第50話、そして秒で顔つき合わせて、勘違いに気づく
SIDE:潤
付属の生徒のための通学の道。
つい先日、足を運んだばかりの、本校と付属を遮る、隔たりの始まりがある場所。前に来たときよりも若干遅かったようで、その場所には既に多くの付属の生徒たちがいた。
「お、おいあれっ、本校の【生徒】じゃねえか?」
「な、何でこんなところにっ」
「どっかで魔物でも出たのか……?」
初めは、緩やかな畏れ。
それまで一定の行動を取っていた彼らは。
私たちに気付くや否やばっと動きを止め、次々とざわめき騒ぎ出す。
むしろ興味本位の野次馬根性で近づこうとするものもいるくらいだから、さすが付属の男子ってちょっと思って。
「うにゃ。このままだとまずいにゃ」
その一時の興味がどんな結果を招くのか、まさか知らないわけじゃないんだろう。知っていてやっているのならばなんと愛すべきお馬鹿さんたちだろうかと。
私は一つ笑みをこぼし、美音先輩の言葉に従う形で、外出用のフードつきコートを脱ぐ。
それに命ちゃんも美音先輩も続いて。
とたん、その場の空気がまさに一変した。
別に異世を展開したわけじゃなかったから、変わったのは彼らの空気だったんだろう。
「うお、委員長だ! 副会長もいるぞっ!」
「ひぃぃっ! なんの嫌がらせだよぉっ」
「に、にげろぉっっっ」
自分を守り正当化するための叫び。
平気なわけがないその一言一言が、確実に私たちの心を削ってゆく。
こうなることが分かっていて姿を晒したわけだから、覚悟していたぶんダメージは少なかったけれど。
それでも、昔はできたはずの言われたら言い返す、やられたらやり返すといった人間らしい行動が、今の私にはできなかったから。
一言一言浴びせられるたびに人でない何かに変わってしまっているような錯覚に陥り、ただただ立ち尽くすことしかできなかったけれど。
「どうしてっ……」
問いかけても答えの出ない呟きを漏らし、一歩踏み出したのは命ちゃんだった。
比較的外に出ることが多く、慣れてきていた私と違って、あまり外に出る機会の無い彼女にしてみれば、それはかなりの衝撃だったのだろう。
その怒りを含んだその呟きに、私も美音先輩も驚いて顔を上げる。
よくよく見れば、命ちゃんはやっぱり怒っていた。
自分は何もしていないのに。何かしようとすら思っていないのに。
どうして拒絶するのかと。
【生徒】になってからもう何度も何度も繰り返しただろう言葉を胸に、さらに一歩踏み出す。
人としての、当たり前のコミュニケーションを取ろうとする。
だけど結果は言わずもがな、だった。
蜘蛛の子を散らすようにとはこれまた言い得て妙で。
命ちゃんを中心に人の輪押し出されるように広がり、後退し、恐れを伝播させる。
これまでのんびりと歩いていたはずの付属の生徒たちは、一斉に安全な場所……付属の校舎のほうへと逃げ出してゆく。
それが悔しくて、とても悲しくて。
さらに追いかけようとする命ちゃん。
見ていられなかった。
私はこれ以上傷口を広げないようにと、命ちゃんを止めようとして……。
「あっ」
その重い雰囲気を散らすような、驚き、呆けたような呟きを漏らしたのは誰だっただろう?
そんな事も考えられないくらいに、三人そろってある一点を見据え、立ち尽くしていた。
付属の生徒の、緑色の群集が開けたその向こう。
同じく、緑色の制服に身を包んだ吟也と由宇ちゃんの姿がそこにあった。
二人も私たちを目に留め、同じように硬直しているように見えて。
刹那の膠着。
でも私にとってみればとんでもなく長い時間。
それを破ったのは、吟也に寄り添うように(ここ重要)していた由宇ちゃんだった。
その声までは届かなかったけど、どうやら委員長クラスが三人揃い踏みなのに驚いているらしい。
そのうちの一人は由宇ちゃんにとってみれば相方であり直属の上司なわけで。
今私たちがここにこうしているのは勝手で、独断な行動であったわけだから。
当然由宇ちゃんにしてみれば寝耳に水だったんだろう。
ちょっとかわいそうになってくるくらいに、何だか慌てていて。
「……っ」
その時の由宇ちゃんが何を言ったのかははっきりと分からなかったけれど。
それを聞いていた吟也の雰囲気が、みるみるうちに変わってゆく。
どうやら、私たちの事を見て逃げるように避けている他の生徒たちに、今更気付いたらしい。
今の今まで気付かなかったことすら凄いことなのだとわかっていないのは、きっと吟也ばかりなんだろうけど。
しばらく辺りをせわしなく見回していた吟也は、何を思ったのか急に私たちへと視線をロックオン。
他の有象無象とは明らかに違うリアクションに、別の意味で私たちが固まっていると。
あろうことか吟也のほうからこっちへ近づいてきた。
ほとんど走り出しそうな勢いで。
「おはよう、潤ちゃん。それと美音先輩と塩生さんも。みんなそろってどうかした? まさかこの僕に会いに来てくれた、とか?」
一瞬だけ、怒られるのかなと思ったけど。
それはどうやら気のせいだったらしい。
やけにテンションの高い、笑顔の挨拶が返ってくる。
しかも、妙に軽い感じ。……いや、元々こんなものだったかな。先日久しぶりに再開した時はこっちもテンパってて気づかなかったけど、吟也の方も緊張していたのかもしれない。そんな様子が嫌みなく似合うところも憎らしいやら愛おしいやらである。私としては、最初に名前を呼んでもらったことで、いつの間にやら知り合い以上の雰囲気のある美音先輩や命ちゃんに対して優位性というかおおらかな気持ちでいられたから、それだけでも良かったわけだけど。
「え? 吟也、知り合い?」
由宇ちゃんはそんな吟也を見て目を丸くし、私たちを見て、バツの悪そうな顔をしていた。
その様子を見るに、由宇ちゃんは吟也と私たちの関係について聞いてなかったんだろう。
むしろ、三人も揃いに揃ってなんの用だ、といった、どちらかというと面倒臭い奴らにあっちまったぜって感覚も受け取れる。
基本真面目な娘だから、実際はそんなわけはないんだろうけれど。
そんな由宇ちゃんは、吟也がいろいろな意味合いで最重要人物であることを、知っているはずだった。
だから男装までして吟也の側にいるという羨ましい体験をしてるわけだが。
いつの間にやら知り合い以上だったと言う現状にショックを受けているのが手に取るように分かってしまう。
まぁ、それは私自身もそう思っていたからなんだろうけど。
「……おはよう、吟也。そのまさかよ。ちょっといくつか聞きたいことがあったから」
今は、そのあたりの説明も後回しにして。
お決まりの挨拶と早速の本題。
「おはよう」
「おはよ~にゃー。吟也くん。……を、そっちの人は、吟也くんのコレかにゃ?」
それにすぐさま続く命ちゃんは、緊張してるのかいつもより数少なくぺこりと頭を下げて。
美音先輩は、それこそ格好の獲物を見つけたかのような怪しい笑顔で、何故かサムズアップ。
こちらは男の子のフリをしている、しかも初対面同士を装っている由宇ちゃんをからかう気満々だった。
まぁ、それも。
先輩なりの緊張を和らげる手段だったんだろうけど。
「な、な何言って! ……どうも、クラスメートの若穂由宇ですっ」
思わず詰め寄って胸ぐらでも掴み上げそうなそんな勢いの由宇ちゃん。
あれはもしかしなくてもばればれなんじゃなかろうかとちょっと思う。
だって、そうやって照れるさまは同性でもぐっとくるくらい可愛いんだもの。
だけどそれも一瞬で、我に返ったかのように憮然とした言葉を締める由宇ちゃん。
「三水潤よ。……えーと、よろしく」
「どうも、私は塩生命だ」
「あ……は、はいっ。よ、よろしくですっ」
かといってせっかくの潜入捜査を台無しにするわけにもいかない。
反射的に私と命ちゃんが頭を下げると、なんだか随分と恐縮していた。
同学年なのに何故そこまでして下手に出る必要があるのかと内心へこむ私。
命ちゃんも似たような感じで困っていて。
直属の上司? とはいえ美音先輩に関してはむしろフランクなところを見ているから余計にそう思えて。
ふと気がつき目をやると、さっきまでなんだか怒っていた風の吟也が楽しげに微笑んでいるのが分かって。
それに私が一にも二にも安堵していると、そんな穏やかな雰囲気のまま吟也は口を開く。
「それで? 何か僕の用事があるんでしょ? っていうか、三人は知り合いだったんだね」
今更ながら、横のつながりに驚いている吟也。
まぁ、言われてみればそんなことを話す機会なんてなかったわけだから、吟也が世間の狭さを感じるのも仕方ないんだろう。
「ええ、ちょっと縁があってね。生徒達の中でも特に仲良くさせてもらってるわ」
魔物を倒すための力に優れ、お互い切磋琢磨して果てにはお互い委員長の座につくことになった。
きっかけと言えばそのあたりだろうけど。
そのあたりの詳しいことは、口からついて出ることはなかった。
たぶん、無意識に避けていたところもあったんだろうけど。
「それより吟也、あなた付属救援隊に入ったんですって?」
「うん、美音先輩に歓迎会のこと教えてもらったからさ」
ちょっと不自然に話題を変えたかな、と思ったけど。
吟也は気にした風もなく、美音先輩に視線を向けつつそう答える。
つられて私も美音先輩のほうを伺うと、さっきまで笑顔だった美音先輩は本気で不満そうな顔をしていた。
「せっかく教えたのににゃ~、これで出張中の副委員長の埋め合わせできると思ったのに、吟也くん生徒会室に来ないんだもの」
出張中の副委員長のところでびくりと反応する由宇ちゃん。
そう言う正直な反応をするから美音先輩がおもしろがって由宇ちゃんで遊ぶのだとは、それを楽しんでいる極悪な一人としては何も言えないわけだけど。
そんなお遊びの一方で、美音先輩はいきなり本題に入った。
歓迎会の折に、生徒会室へたどり着く力がありながらそれをしなかった本当の理由。
行き先は分かっていたけど。
それを吟也の口から聞いてみたかったのは確かで。
「いや、それは……どっちにしろ無理だったんじゃないですかね。僕、本校のこととか生徒のこととか全然知らなかったし、運良く無事だったのも潤ちゃんのおかげだし」
「私のおかげ? それってどういうこと?」
そんな美音先輩の問いに対し返ってきたのは予想だにしていなかった、そんな言葉だった。
「あ、うん。僕さ、本校に広がってる異世ってやつ? あんまり影響みたいなんだよね。それって、潤ちゃんが近くにいてくれたおかげだって聞いて……」
思わず勢い込んで聞き返せば。
すかさず返ってきたのは、うれしいんだけど今は複雑なそんな言葉で……。
(第51話につづく)
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