EXTRA4
第1話 国の端
オーレリア山脈を超え、大陸の西側に構える大都市群に一際大きな都があった。
歴代の勇者を王に置き、大陸のすべてを統べようと勢力を拡大させている大国家。
ルーンベルエスト聖王国。
聖王騎士団が守護する聖王国の平和は今日日揺るがない。世界最高峰の武力を誇る聖王国に手を出すものなどいなかったからだ。
国内の治安は他国に比べれば驚くほどいいものだが、それもで悪事を働くものは後を絶たない。それが世の常というもの。だが、聖王国で悪事を働けば聖王騎士団直属の自警団によって捕らえられ、ひどい罰を受けることになる。
そんな武力と法によって安寧を確保した聖王国の周りには聖王国に引けをとらない大国が広大な大地にその都を築いていた。
【バルファロッテ王国】
【ヴェヴィレート王国】
【ガルテラ王国】
【ボランディール王国】
ルーンベルエスト聖王国の周りにはその四つの国が構えていた。
国の境界、端には多くの集落が存在しているが、国の庇護下には属さない。
大国といえど、貧しい村々にまで金銭的援助はできないのだ。
そのため、数多くの集落は豊かな暮らしなど送ることができず、衰退していく一方だった。昔に比べ、世界に点在する集落は最盛期の10分の1にまで減少していた。
そんな貧困社会に苦しむ集落の一つ、テテロ村に流浪の旅人が姿を見せた。
「ここも随分と酷いありさまだな」
「そうですね。これほどまでに格差があるとは……裕福な暮らしに胡坐をかいていた昔の自分が恥ずかしいです」
「光側のやつらというのは本当に世界に平和をもたらす存在なのか? 私にはどうも信じられん」
「今となっては、何が平和の象徴なのか、正直わからなくなっているんです。みんな、自分を守ってくれる存在が一番安心できるんですよ。たとえそれが、天使だろうが、悪魔だろうが、どっちでも……」
黒曜色の
殺風景で、特に何が目立つでもなく。強いてあげれば、すでに役目を終えた穴だらけの風車が目立つというくらいだった。とはいえ、襤褸の小屋が数件しかなく、いかにも廃墟だというわけでも無い。
確りと煉瓦造りの家々が立ちならび、整理された道にすこし色を見せる木々がある。いたって、普通の村なのだが、そこに住まう人たちに一切の覇気を感じないのだ。
まるで機械的に動いているような、そんな感じがしてしまうほど。
そんな村人の一人が、村に入ってきた二人を見て、恐怖を覚えた顔を見せて慌てて村の奥へと消えて行ってしまった。
「いったいなんなんだ? 私たちの格好に驚くところなどあるか?」
「えっ? ……ま、その恰好を見れば誰でも驚きはしますよ」
「どこが? 綺麗な鎧のどこが恐ろしいのだ」
「見た感じ不審者ですからね。とはいえ、私も似たようなものですね。黒の外套なんか被っていると、いかにもって感じがします」
そんな二人をよそに、先ほど血相をかいて走っていった村人が、初老の男性を連れてきた。
「失礼ですが、あなた方は何者ですか?」
村長の男性は額に汗をかきながら、慎重に二人に尋ねた。
「いえ、こちらこそ失礼しました。こんな格好で村に踏み入ってしまったこと、まず謝罪させていただく。すまなかった。私たちは世界の様々な情報を集めるために旅をしている者です」
バイザーを外し、暗黒騎士の素顔を晒すと、膝を折り頭を下げた。そして、再び立ち上がり、そのまま名乗り始める。
「私は
「私は
「旅の方たちでしたか。すみません。てっきり……いえ、なんでもありません」
歯切れ悪く村長は言う。
「旅の方なら歓迎です。どうぞ好きにみていってください。とはいえ、特に見るものもないかもしれませんが……。私はこの村の村長をしています。クロウェツと申します。以後、何かございましたら、村の奥にある大きな建物に私はいますのでお声掛けください。では――」
そういって村長は奥へと戻っていった。
村長の後を追ってもう一人の男も奥へと消えていき、村の入り口に残される形となった二人。
「さて、いつも通り、情報収集ですね」
コーネリアが暗黒騎士のディアータに訊く。
「けれど、どこにいけばいいのだろうな」
見渡す限り、民家と畑くらいしか見当たらないし、村人だって、視界には数人しかいない。喧騒とは対極の雰囲気の村にいったい何があるのだろうか。
村の奥へ進むとようやく村人がちらほら見え始めた。
「だいぶ静かですね」
数人の村人がいるものの、皆寡黙に農作業や家事にいそしんでいた。
村を歩くこと数分。ある程度村全体を把握できたころ、二人は宿屋を探し宿をとることにした。
村長の住む家のすぐ近くに宿屋はあった。
宿屋の扉を開けると、中では棚の整理をしている者が一人いた。
「すみません。一泊お願いしたいのですが」
コーネリアの声に瞬時に振り向くも、向けられた目は猜疑のそれだった。
少しの間が相手から、店の男は入り口のカウンターに戻り笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ。一泊ですね。二人用の部屋ということでよろしいですか?」
「かまいません」
「かしこまりました。では一泊銀貨5枚になります」
「銀貨5枚? 少し高くないですか?」
眉根を寄せたコーネリアが男に言うと、男は申し訳なさそうに、
「申し訳ございません。最近、税が上がりまして、これくらい頂かなければ、こちらとしてもなかなか厳しい状況でして……」
「税の徴収は最近では穏やかになっていると聞いたのですが? こちらは違うのですか?」
「ええ。ここ一帯を管理している領主様が変わってから、税率が酷くなりまして……。先代のメリダ様は非常に寛容な方でしたが、不慮の事故により去年なくなられ、後継のビュレイド様に領主の座が移ったのですが……」
顔を暗くする男の話にコーネリア少しの怒りを覚えた。
「悪政ですね。無為に税を引き上げるなんて領民を蔑ろにしているようなもの。やはり、貴族の連中はロクなものではない」
「コーネリア?」
様子を変えたコーネリアにディアータは声をかけた。
「いえ、何でもありません。――そういうことでしたら、銀貨5枚をお支払いします。ところで、ここは他の従業員はいないのですか?」
「はい。ここは私だけで切り盛りをしております」
「奥さんは?」
「妻は都に働きに出ております」
「都というのは、王都のことですか?」
「いえ、王都はそんな簡単に出入りができません。距離もそうですが、入り口の検問所で身分の確認をされるのですが、私たち端の者は入国税を払わないと中に入れないのです。そして、それがなかなかの金額ですから、ほいほいといけないのです」
「そうでしたか。ならどちらに?」
「この村を抜け、さらに奥へ行ったところに、ここの領主が住むポーレンドという大きな街があります。妻はそちらに」
国のもとに各領地がおかれ、その領地ごとに大きな街が築かれ、領地ごとに政治を行っている。領主になるのは言うまでもなく生まれながらの貴族だけ。貴族に嫁いだ者や養子に迎え入れられたものは領主にはなれない。
「こちらがお部屋になります。食事などはこちらでは用意がありませんので、近くの酒場で済ませていただくことになります」
「かしこまりました」
二人の案内を終え、店主は部屋を出ていった。
「外の世界というのはこんなにも息苦しいものなのか?」
「まあ、今回はまれですね。実際、道中に立ち寄った町や村はそれほどではなかったはずです。ここの領主が相当な悪政を働いているということです」
「悪政はいかんな。とはいえ、私たちがいちいち手出しをしていい話でもない
。今回はここで1日泊まらせてもらい、情報だけ聞いて次へいこう」
「……そうですね」
歯切れの悪いコーネリアにディアータは聞く。
「何かあるのか?」
「いえ、何でもないです。――どうしますか? 一応村の中は一通り見て回りましたが、このまま部屋で過ごすのもあれですし、情報収集をしに酒場に行ってみますか? まだ時間的には人は集まらないと思いますが」
「そうだな。行ってみるか」
そして二人は宿を後にすると、村長宅の近くにある酒場に向かった。
扉を開けると、テーブル席が4つ。村の規模からそれほど人は多くない創造できるため、ちょうどいい数だった。
案の定、客はだれもいなかった。
酒場の亭主が食器を洗っているだけ。
扉の音に気が付き、顔をあげる亭主はこれまた宿屋と同じように驚きをあらわにする。
「これは珍しい。旅人かい?」
「はい。情報を集めていろいろと回っているところです。ここには1日滞在する予定です」
「そうかい。ま、情報って言っても、この村には特に美味しい話のタネなんか舞い込んでこないよ。いつもその日の疲れをいやしに来るだけの者しか来ないからね。むしろ、旅人からいろんな話を聞くくらいさ。こちらからは何も提供できない」
「そうでしたか」
「ですが、それでも、寄った以上は何かしら話を聞かせていただきたい。些細なことでも構いません」
「村の話しかできんが、それでもいいならここで待つといい」
優しく笑顔をこぼす亭主は、二人に酒を出した。
「二人が行かれた街とは比べ物にならないかもしれませんが、どうぞ。うちで人気の酒です」
「いや、十分です。ではいただきます」
そして二人は酒をのどに流し込んでいく。
一気に飲み干してから、コーネリアが亭主に聞いた。
「亭主、なにをおびえているんですか?」
その言葉に、食器を洗う手がぴたりと止まった。
「何のことですか?」
「亭主だけじゃない。この村の人は、皆怯えている。私は
「たしかに、あなた方は怯えている。それは私も感じていることです」
ディアータもそれに同意を示す。
「……何を言いますか。私は別に何も恐れてなどいませんよ。何かの勘違いなのではないでしょうか?」
「話したくないのならそれはそれで構いません。ですが、なにか恐れる対象があるのだとしたら、それをなくすための努力はしたほうがいいですよ。いつまでもずっと怯えて過ごすよりはいいでしょう」
コーネリアの言葉に、隣に座るディアータは少しばかり疑問を抱いた。
なぜ彼女はこんなにもこの村に肩入れするのだろう。
これまでに幾つもの村や町を超えてきたけれど、今回だけ特別にかかわろうとしている。
「……」
亭主は言葉を詰まらせた。
そして少しの沈黙の末に、その重そうな口を開いた。
「実は――」
そう亭主が言いかけた時だった。
酒場の扉が勢いよく開き、猥雑な足音たちが響き渡った。
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