EXTRA6

第1話 稀代の英雄

 城下は催しにより活気だっていた。

 多国の商人や観光客、式典を一目見ようと訪れる者たちで街は盛況を極めていた。

 光国最大国家。

 歴代勇者が代々国を治めているルーンベルエスト聖王国。

 この日、そんなルーンベルエスト聖王国で年に一度行われる聖王式典が開催される。

 世界各地より聖域を護り抜いた猛者たちが集い、前勇者の言葉を授かり、その年の平和を誓う。

 聖域で英雄としてその名を轟かせる者たちが一か所に集まるその光景は光国の人間でなくても圧巻する光景だと、毎年、それを見に駆けつける者たちも沢山いる。

 そんな年に一度の催しが行われるルーンベルエスト聖王国で活気とは対極の重苦しく渋面立ち並ぶ場所があった。


 聖王宮殿――前城――円卓の間


 瀟洒な装飾が壁一面に飾られる中、部屋の最奥にはステンドグラスによって聖王の偉業が描かれており、室内を鮮やかに彩っている。そんな室内の中央に置かれる円卓には15席が設けられていて、ステンドグラスを背にする椅子だけが一際豪華なつくりとなっていた。

 円卓の間の入り口は1つ。

 先に円卓の間に着いていた無精髭を生やした筋骨隆々の男が、同じく先に入っていた爽涼な金髪の男と目を合わせていた。


「今日は随分とお早いお出ましだな。いつもの女たちは連れていないのか?」


「流石にこの場に連れ込むのはいかがなものかと思いましたので、丁重に言って自室で待ってもらっています」


「貴様のどこに、女がよる要素があるのやら」


「そうですねー。顔じゃないですかね?」


 金髪の男は爽やかな笑みを浮かべながら言う。


「けっ! 相変わらず好かんな貴様は」


「私は好きですよ。オギュステーヌ様のこと」


「お二人は随分と仲がよろしいのですね?」


 金髪の男と無精髭の男が話していると、円卓の間に白銀の長髪を靡かせながら、端麗な顔立ちの女性が入ってきた。


「エーファか。これのどこを見て仲がいいと言えるんだ。こやつが一方的に言っているだけだろ」


 円卓の間は既に席が決まっており、白髪の女性はまっすぐ自分の席へと向かう。


「はたから見ればいつも仲良さげですよ。オギュステーヌ様はなんだかんだ言って、嬉しそうにしていますもの」


「馬鹿を言うな。戯言だ」


「ひどいですよね? いつもこんな感じで、私のことを毛嫌いしているんですから。私はもっと騎士団同士仲良くしたいんですけどね」


「お遊びの集いではないのだ。そんなものは必要ない。俺たちは正義のため、使命を忠実に果たすだけ。ただそれだけだ」


「いつもこれです」


「モーリス様も難儀されていますね」


「難儀なんてもんじゃ――」


「随分と騒がしいなっ。何かいいことでもあったのか? ああっ?」


 その男の登場で、その場の空気が少し重くなった。

 黒く堅牢そうな角を側頭から生やし、黒く少し短めの髪を後方へと流す男は、そのとがったような顔つきから、多くの者に畏怖されていたが、正義の柱として、その功績は万人が認めるほど。

 しかし、今日の彼は普段恐れられる顔つきが一層険しいものになっていた。


「グロッソ様。別段大したことではありませんのでお気になさらず」


「なんだ? 俺はのけ者か? 寂しいな。ああ?」


 彼の機嫌は誰が見てもわかるほどに悪かった。


「騒がしいのは貴方ですよ、グロッソ。もっと静かにしないと、時機王が到着された際に多分に評価が下がってしまいますよ……くくっ」


 グロッソの後、直ぐに姿を見せた深紫髪の癖毛の男が少し不気味な笑みを浮かべて入ってきた。


「ちっ! そうだな」


「はい。さてさて。今日の会議はなかなかに面白い話ができそうですね……くくっ」


 席に座ろうとする彼に隣席の白髪の女性、エーファが訊く。


「何かあったのですか?」


 深紫髪の前髪からちらっと覗かせる目でエーファを見る。


「なに。もう皆さんが周知されている件と追加情報がすこしあるだけですよ」


「早く始まってくれればいいのによ。わざわざを待つのが面倒だな」


「そうは言いましても、グロッソ様。同じ光国、聖域を護る方たちです。遠路はるばる来てくださるのですから少しは大目に見てはどうでしょう?」


「んなこたぁー理解してるっ! ただ文句の一つくらい言わせろってだけだ。頭がかてーな嬢ちゃんはよ。ああっ?」


「おや? 吾ら騎士団は既に皆が揃っているようだね?」


 そういったのは、いつの間にかステンドグラスの前で円卓の席に並ぶ面々を眺める端正な顔立ちの男だった。

 その場にいる皆が等しく身に纏う純白の衣をさらに煌びやかにした衣裳を着こなす男は、見るからにその場のだれよりも別格な存在だと理解できる。


「エクトリアーノ様! いつの間に!」


 エーファが男に気が付き、素早く席を立った。

 しかし、他の皆は特に気にすることなく座ったままで彼を見る。


「毎度のことながら、飄々と姿を現しますねー。全然気が付きませんでしたよー」


「これは統括殿。随分と遅いお出ましだな」


「さほど君たちと変わらないと思うけれどね? それより、彼らがもう着いたようだ。全員が揃い次第、王を呼びに行くのであまり騒がないようにね」


 男がさわやかに言った直後だった。

 数人のこれまた着飾った様相の人たちが続々と姿を見せた。


「毎年毎年、ここへ来るのも一苦労ねぇー。退屈しのぎに誰か斬らせてくれないかなー」


 純白の騎士とは対立に、全身を黒を基調とした服に身を飾り、服と呼べるか些か審議しそうな、極めて布地の面積が少ない服から覗く白皙で艶美な肌は見る者をくぎ付けにするほど。服の裏地が深紅になり、アクセントが綺麗に飾る。腰からは二本の黒い数珠が伸びており、子供の頭くらいの大きなサイズの主玉が連なり、5つ目は一回り大きな親玉が下がり、金色の房を垂らしていた。

 そんな艶美な姿の女はその見た目に反して、自身の背丈以上ある漆黒の太刀を背中に背負いながらケラケラと笑う。


「確かに。長い船旅に煩い奴等との同席ときた。これほどの苦行は他にない」


 漆黒のセパレートタイプの服に身を包み顔の上半をマスクで隠す狼人の男。毛並みも黒く、服の合間に見える綺麗に割れた筋肉質な腹は灰色の毛並みをしていて、全体的に暗い色合いだが、長い鬣は白銀に染まり、非常に美しい風采をしていた。見るからに格闘術を得意とする男の手には装飾が施された背丈ほどの棒が握られていた。彼もまた、腰から女と同じ数珠を下げていた。


「おいそれはどういう意味だ? 俺たちのことを言ってんじゃねーだろうな? こっちは親切心でてめーらを船に乗せてやってんのによ」


 翡翠色の瞳をギラつかせながら喧嘩口調のその男。その見た目は豹そのもの。亜人よりも異形なる存在ゲシュペンストに近いその男は、獣化状態の豹人のような見た目をしている。一級品の防具を身に纏うも、純白の騎士や先ほどの者たちよりもその見た目は負けるが、一般の冒険者などよりはかなり上等な様相をしている。腰から下げる大剣がまるで片手剣かと錯覚してしまいそうなほど、その体は大きい。


「本当に礼儀がなっていないわ。一国の自警団ともあろう者が、これ程不躾な存在とは、その国の品位が疑われてしまうわね」


 身体のラインを強調するようなフィット感のある黒の服を纏う女性は辟易とした口調でそう吐き捨てる。

 腰のあたりからスカートのような構造となるその服は太ももを露わにするようにスリットが入り、その美しい足をあられもなく披露させている。

 腰に二本の刀を携え手には年期の入った革の手袋がされており、そこから少しだけ顔を覗かせる刺青が、何かの尻尾を模しているように見える。


「粗忽者同士いがみ合うのはよくない」


 自信のことも含めてそういったのは、迷彩柄の襤褸の外套に纏う小柄の女性だった。

 黒を基調とした革の鎧を装備し、外套の下にさらに黒い外套を羽織っている。その身に着けている装備はすべてが襤褸状態で所々破れていたりと、戦闘後の姿かと思ってしまうほど。

 またどこかけだるそうな表情からも、全体的なイメージが暗いのだが、桃色の髪が反発するように映えていた。

 彼女が手にする武器はその気だるげな見た目からは相反した大斧が握られていた。


「妾もいるというのに、粗忽者とは……なかなかいうではないか」


 全身を深紅の装飾に身を飾り、頭から生える双角をも赤に染め上げる女。その風格から女帝と恐れられる彼女はその艶やかな見た目に反して、扱う武器は落とせば地面が砕けるほどの大剣を片手で裁くほど。その腕力は人間なら軽く小突くだけで吹き飛んでしまう。


「やれやれ、もめごとなど無意味なものを……全く、こやつらは」


「仕方がない。いつものこと」


 そう後方で掛け合うのは、白銀の髪に、白銀の装備を身に纏う可憐な女性と、筋骨隆々な武器を持たない、こちらも白銀の髪と装備を纏う大男だった。

 白銀を基調とした服の合間には漆黒の布地が顔を覗かせる。

 どちらも腰から数珠を下げていて、数珠の色が先ほどとは違い、穢れなき白の玉と金色の房が施されている。


「やかましい奴らが来たな」


「いやー、毎年にぎやかになるねー」


「まあ、こちらにも一人煩いのがいるがな」


 モーリスの言葉にオギュステーヌがやれやれと呟く。


「君たちは本当に仲がいいね。でも、しばらくおしゃべりは控えてもらうよ。――静粛せよ!」


 エクトリアーノの言葉が円卓の間に轟き、ざわつきは一瞬にして静寂となった。

 そしてエクトリアーノは言葉をつづけた。


「皆が揃った。これより吾ら光国の象徴たる聖王様をお呼びする。このまま待機せよ!」


 彼の言葉がまるで魔法であるかのように、先ほどまで横行していた文句の嵐が嘘のように静まり返っていた。

 彼が円卓の間から姿を消し、円卓の間の唯一の入り口である扉がゆっくりと閉じていく。

 皆が席に着き、円卓の席が二席を除きすべて埋まったまま、空間は静寂の海と化し、その時が来るのを見守っていた。

 この瞬間だけはいつの時代も変わらない。


 そして、ついにその時は来た。


 円卓の扉がゆっくり開き、エクトリアーノが声をあげる。


「敬服せよ! 聖王様のお通りである!」


 その瞬間、一同が一瞬のズレもなく立ち上がる。その光景は圧巻そのものだった。


 開けた扉の端にその身を避けるエクトリアーノは片膝を折り聖王へ道を譲る。


 その場にいる誰よりも毅然とした風格を放ち、聖王がそばを通れば、その体からあふれ出る魔力の波動にごくりと生唾をのんでしまうほど。

 幾ら聖域を守護する精鋭たちといえど、それらを全て束ねる王たる聖王には到底及ばないのだと、すべての者が理解する。

 聖王にはその身を護る側近が二人ついており、雪の精霊のようにその身を白一色に染め上げる子供のような様相の双子が王のそばを歩く。

 ゆっくりと歩みを進め、聖王の偉業が描かれたステンドグラスを背に、聖王は一際豪華な椅子に着座の姿勢をみせると、傍に立つ双子の一人がそっとその椅子を引き、王が座りやすいように導く。


「楽にせよ」


 聖王の言葉に一同再び着席する。


 エクトリアーノが円卓の間の扉を閉め、自身の席へと戻ると一同へ声をかける。


「忠誠の意を!」


 その言葉に、円卓に座る者が次々と聖王に忠誠を誓う。


「聖王国を護りし聖王騎士団の一柱。イーリス騎士団団長、モーリス・コ・ニウェ・オーノン。聖王様に変わらぬ忠義を捧げます」


「同じく、ヒルデガルド騎士団団長、オギュステーヌ・ボア・シラフィセント。聖王様に変わらなぬ忠義を捧げます」


「同じくスペルディア騎士団団長、エーファ・レンブレット・プランク。聖王様に変わらぬ忠義を捧げます」


「同じく、ガルロ騎士団団長、グロッソ・ベローラ。聖王様に変わらぬ忠義を捧げます」


「同じく、ゼネウス騎士団団長、ハメルンハルス・ヴェズ・ゼネウス。聖王様に変わらぬ忠義を捧げます」


「黄昏ノたそがれのくに自警団。紅ノくれないのいちレツ。聖王様に変わらぬ忠誠を誓います」


「同じく自警団。紅ノ弐、ゴウ。聖王様に変わらぬ忠誠を誓います」


「同じく自警団。白露壱はくろのいちヒョウ。聖王様に変わらぬ忠誠を誓います」


「同じく自警団。白露弐、レイ。聖王様に変わらぬ忠誠を誓います」


「聖域の海を護りし海警艇所属。ダフトゥス海艇船長、レブンス・ヒール。聖王様に変わらぬ忠義を捧げます」


「同じく海警艇所属。マルクーロ海艇船長、ユリア・バンダイン。聖王様に変わらぬ忠誠を捧げます」


「同じく海警艇所属。ウォルフル海艇船長、リューファ・トゥワン。聖王様に変わらぬ忠誠を捧げます」


「同じく海警艇所属。リブレフト海艇船長、カゲツ・アザミ。聖王様に変わらぬ忠誠を捧げます」


「聖王騎士団統括、エクトリアーノ・フォージャ・ベノフレックス。聖王様に変わらぬ忠誠を捧げます。吾らすべての忠義を聖王様に捧げます!」


 エクトリアーノの言葉を最後に、一同が改めて姿勢を正した。


 そして、聖王は忠義を示す者たちを改めて見回してから言葉を吐く。


「聖域を護りし稀代の英雄たちよ。よく集まった。感謝を返そう。――さて時間も惜しい。これより会議を始めよう。今世界に起きているについて貴公らの意見を聞かせてくれ」





 

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