第20話 贈り物

 私は、ヴィゼさんを食堂へ案内し、早急に料理を用意してもらうように料理長に連絡を取った。

 広い食堂のテーブルに着くヴィゼさんは、部屋を見回すと感嘆した。


「食堂までもが豪華とはなかなかだな。それにこのテーブル。もしかして、食事は皆で食べているのか?」


「はい。家族で食事をするのは当然ですので」


「家族か……」


 哀愁に満ちた面持ちで彼女は独白する。


「仲がいいのだな」


「はい」


「……時にマリ」


「なんでしょう?」


「君は魔王といったな」


 椅子の背もたれに背中を預けながら、ヴィゼさんはいう。


「はい」


「現存する他の魔王との面識はどれくらいなのだ?」


「二人ですね。まだ全然です。これから三人目の魔王と連絡を取ろうと考えていますが、もう少しかかる予定です」


「たったの二人か!? いや、まあ、そんなものか。今の時世、魔王同士の交流など無いにも等しい。その中で二人との交流を持てているのは逆にすごいことかもしれんな」


「そうなんですか?」


「ああ。ちなみにどの魔王だ?」


「魔王オバロン様と魔王ヒーセント様です」


「やはりヒーセントか」


 やはり?


「知っていたんですか?」


「ヒーセントの部下がここにいるだろう? さっきマリに街を案内してもらったときにちらりと見かけてな。もしかしてと思っていたんだ。だが、ヒーセントが根城にしているのはこの大陸の北東の地、ギーザスという場所のはず。大分遠い所のはずだが、よく合えたな」


「こちらから人員を派遣したのです。初めはオバロン様から情報を頂き、話しの通じる魔王がいると聞きましたので、こちらへ呼んだのです」


「確かにヒーセントは興味を示した者にはとことん関わる様な奴だったな。――オバロン。そいつは確か、ヒーセントが廃村で見つけ世話したという男だな。かかわったことがないからあまり知らんが、ヒーセントが自慢していたのを記憶している」


「ヒーセント様と古くから知り合いだったんですか!?」


 ってことは……。

 止めておこう。これ以上深く考えてはいけないもののように思うわ。


「まあな」


「って、ヒーセント様はオバロン様の育ての親!!?」


 だからあんなに仲が良かったのか。

 納得だわ。


「おっと、これは内緒の話だった。マリよ。今の話は聞かなかったことにしてもらえるか? これをヒーセントに知られるとなかなか問題になる」


「分かりました。秘密にしておきます」


 その時だった。料理係の者たちが続々と料理を運んできた。

 テーブルに並べられる食事に涎を我慢できずにいるヴィゼさん。

 料理が揃う前に彼女の手は伸びていった。

 料理を並べている料理係たちが、彼女の恐ろしい食べっぷりに驚きを隠せずに手が止まってしまった。

 まだ並べている途中なのに、次々と皿に盛りつけられた料理を平らげていく。

 すると我に返った料理係の子たちは慌ててのこりの料理をテーブルに置き、急いで厨房へ戻っていった。

 きっと、今準備している料理の数では足りないと料理長に伝えに行ったのだろう。

 確かに彼女の食べる速度は恐ろしい。

 瞬きをする間に一皿を平らげていくほど。私には到底真似できない。

 そして、彼女が目の前の料理を全て平らげようとしたとき、厨房の方から慌てて料理を運んでくる料理係の子たちが姿を現した。

 それを見たヴィゼさんは嬉しそうに片付いた皿を綺麗に積み上げスペースを作ると、空いたところへおいてくれと指示を出す。

 まるでちゃんこ蕎麦を食べているのかと錯覚するほどに、彼女は出された料理を一瞬で飲み込む。

 味わっているのか些か疑問に思うほどに、それは流れ作業のようだった。

 続々と運ばれてくる料理とそれを飲み込む美女。


 いったいどれほど経ったのだろうか。


 空いた皿を片付ける暇もなく料理を出しては直ぐに厨房へ行き料理をつくり、再び運ぶ。

 驚異的な胃袋との接戦の末、惜しくもあと一歩のところで、こちらの食材の底が尽きてしまった。

 出させる料理がなく悔しんでいるのか、それともただ単にこの戦場によって蓄積された疲労が限界を達したのか。料理係の子たちはみな厨房の入り口で力尽きて倒れこんでいた。


 確かにあれはある種戦場だ。


 戦場を戦い終えた戦士には休息が必要だろう。


 さて、こちらはどうかといえば――。


 満足そうな顔で膨れていないお腹を摩る。

 あれだけ食べたのに、まるで変化がないなんて、彼女の胃袋は異次元にでも繋がっているのだろうか?

 まあ、この世界は異空間魔法なんてものも存在するのだからあっても可笑しくはないけれど……。


「満足していただけたようで何よりです」


「ああ。これほど美味い飯は初めて食べた。益々ここが気に入った!」


「よかったです」


「ではっ」


 そう云って、ヴィゼさんは席を立ち私へと向き直る。


「美味しい飯も馳走になったし、私からも何かマリに贈り物をしよう」


「いえいえ、そんなお構いなく。ここを気に入っていただけただけで十分です。おれいなんて……」


 そんな私の言動を払い除けるように高らかに笑い飛ばすと、彼女はつづける。


「何がいいか……。とはいっても、私がマリに送ってあげられるものなんて然程ないが……」


 遠慮の言葉も空しく話は進行していく。

 何を渡そうか考えあぐねていると、はたと何かを思い出したかのように、ヴィゼさんは異空間からあるモノを取り出した。


「これなんかどうだ?」


「これは?」


 彼女の手にあるモノはアメジストのような深紫色の美しい水晶が嵌め込まれたネックレスだった。


「これは古の天人ヴェルティジェと呼ばれる種族によってつくられたもので、魔力を保管するものだ。その容量は未知だが、無限じゃないことは、造ったものから言われている。今この水晶の色は深紫をしている。だが、注ぎ込んだ魔力の量によって、この色が次第に濃くなっていき、最終的には真っ黒の玉となるらしい。聞いて分かる通り、私は実際にこれが黒く染まったのを一度も見たことがない」


「現状でも大分、黒に近いほどの色ですが、これよりも濃くなるんですか?」


「らしいぞ。まあ、これをもらった時に少し魔力を注いで、そのまま放置していただけだから、案外それほどでもないかもしれないが。だが、私の魔力が入っているというだけで十分に意味はあるだろう」


「意味ですか?」


 何かを言いかけようとしていたけど、あと少しのところで、その言葉を飲み込んだヴィゼさんは首を横に振った。


「いや、何でもない。まあ、一応私の魔力が詰まっているものだ。もし魔力が枯渇しそうになった時にでも、引き出して使うといい。ダンジョンの管理には多くの魔力を使うのだろ? とはいっても、現状上手くいっているようなら、この出番も少ないだろうがな」


「いえいえ。何度も魔力切れをおこして倒れていますよ?」


「あっははは! なら、気を付けるんだな!」


 私の方を叩きながら彼女は笑う。

 しかし、表情は一変した。


「ダンジョン管理は死と隣り合わせだ。何者にも狙われる場所。それは勇者も変わらない。いづれここへ来ることになるだろう。私はここが好きだし、手を貸してやりたい。でも、それはできない。もし、勇者と対峙することとなったとき、戦闘は激化する。でも私は手を貸せない。だから、その時は、それを頼ってくれ。そうすれば、少しくらいは役に立つはずだ」


「……勇者ってそんなに強いんですか?」


「強いな。私が見てきた中で頭一つ二つ抜けている。マリが今日までに出会った者のどれよりも強者だと思っておいた方がいい。なにせ、世界の均衡を図るために神が用意した魔王は7人なのだからな」


 たしかに、改めて考えてみるとやばい存在なのはわかる。

 でも、確か以前。第四魔王ゼレストとの交戦によって勝利した勇者は、聖王国で療養中とのことを耳にした気がする。

 つまりは魔王一人と戦うだけで療養を強いられるほどに追い込まれるということ。

 それなら、ある程度勝機はあるんじゃない?


「マリ、随分余裕そうな顔だな?」


「そんなことないですよ? ただ、魔王ゼレスト様との交戦で、今は療養していると話を聞いていたので、それならと」


「あぁ、邪竜の王か……。あやつと勇者の戦いは酷いものだった……」


「えっ! 見たことがあるんですか!?」


「遠目でな。だが、あの戦いは……」


 そこでヴィゼさんは言葉を止めた。


「どうしたんですか?」


「もし、邪竜の王との闘いで深手を負って療養する程度の勇者なら、大丈夫と思っているのなら、その考えは直ぐに捨てたほうがいい。聞き及んだ情報と史実など、一致しないのは世の常だ。伝える者が増えれば増えるほど、事実は変貌していく」


「……つまりは?」


 そう私が訊いた時、ヴィゼさんはにこりと笑って見せる。


「この話はもう終わり! これ以上マリだけに肩入れしてはいろいろと問題があるからな、これ以上は詮索しないように」


 そんなぁー。


 そう心の声が漏れそうになったけど、頑張って堪え、平常心を装う。


「かしこまりました」


「よろしい。さ、飯もいただき、贈り物もしたところで、私は旅の疲れを癒したいのだが、どこか寝泊まりできるところはないか?」


「それなら、是非この城に泊まってください。この城内には余っている部屋が沢山ありますので自由に使っていただいて構いません」


「そうか。なら甘えるとしよう」


 私はヴィゼさんを空いている部屋へと連れていくと、一度そこで別れることにした。

 何かあれば、部屋に置かれているハンドベル一つで、配下の者が行くようにしてある。




 ヴィゼさんと別れた私は、メッセージでロローナに連絡を取った。

 なにせ、ドルンド王国へ行く途中で直ぐに帰還することとなってしまったからだ。

 色々と同時進行している中での重要な案件になってくるドルンド王国との交易に関しては早めに進めていきたい。だから、彼女には申し訳ないけれど、急ぎドルンドへ行ってもらうように再度連絡を取ったのだ。


 ロローナがドルンド王国へ発ったあと、私は自室へ戻ることにした。

 エルロデアに任せていたグラスのこともある。

 ヴィゼさんを案内して食事にも同席していたせいで、かなり時間が経ってしまった。

 まあ、彼女から連絡がないってことは特段問題はないということだろうけれど。


 自室の扉に手をかけ、中へ入ろうとしたとき、扉の向こうから楽し気な笑い声が聞こえてきた。







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