第2話 英雄議会

 広大な聖王宮殿の中には三つ城が屹立していた。

 そのうちの城下と繋ぐ正門に位置する城の中、円卓の間にて稀代の英雄が集まり、聖王の指揮の元、情報共有と共に今後の指針を決める重要な会議が開かれていた。

 聖王式典の目的がいつからか変わり、今ではこれが本来の目的になっているといっても過言ではない。

 そんな渋面が円卓に顔を突き合わせている中で、議題となったのは世界の変革についてだった。

 王の言葉を合図に開始され、一番に口を開いたのは騎士団統括のエクトリアーノだ。


「では、会議を開始する。議題は聖王様が仰られた世界の変革について。その内容について今一度共通認識をしておこう。モーリス、今この世界に起きている異変はなんだ?」


「魔王ゼレスト・ガーノルドが消滅後、世界各地に多くのダンジョンが出現したことです。そのすべての調査が完了したわけではないですが、数多くの調査結果から、高難易度のダンジョンであることが判明しています」


 イーリス騎士団団長モーリスの言葉に頷きを返すエクトリアーノ。


「そう。世界で突如出現した謎のダンジョン。従来では数年に1つという周期でダンジョンが出現していたが、魔王討伐直後、まるでその死が狼煙だったかのように現れたダンジョン。聖王国も既にダンジョンの調査に有力な冒険者を派遣してはいるが、ダンジョンによってはかなり大きな被害を受ける場合もある。現状、グラシリア大陸だけでも、既に7つ見つかっているが、調査を完了できたのはそのうちのたった2つだけ。そのほかは危険だと判断し、途中で切り上げている状況だ。この異常事態に関して、黄昏ノ国と、海警艇は何かあるか?」


「俺ら海警艇は基本海ばかりだが、たまに資源調達で大陸に降りることがある。その時港町で少しばかり噂を聞いた」


 ダフトゥス海艇船長であるレブンスが眉根を寄せて話す。


「噂?」


「ベスニア大陸に、今原因不明の疫病が流行しているらしいって噂だ」


「疫病? ダンジョンとの繋がりは?」


「それが、どうやら発生元だと言われている村が、新たに出現したダンジョンの直ぐ近くらしく、村の冒険者がそのダンジョンに潜り、魔物にやられ瀕死で帰ってきたそうだが、その冒険者が帰った日から、その村で何人かが病に侵され倒れたらしい。ダンジョンが原因かは定かじゃないが、まあ、九分九厘ダンジョンンの中になにかあるだろうな」


「確かにその可能性は大いにある。場所は?」


「ベスニア大陸、ウェイリーン王国の端。ワンナという小さな村が発症元だ」


「疫病という厄介なものの調査だ。こちらも感染のリスクを考慮しなければいけないが、対策を打たなければ光国の民が侵されていく一方だ。これは早急に対応することにしよう」


「他の大陸の情報はなかなか円滑に連絡ができないから不便だな」


 オギュステーヌが静かに零す。


「我が国にも件のダンジョンが出現している」


 黄昏ノ国自警団、レツが発言し、補足する様に雪の様に白い肌のレイが口を開く。


「数は多くありませんが、こちらも高難易度のダンジョンです。まだ踏破できておらず、そのほとんどが上層で足止め状態となっております。ただ、絶対に突破できないかといわれると、そうでもないでしょう。ダンジョンに派遣されるのは国に籍を置く冒険者です。自警団の数は少なく、あくまで国の自警が最優先事項。ですので、ダンジョンに関しての調査はすべて国の冒険者ギルドに託しています。たとえ、ギルド所属の冒険者でも敵わない相手でも、私たち自警団であれば踏破することは可能。ですが国を護る自警団である私たちがダンジョンに潜るというのはなかなかに推奨されません。現段階で確認できるダンジョンはすべて多層ダンジョンです。最低でも30階近くはあるでしょう。そうなれば、自ずとに長期調査になることは明白。どれほどの時間が必要かが判然としない状況下でのダンジョン探索は国の防衛的に勧められません。ですので、我が国では件のダンジョンに関してまだまだ時間がかかると思われます」


「確かに防衛の戦力が俺たち聖王騎士団とは雲泥の差がある黄昏ノ国では、自警団である一人がダンジョンに潜るというのは大分リスクのあることだろうな」


 グロッソが憮然と云う。


「しかし、今は悠長に力を遊ばせている時間はないと思います。もしこれが闇側の、魔王ゼレストの残した攻撃だとしたら、早急に対処しなければいけない問題ではないのでしょうか? 聖王騎士団から援軍を送り、ダンジョンの調査を進めるべきかと思います」


 エーファがエクトリアーノと聖王に対してそう提言した。


「エーファの言う通り、現状、闇側の攻撃という可能性も捨てきれない。何せ、魔王ゼレストが死んだ直後に起こった異変だ。エーファの言う通り吾らから援軍を派遣して進めた方がいいだろう」


「もし、それが赦されるのであれば、是非、スペルディア騎士団にその任を御命じください。期待の結果を必ずやお届けいたします!」


「エーファ様……」


 エーファはその身を乗り出して宣言した。

 そんな彼女に、麗は羨望の眼差しを送り、その雪の肌を淡く染める。


「承知した。その時はエーファ率いるスペルディア騎士団に任せよう」


「ありがとうございます!」


「一ついいか?」


 襤褸の外套に身を包む桃色髪のマルクーロ海艇の船長、ユリアが静かに手を挙げた。


「既に騎士団連中は謎のダンジョンをいくつか踏破しているそうだけど、その情報の開示はしないのか? いままでのダンジョンと変わったところがあるのかどうか、ここで共有したほうがいいと思うが、どうなんだ?」


 覇気のない表情からは想像できないほど躊躇いのない口調でユリアは騎士団へ投げる。


「今のところ別段変わったことはない。調査を終えたダンジョンに関して、他のダンジョンとの違いはない」


 オギュステーヌが言い切る。


「強いて挙げるのならば、従来のダンジョンよりは出現する魔物の強さが違うという点だろうね……くくっ」


 ハメルンハルスは深紫髪の奥で不気味な笑みを浮かべながら云う。


「強さが違う?」


「ええ。行動パターンが少しだけ賢くなっているというのでしょうか。同じ魔物でも、戦い辛くなったと報告が上がっていますよ。まあ、私は実際にダンジョンに潜ったことがないので、細かい内容まではわかりかねますがね……くくっ」


 レブンスが鼻を鳴らしながら言葉を吐く。


「それまじか? なら俺もダンジョン調査に行ってやろうか? 最近退屈しすぎて暇してたんだよ。少しくらい遣り甲斐のある奴が欲しかったところだ。どうにも腕がなまっちまうからよ」


 彼の悠々とした言動を静かに鼻で笑う者がいた。


「他にはないの?」


 女帝の風格を見せるリブレフト海艇船長のカゲツは椅子に背を預けたまま訊く。


「あとは多層構造が多いことじゃないかな」


 爽涼にモーリスが云う。


「確かに従来のダンジョンよりも階層が多い気がしますね。基本的には20階層未満のダンジョンばかりでしたが、今回現れたダンジョンは全体的に10から30はあるダンジョンです。こうして改めてあげてみると、結構従来とは違う気がしますね」


 エーファが返す。


「ふーん。多層化……ね。実は、海域にもダンジョンが出たのよ。一応妾の守護する海域だから、そのダンジョンの調査は妾で調査を進めるけれど、異論はあるかい?」


 誰も何も返さなかった。

 それに対して満足したように笑みを零すカゲツ。


「では、ダンジョンに関しては吾ら聖王騎士団からいくらか派遣し、早急な調査を進めていくということでいいだろう。それと、先ほどレブンスからの報告にあった疫病の原因の調査もそれに付随して行うとしよう。このダンジョンの調査に関して、世界すべての調査を完了するなど不可能。どこに幾つ出現したかも不明な段階で、ダンジョンから探し出すというのは困難と時間を要する。あくまで聖域に出現したダンジョンの調査だけを進めていく。未だ前例はないが、先の疫病の件がもしダンジョンからのものだとしたら、他の場所でも似たようなことが起きる可能性がある。そのような事態は避けたい。故に、この件に関しては最重要案件として動くだろう。そのこと、肝に銘じておくように」


 エクトリアーノの言葉に皆が頷く。

 それを見届けてから、彼の顔つきが険しくなる。


「なら、次の議題だ。これは正直ダンジョンよりも厄介ごとだろう。近年、絶対位階アプソリエンスである龍種が動きを見せ始めている件についてだ。吾らの英雄勇者様と匹敵する力を持つ世界最強の種族。古の大戦よりその姿はぱたりと消えていたのに、なぜかまた活動を再開させているらしい。奴らはこの世界の逸れ者。どこにも属さない中立の存在。だが、中立とは名ばかりで、吾ら光側だろと闇側だろうと容赦なくその厄災を振りまく。そんな奴らがなぜかまたこの世界に脅威をもたらし始めた。これに関して、まだ情報の共有がされていないだろう。この場で今一度吾らの持っている情報を整理しよう」


「それなら、妾からいいかい?」


 カゲツが手をあげ先制した。


「頼む」


「あれは大体2か月ほど前のことだったか? 妾が守護するリブレフト海域に突如として件の龍種が姿を見せた。そのほとんどを海中に潜ませながら、妾の海艇を攻撃してきたから迎え撃つにもなかなか苦戦を強いられたけど、所詮は下位種の水龍。討伐自体はさほど難しいものではなかったな」


「なら、何が問題だったのですか?」


 モーリスの問いにカゲツは彼をじっと見返す。


「妾の目の前で奴は言ったのだ。『。貴様らの自由など風前の灯。精々今を生き抜くがいい』と」


? それはつまり、古の大龍エンシェントドラゴン以外に新しい上位龍種が生まれたということですか!?」


「穏やかじゃねーな。古の大龍と同じレベルのやつがまた現れたなんてことになれば厄介どころじゃねーぞ。今度こそ世界が滅びる」


 グロッソが卓に肘をつき前のめる。


「正直あの言葉からじゃ、どういう意味かを理解するのは難しい。単純に考えれば、龍種を統率するという存在がもっともな話だけど、もしかしたら別の意味があるのかもしない」


「別の意味?」


「特に何かあるってわけではない」


「先日この大陸でも龍種が暴れたという話がありました」


 エーファが大陸で起きた例の事件について話した。


「ドルンド王国襲撃事件か」


 オギュステーヌがエーファの言葉にぼそりと返す。


「なにそれ? ドルンド王国ってあの中立国でしょ? あそこを襲うなんて、戦争を起こすようなもんじゃん。龍種ってどんだけ自分たちの力に溺れてんの? 中立国であるドルンド王国をおそって同盟国連中に総攻撃されても余裕ってか? 脅威を振るっていたのって大昔じゃん。古代と現代じゃ力の水準なんて変わって当然。現に海警艇なんかに負けてるんじゃ高が知れてるって話よ」


「おいおい黒髪の嬢ちゃん。今の言い方じゃ、嬢ちゃんより俺たちの方が弱いみたいな言い方じゃねーか?」


 自警団の中でも飛びぬけた武闘派を誇るゴウは、嘲笑うかの如く云ってみせると、海警艇のレブンスが鋭い眼光を彼女へと突き刺す。

 いくら光側の領域である聖域を守護する英雄たちであろうと、彼らは決して一枚岩ではないのだ。己がどこよりも優れていると心の底で思っているため、少なからず相手を下に見る者が多い。

 そのため、毎年開かれるこの英雄議会では同じような揉め事が勃発する。

 とはいえ、実際に手が出るような荒事にはならないのがせめてもの救い。


「事実じゃん? 聖典で開催される武闘会で私、負けたこと無いしね」


「あんなもので上位に立ったくらいで随分と自惚れているな。憐れとしか言いようがねー」


「ねぇ、ここであの豹斬っていい?」


「やってみやがれ。貴様のような細い腕じゃ、貴様の身が砕けるだけだぜ?」


「双方やめろ。聖王様の前で見苦しいぞ」


 エクトリアーノの言葉により二人は憤りを沈めて静かに背もたれに背を預けた。

 ふたりの態度を見るややれやれと思いながら、エクトリアーノは話を進めた。


「話の続きだが、そのという謎の言葉にはもう少し考察を巡らせた方がよさそうだな。安易に聞き流していいような話ではない」


「もし仮に新しく龍種の王が生まれたとして、そうなったら、過去、古の大戦で世界を破滅に陥れた古の大龍エンシェントドラゴンは王の座から降りたということになるのか? だとしたら、古の大龍はもう戦争には参加しない可能性があるんじゃないか?」


「随分といい方に考えるな、グロッソ。最悪の可能性の方が安易に想像できると思うけどね。くくっ」


「二頭の王が存在するという可能性……か」


「そうなれば前例のない、最悪な災厄だな」


 苦虫を噛みつぶしたような顔を見せるグロッソ。


「けれど、王の存在も注目すべき話ですが、私はもっと注目すべき話があると思うのですよ。……くくっ」


 不気味な笑みを零しながら、深紫髪の奥で双眸が光る。


「ドルンド王国に現れた龍種ですが、目撃情報から炎龍だったそうです。山脈近郊に住むとされていた地龍ではなく、どの種族も近寄らないだろ火山地帯にその身を潜めているとされる炎龍が、なぜ遠い地にあるドルンド王国を襲ったのか?」


「何か意図があったと?」


 エクトリアーノは訊く。


「どういった意図があるかはわかりませんが、なにかしら、ドルンド王国が襲われる理由があるのではないのでしょうか? あそこは大陸を隔てるオーレリア山脈に国を築いています。その山自体を崩壊させれば、容易にドルンド王国を生き埋めにできるでしょう。しかも炎龍ともなれば、その大口から発せられる獄炎の咆哮は岩をも溶かしてしまうほど。そんな龍種が動くほどの何かが、きっとあるのでしょう……くくっ」


「なら、調査団を派遣しておくか。ドルンド王国とは有益な関係を築いている。その関係に傷がつかないようにする必要があるが――」


「で? その炎龍は強かったの?」


 椅子の横に立てかけている太刀を握りながら、業が興奮気味に訊く。

 しかし、その問いに誰も返す者はいなかった。


「あれ? なんで言わないの? あっ! もしかして負けた? まさかの聖王騎士団さんも上位種である炎龍にはかなわなかったかー! いやーそんな相手、一度戦ってみたいなー!」


「業、調子に乗るな。聖王様の前ということをまた忘れたのか!」


 隣に座る筋骨隆々の狼人のレツが煽る彼女を止めた。


「違います……」


 エーファが口を開く。


「炎龍は無事討伐されました。しかし、討伐したのは私たち聖王騎士団ではないのです」


「上位種の炎龍だったんだろ? 聖王騎士団であるお前たちじゃないってんならいったい誰がそいつを倒したんだ?」


 誰もが思ったことをレブンスが代表する。


「話を聞くに、通りすがりの旅人が件の炎龍を倒したと」


「旅人!? 何もんだそいつ!」


「漆黒の鎧に身を包む騎士風の者と、若い闇妖精ダークエルフの女の二人組だったそうです」


 炎龍を討伐した者の正体が明かされた瞬間、ハメルンハルスが今日一不気味な笑みを浮かべた。


「実はですねぇー。私もここで1つ報告があるのです……くくっ」


「なんだ?」


「先日、救援の木笛がなり、一番近くにいた私が現場に駆け付けたのですが、そこでなかなか面白いことが起きていたのですよ」


「ダイダロス盗賊団壊滅の件か。それなら別にこの場で報告しなくても騎士団連中は皆知っている内容だろ? その件で貴様の部下に不幸が起こったのはあれだが……」


「私が報告したいのはダイダロスの件であってダイダロスの件じゃないのです」


「つまりどいうことだ?」


「聖王国でもその名を知らないものはいないほど厄介な連中であったダイダロス盗賊団。それらが何者かによって壊滅させられていたというのは既に周知の事実です。しかし、今回話をしたい内容は、先ほどエーファ様が仰られた炎龍を討伐したという者たちです。実はそのダイダロスを壊滅させたであろう者が、炎龍を討伐した者と酷似しているのです。ポーレンドの街で聞き込みをしたところ、その漆黒の騎士風の者がいたという話があったのです」


「偶然その街にいたってだけじゃねーのか?」


「実はダイダロスの根城はポーレンドの地下にあり、その現場を調べていくと、その者と盗賊団が戦った痕跡が見えてきたのです。それをだどった時、地上にあるその街では有名な娼館へとたどり着きました。娼館の中では館長である女が殺され、館内は蛻の殻でした。推測するに、本来の目的はその娼館にあり、そこで地下へ繋がる道を発見。盗賊団と出くわして戦闘がおこったという流れでしょう。あくまで私の推測ですので、見当違いかもしれませんが。私以外であの現場を見た者はこの中にはいないでしょう。あの現場の痕……。正直人間のするものではありませんでした」


「それはどいう意味ですか?」


「常人なら、嘔吐するのは必至の凄絶な現場だったのです」


「所詮は死体がゴロゴロ転がっているような現場だろ? 抗争じゃよく見る光景だ」


「いえいえ。ありませんよ死体なんて」


 レブンスの言葉にあっけらかんに返す。


「は?」


「盗賊団と、救援の木笛を吹いた私の部下は皆、ポーレンドの地下で、原形を留めない血肉の海と化していたのです。骨も肉もすべてが細切れにされ、どろどろの血が混ざりあった悪臭漂う赤黒い海になっていたのです」


 流石の英雄たちもその状態を聞かされ渋面を強いられる。


「もしかりにそれが本当なら、そいつは俺たち光側の味方か? ドルンド王国を救ったのは正直どちらの味方かわからないが、光国の脅威である盗賊団を壊滅させてくれたんだ、少なからず絶対的な敵ではないだろう」


「どうでしょう。その騒動で、私の部下も殺されていますからね。何とも言えないです」


「それは冒険者なのですか? 流浪の旅人でそんな実力があるのなら今まで噂になっても可笑しくないはずですが、今日日、一切耳にしたことがないのはいったいどういうわけでしょう」


 自警団の雹の言葉にその場にいた皆が顔を見合わせる。


「確かにそれほどまでに強ければ、どこかしらで噂が立つだろう。しかし、今回の件でしかその者たちの噂は聞いていない」


「だとしたら、今までどこかに身を潜めていたのか」


「いくら身を潜めるって言っても、この世界のいったいどこに? 今の時世、気高き種族である森妖精エルフの隠れ里に住む者の情報ですら、世に出回っているのです。それこそ、龍種が住むような過酷な環境下にいるかしないと、冒険者や商人なんかが一度くらい目にしてすぐに噂が広がるはず。誰の目にも止まらずに今まで生きてこれたというのはそれくらいしか考えられないが……」


 素直な疑問を口にしたウォルフル海艇船長、リューファに対して、ハメルンハルスはにたりと笑う。


「もしかしたら、ダンジョンと何か関係があるのかもしれませんねぇ……くくっ」


「ダンジョン!? まさか、新しく生まれたダンジョンの中から現れた魔物とでもいうのか!?」


「ですが、噂では騎士と闇妖精だったと。魔物ではないはずですが……」


「ダンジョンに居るのがそもそも魔物だけだというのはどこからの知識ですかねぇ? 私たちが知らないだけで、ダンジョンには魔物以外の、私たちと何ら変わらない亜人デミレント異形なる存在ゲシュペンストがいるのかもしれません。私たちはまだダンジョンに関してすべてを理解しているわけではないのです……くくっ」


「つまりは新しい勢力が生まれたと、そういうことかハメルンハルス?」


 エクトリアーノの言葉にハメルンハルスは答える。


「可能性はあるかと……」


「おいおい、つまりあれか? その謎の旅人とやらは、くっそ強ぇーってわけで、もしかしたら敵になる可能性があるって話か?」


「今の話を聞くにそうだろう」


「マジかよ! マジかよ! 炎龍を倒しちまうほどのやつが、大陸に居んのかよ! 海に帰る前に少し探してっか! 運が良ければ遣り合える……テンション上がるなっ!」


「やかましい……」


 鋭利な八重歯が顔を覗かせ、息を荒立てるレブンスに、隣に座るユリアが自身の耳をふさいで零す。

 レブンスの興奮を仲間たちが抑え込み静かになったところで、エクトリアーノが話を戻した。


「とりあえず、龍種の動きには今後も気を付ける必要がある。各地に派遣されている聖王騎士団は改めて警戒に努めてもらうとともに、先ほど話に上がった件の黒騎士についての情報を探ってもらう。もし相手が友好的な存在なら、是非とも吾らの仲間として向かい入れたい。そのため、むやみな戦闘は避けるように。いいかい、レブンス?」


「ま、努力する」


「このほかに何か、各々が手に入れた変革の情報はないか? あればこの場で共有を頼む」


 しかし、誰も答えなかった。


「なるほど。取り急ぎ皆も耳に入れておく内容はこれですべてということか。――では、これより各々近況報告を頼む」


 それぞれが派遣されている地にてその聖域を守り抜くにあたって、一年に起きた事件に関しての報告が始まる。今年は例年にない世界の異変が起きたために、報告が後になったが、本来ならば、こちらが先に話し合う内容となる。


 自警団から報告をはじめ、次に海警艇。そして最後に聖王騎士団がこの場で報告をするのが通例だ。

 しかし――。


「今回は俺たち騎士団から話させてもらう」


「お? なになに? 何かあったの?」


 グロッソの渋い声に、まるで煽るような口調で業が訊く。


「近年、聖王騎士団で起きた団員の消息不明の件について」


 グロッソの眉間には怒りの象徴たる皺が刻まれていた。









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