episode zero『追放勇者は勘違いを正す異能を振りかざす』 陸



 ――ねえ、お父さん、お母さん。勘違いしているよ・・・・・・・・・・、お、お父さんと、お母さん、は……(ぐすん)……僕と…………僕と面識はないん……だよ。だって、僕達は……親子じゃないから、なんの面識も……ないんだから。



































 ――お父さん、お母さん。どうか、お元気で。



【三人称視点】


 時はリュートがヴァルファス王国に戻ってジェシカとエレインと共に王に謁見をしに向かったところまで遡る。


 リュートは謁見の最中に王国の兵士に捕らえられた。

 リュートの力では容易に振り解くことはできたが、それをしたところで利益メリットはないと思ったリュートは呆気なく降伏し、王の命令に従い聖剣を含む全武装を国に収めた。


 そんなリュートの姿を、ジェシカとエレインは黙って静かに見守っていた。

 ジェシカとエレインが兵士達を止めることはない――つまり、リュートは嵌められて裏切られたのである。


(……う〜ん、もしかしてグローレンを殺したことがバレちゃったかな? いや、その可能性はないし……となると、レスターとウォーロンを見殺しにしたことが……いや、こっちの方が可能性があるかな? 或いは最初からこれを想定して……な訳ないよな。まあ、俺としてはラッキーだけど)


 ジェシカとエレインの思惑とは裏腹に、リュートはポジティブな感情を抱いていた。

 元々リュートは勇者ドレッドノートであることを辞め、普通のリュートとして暮らしたいと考えていた。しかし、それは普通に考えれば不可能だ。

 勇者ドレッドノートとして魔王を倒してしまったのだ。そこから先にあるのは英雄として国の神輿にされるか、強力な魔物を倒す程の良い駒として使われるか、そのいずれかだろう。


 また、勇者ドレッドノートの血を取り込みたいからと貴族から娘を押し付けられ、貴族の世界に取り込まれる可能性もある。

 それは、リュートの望む平穏ではない。


(まあ、ジェシカとエレインはそれを望んでいたんだろうけどね。……彼女達が僕のことが好きでなかなか恋が進展しないから、裏切り……或いはネトラレを演じて、それでも信じてきてくれた俺に告白する……なんてそんなことを考えている訳……流石に自意識過剰か。まあ、例えそうだったとしても、その結果の先に待ち受けているものは、俺の求める平穏じゃないからね……まあ、全てを捨てて俺と一緒に平穏な日常の中で暮らすというのなら話は別だけど。その場合は彼女達には悪いがスルーさせてもらおう)


 胸の奥がズキリと痛んだ気がしたが、気のせいだろうとリュートは切り捨て、ただのリュートに戻ったリュートは城下町の広場でヴァルファス王国第一王子ルウェリン=ヴァルファスの隣で笑みを浮かべる二人の仲間を見たのだ。

 リュートには頬を伝う温かいものの正体が分からなかった。



 ヴァルファス王国第一王子のルウェリン=ヴァルファスは生まれた時から望む者全てを手に入れてきたものだった。

 金も、美術品も、女も、何もかも、欲しいものは全て手に入れてきた。


 そして、ルウェリンはその日、美しい女性を二人王宮の謁見の間で発見した。

 そのタイプの違う二人の美女は勇者ドレッドノートのメンバーなのだそうだ。

 ルウェリンは二人が欲しくて欲しくて堪らなくなった。


 ルウェリンは二人を手に入れ、同時に勇者ドレッドノートの名声をも手に入れたいと考えた。

 ルウェリンが望めばなんでも手に入る。世界の中心はルウェリンなのだ。そのルウェリンが望んだのだから、二人はきっと喜んで自分のものになってくれるだろう。


 親バカな王はルウェリンの願いを聞き入れた。王妃が必死に止めたが、親バカな王は決して聞く耳を持たなかった。


 ルウェリンとジェシカ、エレインの目論見はある部分で合致していた。

 ルウェリンは二人を手に入れたい。ジェシカとエレインはルウェリンを利用してリュートに仲間奪還を決意させ、王城に二人を取り戻すためにやってきたところでリュートの正義感と優しさを確認して、謝罪。そこからどさくさに紛れて告白するという作戦だ。勿論、二人とも告白のことは心の内に秘め、「私達が裏切っても彼なら偽りと信じて必ず王宮に来てくれる。彼の仲間への信頼を確かめよう」という表向きの目的のみを共有していた。


 結果論を言えば二人の考えは大きく間違っていた。

 本当に好きならばリュートの想いを試そうなどと上から目線のお姫様気取りなどせず、そのまま想いを伝えておけば良かったのだ。

 もしかしたら、彼の本性を知らないまま、辺境の村でリュートと暮らすことができたかもしれない。


 ジェシカとエレインは選択を間違えた。そもそも男を見る目が無かった。

 二人が好きになった相手は狂人で、二人が利用しようとした男はジェシカとエレインの想像を遥かに超えた傲慢で身勝手な男だった。


 ジェシカとエレインはいずれ、ルウェリンに一方的に犯され、心を壊され、リュートや仲間達と魔王討伐のために旅をしたことも忘れて、ただルウェリンを慰めるコレクションと成り果てる……ルウェリンに魅入られた他の女達のように。

 未だ調教が終わっていないルウェリンの実の母――王妃とどちらが先に堕ちるのか。


 だが、その未来はやって来ない。親バカな王がリュートの息の根を完全に止めて復讐する可能性を潰すために兵を派遣したからだ。


































 ――ヴァルファス王国の終末時計が動き出した。




「魔物の化悪樹イービルプラントの討伐ですか?」


 リュートは辺境にあるかつて住んでいた村に戻った。

 その次の日、リュートは村長のファボラリア=ノーゲスト――通称ファボ爺に呼び出されたのだ。


「村の者が困っておる。お前は勇者ドレッドノートなのだろう? この程度の魔物、サクッと片付けられるのではないのか?」


「……しかし、勇者ドレッドノートの武器や防具は国に取り上げられて」


「ご近所さんが困っているのだ。困っているのを助けるのは隣人や勇者ドレッドノートの務めだと思うが、どうかね?」


 リュートは村の新参者だった。後から入ってきたリュートは村に馴染めず、村の人々も関わりを持とうとはしなかった。

 これまでのリュートと村の関係はドライだった。しかし、勇者ドレッドノートと分かった今、利用しない手はない。


 隣人といっても、村の人々がリュートに何かを与えてくれることは無かった。ただ一方的に無償の奉仕を求めるのだ。

 それでは、完全に奴隷である。


(……ここは静かでいい村なんだけどな……ちょっと勿体無い気がするけど、夜逃げでもして新天地を目指すか)


 とはいえ、化悪樹イービルプラントの討伐自体は勇者ドレッドノートの力が無くても可能だ……いや、《勘違いを訂正する言霊ソウル・レビジョン》があればどんな敵も余裕だろう。魔王すら圧倒する強力無比な力なのだから。


 そこまで考えて、リュートは一つの作戦を思いついた。


(……そうか。どうせ俺は余所者だ。どこへ行ったってこうして村八分にされ、必要な時だけ体良く利用される。……この世界に俺の理想郷はない……ないなら作ればいいじゃないか)


 リュートは夜逃げ計画を捨て、化悪樹イービルプラントの討伐に向かった。といっても、化悪樹イービルプラントを討伐する訳ではない。


 化悪樹イービルプラントは大気中や捕らえた対象から魔力を吸収し、成長していく魔物の一種だ。

 生命力が高く、細切れにしても魔力を吸収するとその部分から修復し、完全に元の形状を取り戻す。大地のプラナリアとも呼ばれ、炎魔術を扱えない冒険者達には恐れられている。


勘違いしているよ・・・・・・・・、お前は魔物なんかじゃない。この村の人々を見守り、守護する神樹…………そうだな、エルダーツリーだ。見守る神樹なんだから人を襲うことはない……当然だよな。神樹エルダーツリー、お前の見守る神樹の村は村人同士が仲良く、助け合いで成立している、理想的な村なんだよ」


 現実が改変され、化悪樹イービルプラントは生来の大地のプラナリアの性質を残しつつ、神樹エルダーツリーという無害な、神樹の村の象徴へと姿を変えた。


 リュートは神樹エルダーツリーに触れ、膨大な魔力を流し込んだ。神樹エルダーツリーはリュートの魔力ですくすくと育ち、瞬く間に天を衝くような巨木へと姿を変えた。

 リュートは神樹エルダーツリーの枝を一つ折り、望む形を思い浮かべながら魔力を込める。すると、神樹エルダーツリーの枝は鍬へと姿を変えた。


「さて、この鍬で農業でも始めるとしますか」



 リュートが村に戻ると、村の姿は様変わりしていた。


 村にはもう、リュートを村八分にする村人はいない。

 村人達は助け合い、自給自足で余った物は物々交換で欲しいものと交換してもらう。そうして、共生していける理想郷――それが、神樹の村である。


「リュートさん、神樹エルダーツリー様のご様子はいかがでしたか?」


 偏屈だと有名だったファボ爺が、好々爺然とした温かい笑みをリュートに向ける。


神樹エルダーツリーは本日も我らを見守り、祝福しています」


 どうやら、リュートは神樹エルダーツリーの声を聞く神官という立場らしい。

 神樹エルダーツリーの真実を知るのはリュートのみである。そのリュートを差し置いて神樹エルダーツリーの世話役に選ばれるというのは不自然だ。恐らく、その辻褄を合わせるためにリュートを神樹エルダーツリーの神官であるということにしたのだろう。


「いつも我らに神樹エルダーツリー様の声をお届けくださり、ありがとうございます。こちら、少ないですが我が家で取れた野菜です」


「ありがとうございます。春キャベツですか、昼食はロールキャベツにしましょうか?」


「それは素晴らしいですね。我が家でもロールキャベツを作ってもらえないか、妻に相談してみるとしましょうか?」


 ファボ爺だけじゃない、村の全ての人達がこれまで村八分にしていた相手とは到底思えないほど親密にリュートに接した。

 リュートは人生で初めて紛い物とはいえ、温かい居場所を手に入れたのである。


 例え歪んでいても良かった。その歪みすらも簡単に受け入れてしまうほどリュートは既に歪んでしまっていたのだ。


 リュートは偽りの居場所で、神樹エルダーツリーの神官をする傍らで農家をするという生活を送ることになる。

 最初は野菜を育てるのに悪戦苦闘していたリュートだが、以前ならリュートに見向きもしなかったゲンジェー=フォリュト、アントワリア=フォリュト夫妻を始めとする村の人々に支えられ、少しずつ神樹エルダーツリーの村での生活に慣れていった。



「うんといこせ。どっここいせ。うんといこせ。どっここいせ」


 奇妙な声を上げながら鍬を振り下ろす。

 ほっかぶりに年季の入った作業着という勇者らしからぬ衣装は、伝説の勇者の鎧以上にリュートに似合っているように見える。


「ふぅ。やっぱり耕すのは最高だな。自給自足と物々交換。金と利権に塗れた中央より本来あるべき人間の生活をしているように思えてくるよ」


 手拭いで汗を拭ったリュートは如雨露を持ち、隣の野菜棚に向かった。

 蔓が伸び、胡瓜がなっている。そこから少し離れたところに植えてあるトマトは少しずつ色づき始めていた。


「もうすぐ収穫できそうだな。やっぱり汗水垂らして自分で・・・育てるのはいいよ。ズル・・はいけないよね、ズル・・は」


 地味にどんなに水をあげても無くならないという魔道具・・・である如雨露でトマトと胡瓜棚に水をあげてから、着替えて部屋の中に入る。

 今日の昼食は隣のファボ爺からお裾分けしてもらった玉ねぎと、村で畜産をしているゲンジェーからお裾分けしてもらった牛肉、自家生産している調味料を使った牛丼だ。その昔、ニホンという国から来たサトウという男がもたらした料理であり、他にカレーライスなども伝わっている。


 慣れた手つきで牛丼を作り、卓袱台もどきの上で食べようとする。


「――この村にリュートという男がいるだろう。出せ!! 速やかに出さないとお前らの命はないぞ」


(……はぁ、五月蠅いな。こっちは今から昼食なんだよ。……まあ、迷惑をかけるといけないし、この頃村の高齢化・・・少子化・・・が進んでいるんだよね。長老の爺ちゃんが愚痴ってたな。よし、利用してやるか・・・・・・・)


 急いで牛丼を掻きこみ、そのまま外に出る。オーソドックスな村人の服で、だ。正装は村の冠婚葬祭用に数着は持っているが、わざわざそれを着ていくほどの相手ではない。


「ん? これはこれは王家直轄騎士団の皆様。お揃いで。お疲れ様です」


「本当にお疲れだよ。大罪人であるお前を打ち首にするために、王都の広場まで連れて行かなければならないのだから」


(……なら、来なくてもいいのに。えっと、騎士団の団員は約九割が男だったっけ。男至上主義の縦社会だね。まあ、どうでもいいけど。その辺りも・・・・・解決して・・・・くれるだろうし・・・・・・・)


「いやだなぁ、皆様。勘違いしていますよ・・・・・・・・・。皆様はこの村で生まれ、この村で結婚したラブラブの新婚夫婦じゃないですかぁ」


「貴様、何を言って――」


 その瞬間、騎士達の装備が消え失せる。


(まあ、鎧とか剣とかを持っている訳がないよね。あっ、騎士団長さんの胸が膨らんできた。あ〜ぁ、女体化する方に選ばれちゃったか。でも、すぐにそれが当然だと思えるようになるよ! だって、皆様は騎士じゃなくてラブラブの新婚夫婦なんだから)


 ごつい鎧を着た騎士団長が、今や可憐な村娘である。

 今頃元騎士団長の頭には村娘に必要な知識と、記憶が作られているだろう。

 だが、それはごく自然・・なことだ。何故なら、彼女は最初から村娘だったのだから。そういう風に書き換えた・・・・・……いや、彼らが騎士であったという間違ったことを訂正してあげたのだから。


「こんなところで私は何をしているんだっけ? そうだわ。まだ今日の水やりをやっていなかったわ。行きましょう、アナタ♡」


 少し前まで同僚だった騎士の腕に手を回し、騎士団長だった村娘は嬉しそうに自宅に帰った・・・・・・


(……まあ、これで少子高齢化問題は解決だな。あれだけラブラブな新婚夫婦が量産されたんだからね。さて、このまま放置してもまたあの王子は懲りずに騎士団を送り込んでくるだろうし、どうしよう? そうだ。アレがいいかな)


 より残酷な結末を思い浮かべ、リュートは不敵な笑みを浮かべた。

 リュートにとって、平穏を乱すものこそが敵――それが例え魔族だろうと同族人間だろうと、大した違いはない。

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