美音先輩だった。



「ついに魔物が?」

「ああ、例の山の頂上にある虹泉から、魔物が数体出現した。ちょうど詩奈は監視に出ていてな。連絡は彼女からあった。一刻も早い救助を」


命ちゃんが問いかけ返ってきたのは、ちょっと信じられないトーイ先生の言葉。

あの綺麗な虹泉が、魔物を生み出すなんてって思ったけど。

私はトーイ先生が全てを言い終えるよりも早く駆け出していた。


私たちと一緒にいられる以上、【生徒】の素質はあるだろう詩奈ちゃん。

だけど心配だったから。

私はみんなを置き去りにする勢いで校舎を出て裏庭に回り、山の頂上にある演習場を目指しつつ異世を展開。

そのまま片耳のイヤリングを外し、利き手で強く握りこむ。



「我が力よ、アジールの元に顕現せよ! 【物質命題】っ!」


詩奈ちゃんと奇しくも同じ場所へ向かった時に使っていたものとは、比べものにならないくらい力を込めて繰り出す、私の『曲法』。


それは私の異世を食らい、イヤリングを肥大させる。

その変化は、瞬きするほどの一瞬。

気づけば私の手にはアメジストの光沢が眩しい、一本の戟が握られていた。


持ち手も刃も大仰なくらい派手で、大きな槍に付随する武器。

私の想像によって生まれたそれは、驚くほどに軽い。

だがその威力は、大地をも砕く。


ご都合主義……じゃなく。

使い勝手が本当にいいのは、それが私の長年愛用している得物だからだ。

それを担ぎながらの、それでも少しのスピードも落ちることのないダッシュ。


風を切り飛ぶが如くのそれは、やっぱり異世のおかげだ。

異世は、防御を含めた私の身体能力を上げてくれていて。



「うにゃっ!」


そんな私に軽々追いつき、追い抜かんとするのは美音先輩だった。

低い体勢を取り四つ足で疾駆するその様は、大型の猫科を思わせる。

それはまさに、【月使獣化】と呼ばれる美音先輩の曲法の具現、というべきなんだろう。



「いたにゃっ!」


そして、目的地に辿りついたのはそれからすぐだった。

美音先輩が指し示すその先には、三体の魔物。

今回の虹泉における初めての魔物だ。

魔物は通常、虹泉を発動した創造主のイメージするものと言うか、その人を顕したものが生まれるという。


目の前にいたのは、今まで見たこともないやつらばかりだった。

全身が闇色の……埴輪のような魔物。

ゴム鞠のような身体には不釣合いなほどの翼を持つもの。

そして四本足で立ち、たてがみを持つ(私には黒い犬に見えた)もの。


それぞれが全く別種のような形態をとっていたけど、私はそれを同種のものと判断した。

それは、言うまでもなく三体がおそろいの闇色だからだ。

まるで目の前の光景を静止画にして、彼らのいるところだけを切り取って、更にそこに墨汁を垂らしこんだような……そんな闇色。

あまりに深く、だけど何故か懐かしさを憶えて。



「先手必勝にゃ!」


勢い込んだ美音先輩がそう叫ぶのと。


「待ってください!」


自分でも信じられないくらい大きな声が重なる。


「うにゃっ?」


転びそうになりながらも、律儀に止まってくれる美音先輩。


「な、何で止めるのにゃっ」


だけど、すぐに訝しげに私を見てくる。

それはほとんど無意識の、咄嗟に出たものだったけど。

その理由がないわけじゃなかったから。

私はそれに答えるように頷いて。



「少し様子を見ましょう。敵意はどうか分かりませんが、少なくとも彼らはこちらに襲い掛かる気はないようですから」


今までの魔物たちとの最大の違い。

私はそれを口にする。

かつての魔物たちは、生まれるや否や人間に襲い掛かってきていた。

抵抗する術を持たない一般人にとってみれば、出会うことだけで命を脅かす脅威だった。

故に危険度を表したレベルを設け、それに応じて避難してもらっていたわけだけど。


目の前の魔物たちはじっと息を殺すみたいに、虹泉の側から動こうとしなかった。まるで、その虹泉を守るためだけに存在しているかのように。

それを考えると、危険度は低そうではあって。

何より数が少ないから、余計にそう思える。

一体一体の大きさもそれほどじゃないし、それこそ私の戟の一薙ぎで滅せられそうな、そんな気がしていて。


「言われてみればちょっと変にゃ。魔物が襲ってこないなんて」


いつの間にやら鋭利な刃のごとき爪を下ろしていた美音先輩は、戸惑ったようにそう呟く。

美音先輩はちょっとなんて言ってるけど、これは大きな違いだ。


コミュニケーションもままならず、こちらの命を奪うためだけにひたすら行動しているようにも見えた今までの魔物たち。

だから、こちらとしてもしょうがないと言い訳してやられる前にやってやろう、という意識だったのだ。


ところが目の前の魔物たちには、今のところそんな素振りは全くなかった。

むしろ、もしかしたら彼らと意思疎通ができるのではないかという気分にさせられるほどで。



―――人間に紛れ人間に取り入り、その心を掌握しようとしている。



あなたはもう、その術中にはまってしまっているかもしれない。

その瞬間、不意に思い出されるのはその感じのキクちゃんの言葉。

私はすぐに、はっとなった。


彼らを滅したくない。

私たちにそう思わせることがそもそもの狙いなのだろうか。

それは確かに、うまいやり方だとは思う。

事実今私には、敵意も何もない彼らを本当に滅するべきなのかという疑問が浮かんでいて……。



「迂闊に刺激するのは危険かもしれないな。彼らがあの虹泉を守っているなら、こちらが動くことで彼らも活動を始める可能性はある」

「うにゃ。命ちゃん、いつのまに」

「一応これでも副会長なのだからな、置いていかれるわけにはいかないよ」


気付けばそこにいた命ちゃん。

美音先輩がその存在の薄さをからかうが、命ちゃんは命ちゃんでそれに気付かないのか、少しずれた言葉を返している。


ただ命ちゃんの一言は、もっともで。

これは罠なのかもしれない。

こっちが迂闊に近づくことで、彼らに動く理由を与えてしまうかもしれない。

……なんて、どうも自分に都合のいいように考えがちになっているような気がしてならなかったけれど。



「にゃ? そう言えばトーイせんせは?」

「私たちが異世を開く展開になればどうあっても邪魔になると言われてな、今は演習場の入り口に待機しているよ」


そんな、二人のやり取りを耳にして。

そう言えば私はそもそもがどうしてトーイ先生が焦っていたのかを思い出して……。


            (第59話につづく)








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