第2話 少女の興味、小さな希望

 ウィルティナから次の都市ザムスヘムまで続く街道の途中、小さな森が広がり、それを横断するように一本の川が流れている。

 街道沿いを歩きながら、石眼蛇の頭メデューサの少女は隣を歩く闇妖精の女性に訊く。


「コーネリアさんは、マリ様と出会う前は何をしていたんですか?」


 無垢な笑顔を向ける少女に、彼女は優しく答える。


「特質したことは何も。ただの冒険者をやっていた程度です」


「カレイドとアカギリと同じですね!」


「はい」


「冒険者ってどんなことをするんですか? あまりカレイドたちからはそういう話は聞く機会がなくて……少し興味があったんです」


「そうですね。様々な人の依頼を熟して行くだけの仕事です。素材の調達や貴人の警護なんかが多くある仕事ですね」


「大変ですか?」


「いえ、全然。どれも簡単なものばかりです」


「でも、難しい仕事もあるんじゃないですか? 腕の立つ冒険者はそれに見合った仕事があると聞きました」


「難しい依頼と云っても、結局はダンジョン調査とかになりますので、それほど大変なものではないですよ。危険度の高いダンジョンの調査に関しては流石に気は抜けませんが、それでも、マリ様の今のダンジョンと比べると多分、たやすい場所がほとんどですから」


「この世界には私たちが生活しているあのダンジョン以外にも多くのダンジョンがあるんですよね?」


 紅い瞳が一際大きく映し出される。


「はい」


「コーネリアさんは今まで、どれくらいのダンジョンに潜ったことがあるのですか?」


 空を見上げ、記憶を遡行するコーネリア。


「そうですね……。多分、100程でしょうか。あまり覚えてはいませんが、ダンジョンというのは各大陸に多く点在しております。そのすべてが発見、開拓されているわけではないのですが、小規模のダンジョンなんかは数多くギルドに登録されていて、資源調達の依頼なんかを熟すにあたってダンジョンに潜ることになりますので、必然的にたくさんのダンジョンに潜る機会があるのです。それに、たまに新発見のダンジョンの調査が国などの要請で、ギルドの掲示板に張り出されていたりもしますので、そういったものにも積極的に参加していたため、凡そ、その位はある気がします」


「そんなにあるんですか? もし機会があれば、私も行ってみたいです!」


 そんな少女の言葉に、コーネリアは苦笑いを浮かべる。


「きっとつまらないですよ? ダンジョンというのは一貫して単調なものばかりですから。マリ様のダンジョンのように高難易度のダンジョンであれば、階層ごとに環境が変わったりしますが、基本的にはダンジョンごとに、そこの環境は固定されていますので、目新しさというのはないかと思います。オーリエ様が楽しめるようなところではない気がします」


「それはそうかもしれませんが、初めてのところに行くというのは何時だって楽しいことじゃないですか? 私にとっては、この世界の情報すべてが新しいので、楽しさでいっぱいです!」


「でしたら、次の街では少し、街の中を見て回りましょうか? 着くころには日も暮れ、今日は街に宿をとる予定ですので、宿をとった後にでもゆっくりと街の観光をいたしましょう」


「そうですね。おねがいします」


 長い街道の先にはまだ街の姿は見えない。

 極自然な景色が広がる中で、少女の気持ちを表しているのか、頭の蛇は方々にその視線を忙しなく向けている。


「次の街はどんな街なのですか?」


 歩きながら少女は訊く。


「特に目立ったもののない平凡な街ですね。一応、ギルドが置かれる程度には栄えた街ではあります。ザムスヘムを南下していけば、港町コルドに着きますので、そういった面で見れば流通は盛んだと言えます」


「港町っていったら、海というのが見れる場所ですよね? 視界いっぱいに水溜まりが広がっているところと、カレイドから聞いています。一度見てみたいです。……けれど、それはなかなか難しいですよね」


 少女は少しばかり表情を曇らせる。


「この任務が終わった後、マリ様に伺ってみてはどうでしょうか? すこしの外出許可を頂きたいと」


「それはできません!」


 表情を一変させて、少女は云う。


「私のような配下である者が、そんな大それた希望を口にするなんて……。それに、マリ様も同様の気持ちを抱えています。むしろ、私たちなんかよりも厳しい状況下にいる立場です。まだ私はこうして外界へ出ることができていますが、マリ様はそれすらもできないのです。そんなマリ様を差し置いて、私なんかが外出の希望を口にするなんて出来はしません!」


 魔王マリを慕う少女の気持ちは、己の希望を一瞬にして掻き消してしまうほどに強いものだった。


「そうですか。確かに、軽々しく言える願ではないですね。なら、一層にオーリエ様にはこの機会に、この外界の情報を沢山蓄えていただかなければいけませんね?」


「どうしてですか?」


 少女は小首を傾げる。


「外に出られないマリ様のためにも、外界のことをお伝えしてあげなければいけませんので」


 はたと気づいたように口元に手を当てる少女は云う。


「確かに! これも重大な任務ですね! ですが……外界へ任務に出ている配下は私以外にも沢山います。ですので、外界の情報は意外とマリ様の耳に届いているのではないでしょうか? 私なんかの情報が果たして役に立つのかどうか……」


 語気を弱めて少女は云う。


「情報というのは、多方面から取り入れるに越したことはありませんから、マリ様も喜んでくださりますよ」


 垂れた蛇の髪も生き生きと吊り上がる。


「はい!」


 楽しそうにあたりを見ながら、軽快な笑顔を向ける。

 その無垢な表情は見た者を石にしてしまうほど。

 そんな少女だったが、前方の街道脇を指して止まった。


「あれは何ですか?」


 少女が指さした先にあったのは、木を背に荷馬車を出店のように展開した商人の姿だった。


「あれは、行商人が休憩を兼ねて商売をしているようですね。あまり見かけるもではありませんが……」


 出店まで近づいた二人。

 店先には簡易的に用意された木製の椅子に座って俯いている者が一人いた。

 俯いているせいで顔がよく見えないが、背丈からして子供のように見える。

 頭には黒のキャスケットを被り、その端からは大きくふさふさな白銀の耳が顔を覗かせていた。

 店と化した荷馬車には長旅の疲れを癒してくれそうな補給物資が並べられていたが、そのほかの品は特になかった。

 品ぞろえとしてはあまり言い方ではなかった。

 まるでターゲットを絞って商いをしているように見える。


 二人が近づいてもまるで起きる気配を見せない商人に、少女は声をかける。


「あのー。すみませーん」


 その声に、耳がピクリと反応する。

 そして、むくりと顔をあげた商人は、少女の姿を見てその眠気眼を刹那に覚ました。


石目蛇の頭メデューサっ!!!」


 その吃驚に発せられた声音は酷く可愛らしいものだった。





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