第6話 待ち人たち

 植物の皮を用いたバスケットを片手に姿を現したカレイドは、私たちに近づくと真っ先にアカギリのところに歩み寄った。


「全く、あなたはまた無茶なことを」


 心配の声を漏らすカレイドにアカギリは頭を少し下げる。


「すまない。けどこれは必要なことなんだ」


「私たちに今必要なのは枯渇した魔力の回復でしょ?」


「それはわかっているし、十分注意を払っている。だから――」


「別にいいわ」


 きっぱりと言い放つカレイドの表情は緩んでいた。


「貴方がここでこっそりこういうことをしていたのは前々から知っていたし、時折覗き見ていたから理解している」


「えっ、そうなのか?」


「当然じゃない。むしろバレていないと思っていたのかしら?」


「見に来ていたなら声をかけてくれればいいのに」


「私に内緒でしていた事なのに、あっさり私が声をかけても良かったの?」


「……」


 呆れ顔に笑みを交えるカレイドは私に向き直ると、小さく頭を下げた。


「アカギリに戦闘の稽古をつけてくださりありがとうございました。マリ様直々に教えていただけるなんて配下として幸せの極みです。もし機会があれば、私にも是非お願いいたします」


「ええ、わかったわ。カレイドにも機会を作ってあげるわね」


「ありがとうございます」


「そういえば、その手に持っているの物はいったいなに?」


 私は彼女の腕に下げられているバスケットを見て尋ねる。


「これは、二人のために用意した料理なのですが、まさかマリ様までおられるとは思っておらず……」


 語気が弱くなる彼女を諭すように、私はすぐさま言葉を返す。


「き、気にしなくていいわ! それよりも、用意って、カレイドが作ったの?」


 私が創造した配下の中では、料理に関して得意不得意を設定したのは料理係の子たちだけなので、彼女たち以外がそもそも料理ができるかどうかなんて全然想像していなかった。

 てか、そんな真似をする娘がいるなんて思ってもみなかったわ。


 少し照れくさそうにバスケットの蓋を開けて中身をみせる。


「おいしそうじゃない!」


 そこには、手作り感はあるけれど非常に食欲をそそるサンドイッチが収められていた。野菜サンドに肉サンド、極めつけは私の大好きな卵サンドまで! 

 ……でも、残念。ここにあるものに私の分は含まれていないのだ。


「マリ様に褒めていただくほどのモノではありませんっ!」


「謙遜しなくていいわ。本当においしそうだもの」


「あ、ありがとうございます……」


 照れながらカレイドはバスケットの蓋を静かに閉めた。


「カレイドも来たことだし、この辺で一端休憩にしましょう」


「かしこまりました」


 こんな氷漬けのところでサンドイッチなんて食べたくないわね。

 寒さは耐性があるため感じないけれど、こんな殺風景なところで食べても絶対においしくない。

 折角食べるのならおいしく食べられるようなところの方がいいわ。


「一度上に戻りましょう」


 そうして私たちは上層。

 街がある第101階層へ上がることにした。


 その時だった。

 何処かからトタトタと慌てた足音が聞えてくる。

 音のする方に視線を向けると、階段からメイド服姿の金髪美少女が姿を現した。


「デモン!」


 そう声を発したのはディアータだった。


 息を切らしながら降りてきたメイド見習いのデモンは、その声に感情的な反応を見せて返事をする。


「ディアータ様! やっぱりここにいたんですね!」


「こんな所まで……どうした?」


 金属音を鳴らしながらゆっくりと彼女の元へと行くディアータに、彼女もまたディアータへと肩を上下させながら歩み寄る。


「カレイドさんが差し入れを持っていくと聞きまして、誰に差し入れをするのかと尋ねたところ、アカギリさんとディアータ様といっていたので、なら私も行かなくてはいけないと思い、ついてきたのです!」


 語気を強くして言い放つ彼女の鼻は高かった。


「メイドの仕事はいいのか?」


「カテラ様には許可を頂いています」


「……そうか。だが、あまり焦って行動しない方がいい。階段で転んでケガをされても困る」


「す、すみません……」


 子犬のように小さくなる彼女に対して、ディアータはそっと頭に手を乗せる。


「だが、来てくれてありがとう」


 その言葉に満面の笑みを返す彼女は見ていてとてもかわいかった。


 それにしても、この二人は最近よく見かける組み合わせだ。

 少し前まではコーネリアといるのをよく見かけていたけれど、ディアータたちがデモンたちをここへ連れてきてからはデモンといるのをよく見かける。

 まあ、デモンがディアータを見かけては駆け寄っているだけのようにも見えるけれど、ディアータの方も存外まんざらでもない様子だった。

 彼女は顔をあまりみせないけれど、その声音やトーンでその時の感情がわかってしまう。

 これは私が彼女の創造主であるからなのか、それとも単にわかりやすいだけなのか。

 ……よくわからないわ。


 ただ、今言えることは――


 この二人の空間はだれにも邪魔できないということだ。

 

 私は何も言わずに階段に向かって歩き出す。

 カレイドとアカギリもそんな私の後をついてくる。


 ちらりと後方をみやると、デモンの肩に優しく手を回すディアータの姿が映った。


 思わず頬が緩んでしまいそうになるのを頑張って抑えて私は階段を上る。

 

 ――そういえば、コーネリアは今どこにいるのかしら?

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