第5話 再会に乾杯
ルギスが酒と荷物を片手にコーネリアたちの席に戻ってきて、彼女の隣に座る。
「二人の間に入ってすまないな」
「別にいいですよ」
オーリエは優しい笑みを返す。
「あまり変な飲み方はするなよ」
「その言い方だと、俺の酒癖が悪いみたいだろ」
「その通りだ」
ため息交じりにコーネリアは返す。
ルギスとは古くに飲みを交わしたことがあったコーネリアはよく知っている。彼というよりかは、
それを知っているからこそ、零れてしまう溜息だ。
「ひでーな。オーリエさん、俺は酔うことはないから安心していいぞ」
そう豪語する彼に対して首を振って呆れをみせ、酒を飲むコーネリアを見て、オーリエは悟り苦笑いを返す。
「てなわけで、とりあえず乾杯しよーぜ! ほら!」
そうルギスがジョッキを突き出し、嫌々ながらコーネリアも差し出す。
オーリエも見よう見まねで同じようにすると、ルギスの掛け声により、盛大な乾杯が成された。
「でだ。その新しい魔王の話を聞きたいんだが。コーネリアはその魔王に仕えているって言ってたけど、お前ほどのやつが従順に下になるなんて、その魔王ってのはいったいどんな奴なんだ?」
「マリ様は、他のどの魔王様とも違う、唯一無二の存在だ。きっと、誰よりも平和を求めている」
「魔王が平和を!?」
眼を見開くルギス。
「随分と変わった考えを持つもんだな。まあ、今の時世、何が正義かもよくわからないようになっているが。でも、この対立の終わらない世界で平和を掲げようなんて、今の魔王が思うとは思えんな。ただでさえ、魔王の一人がこの前、勇者に敗れたばかりなのによ」
「マリ様にとって、そんなことは関係ない。あの方は、自らが決めた目的のために進んでいくようなそんな方だ。それに、マリ様は私たちとは違う。何にも縛られない存在なのだ」
「まるで神様みてーだな」
「はい。私にとってはマリ様は神様です。絶対的存在です」
「絶対の信頼を寄せているってわけか」
ルギスは酒を一口飲んでから、オーリエに訊く。
「その平和を願う魔王様は、一大どんなことをしているんだ? 噂話くらいしか耳にしないが、具体的にはどう動いている?」
「今はそれぞれの魔王との対談を求めています」
「対談?」
「はい。目的は魔王同士で同盟を組むことだそうです。個としての戦力が光側に劣るとしても魔王同士がまとまれば対抗できるのではないかというのがマリ様の意見です」
「だとすると、全面戦争に向けての準備をしているようにもとれるが? 平和を願っているんじゃないのか?」
「マリ様のご意思を私の言葉で説明できるかわかりませんが、マリ様は、戦いに敗れ傷つく者をつくらないために、多くの戦力をつけているのだと思います。絶対的力を見せれば相手も戦う気を起こさなくなる。そうなれば、平和は訪れる。きっと、そうお考えなんだと思います」
「まあ、結局のとこと力でねじ伏せるのが一番ってわけなのか」
「私から言わせれば、力をもって捻じ伏せない限り、光側は剣を下ろさないだろう。向こうのやつらは対話する気など毛頭ないからな。力に溺れている馬鹿の集まりだ。近頃は本当にその愚劣さが目に余る」
「確かにな。騎士団連中の横暴さは日を追うごとに増している。そういった面倒ごとがあるせいで対立は変わらないんだよな」
そういい終わると、通りがかった店員に酒の追加と飯の追加を注文するルギス。
「てか、魔王同士の対談と同盟と云っていたが、もしかして、オーリエさんたちがここにいる理由ってのは苦獄の魔女に会いに行くからか?」
「苦獄の魔女?」
「魔王テステニア様の異名だ。彼女の使う魔法は精神に干渉してくる幻惑・幻覚魔法になる。相手の精神を崩壊させて自ら命を絶たせてしまう恐ろしい魔法を使うことからその名が使われている。幻惑・幻覚魔法は非常に恐ろしく、上級魔法ともなれば、筆舌に尽くしがたいほどに苦しむと聞く」
「実際、幻惑・幻覚魔法という精神魔法に関しては王国などにいる拷問官などが行使するようなものなのです。一般人が使うような魔法ではないので広く知られていない魔法になります。ですので、その効果がどれほどなのかは定かではありません。ですが、魔王テステニア様の異名は確かなものです」
ジョッキを置き、真剣なまなざしで答えるコーネリア。それに横で静かに頷くルギス。
「幻惑の森に足を踏み入れ、命からがら逃げかえってきた者が過去に発見されたんだが、そいつは体中に引っかき傷やら切り傷などが沢山あって、それらすべてが自らの爪や剣で自傷したものだったという。最初はまともに会話もできな程に精神を壊していた。まあ、それからだな。魔王テステニア様が【苦獄の魔女】なんて呼ばれ始めたのは」
「そうなんですか……。精神に干渉する魔法ですか。私は一応耐性がありますが、コーネリアさんは大丈夫ですか?」
「まあ、大丈夫ではないですが、同じ
「おいおい大丈夫かよ。なにか対策をしておいた方がいいんじゃないか?」
「心配ありがとう。けど、問題はないだろう。私にはマリ様の加護があるからな」
「そうですね。マリ様の力に守られているのですから心配はいりませんね」
相好を崩すオーリエにコーネリアも笑顔を零す。
「
「まぁそんなところだ。安心しろ。光側との全面戦争になれば嫌でも魔王からの加護を受けられるぞ?」
「そうならないことを切に願うぜ」
ゲラゲラと笑いながら酒を飲むルギスに対して、オーリエが訊ねる。
「私からも質問いいですか?」
「お、いいぜ! なんでも聞いてくれ」
「先ほど街で訊いた噂話なのですが、この街にどうやら背の高い
街で訊いた奇怪な恰好をした背の高い鬼人が街をうろついているという噂話。
コーネリアの耳には入らなかった小さな噂話だが、世界を知らないオーリエには十分な興味のタネになる。
ルギスは少し考えてからそれについて答えた。
「俺もみてはいないが、確かにそんな話をギルドの連中がしていたな。既に背丈がでかい鬼人をわざわざ高いっていうんだから相当なもんだろうが、全然そんな目立つ鬼人は見てねーな。まあ、俺も気になっていた話だったけど。わりーな。求める答えは出せねーわ」
「いえ、いいんです。ありがとうございます」
「どうしたコーネリア?」
「いや、その話なんだが、私の記憶のどこかに該当するものがあったような気がしてな。けど、思い出せないのだ」
「出そうで出ないのなら、当分出ないな。俺の経験上、そういう場合はどうでもいい時にふとした拍子に浮かぶもんだ」
「そんなことは百も承知だ。はあ……。すみません、オーリエ様。お力になれず……」
「構いませんよ。まだ時間はあります。街の観光をしつつ情報を探っていきましょう」
ダンジョンでの生活しか知らないオーリエが外界へ出て様々な情報を知りたくなるのは仕方がない。けれど、これほどまでに興味を示すのは単に彼女の外界への好奇心以外にも、マリ様の代わりに多くの情報を集めるためというのが大きかった。
「ん? もしかしてこれから街を見て回るのか? もう日が暮れて遅いし、めぼしい店なんてやってないぜ?」
「街の観光は別に空いている店だけじゃないだろ。このザムスヘムには他にも見て回れるようなところはある」
「なら、俺もそれに同伴してやろーか? 俺もこのあとはただ飲むだけだからよ、正直暇してんだ。なっ? いいだろ? 一緒に行かせてくれよ!」
ルギスがコーネリアの顔を覗きながらそういうと、彼女は手にもつジョッキを勢いよくテーブルに叩きつける。
ダンッと乾いた音が響く。
「生憎と、私は夜道を男と歩くつもりはない」
その瞬間、酒が廻り始めていたルギスだったが、一瞬にして冷静さを取り戻した。
「そうだな。すまん。馬鹿なことを云った。――これ以上は流石にあれだし、俺はこの辺で退場するか。コーネリア、再会できてうれしいぜ! また機会があれば話そう!」
「そうだな。久々の再会なのに悪いな」
椅子とジョッキを片手にルギスは酒場の奥へと戻っていった。
「あ、そうだ! 知り合いにちゃんと連絡しておけよ! 特にアイーシャにはな!」
「……分かっている!」
背を向けたまま大きな腕をあげてルギスは去っていった。
「よかったのですか? 久々の再会だったのに……?」
「大丈夫です。外界で仕事をしている私は、いつでも会えますから。それに……私、男が嫌いなんです」
「そうなんですか?」
「はい。いろいろとありまして」
「この話はマリ様にも?」
「いえ、まだしていません。ですが、ディアータ様にはしていますね。長く旅を一緒にしていましたので、自然と分かってしまったようです」
何事もなく、コーネリアは卓上の飯をつつきながら話す。
これ以上は深く聞いてはいけないと悟るオーリエは話を変える。
「なら、私と楽しく夜の街でデートしましょう!」
「……そうですね」
無垢な笑みを投げるオーリエ。
「さ、お腹も膨れましたし、さっそくエスコートしてください!」
「はい。かしこまりました」
褐色の美女が幼くも美しい少女の手を引き、そのまま喧騒の酒場を出ていった。
そんな二人の姿を遠くで見送るルギス。
久々の再会だったのに、やってしまったと後悔しつつも、再会できた喜びと共に二人の無事を密かに祈り、店で一番強い酒を飲んでいく。
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