第10話 宝石

 私の視界に広がるのは燦然と輝く色とりどりの鉱石の壁だった。

 淡い光を放つ鉱石に干渉する他の鉱石たちがその自らの色を放出するその光景は、まるで洞窟の中に浮かぶ星空のようだった。

 岩窟人の感嘆の声が聞こえる。


「鉱石の宝庫かよ」


 どうやら彼らの目には宝の山のようだ。


「見渡す限り希少な鉱石ばかりです! オバルト鉱石に黄翼石、アイズベン鉄鉱。お、おい! あれ、クリスタルじゃねーか!?」


「え、どこ!?」


「ほらあの、他よりも大きい」


「ほんとだ!」


「僕、クリスタルなんて初めて見たよ。すごい綺麗だ……」


「クリスタルって珍しい物なんですか?」


 ゲームなんかではよく聞くものだったはずだけど、この世界では全然違うのかな?

 私の質問に素っ頓狂な声を漏らしたのはギエルバだった。


「そりゃ―そうですよ!。この世界じゃクリスタルなんて超希少な存在ですよ。いくら交易の盛んなドルンドでもまず出回らないです。Sランクダンジョンの最深部近辺にまれにあることが発見されたくらいで、しかも、そのダンジョンの数も現在では2か所しかなく、採取するにも最難関のSランクダンジョンだから腕の立つ冒険者もやすやすとは潜れないもんだから、全然市場には出回らないんです。本当に稀に、一流の冒険者が他の素材を求めて潜った際についでとして持ち帰ることがあるくらいですよ」


「以前、私はクリスタルを使った武具を一式造ったことがありますが、加工も難しく、一式造るのに必要な材料もかなりの量でしたので、完成までかなりの時間を要しましたが、その分相当の仕上がりになりました。クリスタルというのは希少な分、相応の性能を有していますので、クリスタルを用いた装備なんかは高額取引になりますね。以前造ったものは普段私の店で出している武具の数倍の値はつきましたね」


「そうなんですか。なら、あのクリスタルも採取すればいっか。リストに書いてあるものはここにありそうなんですか?」


 私はリスト内の文字を読むことはできても、それがどんなものか知らないので、眼前の星空のような鉱石の壁を前にしても、さっぱりわからない。


「勿論ありますよ。むしろ追加でほしいものも沢山あって目移りしそうだ」


「でも、優先はしっかりとしておかないとな。あくまで、建造に係るものをとりに来たんだから」


「なら先に採取するのはまず、精砕石だな。こんな色んな鉱石があるんだ、上質の精砕石があっても可笑しくはない」


 岩窟人が口にした精砕石とは、リストにも載っているものの一つで、彼らの説明によると道の舗装などにつかう細かく砕いて不整形な道を均すために用いる石らしい。建築業界では重宝されている代物だとか。

 ニタニタと笑みをこぼす岩窟人たちは職人の得物を片手に軽やかな足取りで目的の鉱石へと歩み寄る。

 洞窟内で鉱石を叩く金属音が鳴り響く。

 燦然と輝く鉱石のもとで鶴嘴を振るうその姿はまさしく岩窟人その者だった。

 まるで絵本の1ページを映し見ているみたいだ。


「いっそのこと此処にある全てのものを片っ端からとってしまえばいいのでは?」


「確かにそっちの方が楽そうだな」


「一度に多くのものをとらないのにも何がしかの理由があるのだろう。まあ私にはわかりかねるものだけど」


 守護者たちが口々にこぼす中、黙々と作業を進めていく岩窟人たち。

 仕事に取り掛かる彼らの目は真剣そのもの。横やりなんてしようものなら鶴嘴で殴られてしまいそうだ。

 彼らの仕事を少しの間見学していると、入ってきた方とは違う通路から物音が聞こえた。

 それに気が付いたのは私を含め、配下全員だった。


「やれやれ、魔物の登場ですね。マリ様。直ぐに片づけてきますので少々お待ちください」


「貴方ばかりずるいわよアルトリアス。私も行くわ。貴方だけじゃ心もとないでしょうし、私がついていってあげるわ」


「下らん戯言を。このダンジョンで私らが勝てない魔物など存在しないだろ」


「それはどうでしょうね。マリ様はこのダンジョンの管理者なのよ? マリ様の手に掛かれば私たち以上の魔物をお創りになるのなんて容易いわ」


「それもそうだが、現状は存在しない。つまり、貴様の助力など不要なことに変わりない」


 彼女らのやり取りのさなか、奥からは魔物の急かすような声が聞こえてくる。しかも一つや二つではない。何体もいる様子だ。


「それでは行ってきます」


「失礼いたします」


 地面を踏み砕くと二人は通路の奥へと消えていった。


「お見事ですね。お二人の速さにはかないません。私たち守護者の中にもかなわなない存在というものもあるのですね。少し羨ましい……」


 ゼレスティアがそう零す隣でモルトレがににやつきながら話す。


「ま、僕らはあくまでマリ様をお守りする立場だし、それだけの力を平等に戴いている。それだけでいいじゃん。僕は今の自分の力に満足しているよ。十分にマリ様の力になれると思うし」


「そうですね。私たちはマリ様に戴いた力に不服を云ってはいけません」


「ま、マリ様! 申し訳ございません。私は……」 


「別に構わないわ。気にしないで。私になにかあれば全然言ってきていいんだからね。私にできる最善をしたいとおもうし。いつもみんなに守られてるのは正直好きじゃないから」


「なんと慈悲のあるお言葉。ありがたき幸せです」


「僕らはマリ様を守る存在だから、マリ様を守らないでというのは、なかなか難儀なことですよ」


「それもそうね。ごめんなさい」


 彼女たちからは、私への不平不満が一切上がってこないのが逆に私的にはむず痒い。何かしらのものがあっても可笑しくないはずなのに。絶対的信仰を持つ彼女らからはそういったのはうまれないのだろうか。

 まあ、たしかにゼレスティアの云う通り、ハルメナとアルトリアスの力は他の守護者とは明らかに段違いかもしれない。最初に私が創った配下であり、考慮する前例も何もない状態だったため、制限を知らないまま強い存在を創ってしまったのだ。でも、だからこそ、私はあの二人に絶対の信頼を送っているんだけどね。

 魔物を狩りに行った二人が戻ってくるまでに10分もかからなかった。


「お待たせいたしました。倒した魔物の素材は回収済みです」


「ありがとう」


「ちょうどあちらも終わったようですね」


 ハルメナの言葉に私は岩窟人の方をみると、鶴嘴を下げこちらに手を振る姿が映った。


「随分と速かったですね。もう少しかかると思っていました」


「なに、これでも結構待たせてしまったと思いますよ」


「必要な分は掘れたんで、これをしまってくれませんか?」


 岩窟人が採った鉱石たちを一通り異空間魔法で収納した。


「ここでとるものは全て採れたのですか?」


「はい」


「では次へ行くとしましょう。次は確か……」


「あとは床盤石がそろえば建造に必要な素材はそろいます」


「80から88階層になるわね。また一段と魔物も凶悪になってくるわ」


 そんな言葉に鼻を鳴らすのはモルトレだった。


「このダンジョンで僕より強い魔物なんていないよ」


「慢心は足元をすくわれますよ」


「まあ、貴方たちより強い魔物は実際創ってないからね」


「なら今度作ってくれませんか? 僕たちより強い魔物! 戦い甲斐のないものばかりでつまらないんですよね。僕はもっと楽しみたいです!」


 彼女の云う通り、実際彼女等と同等に戦えるレベルの魔物はこのダンジョンにはいないだろう。設定もしていない彼女たちの無駄な戦闘狂設定からすれば、非常に退屈な場所かもしれない。普段、守護者には管轄する階層を見てもらっているし、退屈しても仕方のないことだ。

 ダンジョンの管理者として、彼女たちの主として、私にできるのは、こういった彼女たちの望みを少しでもかなえていくことに違いない。


「なら、資材調達が済んだ後、一つ創っておくわ」


 その宣言に、守護者たちが目を輝かせたのを私は見逃さない。


「さ、早く次に行きましょう」


 洞窟内を歩き進め、忙しくなく押しかかる魔物たちを守護者と、時々私が倒していき、その都度素材を回収してくなか、ようやく第80階層へつながる転移門までついた私たちは躊躇うことなくその門を潜った。

 そして、私たちは倦怠感を促す、茹だる様な暑さに悲鳴を上げた。

 門の先は、まるで地獄の底にでも来たのかと錯覚させられるほどに、灼熱の炎獄世界だった。









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