第16話 魔王軍の侵攻と暴食の魔王マリ
「キーナが買ってきたって云う地図を持ってきてくれる?」
「はい!」
キーナはそう返事をすると転移の指輪で姿を消した。
そしてものの数秒で戻ってきていう。
「これです」
それは紙というよりは羊皮紙に近い素材のもので
テーブルで開くと、キーナが身を乗り出して説明してくれた。
「ここがマリ様のダンジョンです! 南西に位置する都市がウィルティナという大きな都市で、宣伝係の二人が行ったちゅーところです。うちらが云ったのはここ、東に位置するバラハンっていう都市です。ここも程よく大きかったですよ」
「残念ながら、他の魔王の情報は全くつかめていませんが、バラハンで物資調達をしていた時、店の人が云っていました。『ここらへんも戦火に巻き込まれてしまうかもしれないから安全な東の地に逃げる準備をした方がいい』と」
たぶん、キーナやロローナ、レイがまだ幼い様相だったから心配してそう云ってくれたんだろう。
「戦火と云うのは、魔王と勇者の戦いなのかな?」
「どうでしょう。うちにはさっぱりです」
「私はマリ様のお考えに一票です」
赤ずきんのロローナよ。どうして行き成り投票制になったんだ。
まったく……可愛いな。
でも、まってよ。その店の人は東に逃げた方がいいって云ってたけれど、それはつまり闇側の領地がここより東に続いていると云う事になるんじゃないか。そして、すでに、魔王は独り倒され、アカギリとカレイドが南西の都市ウィルティナでは勇者が新たに魔王討伐に動くと云っていた。2つの事から勇者の進軍がこちら側に向かってくるのが分かる。つまり、ここより西に行けば光側、勇者の領域になると云う事か。
そう仮定すると、私のダンジョンってかなり危険地帯にあるんじゃない?
まだ勇者の進軍の序盤で当たってしまうなんて。ついていない。それなら早急に同じ魔王には協力してもらわないといけない。
ワンチャンダンジョンに潜んでやり過ごすことも出来そうだけど、このダンジョンを序に攻略しようと入ってこられたら終わりだ。
それに、もし近々本当に戦争が起こるのだとしたら、このダンジョンの街づくりができないではないか。
私の幸せなダンジョン生活が頓挫してしまう。
「マリ様。少し宜しいでしょうか?」
いつの間にか隣にはハルメナが立っていた。
「どうしたの?」
「もし例によってこのダンジョンが勇者によって侵略される日が近いと云うのならば、早急にダンジョン内にある残りの守護階層に守護者を配置した方がいいかもしれません。また、マリ様以外に魔王がいるのなら、非力で愚物な魔王でも力を貸してもらえるよう、遣いを送った方がよろしいかと思います。勿論、守護者の創造には想像を絶する魔力を使用することは存じております。ですので、お体に無理が至らない程度に行っていただきたく思います。再びマリ様が倒れられたら私は……」
「心配してくれてありがとう。分かった。その件はなるだけ早くに終わらせるようにするよ。他の魔王の居場所はまだ全然わからないけれど、地方に配下を送ればなんとかなるよね?」
その時だった。
『……ッ』
脳内でノイズが走った。
『マリ様聞こえますか?』
ここに侵入してきた連中の長の情報を追ってダンジョンを離れた妖鬼のレイからのメッセージが届いた。
『聞こえるよ。どうしたの?』
『魔王オバロンの情報を求めて、ダンジョンから逃げたやつらの痕跡を追って北の山脈まで来たのですが、少しばかり厄介なことになっています』
『厄介?』
『はい。山脈の麓で100を超える武装した軍勢が、ダンジョンの方に進行しています』
『もしかしてオバロンの率いる軍?』
『可能性は高いと見えます。一番先頭を歩いている者が異常なほど魔力を漂わせております。そしてその周りの数人もある程度手練れのものだとみれます。ですので、おそらくは魔王とその幹部か……。どうなさいますか?』
『あまり刺激しないでほしいし、レイにも怪我をしてほしくないから一先ず、ここに戻ってきてくれる? これからの事はあとでゆっくり決めよう』
『かしこまりました』
そうしてメッセージは終わった。
まさか配下を率いてここへ来るなんて想像もしていなかった。
でもまあ、こちらから他の魔王を探す手間が省けたし良しとしよう。
北の山脈か……。
地図で確認すると、今魔王軍がいるのは此処からそう遠くない場所だった。北の山脈があるのはダンジョンがあるとされるところから少し上に広がっている場所なのだ。
でも、侵入があってから2日でここまでくるなんて。もしかしたら、魔王オバロンの居住区はこの山脈の向こう側にあるのかも。
「どうかされましたか?」
地図を真剣に見つめる私を心配そうに声を掛けるのはハルメナだった。
「今し方、魔王オバロンの情報を追って向かったレイから連絡があったんだけどね。オバロンが配下を率いてこのダンジョンに向かっているそうなんだ」
一同が私の言葉に食事の手を止めた。
「戦争ですか?」
アルトリアスが椅子から腰を上げるとそう言い放つ。
「数はどれくらいなのですか?」
アルトリアスの言葉に感化されたのか、ハルメナも真剣な面持ちとなって訊く。
「100だそうだよ」
「多いですね。ですが、レファエナ殿が退けたと云うレベルの者たち程度なら数には入らないでしょう」
アカギリが向かいに座っているレファエナを見て云う。
「大層な評価をしていただいてありがとうございます。そうですね。あの程度なら、いくら一斉攻撃をされようと、第12階層の砦は決して落ちる事は無いでしょう」
この子たち、結構自負が強いぞ。
「まあ、同じ魔王だし、戦わずに済むならそれに越した事は無いよ。でも、いきなりこの階層に招くのも危険だしな」
「でしたらマリ様。12階層で相手がどのように出るか見定めるのはいかがでしょうか? 相手はまだこのダンジョンの事をよく知らないはずです。そもそも魔王であるマリ様がいること自体、知ってるかどうかも分かりませんので、それを確かめる上でも最良かと」
「そうだね。ハルメナ。だとしたら、12階層の防衛を少しばかり強化した方がいいか。レファエナだけで魔王相手にさせるのは少しばかり可哀想だし心配だから、だれか12階層の防衛に協力してくれる子はいない?」
私の呼びかけに一同が我先にと主張を始めた。
「わ、私も防衛に協力したいです!」
「うちも余裕ですよマリ様!」
とロローナやキーナも名乗りを上げたけれど、私はやはり実力があるものを選抜したい。皆強いのは知っているけれど、その中でも戦闘に特化した者を1人や2人、置きたかった。順当に考えると、竜人のアルトリアスや鬼人のアカギリとかにしたいけれど、こちらの戦力を相手に晒してしまうのも愚策な気がするんだよな。
流石に二人は多いか。
なら1人だけとして……アカギリかな。
アルトリアスの戦闘力は102階層の闘技場でSランクの魔物グレゴールとの戦闘で十二分に理解できた。けれど、アカギリの戦力をまだ私は知らないから少しばかりその戦闘スタイルを見てみたい気持ちもあった。
「みんなの気持ちは嬉しいけど、そんなに大勢はいかせられないからごめんね。それじゃあ、アカギリ、頼める?」
「有難き幸せです。御身に恥じない働きをいたします」
「では他の者はどうなさいますか?」
「そうだねハルメナ。私たちはこの城で状況を一部始終見守るとしようか。何かあれば私がその場に飛んでいけるように準備しておくよ」
「そのようなお手間をマリ様にとらせないよう尽力いたします」
レファエナがそう告げるとアカギリも同意する。
まだ此処へ魔王が来るにも時間があるから、その前に少しでも何か準備できることがあるはずだ。
彼女らには先に12階層で準備してもらおう。
魔王を出迎えるのだ、手ぶらでは印象が最悪だろうし、良好な関係はつかめない。おもてなしの気持ちは日本人の基本だからね。今後協力してもらう相手なら尚更だ。
「二人は先に12階層で待機してもらえる? 侵入者が入れば警報が守護者に届くから安心して。アカギリは取りあえずレファエナの指示に従って行動してほしい。一応階層守護者だしね」
「かしこまりました」
「では、早速準備させていただきます」
「ちょっと待って!」
転移の指輪で今まさに転移しそうになった二人を私は呼び止めた。
「どうかなさいましたか?」
私はテーブルに視線を移すと、そこには全然減っていない御馳走が佇んでいた。
「せっかくエネマが造ってくれた料理なのに、残していくなんて勿体ないでしょ? 全員でこのご馳走をしっかり食べてから、対策に移る事! いい?」
「「「はい!」」」
「「「かしこまりました!」」」
気持ちのいい返事が返ってきて、一同はテーブルに着いた。気が付けば、いつの間にか全員席を立って、私の周りに集まっていたけれど、一旦それは解散し、眼前の美食群に手を伸ばし始めた。
あの可愛いエネマがせっかくつくてくれた料理を無駄にするなんて神が赦しても、魔王であるこのマリ様が赦しません。……なんて。
オバロン軍がこちらへ向かっているだろうけれど、そんなに早くはつかないだろう。まだ猶予の時間はあるはず。それに慮外に早く来たとしても、1階層から12階層まである。時間は十分に稼げそうだ。
目下、私がしなくてはいけないのは、魔王オバロンをもてなすための場所を設けなければいけないと云う事だ。
12階層で相手の出方を窺って、話が通じるようならこの城へ招きいれればいい。
ただ、招き入れてももてなせる場所がない気がする。流石に玉座の間で私が玉座に座って出迎えたら印象は最悪だろう。……玉座の間は却下。
この食堂も、和気藹々と談笑するにはうってつけの空間だけれど、賓客を案内するには聊か不釣り合いな所かもしれない。……食堂も却下。
だとしたら、他に何処が良いのだろう。まだ私はこの城の事を知らなさすぎる。本来なあの日、全員がダンジョン外へ出た後に、この城を探索するつもりだったけれど、魔力切れで昏睡状態に陥ってしまい。無為に時間を浪費してしまった。
ここはもう奥の手を使うしかない。
エルロデアのダンジョンに関する豊富な知識に頼ろう。
彼女は独り私の隣で、立っているだけだった。ダンジョンの化身故に、食事を必要としないらしいのだ。なので、メイド服のカテラと燕尾服のエルロデアに挟まれた私はいかにもここの主という雰囲気を出していた。
「ねえ、エルロデア。魔王オバロンをもてなすに打って付けの部屋はない?」
体の向きをひらりと私の方に向けて云う。
「それでしたら、宴の間と云う場所があります。賓客との会談に使われる場所ですので、最適化と思います」
なんだ、ぴったりの場所があるじゃん。
「なら、後でそこに案内してくれない?」
「かしこまりました」
「マリ様! これ凄く美味しいです!」
ロローナが栗鼠の様に頬を膨らませて、絶賛する料理を皿に盛り私の方へ向けてきた。
「うちはこれが好きです! 是非食べてください!」
キーナも同様に差し出してきた。
まだ自分の皿にもたくさん残ってるから、遠慮したいところだけれど、彼女らの善意を無碍にできなくて、私は二人のくれた御馳走を、ほとんど減っていない私の皿の横に置いた。まるで食べ放題のバイキングで、初っ端から飛ばして食べれるだろうと盛りに盛りまくったけれど、結局見誤った量に後悔する羽目になる奴と、全く同じパターンだった。
ただ、今回は絶対に残せない。私が彼女らに残さないように云ったのに、私が残したら示しがつかないうえに、エネマに申し訳が立たない。
だからこそ、絶対に私は食べきって見せる!
『暴食の魔王マリ』という二つ名がついてしまうかもしれないけれど、私は気にしない。
さて、気合入れ直して食べるとしますか!
暴食の魔王を目指して――
いただきます!
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