第32話、生徒会長へのお誘いは、買いかぶりの冗談だって
それから。
正しく命からがら鉄扉を開けて凱旋すると。
わざわざ待っていてくれたのか、さっきと同じ場所に鍵を貸してくれた女の子……塩生さんがいた。
「大丈夫だったか?」
視線が合うとともに発せられた言葉は、心配の気持ちが篭っていて。
「あ、うん。この通り平気だよ」
でっかいゴミに襲われたりして、微妙にゴミくさくなってる自分がいたけれど。
ここに入れてくれって言ったのは僕自身だし、塩生さんは駄目だと言っていたのだから、そんな事は自慢げに話すことでもないだろうと判断。
着替えにいったほうがいいだろうか、なんて内心では考えつつも、そう言うだけに留める。
しかし、流石に匂ったのか、塩生さんは俯いて。
「ちょうど、ゴミの搬入の時間だった。……でも、君は中に入りたいと、そう言った。人が中にいるからと言ったのだが、上手く伝わらなかった。口下手で、すまない」
申し訳なさそうに、ああなった経緯を教えてくれる。
「なるほど。うん、謝るのはむしろこっちのほうだよね。ごめん。なんか面倒ごと背負わせちゃったみたいで。とりあえず、これ返すよ。ありがとう」
「ごしゅじん、おひとよしやな~。死ぬような目にあったのに」
「さすがたいちょー、女の子にはとことん甘いでありますー」
クリアとモトカのステレオ攻撃が心に響いたたけど、そこはとりあえず聞こえないふりをして、塩生さんに鍵を返すと。
「いや、うん。あ、そうだ。それより、用は済んだのか?」
塩生さんは塩生さんで、なんだかうろたえながら鍵をしまい、そう聞き返してくる。
「あ、うん。おかげさまで。この子を助けられたよ」
目の前の彼女にどう見えてるのかは分からないけど、ちょっと仕返しの意味で、手のひらサイズの女の子の姿に戻って肩口にいるモトカを指し示す。
「うわわっ、た、たいちょーっ、何をっ!」
他の人には見えないって言ったのはクリアたちなのに、モトカは注目されて、アタフタと慌てだす。
「この子? スパナを……助けた?」
冗談に近いノリでいったつもりだったのだけど、対する彼女のリアクションは微妙だった。
どうやらスパナに見えているようだけど、何だかモトカを観察するかのように凝視している。
それに気圧されたのか、ソソソと僕の首の後ろに隠れるモトカ。
逆に焦ったのは僕である。
今のもしかして、スパナが動いているように見えてんじゃないのって。
おそるおそる塩生さんのリアクションを窺ってみる。
だけど塩生さんは、それに気付いてない様子で。
「大事なものなんだな。見れば分かる。……よかったな、助かって」
柔らかく、僅かにだけど笑ってくれた。
『どういうこと?』
「どういうこともなにも、動いとるって思っとんのごしゅじんだけやからなぁ」
思わずクリアに聞くと、なんて身も蓋もないコメントをいただける始末。
まぁ、とにかく。
彼女たちは動き回ろうが喋ろうが問題はない、ということは改めて分かった。
ついでに、塩生さんが『物』を人のように扱ってもひかない心の広いタイプだってことも。
「ああ、塩生さんのおかげだよ。それで、僕にさせたいことって?」
どうやら塩生さんにも迷惑をかけてしまったようだし、元々その約束だったわけだから、早いうちに聞いてしまおうと、そう口にする。
すると、塩生さんはまたしても何かうろたえたような様子を見せてきた。
意外とリアクションの大きい人、なのかもしれない。
「あ、いや、うん。実は私、副会長の仕事をしていんだが……今、相方が病気で動けないんだ。見ての通り、そう言う仕事は向いてなくて、君に代わりをお願いしたいな……と」
「副会長の仕事? それって【付属】の生徒がやってもいいんですか?」
確か、生徒会って【本校】と【付属】で別れていた気がする。
おそらく、塩生さんの言っているのは【本校】の生徒会のことなんだろうけど。
「【本校】の生徒じゃ、ない?」
「え、だって制服……あ、これ作業着だった」
確かに言ってなかったけど、塩生さんはどうやら僕が【付属】の生徒だと、気付いてなかったらしい。
「今、歓迎会で、【本校】に来てるんです」
塩生さんは、歓迎会のことを知らなかったのだろうか。
僕がそう言うと、ますます不思議そうな顔をする。
「じゃあ、君は男の人。なのに、どうして……」
呟く塩生さんのその様子は、美音先輩と同じ印象を受けた。
と言うか、僕って誰が見ても男だと思うんだけどなぁ。
なんて地味に僕がへこんでいると。
それから塩生さんは何だかとても深く考え込んでいるようだった。
だが、しばらくすると、妙案を思いついた! 的な顔をして。
「吟也君、だったな。……君、生徒会長、やってくれないか?」
いきなり話を飛躍させる塩生さん。
「ちょ、ちょっと待って! ま、まぁ約束だし、引き受けんとは言いませんが。
勝手に決めちゃっていいんです? 現職の人とかにも聞いたほうが……」
「それは大丈夫だ。今……というより、ずっと生徒会長の席は空いたまま、だから」
それで、どうやって生徒会を運営しているんだろう、と言う素朴な疑問が沸き上がったけど、それより根本的な問題があった。
「ちなみに、最初の質問に戻るんだけど、それって【付属】の人間でも立候補できるの?」
「もちろん、無理。何故なら会長は【魔物】との戦いにおける総大将だから」
「……」
あれ?
生徒会長って何かイメージしてたのと違うような。
今度は逆に、こっちが首をかしげる番だった。
しかし、何だかテンションが上がっちゃってるらしく。
そんな僕にお構いなしに、塩生さんは言葉を続ける。
「だから、早く【本校】に来てほしい……というお願い」
それはつまり、編入試験に受かるか、今日の歓迎会で時間内に生徒会室に向かって欲しいってことなんだろうけれど。
今になって、僕自身、歓迎会の最中だったことに気付かされたその瞬間である。
無常にも、部活動の時間の終了を告げる、チャイムが鳴り響いて。
【本校】へ行くための手段がひとつ、減ってしまったことになるわけだけど。
……うーん、ま、仕方ないよね。
モトカのピンチだったわけだし。
自分では間違った選択をした、とは思ってなかったから。
せっかくのチャンスではあったけれど、思ったほどの落胆はなかった。
「ま、約束ですし。意地でも夏の試験受かって、ご期待に沿えるようにしますね」
「……? 別に今から生徒会長にイスに座っても構わないぞ? 私もこれから向かうところだから」
ますます試験を落とすわけにはいかなくなったなぁ、なんて思いつつ僕がそう言うと。
塩生さんは笑顔でそんな言葉を返してくる。
きっと冗談のつもりで言ってるのだろうけど。
何だか大げさに買いかぶられてる気がしないでもなかった。
「またまたぁ、そんなプレッシャーかけんといて。そうなれるように頑張るけどさ。……あ、そうだ、集合場所に戻らなきゃいけないんだった。もう行くね」
「あ、ああ」
僕は手を上げ、塩生さんとそこで別れたのだった。
自分がとんでもない約束をしたこと、その時は知らぬままで……。
(第33話につづく)
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