異世界の魔王にされた私だけど、転移したダンジョンから出れないので引きこもります!

みなわ

第1章

第1話  目覚めのキス

 え、なに? 


 つめたい……。


 私の頬に感じる、冷ややかな感触。


 これは……床?


 しかも表面が滑らかな石の床? みたいな……。

 あまりザラつきを感じない。

 まぶたを動かして視界を獲得してみる。

 重く開いていく瞼の先から漏れてくる光に、少しばかり眩みながらもその視界を明瞭にしていく。

 そうして、ようやく確保した視界には大理石のような白い床が映る。


 体が重い……。


 まるで一日中寝ていた時のような、ひどい疲れと倦怠感が体を襲った。

 頑張って体を起こしてみると、私は眼前に広がる光景に絶句した。

 部屋全体が純白な世界に包まれ、見たことないほどに天井が高く、等間隔に聳え立つ堅牢そうな柱たちが、私の知っている世界との違和感さを突き付ける。付け加えると、私が伏せていた白い大理石の床板の横を深紅に染まった絨毯が部屋の奥へと延びており、その先に一つ立派な椅子が毅然きぜんと鎮座していた。それはまさにお話の世界で見聞きした玉座の間を彷彿ほうふつとさせる場所だった。壁には大きな開口がいくつも付いていて、ガラス越しに覗く景色は白い光に包まれた青い世界が広がっていた。

 上を見上げればそのまま後ろへと転んでしまいそうな程高い天井に豪華絢爛なシャンデリアが三つ連なっていた。


「あら、目覚めたようね」


 ふと、部屋の奥に鎮座する玉座の方から誰かの声が聞こえた気がして視線を向けると、先ほどまで誰もいなかったはずの玉座に、なんとも筆舌ひつぜつに尽くしがたい程の美女がそこにいた。

 純白のドレスを身にまとい、腰のあたりまで絹のように流れる金の髪を少しなびかせる透き通った肌の美女は、玉座に頬杖をついて静かな笑みをこちらへ向けていた。


「あ、あの……」


「混乱するのも無理はない。ゆっくりでいいわ」


 さとすような優しい口調で美女は云う。


「ここはどこなんでしょうか? それと、私はどうしてこんなところにいるのでしょうか?」


 美女はこちらにおいでと手招きをした。

 私は少しばかりおぼつかない足取りで美女の近くまで寄った。


「あなた、ここに来るまでの記憶は?」


 私は首を横に振った。


「でしょうね。大概の人はがなくなっているのよ。これ、いちいちかないといけない事なんだけれど、もう分かりきっている事だから億劫だし省きたいのよね」


 美女が悪態を垂れているところ、私は今の状況と、彼女が先ほど零した言葉について追求した。


「貴女は誰なんですか? あと、先ほどって云いましたけど、ここはいったいどこなんでしょうか?」


 美女は頬杖をついたまま、美しい瞳をこちらに向け、そして淡白に答える。


「ここは死後、迷える魂が行き着く場所であり、それらを導く場所【ウルナの宮殿】。そして、私はそんな迷える魂を導く導き手、サラエラ。つまり此処ここに来ている貴女は既に死んでいるわけだけれど、ここまでは理解できるかしら?」


 死後……そっか。

 私、死んじゃったのか。


 美女から告げられる言葉にたじろぎひとつ起こさない私は、どこかそれを理解していたのかもしれない。

 確信を持てるような何かしらの記憶があるわけではないけれど不思議と私は平静だった。


「貴方、結構あっさりしてるのね。こんなこと知らされて動揺ひとつしないなんて」


「なんとなく、わかっていたのかもしれないからですかね?」


「わかっていた?」


「死んだときの記憶は全くないんです。私はただ普通に働いていただけのはず。でも、どうしてだろう……。すーって受け入れられるような不思議な感覚」


「ふーん。貴女、変わっているわね」


 妖艶ようえんににたりと釣り上がる口元を見ながら、気づけば、玉座に座っていた彼女は私の前に立っていた。それは本当に一瞬のことだった。

 私は思わず一歩下がってしまうも、美女も同じように一歩前に出る。魅了の眼で真っ直ぐ見つめられ、恍惚こうこつとしてしまう。そして絡むように私の腰に白皙で綺麗な腕を回してその豊満な胸部を、質素な私の胸部に押し当てる。その柔らかさときたら同性の私でさえ身悶えるレベル。

 視線を釘付けにされたまま、不意に美女は私のあごに手を添えて少し顔を持ち上げると、私の唇に体がしびれるほど濃厚なキスをしてきたのだ。

 驚きのあまり身を離そうとするも、彼女の力は強く、まるで石にがんじがらめにされている様だった。

 口の中に這い回る美女の舌が私の舌を何度も絡めとる。口が溶けてしまいそうな感覚のそのキスは、どれくらい続いたのだろうか。途中から意識が朦朧もうろうとしてきて、恍惚と言う名の麻薬におぼれてしまったかのようなひと時だった。


「やっぱり貴方、とても美味しいわ! こんな快感久々に味わったもの!」


「あ、あの、あのぉ……」


 お酒に酔って思考が回らない時のように言葉が出ず、私は狼狽ろうばいあらわにする。


「あら失礼。私、可愛い女の子を見つけるとついつい味わってしまいたくなるのよ。まぁーでも私の口づけを受けた魂は次の世界に生まれた時、私のがつくから別には悪くないでしょ?」


 加護ってなんだろう。

 ん? てか、次の世界に生まれ変われる?

 今すごいことを言っていた気がするけれど。


「そう、生まれ変わり」


 先ほども感じたけれど、この人は私の心が読めるのだろうか?

 それとも、私が気づかないうちに声に出してしまっているのか?


 ふふふと笑ってみせる美女は、私から少し距離を置いた。


「さて、本題に入ろうかしら。先ほども云ったけれど、私は迷える魂を導く立場。だからといって、私が今後の方針を好き勝手決めるわけにもいけないの。道を選ぶ権利は、あくまで魂として此処へ来た貴方達だからね。だから、貴女には選択肢がある」


「選択ですか?」


「ええそうよ。このまま魂を此処で消滅させてしまう道。生まれ変わって一から人生を歩む道。そして、別の世界へ今の存在のまま生きる道。簡単に言うと、転生かしらね。貴女の死は確実であり、死ぬ直前で別の世界へ転移させているわけじゃないから。大きく分けるとこの三つかしら。まぁでも、貴女みたいな美味しい魂を易々と消滅させたくはないから、私的には転生、それも貴女の姿のままでの転生を選んで欲しいのだけれど。でも、選択するのは貴方だからね」


 新しく生きて行く事が出来るなんて。勿論、生き返れるならお願いしたい。でも、どちらを選べばいいんだろう……。一からやり直すのもいいかもしれないけれど、また幼少時代を送るのも億劫だしな。ならやっぱり、サラエラ様が望む――。


「このままの転生でお願いします」


 満足な笑みを浮かべる美女は、先ほど空けた距離を縮め私を力いっぱい抱きしめ、私の願いを了承してくれた。


「貴方やっぱり素敵ね。いいわ。それじゃあ、これから少し説明するわね。これから貴方が新しく暮らしていく世界について。それから、私から貴方へ贈る便利な能力について」


 そう云って、美女は世界の事と、私に与えてくれた能力を丁寧に説明してくれた。

 サラエラ様曰く、私が転生する世界は魔法や魔術、魔物や魔王、勇者なんかがいる世界らしい。

 まるで御伽噺おとぎばなしのような世界。

 なんでも、魔王は1人じゃないらしく、今現在、7人も居るそうだ。それに比べ勇者の数はたったの1人。あまりにも理不尽な世界バランスな気がするけれど、それ相応に勇者は強く、嘗てはもっと魔王が居た時代でも、たった1人の勇者に滅ぼされたらしい。

 いったいどれ程までに勇者は強いんだろう?

 でも、やっぱり正義が勝つということなのか。

 世界の平和を守るために動く勇者と、世界を蹂躙じゅうりんしたがる魔王による抗争が跋扈ばっこする世界だと、サラエラ様は云う。

 そして、私にくれると云う能力について。

 異世界に行っても言葉や読み書きが不自由にならないように《言語理解》と言う能力を貰えるらしい。

 そしてもう一つ。

《錬金》と言う能力。

 これは、物と物、能力と能力を掛け合わせ、別のモノへと変化させると言う能力らしい。言葉で言われてもわからないから詳しく教えて欲しいと頼んでみるも、実践した方が早いと云われてしまった。異世界に渡ってから手探りで使い道を見つけるようにとの事だった。

 私がもらった能力はその2つ。

 【能力】つまりスキルというものは、経験を積むことで様々なモノを覚えて行くらしい。サラエラ様が云うには大抵が倒した魔物の能力を使えるようになるらしいけれど、魔物なんて、正直関わりたくないないな……。


「取り敢えず、貴方に教えられるのはこれくらいね。いくらお気に入りの魂だからって贔屓にしてしまうと上に怒られてしまうから、これ以上は云えないわ」


 つまり、何かまだ私に云っていない事があるということかな。

 でも、これだけ教えてもらえれば十分な気がする。


「それで、私は異世界に転生されて、いったい何をすればいいのでしょうか? 何か目的がないと、日々を過ごすのが辛いと思うんですけれど」


「それなら簡単よ。生き抜けばいいの」


 サラエラ様はあっけらかんに云って見せる。


「生き抜く?」


「そう、向こうの世界では常に死と隣り合わせ。も人も、貴方を殺そうとするわ。だから取り敢えず、ことだけ念頭に入れておけば大丈夫よ。ある程度向こうの世界で生き残れていれば、その時はまた私から助言をさせてもらうわ」


「わかりました。精一杯生き延びてみせます!」


「そのいきよ!」


 私はきっと、かなりついているんだと思う。

 こんな丁寧ていねいに説明され、便利な能力まで貰って。もしかしたら、他の私と同じような人たちにも同じような事をしているかもしれないけれど、今は恵まれているんだと思うようにする。そうした方が死んだ身なりに少しでも気分が晴れると思う。


「時間もないことだから、最後に私からの贈り物。私のお気に入りへのささやかな――」


 そう言って美女は私の頬に手を添えると再び甘美なキスをした。

 脳を溶かすような快感的舌遣いに私は意識を持っていかれる。

 ぼーっとしたのも束の間、唇が離れた瞬間、私の体は後方へと突き飛ばされた。


 えっ!?


 そう思った時には既に遅く、視界は闇に閉ざされ、背中に衝撃が走ったかと思うと、急に視界は広がり、私に現実を見せた。

 鬱蒼うっそうしげる草の中、蒼穹そうきゅうの空に雲は一欠片も存在していなかった。そんな異世界とは実感の湧かないところに私は1人寝転がっていた。

 体を起こしてあたりを見ても、そこにはありふれた草原の景色が映るだけだった。


 もしかして、ここが異世界……?








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