第11話 種族の不向き

 地獄のような茹だる暑さに、着ているものをすべて脱ぎ払いたくなる気持ちを何とか抑えながら、私たちは目的の場所まで向かっていた。

 上位種ともなれば、こういった気候変動に対して耐性を有しているらしいけれど、どうやら私にはそれがないようだった。とはいえ、一応は少しの耐性を有しているらしく、なんの力も持たない一般人がもしこの階層に入っていたなら、体内の水分が沸騰して1分もしないうちに屍に変化するレベルの場所だそうだ。でも現在、私は気持ちこそ死にかけではあるものの、こうして思考をまともに働かせている。


 ……はたしてまともなのか?


 こういった気候に関しての耐性はその者の熟練度次第でどうにでもなるらしい。

 ハルメナの話では、こうした気候に身を置くことで、次第にそのれに対しての対応能力が向上していくという。私はまだこの世界に来て、それほど出歩いたわけではないから、こういった極端な気候の変化は体験していなかったため、まだ赤子のような練度しかもっていないようだった。けど、この階層で長い間身を置くことで、それが少しずつ上昇していき、いずれはこんな環境下でも快適に感じられるようになるらしい。

 まあ、こういった耐性関係にはもちろん例外もある。

 たとえば種族性。

 私の配下にはいないけれど、魔王オバロンの配下で炎獄の牙フィメランナという種族がいたけれど、ああいったその身に炎を宿したり、宿さなくても炎属性をもつ種族であれば、熱に対する耐性が高レベルになる。生まれた段階で、赤子と成人ほどに差がついているのだとか。けれど、そうして何かに対して秀でた者は逆の属性に対する耐性は非常に低い。そして、その練度の向上は見込めない。つまり、炎属性の種族は寒さには耐性が持てない。その逆もしかり。

 だから、氷雪精妃のサロメリアにはこの階層は文字通り地獄の場所なのだけれど、彼女を見やると、平然とした表情で熱風吹き荒れる中を涼しく歩いている。


氷雪精妃グラキュースには体表を保護するための冷気の加護が備わっているのです。そのため、熱が私たちの身体に到達することはありません。属性がふよされている武器で攻撃されれば流石に加護だけでは太刀打ちできませんが、そうなる前に手を打つことは容易です。この体に刃が刺さる前に、相手の息の根など容易く止めてみせます」


 私の疑問をくみ取ったように返すサロメリア。そんな彼女の雪のように白い表情から出る物騒な言葉は幾何も迫力を増していた。


 炎獄の世界に慣れるのに随分と時間はかかったけれど、ようやく気持ち的に楽になり始めたころ、足元に流れる溶岩の濁流がその勢いを増してきていた。

 この階層は天蓋が高く、見晴らしのいい火山地帯のような作りになっている。道は変哲もない道だけれど、道の端は溶岩の川が滔々と流れている。その所為もあり熱気が下から押し寄せてくる。

 そんな道の先に見える火山群。

 表層には今私の足元に流れている溶岩の源流だろうものが幾本もみえる。


「目的の石があるのはどのあたりなの?」


 慣れたとはいえまだ倦怠感は抜ききれなかった私はつい聞いてしまう。


「煉獄石とバウン岩石は火口付近に形成されるものですので、道の先に見えるあの火山までは確実にかかるとみたほうがいいかもしれません」


 ドンラの答えに私は一層の倦怠感を覚えてしまった。


 流石に遠すぎる。


 もう少し近い位置に転移門を設定すればよかった。そんな後悔をしても仕方ないといわんばかりに私の前を配下たちが歩いていく。


 遠方が見通せるこの階層だけれど、別に障害物が何もないわけ時ではなかった。私の背よりも一回りくらい大きい岩壁があちらこちらに点在していて、道も枝分かれになっている。

 そんな道を、眼前に聳える火山を目指して私たちはその歩みを進めていくと、足元を流れる溶岩の川に異変が起きた。

 ボコッボコッと気泡がいくつもたち始めたのだ。


「なにかいますね」


「たぶん、溶岩魚フェストラーヴァかと」


「ふぇすとらーば?」


「こうした溶岩の中を泳ぐ、いわば魚の魔物です」


「でも、魚といっても結構大きいんですよ。僕の二倍はありますから」


 ハルメナの説明に捕捉するようにモルトレが云う。


「そ、そんなに大きい魚がいるの?」


「魔物ですから。凶暴な性格ではありませんが、空腹時に遭遇すれば最悪です。突如として溶岩から襲ってきますから危険な魔物です。溶岩の中を泳ぎ回るのでその姿が視認できないのがかなり厄介な相手です。不意をついて襲ってくるので、ある程度察知能力がないと気づく前に溶岩の底に沈みます」


「でも結構美味だと聞くけど?」


「あの見た目で食べようと思うのはどうかと思うけれどね。随分と醜悪な相貌をしているから大分難しいと思いますよ。私は遠慮しておきたいです」


 モルトレの珍味情報に冷静としてサロメリアは答えた。

 和気藹々とそんな話に花を咲かせていると、ドンラが緊迫した声音で訪ねてきた。


 「大丈夫なんですか? 溶岩魚も強さとしてはAランクの魔物になります。ここまで随分と皆さんの戦いをみてきているので、心配するのも失礼かもしれませんが……」


「安心しなよ。たかが大きい魚だから。僕の悪魔が護ってあげるから」


 さきほどから溶岩のなかで次第に大きくなっていた気泡が急に止んで、一時の静寂訪れたと思いきや、次の瞬間、溶岩の紅い飛沫を撒き散らしながら飛び出したのは、魚というにはあまりにも大きすぎていて、まるで古代魚のダンクルオステウスのような見た目で、頭部を堅牢な外殻に覆われ、鋭利に尖った歯は一度かみついたら肉が千切れるまで離れそうにない。そんな如何にも危険度MAXのその魚は空中を浮遊してから、その巨体を再度飛び出した溶岩の中に落ちていく。

 水と違って水飛沫のように大量の飛沫が降りかかるわけではないものの、一つ一つが大きく、当たれば人間の体など一瞬で溶かしてしまうレベルの危険な飛沫だった。けれど、それらが私たちの身体に触れることはなかった。

 サロメリアが空中に向かって息を吹きかけると、吹雪のような風が吹き抜け、溶岩の雨を覆う。すると、空中に舞う溶岩たちはその熱量を現す煌々とした体をみるみる失わせていき、只の黒い塊として空中で落下を始めた。そんな塊を、華麗にアルトリアスが大鎌で弾き飛ばした。


「お怪我はありませんかマリ様?」


「ええ、ありがとう。サロメリア、アルトリアス。おかげで助かったわ。ドンラさんたちも大丈夫ですか?」


「私たちは全然大丈夫です。それよりも、あんなでかい魔物がこの溶岩のなかにいるとなると……」


 そう口にしながら、ドンラは道の下に流れる溶岩の川に目を向ける。

 それもそうだよね。

 Aランクの魔物とはいえ一般的にはかなり強い魔物だもの。そんな魔物が下の溶岩の中にうじゃうじゃいるとなると不安にもなる。

 でもなぜだろう。私はそんな状況下にもかかわらず全然怖くないや。不安なんて微塵も感じない。ここまでこれたみたいに、優秀な彼女たちが傍にいるからかもしれないけれど。でも、なによりも私自身がしっかりとこの世界の身の守り方を少しずつでもでき始めているからだと思う。すこしの自信がそんな恐怖や不安を払いのけてくれる。


「また来ます。どうされますか?」


 ハルメナの声が私に届き、溶岩には再び気泡が現れた。


「障害は少ないほうがいいわ」


「なら、私にやらせていただけないでしょうか? 私の力で溶岩魚フェストラーヴァを無力化いたします」


 無力化? 一掃するんじゃなくて?


「わかったわ。じゃあここはサロメリアに任せてみようかな」


「かしこまりました」


「ずるいなー。僕もやりたい!」


「おいモルトレ。少しは自重しろ。貴様はマリ様の前で無作法が過ぎるぞ」


「アルトリアスだって時々あるくせに」


「なんだと?」


 モルトレの言葉に眉間の皴が増えたアルトリアスに隣で見ていたハルメナが小さく笑う。


「それこそ見苦しいのでは?」


「……っ」


 口籠るアルトリアスに愉快そうな笑みを浮かべるハルメナは淫魔というより悪魔そのものだった。まあ、そんな彼女の態度を素直に通すはずもないアルトリアスは鬼の形相で鋭い眼光を彼女に浴びせた。

 そんなやり取りを几帳面に待っていたサロメリアに私は合図を送る。


「では僭越ながら――」


 彼女の態度は一貫している。上の者には敬いの態度をとることだ。

 私なんかは主だから当然相応の態度をとるのはわかるけれど、彼女は生み出されるのが自分よりも早い者には等しく敬いを忘れていない。守護者統括であるアルトリアスとハルメナ然り、同じ守護者であるレファエナとメイド長のカテラにも彼女は礼儀を示す。

 そんな彼女が、下を流れる溶岩に向かってそっと手を翳す。


「【氷河グレイシア】」


 すると下を流れる煌々とした溶岩が一瞬で凍っていき、黒い岩場と化していった。その威力は凄まじく、視界で捉えられる範囲のすべての溶岩の川が一瞬で凍結してしまうほどだ。


「これなら一斉に無力化ができます。融解温度さえ達していなければ溶岩は固まります。固まってしまえば中で泳ぐ魔物も身動きは取れません」


 彼女の能力のおかげで、一帯の温度が急激に下がった気がする。

 彼女にとって環境としては不向きな場所かもしれないけれど、それを押しのける力が守護者である彼女にはあった。自身の弱点すらも、有無を言わせず黙らせてしまうほどに。

 オバロンの配下であるあの炎獄の牙フィメランナと対峙すればどうなるのか、少しだけ興味がわいてしまう。


 一帯の温度が下がり、先ほどとは打って変わって進みやすい環境になったので、私たちの歩みも好調となった。

 この階層いる魔物は殆どが溶岩の中で動き回るものばかりのため、遭遇する確率も8割無くなった。とはいえ、ゼロではない。目的の火山群まではまだ大分距離がある。多くはないけれど、階層に巣くう魔物と遭遇したけど、問題なく私たちは先へ進んだ。


「随分と歩きましたね。ですがもうすぐ目的の火山です」


 ドンラの言葉に実感を持たせる眼前の巨大な火山。


 あとすこし……。頑張ろう。


 でも安心はできない。階層でいうところの、火山は最奥に位置する場所。すなわち、その階層で最も強力な魔物がいるということになるのだ。

 安堵の息を吐くのはまだ当分先になるだろう。


 そして、ようやく私たちは目的の火山の袂にたどり着いた。

 首が痛くなるほど高い火山の入り口は体表の亀裂のような釁隙だった。

 舗装など一切ない、武骨な道。

 奥は真っ暗で、釁隙から吹く風は熱風。

 再びうだる暑さが私たちを襲う。


「この中を行かなきゃいけないのか。大変な道のりだね」


「ご安心をマリ様。マリ様の懸念は私が解消いたします」


「サロメリアが?」


「はい。マリ様は私のすぐ後ろを歩いてください」


「わかったわ」


 そういって、アルトリアスを先頭にサロメリアそして私と後に続く。

 釁隙の道は非常に狭く、二人横並びで通ることはできなかった。そのため、熱も非常にこもりやすく、前方から押し寄せる熱風は心身ともに疲労を余儀なくされるはずだったけれど……あれ? 涼しい?


「いかがですかマリ様? 涼しいでしょうか?」


「ええ。これってサロメリアのおかげだよね? 種族としての特性か何か?」


「はい。氷雪精妃グラキュースのもつ加護のおかげです」


 なるほど、さっきサロメリアが説明してくれた熱に対する耐性の加護か。

 加護の範囲内では暑さを感じない。それどころか、非常に快適な涼しさがある。でも、そもそも加護はそんな汎用性に優れたもののかな。


 ちらりと私の方を確認して笑顔を向ける。


「加護を操って、マリ様を含むようにしているのです。加護のなかの温度は自在に調整が可能なので、マリ様が快適に感じれるようにしております」


 おお、まるで歩く冷蔵庫だ。

 この茹だる暑さの中で感じるひんやりとした涼しい空気。

 何ともたまらない。

 きっと今、私の顔は相当綻んでいるに違いない。

 そんな私の顔を見てなのか、前を歩くサロメリアが私の手を引いて自身の腰へと触れさせる。

 引き寄せられ一気に彼女との距離が近くなった瞬間、私は自分がどこにいるのか一瞬わからなくなるほどに、一切の熱を感じなかったのだ。


 あれ? 暑さってなんだっけ? 


 そんなありもしないような戯言を思わず吐いてしまうほどに、全身が爽涼とした感覚に覆われていた。

 私はいつしか彼女の身体を抱き枕のように優しく抱き寄せて、ひんやりとしたその白皙の身体に頬をそっと摺り寄せる。


 ああー、すごく気持ちい。

 ずっとこのままがいい。


 そんな風に、意識をどこの空へと投げ捨てようとしたとき、後方から煮えたぎる様な獄炎の眼差しが降り注ぐのを私は感知した。


「あらあらまあまあ。随分と密接になさるのですね? 羨ましいことです」


「なかなかどうして、さすがの僕も嫉妬の怒りが宿っちゃうよー」


「何とも羨ましいことか」


「冷却効果ナラ、私モ、アル」


「サロメリアほどはありませんが、私もそれなりに心地いい体をしていると思うのですが……」


 おっと、これはまずい雰囲気じゃない?

 とりあえず、私は離れがたいサロメリアの身体を離れて最初の距離に戻る。


「もうだいぶ涼しくなったし、気力も回復した。さ、ドンドン進もう!」


 なんとも見苦しい方向転換に、一同が不満な面持ちをしているのは見なくてもわかる。

 こういう雰囲気は、まだ慣れないな。

 やっぱりむずかしい……。


一時の出来事に、終始おかしな雰囲気になっていたものの、目的の場所につけば否が応でも気持ちを切り替えなければいけなかった。


 狭隘な道をぬけ、広く明るい場所へ出るとそこには、火山の底。溶岩泉が広がっていた。見渡す限り溶岩の泉。グツグツと煮えたぎる溶岩に、斑に生殖した鉱石群の壁が映る。

 そんな鉱石をみてギエルバが目的のものだと叫んだ。

 その時、溶岩泉の中心で、道中の川とは比べ物にならないほど大きな気泡が沸き起こり、溶岩の中心が徐々に盛り上がっていく。

その高さが私の何倍も膨れ上がり、そして、大爆を引き起こした――







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