EXTRA9

第1話 二人旅

 鬱蒼と生い茂る木々の木漏れ日が、深々と被る外套をチラチラと照らす中、静かながらも、気持ちを躍らせる者が一人いた。

 外套の隙間から覗かせる興味の視線。

 知らない景色。知らない空気、知らない日差し。

 どれもが新鮮で、経験のないものだった。

 鳥の囀りさえも新鮮と感じるその者は、確りと滞りなくその歩みを進める。

 森を抜けると広がる開けた世界。

 青々とした空に白亜な雲。走る風になびく草花。

 遠くから流れてくる風は次第にその者へと近づき、日の温かな匂いと共に、外套を噴き上げる。

 風に乗ってふわりと捲れる外套から現れたのは、美し少女の顔と、無数に蠢く蛇の頭だった。


「これが外……。綺麗です」


「それはよかったです。この道をまっすぐ進んだ先にあるのが、今深く交易のある城塞都市ウィルティナです。まずはそこへ行きましょう」


 目を輝かせる少女に声をかけるのは闇妖精ダークエルフの女性だった。

 冒険者の様相をした闇妖精とお忍びで外出しているように瀟洒な服の上から外套を羽織る少女。

 一見してみれば貴族の護衛をしている冒険者という絵に見えるだろう二人組は、鬱蒼と生い茂る森を抜け、視界に映る城壁に囲われた都市をめざして歩く。

 背後に聳えるグラシリア大陸を分断するオーレリア山脈は、その反対側の空すら見せないほどに天高く聳え立っていた。


 街道を行く最中、いくつかの馬車とすれ違う。


「かなり頻繁に馬車が通りますね」


「この道は交易国であるドルンド王国へ続く唯一の整備された道なのです。ですので、必然的に交通量は多くなっているわけです」


 過行く者は皆等しく亜人デミレントばかり。

 この大陸だけは綺麗に勢力が分かれているせいで、大陸の東側であるここでは人間がそれほど多くない。1割にも満たないだろう。亜人デミレント異形なる存在ゲシュペンストが半々でその中に人間が少しいる程度だ。

 故に、馬車の御者も亜人ばかりなのだ。


「それにしても……なんだか視線を感じます」


 道行く人達は皆、彼女の姿に目を見張ってしまう。

 彼女の容姿がそうさせているわけではない。

 彼女の、種族としての存在が注目を浴びてしまうのだ。


「まあ、それは仕方のないことだと思います。石目蛇の頭メデューサという種族が非常に珍しく、あまり見かけないからです。それに、見かけても、間違って目を合わせてしまえば石になってしまうので、治癒魔法を使える者が傍に居なければまず助からない存在なので、そういった面でも、まともに目にすることが叶わない存在で、ある種、有名ですから」


「だとしたら、みんな驚いてしまいますね。目を合わせても石にならないもの!」


 自らの紅い瞳を指さして、にこりと笑う。


「そうですね。オーリエ様のことは直ぐに噂が広まりそうです。目を見ても石化しない石目蛇の頭メデューサがいるって」


「ふふ」


 可愛らしく笑う少女。

 そんな少女の顔を覗き込む頭の蛇たち。


 そうして城塞都市ウィルティナに着いた二人は、城門での検問を受け、城壁内へ入る。検問所でも少し騒ぎになったが、それを嬉々として少女は楽しんでいた。


「この街では何をするのですか?」


「特に何もしません。ただの通過地点にすぎませんので、このまま道を行き、南門へ出ようかと思います。道添に行けば目的地まで行けるのですが、このように幾つもの街を通過することとなります。すこし遠回りになってしまいますが、舗装されてない道を行くと想像以上に疲弊してしまい、休憩などが増え結果的に時間が掛かってしまいます。ですので、時間だけ見れば、こちらの方が早く目的地に着くのです」


「なるほど……わかりました。では、急ぎ向かいましょう」


 ウィルティナの街を歩きながら、完成された街並みを眺め、感嘆の息を零す少女。

 物珍しそうにキョロキョロと周りをみる少女の姿に、周りの人たちの興味があつまる。


「これがマリ様が作ろうとしている街なのですね。凄いです」


 そう零す少女に、闇妖精の女性は云う。


「はい。ですが、今マリ様が造られている方がよほど立派で、素晴らしいものになります。まだ一部しかできていませんが、それでも、ここウィルティナの街よりも十分に美しいと思いますよ」


「早く、完成した街並みを見てみたいですね」


「はい」


 他愛無い会話を交わしながら、街の南部、城門までたどり着いた二人。

 先ほどの西門と比べると人の出入りは少ないが、それでも検問所には人がいる。


「この門の先に続く道をまっすぐ行くと、ザムスヘムという、ここよりも少し小さい街があります。次の通過地点はそこになります。距離はかなりありますが、気長に行きましょう」


「分かりました。とりあえず、私はコーネリアさんについていくしかないので、よろしくお願いします!」


「任せてください。たぶん、ザムスヘムへ着くころには日が沈み切ってしまうと思いますので、今日はそこで宿をとりましょう」


「ちなみになんですけど、目的地である幻惑の森はまではどのくらいかかかるのですか?」


 恐る恐るコーネリアに訊く少女。


「そうですね……、大体5日はかかると思います。道順については道すがら説明します」


「そんなにですか……? 遠いんですね」


「急ぐのであれば、走っても構わないのですが、マリ様の命である魔王テステニア様を迎えに行くという任は特段急ぐ内容ではないと聞き及んでいます。ですので歩いていこうかと思っています」


「私、走るのはあまり早い方ではないので、歩けるのなら歩きたいです。それに、任務ではありますが、初めての外の世界ですので少しこの旅を楽しみたいとも思っていましたので丁度いいですね」


 苦笑いを浮かべ、安堵の表情を零す少女。

 小走りをしてコーネリアの前へと出ると、相好を崩して彼女へと語りかける。


「さ、いきましょう! コーネリアさん!」


 城門を超え、いよいよ長い旅の始まりを迎えた二人。

 次は中規模都市ザムスヘム。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る