第56話、可愛い子みんなにやさしい外連味フィクサー



SIDE:吟也


その後。

僕たちは、リオンがぬいぐるみの中にいたこと、【異世】のこと、ぬいぐるみたちのこと、改めて聞いてみることにした。


リオンによるとどうやらこの【異世】は、なつめという少女のものらしい。

ぬいぐるみたちも彼女のもので、彼女の【生徒】としての【曲法】による力によって、命を吹き込まれていたことが分かった。


何故ぬいぐるみたちが、こうして侵入者を追い払ったいたかと言えば。

そんな彼女がが原因不明の病に倒れ、この【異世】の中で床に伏せってしまったから、とのことらしい。

ぬいぐるみたちは、主の命がなければごく単純なことしかできなかった。

しかし、ぬいぐるみたちは主を守りたかった。

その思いを、何の因果か、たまたま近くにいたリオンがなんとかしてやろうと、そう思ってしまったらしい。

そして更に、リオンはぬいぐるみたちに向かってこう言ったのだ。


『リオンにはとののために戦うことしか能はないが、とのなら何とかしてくれるやもしれぬ』……と。

それだけでも随分とたぬきの皮算用って感じだったけれど。

どうやらぬいぐるみたちはとののために戦うの部分を、とのと戦うととったらしい。

それで、あんなことになってしまったというわけで。



「だいたいの理由は分かったけど、それじゃあ何で、彼のお腹の中に?」


残った疑問はそれだけだった。

注目されたデブ猫のぬいぐるみは、表情は変わってないはずなのに、何だか注目されて恥ずかしそうにしているのが分かる。



「おそらくは。リオンの、とのから授かった膨大な『力』が必要だったのかと。どうやら彼らは、『力』がなければ動き続けることができぬようで」

「『力』? それって【曲法】の? 僕にそんなものがあるの?」

「何言っとん。クリアたちがこうしてしゃべったり翼生やしたりできるんは、ごしゅじんの『力』のおかげなんやで」

「単純に『力』という言い方だとピンとこないかも知れませんね。言い換えればたいちょーの生命力、と言えばいいでありましょうか。現にたいちょーの『力』がなければ、元々『物』であるモトカたちはこうしてしゃべることはおろか、動くこともできないでありますしね」


今の今まで知らなかった、初めて聞くことを。

知っていて当たり前であるかのようにそう言うクリアに続き、モトカがしみじみとそんなことを呟く。



言われて思い出すのは、地下のゴミ焼却場に落ちそうになってたモトカのことだった。

その時は、何でそんなとこにいるのかと思ってたけど。

動けなかったからってことを考えると、その経過はともかく、あんな目にあっていたことにも納得はいく。

そして……今の会話の流れで、気付いたことが一つあった。



「ま、それは分かったよ。それで、そのなつめちゃんって子は、あの屋敷の中かい?」

「は、さようで」

「そか、どんな様子か見てみるってのはありかな?」


リオンを中心に、ぬいぐるみたちにも確認をとる。

別に、医療の知識とかがあるわけじゃないし、リオンが言ってたように僕がどうこうできる問題じゃないかもしれないけれど。

このまま何もせずにいるのは、どうしても目覚めが悪かった。

それもこれも、全く何もできずに失ってしまったことへの反動、なんだろうけど。



「はっ、是非に!」


まるでそれだけで解決したかのようにはしゃぐぬいぐるみたちと、嬉しそうなリオン。


「ごしゅじん、責任重大やな」

「ははは」


クリアのプレッシャーかかる呟きに、僕は少々ひきつった笑みを浮かべつつも。

ぞろぞろと行軍を開始するぬいぐるみたちの後をついていく。




「ここでござりまする」


それから、屋敷の中へお邪魔させてもらって辿り着いたのは。

硬く扉閉ざされた一室だった。


「鍵かかってるみたいだけど」


何とはなしに呟くと、後頭部をどむどむ叩かれる。

振り向くと、デブ猫のぬいぐるみがもこもこの手のひらを開き、鍵を差し出していた。



「僕が開けるよ?」


僕はそれを受け取り、確認を取ってから扉の鍵を開ける。

そして、一同を見回した後、ノックして失礼しますと声をかけてからその部屋に入った。



そこは、寝室だった。

この春めく季節にはちょっと暑そうだなと思えるくたいあったかそうな分厚いベッ

ドの中、リオンたちの言う、なつめと呼ばれる少女らしき人物が眠っている。



「うーん」


見た感じ、僕にはただ眠っているだけのように感じられた。

特に苦しそうでもないし、規則正しく呼吸をしているのが分かる。


と、僕が考え込んでいると。

その間に、次々とぬいぐるみたちが部屋の中に入ってきて、少女を見守るように取り囲んだ。


たちまちぬいぐるみハウスと化す、静かな寝室。

一体どれくらいいるんだと思って振り返ってみれば、ぬいぐるみたちが部屋の中に入ろうと行列を作っているのが分かった。

もっとも、今はあのデブ猫のぬいぐるみが入ろうとして入れなくて、入り口を塞いでいるから、これ以上はぬいぐるみまみれになることはないはずだけど……。

それを目にして、僕はピンときた。



「あのさ、一つ聞きたいんだけど。クリアたちって、僕の……ええと、生命力みたいなので動けるんだよね?」

「そうやけど?」


何故今更それを聞くのだろう、といった感じのクリア。

僕は深く、一つ息を吐いて。


「じゃあさ、ここにいるぬいぐるみたちは? いや、ここにいるのだけじゃない。この【異世】ってとこにいたぬいぐるみ、一体どれくらいの数になるか知らないけど、どうやって動いてるんだろう……ね?」


辺りをぐるりと見回して、僕は決定的な一言を投下する。

その瞬間、押し合いへし合いしていたぬいぐるみたちが、ぴたりを動きを止め、あたりには恐ろしいほどの静寂が訪れて。



「さすがあは我がとの。それは盲点でございました」

ややあって、はっと我に返ってそう呟くリオンに。

僕はただ、苦笑を浮かべるだけで……。



                

                ※




なつめという少女の『病』の原因が、自分たちであったことに気付いたぬいぐるみたちは、次々とただのぬいぐるみに戻っていった。

もはやみんなをまとめるリーダーと化してたリオンが、一度に活動していいのは多くても6体まで、と諭したせいもある。

今は、主の早い回復を待つために、動いているのはデブ猫のぬいぐるみ一体のみだった。

これで、何もしなくてもしばらくすればなつめという女の子は目を覚ますのだそうで。



「では、参りましょう、我がとの。このリオン、どこまでもお供いたしまする」


それから僕たちは。

デブ猫のぬいぐるみ(リオンによれば、『ごんさん』というらしいけど)に見送られて、僕たちはなつめちゃんの【異世】から、元の世界へと戻ってきているわけなのだが。


「それは構わないけど、なつめちゃんそのうち目を覚ますんでしょ? リオンは挨拶とかしなくてもいいの?」


それは、なんとなくここから離れることに未練がありそうだったから、口をついて出た言葉だった。

それを聞いたリオンは、案の定俯いてしまって。


「リオンの姿は、彼女には見えませぬ。それに、いざ立ち会えばいらぬ情も芽生えるでしょう。リオンがとのとあがめるお方はただひとり、でこざりまするゆえ」


なんて未練たっぷりの口調で、そんな事を言ってくる。



「分かった。それじゃあなつめちゃんが元気になったら、改めて会いに行こう」

「はっ。……って、え?」


僕が笑顔でそう言うと。

リオンは頷きかけて、目をしろくろさせる。


「僕はリオンのとの、なんでしょ。だったら言うこと、聞けるよね?」

「ははっ!」


あんまりそういうのは得意じゃなかったけれど、僕は敢えてそんな言葉を口にする。

リオンはかしこまって返事をしていたけど。

その口調の中に、嬉しそうな感情がはっきりと含まれているのが分かった。


「クリアたいいん! たいちょーはやはりけれん味のある策士であります!」

「そやねぇ」


そんな、モトカの感心したようなセリフも。

しみじみと頷いてるクリアにも、僕自身もう慣れたもので。


最初はどうなることかと思ったけれど。

結果的には気分よくその場を後にしようとした所で。

続くクリアの呟きに、僕は現実に戻される。



「けどごしゅじん、まだおつかい終わっとらんよ?」

「……うぐっ、わ、忘れてたぁっ!」


慌てて時計を覗く僕。

見ると、思っていたよりは時間はたってなかったけど、寄り道してたのまる分かりなくらいには時間が過ぎていた。

特に時間を指定されてたわけじゃなかったけれど、急いだほうがいいんだろう。



「みんな、しっかりつかまってろよ! ちょっと急ぐから!」


胸ポケットにいるクリア、肩口に座っているモトカ。

そしてブレザーの右下ポケットから顔を出しているリオンに一声かけて、僕はダッシュしていくのだった。


そう言えば、リオンって元々の『物』はなんなんだろう?

後で聞かないとな、なんて思いながら……。



            (第57話につづく)







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