第7話 簡易移動手段

 会議室に戻ると守護者たちは全員席についていた。

 私がが岩窟人のところへと出向いている間、彼女らはずっとここにいたらしい。

 私が部屋へ入るなり、一同は席を立ち私を出迎えてくれる。


「話はしてきたわ。それで、次の話なんだけど。ヒーセント様が教えてくれた魔王の情報を整理しておこうと思ってね。なかなか難儀する問題があるようだし、みんなの知恵を貸してもらいたいわ」

 まずは整理から始めましょう。


 第一魔王レオナード・ベム・ホルスターは死黒海モルテネローレという海域に浮かぶ孤島に住む魔王。

 私の同盟にはきっと賛同してくれるとヒーセント様は言っていた。

 問題があるとすれば、死黒海モルテネローレだろう。

 この死黒海モルテネローレについて、私は何も知らない。あの時も詳しい話をしてくれなかったため判然としないまま別れてしまい、今に至る。

 ヒーセント様の話では船で渡れない海といっていたけれど、言ったおいどういう理屈なんだろう。


死黒海モルテネローレについて、誰かわかる子はいる?」


「申し訳ございません」


 一同を代表してハルメナが謝罪した。


死黒海モルテネローレとは――」


「――ッ!」


 私の背後に気配もなく、いきなり声が聞こえ、私は思わず声が漏れそうになったけど、そこを何とこ押し殺して、声は出さずに済ませ、ちらりと後方を覗くと、エルロデアが毅然と優美に立っていた。


「風や波が一切発生しない、無の海のことです。波は疎か、海流すら発生しない海域で、その海域だけ、他の海域と違って底が深く、一面が黒く見えることからも、その名前がついているとされています。海流が流れなければ魚も餌を確保できずに死んでしまい、殆どの生物がその海域には寄り付かないため、どこよりも静かな海としてもかなり有名な場所です」


 流石はダンジョンの化身。

 基本的な知識ならば、彼女は博識だ。


「ありがとうエルロデア。でも、その死黒海モルテネローレって、別に船で渡れないわけではないわよね? 漕いで渡れば済む話でしょ?」


 風も波もなければ漕いでいけば何も問題はないはずだ。

 海域が非常に広く、漕いで渡るにはなかなか大変だというのもあるかもしれないけれど、不可能ではないはず。なぜ、ヒーセント様はといったのだろう。


「それは不可能です。海域は風も波の海流もない無の海。その中を漕いでいくのは不可能ではありません。ですが、大きな問題がその海域と孤島の間には存在するのです」


「それはいったい……?」


「滝です」


 私は一瞬彼女が言った言葉を理解できなかった。


「え? 滝? あの上から流れ落ちる?」


「はい。死黒海モルテネローレのなかにぽつねんと浮かぶ孤島。無の海と孤島との間には絶対に船では渡れない大きな滝が存在しているのです。孤島を囲うようにしてある滝は、さその底が見えないほどに深く、一切の光を取り込まない暗黒が滝の下には広がっており、海を渡ってきても、次第に滝に引き寄せられ、終いにはその滝へと落ちてしまいます」


「それが船では渡れない理由なのね。その滝の下っていったいどうなっているの? 海の水が永遠に流れ落ちているのよね? だったらその落ちた水はどこへ行くのかしら? もしかりに相当深い場所だとしても、そうなったら海自体がどんどん浅くなってしまうと思うのだけれど?」


「申し訳ございません。そこまではわかりかねます」


「そう……」


 原理がよくわからないわね。でも、ここは異世界で、ファンタジーな世界。私の知りえる常識が普通に通用しない世界だから、思い描く原理とか理屈が綺麗に合わないのかもしれないわ。

 でも、気になるわね……。

 その滝の下に何があるのか。もしいけるのなら行ってみたい気持ちはあるけれど、悲しいことに私には無理なのよね。

 ほんと、このダンジョンの管理者って厄介よ。弱点が弱点過ぎるのがいけないわ。もっと、こうなかったのかしら。

 一応、長時間出なければ私もダンジョンの外に出られるけれど、その時にもし契約盤に触れられてしまえば、私とその配下の子たちが全員死んでしまう。だからいくら出られるからといって容易には外に出ることができないのがつらいところ。


「あの時、少し話に出たと思うけれど、誰かに魔王レオナード様がいる孤島に飛んで、運んできてもらえる子がいれば話は早いけれど、私の配下に、誰かを運んで空を飛ぶことが可能な子っているかしら?」


 私の言葉に、一同が顔を見合わせる。


「浮遊魔法で自在に空を飛ぶことなら、守護者の中には何人かいるかと思います」


 そう切り出したのはメフィニアだった。


「私のほかに、レファエナ、サロメリア、ハルメナが浮遊魔法を使えます」


「まあ、守護者たちが使えるのは知っていたけれど、流石に守護者たちを外界へ行かせるのもあれだと思うのよね。まあ、一人くらいならいいんだけれど……どう思う?」


「ダンジョンの防衛のことでしたら、当分は問題ないかと思います。私たちの誰が抜けても易々と進行を赦すことは絶対にありませんので」


「そう。なら、もし魔王レオナード様のところへ赴くことができる時が来たら、その時は守護者の中から選抜しようかな。とはいえ、最初の砦を護るレファエナを外界へ出すわけにはいかないから、他の三人から選ぶことになるけれど、それで問題ない?」


 私はレファエナのほうをみる。


「はい。それは勿論。私は常にマリ様のお傍に居たいので、是非もありません。その時は確りと命を果たさせていただきます」


 よかったわ。


「ま、あくまで今の話は魔王レオナード様を運ぶことについての話だったけれど、そのあとが最も重要なことなのよね。これは他の魔王にも言えることだけれど、同盟まで結ぶことができた場合、次に問題になるのは魔王会議リユニオンへの参加方法よ。魔王レオナード様や他の魔王の中にはヒーセント様みたいに転移魔法を使える魔王ばかりではないと聞くし、移動手段が限られる魔王だっているらしいわ。そうなったら、せっかく同盟を結んでも、会議も共闘もできないわ」


「転移魔法が使えないとなると、魔法具に頼るしかないのではないでしょうか? 私たちがマリ様から頂いたこの【転移の指輪】と似た何かを作ることで対応ができれば話は早いと思うのですが」


「そうね。やっぱりそれが一番かしら? とはいえ、私が作れるものの中にそんなものがあるのかな?」


「管理ボードによってつくれる魔法具の中で自在に転移できる転移の指輪と同じようなものはありませんが、外界でも使える転移装置ならあります」


「そうなの?」


「普段、小物などを生成するためのアイテム生成欄があると思いますが、そちらの中に転移装置が存在します」


 全然知らなかった。

 てか、アイテム生成欄に転移アイテムがあるの?

 とりあえずものはためしに管理ボードを開いて確かめることにした。

 一覧を見ていくと、確かにそれらしいものがあった。


【簡易転移盤】


 その名前からして、据付型の転移装置ってのはわかる。

 実際に私はここに出してみた。


 出現したのは1m四方の魔法陣が刻まれた2枚の板だった。


「これは、転移先に一枚置き、もう一枚は手元に置くことで、その二対がおかれている場所へと転移することができるのです」


「なるほど。じゃあ、試しに……」


 私は部屋の端と端に板を設置して、片方の板に乗ってみる。

 すると、乗った板の魔法陣が光、私の体を包み込むと、次の瞬間には視界が変わっていた。


「ほんと、移動できるわね。これなら遠いところに住んでいる魔王のところに置けばいつでも容易に来ることができるわね。これは便利! 採用しましょう!」


 でも今すぐ必要になるわけではないから、とりあえずこの出したものはしまっておこう。


「これで魔王たちが魔王会議に参加するための方法は決まったわね。あとでこれをオバロン様の元へと送ってあげましょう。いくら近いとはいえ、あるとないとでは全然違うからね」


 でもそうなると、これを設置する場所だけど……。


 私は部屋を見回すと、ふとあることを思いたった。

 ここは魔王会議リユニオンが行われる会議室とよく似ている。だからこそ考えがまとまった。


「この転移盤だけれど、魔王会議室リユニオンルームに置かれているそれぞれの席の後ろに設置するのはどうかな?」


 魔王たちが会議に参加する際に自身の席ところへと転移すれば無駄に歩き回る必要もないうえに、帰るときもすんなり帰ることができるだろう。それに、適当な場所を設けてこの転移盤を設置したところで、どれがどこへ繋がっているかがわからなくなるので、席の後ろに設置しておけばわかりやすくなる。もしこちらから、用があるときでも目的の場所がわかりやすいに越したことはないからね。


「そのようにしたほうが効率的にもいいと思われます。流石はマリ様」


「じゃあ、また後程その準備をしておきましょう。まあ、急ぐことでもないけれど、準備しておくことに越したことはないわ」


「かしこまりました」


 ハルメナが一同の代表として返事を返してくれた。


「じゃあ、次だけど――」


 魔王の情報の整理として、どの魔王どこにいるかの再確認と次に誰のところに使いを送るかを決めようとした時だった。


 脳内に通信音が響く。


『マリ様、ディアータです。長らくお待たせいたしましたが、無事ダンジョンに着きました』


 それはテテロ村を救ったディアータからの連絡だった。


『おかえりなさい。今入り口に門を開くから待っててね』


 ダンジョンの外には石造りの大きな門がおかれている。そのさきにダンジョンへの入り口があるんだけど、私の管理ボードでその大きな門が転移門として起動することができるのだ。

 これは基本的に任意での起動になるため、勝手にそれが作動して誰彼構わずこの階層に来れたりはしない。

 まあ、これは設定どうにでも変更が可能らしいので、のちのち少し変更しようと思うっているけれど、それはまだ先のこと。

 とりあえず、私は管理ボードによって、入り口の大門を開いた。


「ディアータたちが戻ったらしいから迎えに行きましょう?」


「例の村を救って村人を連れてきたという」


 ディアータやコーネリアに関しては、殆どの階層守護者があまり接点を持っていないため、少しばかり他人行儀に思えてしまう。


 私が席を立つと、一同も同時に席を立った。


「じゃあ、行きましょう」


 そして、私たちは大門とつながった転移先の前へと転移した。




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