第8話 帰還とメイド

「何が起きてるんですか?」


 街の入り口に位置する場所に突如として現れた光の大門を見て岩窟人たちが作業を止めて集まってきた。

 私たちがそこに現れると一番近くにいたドンラが聞いてくる。


「さっき説明した村人たちが来たのよ。テテロ村のね」


「ああ。随分と早かったですね。私はてっきりあと数日かかると思っていましたが」


「それは私も同感」


「マリ様、見えました」


 ハルメナが前方を見据えて言う。


 光の門が輝き、中から漆黒の騎士が姿を現し、それに続いて馬車が数台現れた。


 漆黒の騎士がゆっくりとその歩みを進め、私の前まで来るとバイザーを脱ぎ、長い耳をピンと直立させ、その端正な顔立ちを見せて膝を折る。


「ディアータ・ユゲルフォン・リーベラ。ただいま戻りました!」


「おかえりなさい。無事戻ってきてくれて何より。それで、そちらがテテロ村の人たち?」


 私は彼女の後方でこちらを不安そうな面持ちで見つめてくる人たちを見て訊く。


「はい。テテロ村の住人と、ポーレンドの娼館で働いていた娼婦たちです」


 ディアータと共に馬車のところまで行くと、馬車の中から初老の男性が姿を現した。


「私はテテロ村の村長をしておりますクロウェツと申します。この度、私共を招いてくださりまことに感謝が尽きません」


「多分、話はディアータのほうからされていると思うけれど、私はこのダンジョンに住んでいる魔王マリです。私としては皆さんのような方たちとこうして触れ合えること自体が非常に有益なものになりますので、全然迷惑などとは感じていませんので、これから、ここで安全な暮らしをしていってください」


「なんと寛大なお言葉。私たちにできることは力を惜しまない覚悟です。少しでも恩に報いれるように村人一同働かせていただきますので、今後とも、よろしくお願いいたします」


「ええ。よろしくね」


 私は一先ず、彼らを先ほど建てた小屋群へと案内した。


 広間に馬車を置き、荷物運びも手伝うことにした。

 こんな見た目だけど、魔王なだけに力はある。

 彼らの持参してきた荷物を運ぶのは造作もなかったけれど、私が矢面に立って行動をしているのをみた彼らから聞こえてきたのは感嘆と驚愕の声だった。


「魔王様が自ら私らのような者の荷物を運ぶなんて……」


「ディアータさんの言った通り、魔王マリ様はとてもお優しい人なんだわ」


 何気なくやった行動が功を奏したようだ。


 荷運びをしながら、越してきた村人や娼婦たちと話しながら、私は少しでも親睦が深められるようにと行動した。

 その結果といえばいいのか、意外とみんなすぐに警戒心を解いてくれて、接しやすくなっていった。


「マリ様。長らくお話もできておりませんでしたが、お変わりないようで安堵いたしました」


 村人たちとの談笑をしていると、話の切りがいいところで見計らったようにコーネリアが声をかけてきた。

 私の前で膝をつくと、敬服の姿勢を見せる。


「コーネリアも元気そうで何よりよ。どう? 私、うまくいろいろとできているかしら?」


 彼女は私がこの世界に転生して最初に出会った者だ。

 しかも彼女にはいろいろと戦う術やその身を守ってくれたりと、色々と恩のある存在。だからこそ、他の配下とはその存在が異なる者で、私としては敬語で話していきたい気持ちはあるのだけれど、彼女がそれを赦してくれない。魔王は魔王らしく振舞うべきだと何度も言われた。

 命の恩人である彼女になれなれしい言葉は控えたいところだけど、我慢。


「それは問題ないかと思います。今こうして立派に街の建設を進めていらっしゃいますし、ディアータさんから聞き及んでいますが、他の魔王の方たちと接触されたとか?」


「そうなの! まあ、色々と皆に手伝ってもらってのことなんだけれど、それでも少しずつだけどこの世界に馴染めている気がするわ! オバロン様やヒーセント様とも同盟を組めた今では私の身の防衛もかなり形になってきたと思う。それでもまだ不足しているものはたくさんあるけれど、それは後々確りと埋めていくつもりだから。だから、コーネリアたちにはこれからもまた外界での生活を強いてしまうかもしれないわ。ごめんなさい……」


「謝罪など不要です。私はもともと外の者です。外での生活はむしろ慣れているので何ら問題はありません。それよりも、またお力になれるのであればそれに勝る幸せはありません」


 まっすぐ伸びるコーネリアの視線。


「私でよかったの?」


「え?」


 突飛な質問だったのかもしれない。

 前述なく聞くようなことではなかったけれど、つい言葉が出てしまった。


「私なんかの配下になって。貴方は一流の冒険者だったのよね? 一人で生活できるほどに強いのに、わざわざ誰かの配下にならなくてもよかったんじゃないかなって。私は常々思っていたのよ。あの日も、私が魔王だと分かったから、咄嗟に出てしまった言葉じゃないかって。言ってしまったから後に引けなくなってしまった。そう思っているんじゃないかってね」


 私は彼女の自由を奪ってしまっているんじゃないか?

 そう思わずにいられなかった。

 まるで行きずりみたいに、そう思えてしまう。


「あなたは私の命の恩人だから、無理をさせたくはない。もし、そうなら隠さずに言ってほしいわ」


「何をおっしゃいますか! 私は自らの意思でマリ様に忠誠を誓ったのです!」


「何を大きな声を出している?」


 ディアータがコーネリアの前に立つ。


「申し訳ございませんマリ様。コーネリアが大声をあげてしまい、不快感を与えてしまいました」


「別にそれは全然いいわ。むしろ彼女の気持ちが強く伝わったわ」


「マリ様は、1つよろしいでしょうか?」


 今度はディアータが口を開く。


「なに?」


「先ほどの話、野暮ではありますが聞いておりました。私は彼女と結構な間旅をしてきました。様々な村や、時には悪党と戦いもしました。だからこそわかります。彼女はマリ様を裏切るような真似は一切しない、真に忠義を尽くすものだということ」


「ええ、それはさっきの彼女の言動で十分に理解できたわ。すこし意地悪な言い方をしてしまったわね。ごめんなさい」


「わ、私がマリ様を裏切る? そんなこと絶対にありえません。誓って!」


「それはマリ様も承知の上だ。君はもう少し落ち着いたほうがいい。村の人たちも唖然としてしまっている」


「……すみません」


「私もごめんね、でも、これであなたが無理して私の元で働いていないってことが理解できたから、私としてはそれだけで大きな進展だったわ。ありがとうコーネリア」


「いえ、もったいなきお言葉です」


 先ほどまで愉快に話していた村の人たちもコーネリアの真剣な声音にどうしたらいいのか悩ましそうに状況を探ってい様子だ。

 そんななか、ふとディアータの後ろに綺麗な女性がディアータの腕に手を回して体を寄せ付けた。


「どうしたデモン?」


「その方がディアータ様のお慕いしている方でしょうか?」


 私はディアータのほうを見る。

 一体彼女とはどういった関係なのだろうか?


「彼女はポーレンドにあった娼館で高級娼婦をしていたデモンです」


 高級娼婦……確かにすごくきれいな顔立ちをしている。

 私なんかと比べると、私の平凡な顔立ちが浮き彫りになってしまう。

 デモンという女性はディアータの紹介を終えると、彼女の腕から身を離し、少し前に出て挨拶を始めた。


「は、始めまして。私はデモンといいます。ディアータ様の紹介通り、街で娼婦をしておりました。この度は、私がディアータ様に無理をお願いいして、ここまで連れてきていただきました。わ、私にできることなら、何でも致しますので、私ども娼婦たちに居場所をいただけますか?」


「そんなにかしこまらなくていいわ。――娼婦の方たちは、家事とかってできるの?」


「基本的なものならできます」


「なら、私のところで働いてもらえると助かるわ」


「「!?」」


 ディアータとコーネリアが私の言葉に視線をとがらせた。


「マリ様、それはどういうことでしょうか?」


「もしかして娼婦たちに……」


 何か勘違いをしているようね。


「娼婦たちには私の城でメイドとして働いてもらいたいのよ。あの広大な城を、いまはカテラ一人に任せてしまっているからね。流石に彼女の抱える仕事量が多すぎるわ。だから、少しでも人員を増やしておきたいのだけれど、私が創るにも魔力を多分に消費してしまうから極力、消費魔力は押さえておきたいの。だから、もしできるなら、私の城で働いてほしいと思ったのよ」


「そういうことでしたか。流石はマリ様です。ですが、娼婦全員をですか? 連れ出した娼婦は14人。それを全て城で働かせるのですか?」


「14人か。結構多いわね。まあ、でも別に全員じゃなくていいわ。最低でも8人くらいいれば事足りるし、それ以外はここに残って村のみんなと暮らしても構わないわ。とはいっても、これに関しては強制するつもりはないわ。希望者がいれ場って話。それについては後程、私から他の娼婦たちに話をするつもりよ。取り合えず、今は貴方の返事を聞かせてくれるかしら?」


 デモンは私の問いに少し困った表情を見せてちらりとディアータのほうをみる。


「無理にここへ招いてもらった身で大変恐縮ですが、魔王様にお願いがあります」


「なに?」


「私をディアータ様の元で働かせてはいただけないでしょうか? これからまた旅に出ると思うのですが、そんな旅の道中のお世話をさせていただきたいのです」


「でも、その選択は結構大変だと思うわよ? 私としては別に問題ないけれど、彼女たちの旅は非常に長く、過酷な環境下にもいくかもしれないわ。そんなところに冒険者でもない娼婦であったあなたが行くのは非常に危険だと思うけれど?」


「そ、それは勿論。危険を承知の上でお願いです! 私はディアータ様と一緒に居たいのです!」


 彼女がどうしてそこまでディアータに惚れ込んでいるのかはわからないけれど、彼女の意思はそう簡単には曲がらないみたいだ。


「分かったわ。貴方がいいのなら、私が止めることもないわ。ディアータたちの意見はどう? 彼女がついていくことに反対?」


「私は人数が増えることには賛成です。旅がにぎやかになるのはいいですから。たしかにマリ様のおっしゃる通り、旅は非常に危険です。この大陸ですら危険な地帯はたくさんあります。そんなところに彼女を連れていくのはなかなか難しいかもしれませんが、彼女の意思は固そうですし、私は構いません」


「君がそういうのなら、私に彼女の同行を拒む理由はありません」


「なら決まりね。デモン。貴方には今後、彼女たちの旅の世話をお願いするわ。でも、その前に娼婦であるあなたを立派なメイドにしなくちゃね?」


「立派なメイド?」


「お世話係なのだから、相応の仕事をするために基本を身に着けてもらわなくてはいけないでしょ? そのために、私の城で働いてもらう者たちと一緒に少しの期間、私の配下であるメイド長のカテラに教育してもらうわ」


「それはいい考えですね」


 コーネリアが私の意見に賛同してくれた。


「となりますと、私たちの出立はまだ先ということでしょうか?」


「そういうことになるわね。しばらくはのんびりできるわよ。となれば、善は急げね。他の娼婦たちを集めて働いてくれるものを確認しなくちゃ」


「マリ様、既に娼婦たちを呼んでおります」


 レファエナが私の意図を先読みして行動してくれたようだった。

 なんて出来る子なの!


「ありがとう。助かったわ」


 私は彼女が集めた娼婦の元へ行き、先ほどの説明をした。

 私の説明で納得した彼女たちの返事は慮外なもので、皆私の城で働くことを望んだ。

 これにより、私は一気に14人のメイドを獲得したのだった。


「でも、今日はみんな疲れていると思うし、私の城で働いてもらうのは明日からにしましょう。ひとまずは荷下ろしを済ませて、確りと体を休ませることに力を注いでほしいわ。それと、テテロ村の人たちに言っておくことがあったわ」


 私は村長のクロウェツを呼び、彼にこれからのことを話した。


「ここでは私に対して税金なんて払わなくていいわ。外界ではそれで苦しめられていたときいています。だから、ここではあなた方のしたい生活をしてくれて構わないわ。ただ、すこしお願いがあるの。今は見ての通り、街の建設をしているところなんだけれど、少し人手が足りなくてね。村の人の中から建設に力を貸してくれる人を数人出してもらえるかしら? 作業に関しては既に工事を進めている岩窟人たちに訊いてくれれば問題ないから」


「そういうことでしたら問題はありません。私ども全員が手伝う覚悟でおりますので。ただ、こちらも1つお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


「私どもは今まで作物を育てて日々の生計を立てていました。そして今回の移住に際しても、村の作物を持ち込んでおります。その作物をここでも育てたいのですが、それは可能でしょうか?」


 既に彼らは大事な土地を手放している身、それ以上に彼らから大切なものを奪うわけにはいかない。


「もちろんいいわよ。ただ、既に街はどこに何を立てるかを決めていますので……そうだわ。街の外に創りましょう!」


「創るというのは?」


「作物を育てる畑です。今区画がされている外側になら畑を作っても構わないから、自由に使ってちょうだい。それを今後この街で自由に売っても構わないわ。それらは貴方たちの自由だからね」


「寛大なお言葉。村を代表してお礼申し上げます」


「いいのよ。今日は私から少しばかりのもてなしをするわ。今まで大変な思いをしていた貴方たちには全然足りかもしれないけれど」


「いえいえ、そんな。このようなところに住まわせていただけるだけでも十分ありがたいことです」


 とはいっても、ここはダンジョンだし、住む家だって、現状私が創りだした小屋だしね。きっと社交辞令だろうけど。

 そんな彼らにも満足してもらえればいいな。

 今の私にできるのはこんなことしかできない。


「今晩、ここのみんなに、私の配下手製の絶品料理を振舞うわ。楽しみにしていてちょうだい。それじゃあ、私はこれで失礼するけれど、後のことは、ディアータとコーネリアに任せるわ」


「「かしこまりました」」


 ここでの説明は無事に終わった。

 私の役目は一先ずは終了ということで、再び会議室へと戻りましょう。

 私はこれまでずっと遠くでこちらの様子を伺っていた守護者たちの元へといく。


「お疲れさまでした。話は済んだようですね。では会議に戻りますか?」


「ええ。みんなには待ちぼうけをさせてしまったわね」


「あっ! マリ様! ちょっと待ってもらっていいですか!」


 街のほうから、一人の岩窟人が手をあげながら走ってくる。


「どうしました?」


 声をかけてきたのはこの街の設計を任せている岩窟人のギエルバだった。


「メイン通りの建設が順調に進んでいるので、少し計画の相談がありまして、いいですか?」


「それでしたら、一緒に会議室のまで来てもらえますか? もしあれでしたらドンラさんもご一緒に」


「了解です! すぐに呼んできます。少々お待ちを」


 小柄のため、急いで走る岩窟人たちの一歩は非常に短い。

 てくてくと小走りしているように見える彼らを見ると、少しかわいいと思ってしまう。


 それから、少したってギエルバがドンラを連れて戻ってきた。


「では私でも配下でもいいので手を握ってくれますか? 転移しますので」


「「はい」」


 そういって、二人は私に手を伸ばそうとしていたところを、ハルメナとアルトリアスにその手を引かれ、私たちは会議室へと転移した。



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