第26話 異形なる存在の訪問
「とりあえず、ここですることは終わったわね」
独白のように零した私の言葉にレファエナが答える。
「まだ朝食の準備が終わっていなさそうですね」
レファエナは城の方を見る。
いったいそこから何を見ているのだろうか。
「なら広場に戻って、エネマが渡してくれたお弁当でも食べて待つとしましょうか?」
「はい」
広間に戻ると、たった数分しか経っていないのに、先ほどより人が多く見える気がする。
広間に設けられたテーブルに腰を掛け、エネマからの弁当を開封し、レファエナと二人で食べることにした。
昨日の余り物を詰めただけと云っていたけれど、蓋を開けてみたら、エネマの思いやりが広がっていた。
OL時代の頃、私も前日の余り物を弁当として詰めて職場に持って行ったことはあったけれど、それは人に見せられるようなものではなく、かなり適当に詰めた、本当に詰め合わせた弁当だったけど、眼前にある弁当は、詰め合わせと思わせないほどきれいに彩られた、豪華な弁当だったのだ。
昨日の残りと、今朝の朝食で使う食材を組み合わせた色とりどりの豪華な弁当。
「おいしそうね」
「流石はエネマです。弁当一つにしてもこれほどまでに完成させるなんて」
「ほんと凄いわ。さっそくいただきましょう」
「マリ様、私にそれを任せてもらってもよろしいですか?」
「ん? 何を?」
そう訊くと、レファエナはそっと私の方へ手を差し出してきた。
それが求めるのは、どうやら私の手にもつフォークのようだった。
「はい」
彼女へそれを渡すと、そのまま弁当も自分の方へと少し移動させ、弁当の中身を選び、フォークに刺し、私へそれを向けてきた。
まさか、食べさせてくれるということなのか?
まあ、十中八九そうだろうけれど、流石にこれには抵抗がある。
自室ならまだしもここは公の場。すぐそこには村人や冒険者がいるというのに、そういうのはちょっと恥ずかしい。
けれど、どうやら彼女の意思は変わらないみたいだった。
私がすこしたじろぎを見せてもその手は一切止まることなく、徐々に私の口へと運ばれてくる。
私は意を決して、口を開け、彼女の差し出したものを口に含んだ。
――おいしい。
料理がおいしいのは最初から分かっていたけれど、なんだろう、昨日の味付けては少し違うような……。やっぱり何かしらの手を加えてくれたのだろう。
見た目もそうだけど、中身もエネマの思いやりを感じられるものだった。
それにしても、こうやって誰かに食べさせてもらうという行為は恥ずかしいものもあるけれど、慮外にも気分のいいものだった。
一口目さえ乗り越えたら、二口目、三口目の抵抗は皆無だった。
何とも丹樹奈生き物なのだろう、私と言う者は。
「レファエナも食べなさい」
私は彼女からフォークを奪い、半ば反撃するかの如く、にたり顔で彼女の口へと料理を運ぶ。
少しでも恥じらってくれれば、お相子だ。
そう思っていたのに、彼女は恥ずかしがるどころか、自らその艶のある口を近づけてくるではないか!?
彼女に羞恥心はないのか?
私だけ恥ずかしがって……負けた気分じゃない。
「……おいしいです」
いたって表情の起伏は薄いけれど、どうやら彼女もなかなか満足しているようだった。
「あーーーっ!!! やっぱりっ!!」
「吾らをまんまと嵌めたな!」
「また抜け駆けしてずるいわよ!」
「策士」
「いくら待っても来ないのだから何かあったのかと心配もしたぞ」
「こうして何度もやられますと言葉の信頼が薄れてしまいますよ」
「で、でも、問題がなくてよかったです」
「まあ、少し予想はしていましたけど、まさか本当にそうだとは……」
「あっ! 美味しそう! じゅるり」
振り返ると、そこには守護者全員の姿があった。
「いったい何事?」
「レファエナのやつ、吾らに嘘をついていたんです」
「嘘?」
「僕たちには、マリ様は少し用事を済ませてから行くから、玉座の間で待っててといってたんですよ」
「けれど行ってみれば、なかなかマリ様の姿もレファエナの姿もないじゃないですか。これはなにか可笑しいとおもってさがしてみたらこれですよ」
私はレファエナの方を見ると、彼女は知らん顔で、弁当を黙々と食べていた。
こ、この子、恐ろしい子だわ。
「まあ、みんな落ち着いて。とりあえず――」
その時、メッセージが届いた。
『マリ様。レイです』
昨日、ギルドマスターたちを街まで送りに行ったレイからのものだった。
『なにかあったの?』
『今、ダンジョンの入り口にいるのですが、魔王オバロン様の配下を名乗る集団がいるのですが、どういたしますか?』
『うそ、もうきたの?』
随分と早い。
先日行った
魔王オバロン様の根城は私のダンジョンからもだいぶ近い分、時間はかからないとは思っていたけれど、予想よりも対応が早かった。
これはあれだろうか。
魔王ヒーセント様よりも自分の方が早く援軍を送りたかったと、そういうことなのか?
でも、まあ、早いに越したことはない。
ありがたく差し出された手は借りるとしよう。
『わかったわ。今入り口に
『かしこまりました』
私はすぐに管理ボードで転移門を開いた。街の入り口と広間との間に出現した大きな転移門に広間で作業をしていた者たちの視線が集まる。
そんな皆の視線の先に聳えたつ転移門の奥から姿を現したのは、今ではもう思い出の隅にいた
種族は様々で、そのすべてが人の形を逸脱した者たちだった。
流石はオバロン様の元に集う者たち。
誰もが屈強な戦士のような体格をしていた。
誰一人としてひ弱そうな者はいない。
そんな彼らが転移門から姿を見せた時、流石に村人たちの表情は引きつっていた。
光側のましてや人間が多くいる町や村で暮らしていた者たちからすれば、自分より2倍も3倍も大きな巨体を持つ化け物に慄くは当たり前だ。
か弱いOL時代の私だって腰を抜かして漏らしてしまう。
……流石それはしないか。
「新生魔王、マリ様。改めて挨拶を」
そう切り出したのは、羊頭の大男だった。
「以前、一度お会いしているかと思いますが、ちゃんとご挨拶はしていなかったかと思います。私は、魔王オバロン様の配下、四騎士が一人。
私は過去の記憶を叩き起こして思い出す。
そういえば、戦闘後の話し合いにもこの羊の人いたような気がする。
それにしても、大きいわね……。
私の何倍あるのよ。
「これはご丁寧にありがとうございます。私はこのダンジョンを管理するマリと申します。どうぞよろしくね」
「よろしくお願いします。先日は大変失礼をいたしました。今回は、先日の件のお詫びもかねて、マリ様の手伝いを魔王オバロン様から仰せつかり参上いたしました」
「話は聞いているわ。ちょうどこれから皆で朝食とってから作業の話を始めようとしていたところなの」
「おお、それはいいときに来ました。では私どもも参加させていただきます」
今回、オバロン様から派遣されたのは総勢28名。四騎士では、
四騎士の中では一番の常識人とのことで、魔王オバロンが派遣してくれたらしい。
彼らのきたタイミングというのが本当にいい時で、ちょうど彼から派遣されたほかの者たちの紹介を一通り聞き終えたところで、エネマが朝食を運んできてくれたのだ。
過去に凄絶な戦闘を交え、四騎士の一人をこちらは殺してしまっているので、少しばかり気まずさと言うものはあったけれど、それを感じさせないほどに、ゾーンさんは砕けたように話をしてくれる。
なんともコミュ力が高いのだろう。
こちらとしては非常にたすかる存在だ。
威圧的なその巨躯にはまだ慣れないけれど、ある程度打ち解けたところで、私は彼らを朝食に誘い、村人や岩窟人たちに紹介した。
最初は皆、怯えていたけれど、それもゾーンさんのコミュ力ですんなりと緩和され、直ぐに打ち解けていた。
私たちは食事を交えながら、少しずつそういった他種族の壁をなくしていき、今後の作業に支障をきたさないようにしていった。
そうして、食事が終わり今後の流れの話し合いが、
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