第3話 岩窟人との対面
第101階層に毅然として聳える城のはずれに、ぽつねんと建つ一軒の小屋。
丸太造りの立派なログハウスに私はいる。
随分と訪れていないそこは埃こそ溜まっていないものの、簫索とした雰囲気が漂っていた。
ロローナからのメッセージが届き、ダンジョンの近くまで来ているとのことだった。あと小一時間もすればここに来るだろう。
その前に、助勢としてくる
報告では5人だということだから、それ相応の準備が必要だろう。いきなりこんなところに押し込まれたらいやな気持になるだろうし、少しでも好感度を持てるように、最低限のおもてなしをしなければいけない。
日本人の心得だね。
取敢えず、小屋の掃除からだ。
埃は目立たないものの皆無ではない。
部屋の換気も行うのと同時に、掃き掃除と雑巾がけでもしておこう。
アカギリとカレイドが城から持ってきてくれた道具を使い、私たちは三人で掃除を始めた。箒での掃き掃除は私が行い、カレイドが床や壁の水拭き。アカギリが家具の移動や5人が住みやすいように模様替えを行ってもらった。
彼女の力は強く、木製のベッドも軽々と持ち上げている。
私にはこの世界で100年生活してもマネできない芸当だ。
最初、掃除の話をしたときは彼女らに猛反対されてしまったけれど、今こうしてやれるように説得するのは少し骨が折れるものだった。
魔王が
これは、きっと性なのかもしれない。そういうことが気にならない人もいると思うけれど、私はすごく気にしてしまう。
岩窟人をいきなりここに招くのもあれだろうし、掃除がある程度済次第、城に戻って来賓室へ案内させよう。そこで軽く挨拶を済ませてから今後の話をすればいいだろう。
てか、岩窟人ってどんな種族なんだろう。
私は本当に異世界のことを知らない。ある程度、配下やダンジョンの化身であるエルロデアから勉強させてもらったとはいえ、まだまだ不明なものばかり。
そのうちの一つに岩窟人という種族がある。
種族に関して、覚えようにもなかなかどうして難しい。
だって種族が多すぎるし、この世界にどれだけの種族がいるのかわからないから、それを覚えるなんて気の遠くなる話。だから全然手が出せない。
配下を創る際には管理ボードに記載されている種族から選んでいくから、その時はある程度どんな種族か記載される内容を見るけれど、それもごく一部。全部なんて網羅できない。それに、管理ボードに記載される種族は高域位階まで。それ以上の絶対位階の種族は私の管理ボードにはないから、どんな種族がいるのかは不明。管理ボード事態に記載される種族だって目を回すほどの数。
そんな数の種族を覚えられるひとがいれば是非とも会ってみたい。
そんなことを考えながら掃除をしていれば、いつの間にかかなり片付いていた。
「こんなところでどうでしょう。十分綺麗になったと思うのですが、いかがでしょう?」
「そうだね。このくらいでいいか。なら、小屋の掃除は終わりにして、次は場内の準備に行こうか。お客さんをもてなす準備をしなくちゃね」
「客人ですか……」
どうやらアカギリには引っ掛かものがあるらしい。
「どうかしたの?」
「これから来られる者どもは、あくまでマリ様に対してのお礼の形であって、客というわけではないと思うのですが」
「まあそうだけど。でも、他国からこのダンジョンに来てくれる人だからね。私にとってはお客さんだよ。だから、形はどうであれ歓迎はしないとね」
「……かしこまりました」
でも、助勢の岩窟人たちが強面の人たちだったらどうしよう。
私、怖い人苦手なんだよな。
魔王オバロンも結構苦手だったし。
不安もあるけど頑張ろう。
そうして、私たちが場内へ戻ると、そこには第12階層守護者のレファエナ以外の守護者が全員そろっていた。
来賓室はあまり訪れたことがない。以前オバロンを呼んだのは来賓室とは反対に位置する宴の間だったし、詳細に部屋のことを私は知らない。
「マリ様。私どもは何をいたせばよろしいでしょうか?」
ハルメナがそう聞いてくる。
でも、彼女等には特にやってもらうようなことは殆どなかった。おもてなしとして、頑張ってもらうのは料理係のエネマくらいだ。守護者である彼女等には、岩窟人へ紹介するためと、その後の街づくりの力仕事をしてもらうために呼んだので、今現段階では彼女らはここでゆっくりしてもらうしかない。
取り合えず、彼女等にはなるだけ穏便に居るようにだけ言っておく。彼女らのことだ、すこし相手の態度が悪いからといって手を上げかねない。それは絶対にやめてもらわないと困る。
エネマには事前に連絡は済ませてあるので、すでに料理には取り掛かってもらえているだろう。
私が彼女らに今後の流れを説明するのに、それほど時間は要さなかった。
「なら、僕たちはその岩窟人と一緒にいろいろと動けばいいんですね?」
「そういうこと」
「私、力仕事とかできるか不安ではありますけど、頑張ります」
「何か作るより、私は食べたいです。その岩窟人でも食べてみたいです」
私はシエルの発言にギョッとした。
まさか生きているものをそのまま食べるというのだろうか。
それを想像しただけで、私はすこし気持ちが悪くなりそうだった。
だって、擬態液の身体は本来半透明の姿で、捕食時はその半透明な体の中で食される物体が見えているのだ。それが彼女の消化液でどんどん食されていく姿は何とも筆舌に尽くしがたいものだ。それが人型のものとなると……生理的に無理かも。
それだけはしないように私は一応彼女にくぎを刺しておく。
まあ、来て早々にいきなり仕事を任されても嫌だろうし、岩窟人さんたちには明日から仕事をしてもらえればいいか。とりあえず、先に必要な資材やらを教えてもらって、このダンジョンで取れる者であればさっそく彼女らに採って来てもらうようにしよう。
私も少しダンジョン内を歩いて回りたいし、資材調達に私も行ってみようかな。
このダンジョンの主である私や配下の子たちもこのダンジョンの魔物には襲われないので安心して散策できるけれど、岩窟人はそうはいかない。彼女らなしでは少しばかり危険かもしれない。ここへ来るのはあくまで技術職の人たちだし、戦闘においてはきっと私と同じく素人だろう。
このダンジョンの管理者になっておいてあれだけれど、このダンジョンの詳細について、私あまり知らないのよね。
だって100階層まであるのよ?
果てしなさすぎでしょ……。
それを順当に進んできたコーネリアとか尊敬するレベル。
意外と彼女って実力があるほうなのかもしれないわね。実際私が作ったSランクの魔物を倒して見せたし。最近全然話す機会が減ってしまったけれど、今頃彼女は何をしているのだろう。
世界の情報収集は時間がかかる作業。それをさせてしまった私が悪いのだけれど。
彼女が私に隠していることが一体何なのか。彼女に関しては分からないことだらけだけど、正直、彼女がなにを隠していようとも今更別に気にならなくなっていた。
「今日は主に資材の調達を行おうと思うんだけど」
そう私が切り出すと、「資材調達ですか?」と配下たちから声が上がった。
「結局、街を造るにも、まず初めに必要になるのが道や家になってくるでしょ? だとしたら、それに必要な材料が必要なわけで、今、城内には家を作るに足る資材がないから、ダンジョン内で調達してくる必要があるの。だから、多くの資材を今日は確保するわよ」
「すこしお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ハルメナが訊く。
「なに?」
「先ほどの言い方だと、マリ様までダンジョンに潜るように聞こえたのですが」
「そのつもりだけど? 別にいいじゃない。私結構暇だし、ダンジョンの魔物には襲われないから安全でしょ? なら参加しても別に問題はないように思うけど?」
魔王である私はそういった雑仕事をしないように配下がさせてくるので、私がやりたくてもなかなかできないことが多々あったけれど、今回はやらせてほしい。
てか、私のダンジョンだし、自由にしたってよくない?
そう思うのだけれど、彼女たちが私の身を案じてしてくれていることに、どうしても反抗できない自分がいる。
だけど、今回はまっとうな理由を用意してきたから、端から否定されることはないだろう。
そんな私の思惑は見事に効果を発揮した。
「た、確かにそうですけれど……」
「なら決まりだね」
その時だった。
『マリ様。ロローナです』
岩窟人を迎えに行ったロローナからメッセージが届いた。
『ついたの?』
『はい。今、ダンジョンの入り口の前で待機しています』
ダンジョンには私が設定した警報システムがあるため、登録されていない者がダンジョンの入り口を通れば管理者である私及び、設定した配下に警報が届くようになっている。そのため、ロローナはあえて彼らをダンジョンの入り口で待たせているのだ。
『わかったわ。直ぐに準備するから待ってて』
私は管理ボードを開き警報システムを操作して一時的に警報が鳴らないように設定した。
1階層には101階層へ転移するための転移装置が設置されているため、ロローナがそこへ岩窟人を送ってくれないといけないけれど、1階層とはいえ、一応ダンジョンだ。しかもコーネリア曰くこのダンジョンはらSランクという最難関ランクのダンジョンらしいので、そこに出現する魔物もそうれ相応につよいため、ロローナに岩窟人を守ってもらわなければいけない。でもロローナはそもそも戦闘員ではないので、戦力としてはまだ眼得ることが厳しいので、保険として第12階層で待機してもらっていたレファエナに転移装置まで護衛を頼んでおいた。
『もう入っていいわ。レファエナを迎えに送ってあるから合流して101階層まできてね』
『わかりました。ではすぐに向かうようにします』
そこで彼女との連絡は切れた。
「ついたのですか?」
冷たい息を吐きながら、サロメリアが云う。
「そうみたい。とりあえず、みんな戦闘だけはしないでね。あと、いびるのも禁止ね」
「「「「「はっ!」」」」」
玉座の間で彼らを出迎えるため向かい、数分が経ったころ玉座の間の扉が重く開いた。
凛とした佇まいの狼人の少女を先頭に、初老の背の低い男が5人入ってきた。皆等しく髭を生やしており、筋骨隆々とした様だった。
玉座に座り、俯瞰として彼らを見ていると、ロローナが立ち止まり、片膝をついた。
「命により、岩窟人を連れてまいりました」
彼女に倣う様に、岩窟人もまた片膝をつき首を垂れた。
「ありがとう、ロローナ。皆さん、面を上げてください」
威圧的な態度をここでとっても仕方ない。てか、私にはできない。
「こんな辺境へ来てくれてありがとうございます。私はこのダンジョンの管理者であり、八番目の魔王になりました、マリといいます。これからよろしくお願いいたします」
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