第25話 朝の仕事

 朝目を覚ますと、既にカテラはいなかった。

 整えられたシーツに彼女が居た形跡は一切ない。

 城内のすべてを任せている彼女の朝は私が想像するよりも早いのだ。

 私は別に起きるのが遅いわけではない。いたって普通。どちらかといえばまだ早い方だともう。寝台横に置かれている小さなテーブルに時計がある。それを見ると、時刻は朝の6時を少し過ぎたあたりだった。

 こうして時計で時間を管理できるというのはやっぱりいいものだ。

 改めて時計のありがたみを感じながら、私は身支度を済ませる。

 寝室を出るとそこにはレファエナが頭を低くして待っていた。


「おはようございます。マリ様」


「おはよう。どうしたのこんなところで待っているなんて。何かあった?」


「いえ。特に変わったことはありません。ただ、そろそろお目覚めになるかと思い、最初の挨拶をと思っただけです。見るに、私がですね」


 彼女は表情こそさほど変化はないけれど、そこには確かに笑みが浮かんでいた。


「他のみんなはどうしているの?」


「まだ自室にいるかと思われます」


「そう。まあ、朝早いもんね。私は厨房に行ってエネマに挨拶をしてから、一度街へ行こうと思うけれど、レファエナはどうする?」


「私も同行させていただきたいです」


「わかったわ」


 外界の空のように昼夜の移り変わりは一瞬の出来事で、徐々に光があふれてくるということはこのダンジョンにはない。

 そういう光のグラデーションが可能になればもっと外界と差をなくせるのに……。

 現状ではその手立は見いだせていないので、当分の課題の一つとして私の中にとどめておく。

 そんな私の寝ている間に変転した光が廊下の窓から差し込み、城内を明るく照らす。

 広々とした廊下。

 まだ城内で働く者の数が少ないため、こうして歩いていても誰ともすれ違わないという、少し寂しい思いを抱いてしまうけれど、それも今日までよ。

 なにせ、今日は14人ものメイドが増えるのだから、この城も少しは賑やかになるわ。

 メイドとして働いてもらう彼女たちにはこの城で住み込みで働いてもらう予定だ。

 でも、これはあくまで任意。

 強制はしない。

 住み込みでいいと言う者だけ。下街で暮らしたいと言う者がいれば下街通いでもいい。

 住み込みを希望する者たちのための部屋の設定もしておかなければいけないわね。

 とは言え、設定はものの数分で終わるため、それは彼女たちを迎え入れてからでも遅くはない。

 一先ずは彼女たちを迎えに行かなければいけない。

 先日、ギルドマスターであるホーキンスさんにもこのダンジョンで住み込みで働いてくれるものには不自由はさせないと誓ったばかり。そんな私にできるものといえば何か。そう考えて出てきたのは……食事の用意だった。

 なんとも稚拙な考えなんだと、恥ずかしくなるけれど、正直今できることはそれくらいしか思いつかない。

 だから、こうして私は厨房に足を運んでいるのだ。

 決して私が朝食を欲しているからじゃない。

 断じて違うわ。

 厨房では既にエネマ達が忙しなく働いていた。

 随分と食材が多いわね。

 厨房の奥と中央に置かれている調理台の上には沢山の食材が置かれていた。


「おはようございます! マリ様!」


「「「「おはようございます!!」」」」


 エネマの筆頭に他の料理係の子たちが挨拶を送ってくれる。


「おはよう、みんな」


 私の挨拶を受けて、エネマが他の者に指示を出すと、他の者作業を再開した。

 そんな中、エネマが手前に置かれていた布で手を丁寧に拭きながら近づいてくる。


「朝食のご用意にならも少しお持ちください」


「ち、ちがうわよ」


「それは失礼しました。ではどのような御用ですか?」


「私の朝食じゃなくて、下街のみんなへの朝食の準備をお願いしたくて来たのよ」


「なるほど、そういうことでしたか。でしたらご心配なく」


 そういってエネマは視線を奥へと向ける。


「すでに街の人たち用の食事も準備を始めております」


 この大量の食材はそういうことだったのか。


「ありがとう。じゃあ、お願いするわね。転移門ゲートは昨日の状態で設置しておくから」


「かしこまりました」


 エネマは頭を下げると、最後に付け加えるようにしていう。


「マリ様はこれから街へ降りられるのですか?」


「ええ。そのつもりよ」


「でしたらこちらを」


 そう差し出してきたのはダンジョンで採取したであろう大きな植物の葉の塊だった。

 見るに何かを葉で包んでいるようだった。


「これは?」


「昨日の余り物を詰めたモノになります。簡易的に食べられるようにしてありますので、移動中にでもお召し上がりください。朝食はまた別でご用意いたしますのでご安心ください」


「ありがとう。ありがたくいただくわね」


 そうして私はエネマから弁当を頂くと厨房を後にした。


 街へ転移した私は既に働き始めている村人や冒険者たちがいることに驚いた。

 まだ早朝だというのに、なぜこんなにも働いている人がいるのだろう。

 もしかしたらうまく寝れなかったのかもしれない。

 知らない土地ですんなり眠れるかどうかはわからない。


 私が転移してきたのが見えたのか、村人の一人が声をかけてきた。


「おはようございます、魔王様。どうかされたのですか?」


「それはこちらの台詞よ。みんなどうしてこんなに早い時間に働いているの? もしかして昨日は全然寝れなかったの?」


 そんな私の不安を一蹴するように村人は言う。


「いえいえ、昨日はおかげさまでぐっすりと眠れましたよ! 普段からこれくらいの時間に起きるので、特段変わったことではありません。それに、昨日終わらなかった荷下ろしや、今日一日の準備も早い段階で済ませておいて、建設作業に充てられる時間を確保しているんです!」


 これからのことを考えての行動。

 なんと素晴らしい人たちなのか。

 私はふと過去の自分を顧みて、この人たちの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと思った。


「そこまでしなくても大丈夫よ。別に取り立てて急ぎでやってほしいわけでも無いし。ゆっくりと、それでいて確りと出来上がっていけば、それで私は問題ないわ」


「でも、早く魔王様のお役に立ちたいと急いている者もいますから……」


 そういって村人は後方で忙しなく働く一人の男を見た。


 あれは……冒険者のガビルだったわね。

 随分と熱心に仕事をしている。


 彼がこの私に恩義を抱いているのは理解しているけれど、正直なところ理解できない節もある。

 彼の抱く恩義というのは昨日起きた魔物に襲われたという事件についてで、彼を襲ったのは私の管理するこのダンジョンの魔物であり、彼を助けさせたのは私の配下たちだ。言ってしまえば、私が蒔いた種を私が摘んだようなもの。マッチポンプも甚だしい。

 だからこそ、彼が私に恩義を感じる意味が理解できない。

 彼もそのことを十分に理解できるだろうに、なぜ彼はあそこまで私に忠義を示すのか?

 私には不可解でならなかった。

 でも、だからといって不快というわけではない。

 私のためにそこまでしてくれるんだ。嬉しくないわけがない。


 私は眼前で働くガビルに近づき、声をかけた。


「おはよう。生が出るわね」


「お、おはようございますっ!!」


 私の声にびっくりしたのか、彼は手に持っていた荷物を落としそうになったけど、ギリギリのところで堪えて返事を返してくれた。


「急に声をかけてごめんなさい。大丈夫?」


「も、もちろん大丈夫です! 心配してくださり、ありがとうございます!」


「いえいえ。このあと朝食を用意するから、みんなに伝えてもらえるかしら?」


「朝食ですか? かしこまりました!」


「それと、今日からのことをまた朝食後に話をしようと思うからよろしくね」


「はい!」


 ガビルはそのまま意気揚々と荷物を抱えて小屋の方へと走っていった。


 私は一度岩窟人の元へといき今日の流れを聞くことにした。

 この時間、彼らは既に起きており、仕事の準備を始めようとしているところだった。


「おはようございます、マリ様。今日も早いですね。今朝はどうされました?」


 私を見るなるドンラさんが声をかけた。


「昨日来てくれた村人と、冒険者の方たちのお陰で、今日から今まで以上に作業が捗るのではないでしょうか?」


「ああ。そりゃー捗りますよ。今までの2倍のスピード、いや、3倍のスピードで作業ができると思いますね」


 ドンラの後ろからギエルバが工具を携え現れた。


「そんなにですか?」


「単純話です。俺たちの人数の4倍以上の人数が作業に加わるんですよ? 俺たちほどじゃなくても分担すれば作業の進捗は格段に上がります」


「そうでなくても、完成までの日にちは大分変ると思います」


「まあ、計画している広さが広さなだけに、すべてを完成させるには1年以上は必要だけれどな」


 確かに、以前ギエルバさんが見せてくれたこの街の構想図を思い出してみると、その規模はかなりのものだったように思う。

 現段階で、メイン通りの完成はある程度見えてはいるけれど、まだそこだけ。あの図全体の1%ほどしかない。

 城の南へとまっすぐ伸びる大きなメイン通り。その道に立ち並ぶ建物群。しかし、そのさらに中へ入れば、まだそこは開けた区画整理地区。建物の位置すらまだままならない状況。それに、城の周りを囲うように設けられる中心街はまだ何一つ建物が建っていない。

 まあ、現状ではそれが最良なのかもしれない。

 というのも、昨日漸くこのダンジョンに移住してくれる村人が越して来たばかりだ。

 住人がいないのに大きな建造物を創ったところで、さみしいだけだろう。

 だとしたら、今がちょうどいい進行具合なのだろう。

 まあ、正直なところ。

 この街づくり計画を立ち上げたときは住人なんかはどうにかなるだろうと思っていたけれど、幸運にも岩窟人たちが手を貸してくれるようになって、計画が早い段階で進むことになり少しばかり焦りを感じていたところだった。

 街の建設に比例するように個々の人口が増える見通しがついていなかった。

 色々と外界へ宣伝は出していたけれど、その実それが実っていないため、効果はなく、昨日まで誰一人としてこの街に移住すると言う者はいなかった。

 だから、もしこのまま作業だけが進み、メイン通りが完成した場合、ものすごく閑散とした街になっていたに違いない。

 ディアータには本当に感謝しなくてはいけない。

 一番の功労者だと思う。

 まあだから、現状は人口が増えるまでは、建設場所を絞って作業するようになっている。

 現在進めているのは言うまでもなくメイン通り。

 底が終われば、少し中へ入った居住区の建物を建てていく予定となる。


「予想されるスピードなら、あと1週間もすれば完成できるんじゃないですか?」


「残りの区画はそれから人を増やして地道に進めていけば、1年と少ししたころには街が完成するでしょう」


 物資の調達や、材料の加工。

 それらを現場へと配送する。

 そしてそこから建設開始。

 そういった工程を経て、一つの建物が完成する。

 以前、ギエルバさんが言っていた。


 数件の建物を建てるといった話なら、一か月もあれば作業は終わるらしいけれど、ここでは数千、数万棟もの建物を建設する必要がある。作業場を分散させ、工程ごとの分担を決める必要がある。どの工程にどれだけの人員が必要なのか。

 そういった諸々を、人員の増加に伴い考えていかなければいけないと、彼は言った。

 ――無駄な時間なんて作らない。

 それが岩窟人の魂だと。そういっていた。

 考え得る限り、最短期間での完了を目指す。それでいて、最高品質のものを手掛ける。それが、ドルンド王国の職人。岩窟人。

 まだいったいどれだけの人員がこの作業に手を貸してくれるのかを確認していないため、そういった話し合いの場をこれからも受けなければいけないと彼は言っていた。

 だから、朝食が済み次第、皆を招集して、作業の説明と工程ごとの人員の割り振りを決めようと思う。

 勿論、その進行は私ではなく、現場責任者である岩窟人のもと行ってもらう。

 私はそれを遠くから見守ります。

 ド素人の私が下手に口出しなんてして、作業の循環を悪くしてしまったら申し訳ない。


「私たちは一先ず、話し合いの場でどう話していくかを、今一度考えなおしておきます」


 ドンラがそういってギエルバの肩を叩き、二人は私の元を離れた。

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