【幕間】七賢会議。※【三人称視点】

【三人称視点】


「ここが、ヴァパリア黎明結社の中枢組織。七賢会議でございますか」


 巨大な円卓と一部を除いて均等に配置された椅子が中心に位置する巨大なホール――八つある会議場の入り口の一つから姿を現したのは、純白の魂とヴリル=プラナが混ざり合った肉体の上から道服を身に纏った、目を細めて拱手をしている尖った耳を持つ美丈夫――名をユェン=シー・ティェン・ズンと言った。


 かつて、エルフの里で生に固執し、自らの力を求める者達から次々と寿命を奪い、クーデターを悉く失敗に導いてきた生きたがりも、今や七賢者の一人である。

 七賢者最強の盾と言われていたアリスが行方不明となり、空席となった椅子にアリスの弟子だったユェンが抜擢されたのである。


 ユェンはかつて能因草子に敗北した。その持ち帰った情報からユェンの立場は寧ろ以前より向上しているが、草子に負けたという事実は変わらない。

 だが、今のユェンはかつてのユェンではない。


 大昔、滅んだと言われているエルフ以上に美しく、神秘的な姿を持ち、エルフ以上の寿命を持つと言われていたハイエルフ。

 ユェンはそのハイエルフすらも上回る寿命を持つ真祖のエルフに解脱と同時に先祖返りしたのである。

 解脱により真仙に至ったことで獲得したヴリル=プラナと超宝貝スーパーパオペイ――この二つの力があれば、必ず自らの命を脅かす存在、能因草子を殺すことができるとユェンは信じて疑わなかった。


「お久しぶりです、ナイアーラトテップ様。その節はありがとうございます」


「いえいえ、まさか君が棚ぼたとはいえ七賢者の一人に選ばれるとは、ミンティス教国の教会で出会った時には思いませんでしたよ。しかし、まさかあのアリスさんが敗北するとは」


「確かに、師匠は殺しても死なない人だと思っておりましたが…………能因草子、やはり危険な男でございますね。彼が生きている限り、ワタクシに平穏は訪れません」


 ナイアーラトテップもユェンも、当初は能因草子をそこまで強大な存在とは認識していなかった。

 かつてのユェンにとっては命を脅かす存在であったが、今のユェンならかつての能因草子に負けることはない。


 だが、能因草子は想像を絶する速度で強くなった。ヴァパリア黎明結社の部門長との想像を絶する戦いが能因草子を成長させたのだろうか?

 確かに、危機的状況は人を強くする。ユェンも【ワンダーランド】に閉じ込められ、来る日も来る日も倒しても倒しても復活する住人達と戦い続けたからこそ異例の速さで解脱に成功し、超越者デスペラードへと至ることができた。


 しかし、能因草子はそれには当て嵌まらない気がしてならない。

 能因草子は戦いの中で成長していく、何も手札が残されていない状況で新たな手札を戦闘中に編み出す訳ではない。

 彼に蓄積された膨大な知識が、地球という世界で数多の作家が命を削って書き続けた物語の粋――能因草子は、それを無数の棚から引き出し、再構成し、強くなる。いや、強くなると錯覚させる。本来、その力は戦い以前から能因草子が持っていたものであり、それが表層化していなかっただけなのだ。


 超越者デスペラード化についても切っ掛けを与えられただけだ。そこに至る条件はイヴやカンパネラと戦う以前から揃っていた。

 能因草子は限界ギリギリの戦いの中で成長することはない。そこから得られる切っ掛けから際限なく強くなっていく。


 その余裕こそが、最大の武器なのだ。ユェン達には今の草子がどの程度の強さに至っているか分からなければ、その限界というものがどこにあるかも分からない。いや、限界というものはそもそもあるのだろうか?


「そちらのお嬢様には初めましてでございますね。新しく七賢者になりましたユェン=シー・ティェン・ズンでございます」


「そう…………芳山よしやまみちるよ」


 夏用セーラー服の黒髪ロングの眼鏡美少女は、ユェンに一瞥も与えることなく本に視線を落とし続けた。


「芳山充さんは地球という世界から異世界カオスに転移した転移者トラベラーの一人です。なんでも、タイムリープの力を偶然手に入れ、クラスメイトの一人で未来では消失してしまったとある本の初出を求めて未来からやってきた深町翔氏という方にタイムリープの力が込められた胡桃型のタイムリープチャージ装置を返却しようと化学準備室に向かおうとしていたところで、一人で転移に巻き込まれて、白い部屋の老神に特に説明を受けることもないままポイっと放り出されただけのようです。ちなみに、祖母の和子氏、母のあかり氏共にタイムリープ経験者という稀有な家系の生まれです。転移の際の特典としてタナトスの呪詛とクロノスの呪詛を浄罪され、更に強力な時空干渉能力である【時間支配】と【時空魔法】を与えられております」


 人の魂は死と共に刻まれた記憶が消去される。記憶が消去されなければ溜まった記憶により魂が壊れてしまうからであり、この魂の強度の限界という名の枷はタナトスの呪詛と呼ばれている。


 時は過去から未来に向かって流れていくものであり、その法則を乱すことができないという枷はクロノスの呪詛と呼ばれている。一度でも正式な方法で時を超えることでこの呪詛は無効化されるが、それに当て嵌まらない方法で時間に干渉しようとすれば世界線の収束が起こり、最小限のレベルで時空干渉者の存在が抹消される。


 この二つは人間に掛けられた呪詛である。その呪詛から解放された芳山は何度輪廻転生を繰り返しても決して擦り切れぬ魂とタイムパラドックスを無視できる優位性を得たのである。

 ちなみに、タナトスの呪詛自体はかなり弱まっており、過去の記憶を保有する転生者リンカーネーターは人並み外れた魂の強度を持ち、かつ魂のリセットを免れるという条件を満たす必要があるものの、確率はゼロではないためあり得ない存在から珍しい存在へと変わりつつある。まあ、それでもこれだけ転生者リンカーネーター転移者トラベラーが存在する世界は珍しいのだが。


「随分お喋りね、ナイアーラトテップ。プライバシーという概念をご存知かしら?」


 本から視線を外し、芳山は半眼でナイアーラトテップを睨んだ。

 対するナイ神父の姿のナイアーラトテップは微笑を浮かべながら殺気の篭った視線を受け流す。


「そちらの会議室ですやすやとお休み中のお方はどなたですか?」


 ユェンとナイアーラトテップが会議室に到着する前に、既に芳山の他にもう一人会議に到着していた人物がいた。


 ジャージ姿の気怠げな少年が大理石のテーブルに突っ伏してすやすやと眠っている。


「彼はテトラ=カルタ、ヴァパリア黎明結社七賢者の一人で「ひきにーとよ」


 ナイアーラトテップの言葉を奪い、芳山がテトラと呼ばれる少年を端的に示す。


「……ひきにーと、でございますか? 働かない引き篭もりのことでございますよね?」


「まあ、この人の場合は寧ろ働かないでもらいたいですけどね。ところで、ユェン真仙ヂェンシィェン上位転生者ハイ・リンカーネーターという概念をご存知でしょうか?」


「いえ……ご教授くださりませんか?」


「ええ、転生者リンカーネーターの中には異理の力イミュテーションと呼ばれるスキルとは異なる異能を持つ者が存在し、この異理の力イミュテーションを持つ特殊な転生者リンカーネーター上位転生者ハイ・リンカーネーターと呼びます。ヴァパリア黎明結社の創設者インディーズ=ヴァパリア様や初期メンバーの三幹部の一人のグリフィス=インビィーツト様が上位転生者ハイ・リンカーネーターであったと聞いております」


「…………俺の前でアイツの名前を出すのはやめてくれないか? 反吐が出る」


 新たに会場に現れたのはアルフレートとシャリスだ。


「よっ、俺の大親友からヴァパリア黎明結社に対する宣戦布告を受け取ってきたぜ。まあ、会議で話すから楽しみにしておいてくれ。それと、俺の前で裏切り者グリフィスは禁句だからな。その点、よろしくな、ユェン真仙ヂェンシィェン


主人あるじ様、そんなに嬉しそうに言うのは不謹慎だと思います」


 ヴァパリア黎明結社に面と向かって宣戦布告をするというヴァパリア黎明結社からしてみれば予想外で異常な事態をさも嬉しそうに語る主人にシャリスはジト目を向ける。


「失礼ながら、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「そうだな。俺達だけ知っていてユェン真仙ヂェンシィェンが知らないってのは不公平だからな。初めまして、元裏商人ギルド会議首魁のアルフレート=カーンだ。それで、こっちの美人さんが秘書のシャリス=マーガレットさん」


主人あるじ様の奴隷のシャリスと申します。ヴァパリア黎明結社では準賢者を務めています。主人あるじ様のおまけで七賢会議に参加させて頂いております」


「…………確か、裏商人ギルド会議は国家同盟に壊滅させられたのでしたね。その中枢を叩いたのは能因草子だと聞いておりますが……まさか」


 目を見開いたユェンとナイアーラトテップにアルフレートは満面の笑みでサムズアップ。


「そう、草子は俺の大親友さ。本人公認だぜ!」


主人あるじ様は勝手に友人判定をすることはありますが、本人から認められることはほとんどありませんからね。その点、能因草子は私が嫉妬心を覚えるくらい主人あるじ様の気持ちを理解でき、商売の面でも死闘を繰り広げる最高の商売敵…………個人的にもし、主人あるじ様が好きになっていなければあの方に興味を持ったかもしれないと思います。能因草子は、私の主人あるじ様と主人あるじ様の私に対する想いを理解した上で、私達にとって最良の選択を選んでくださいましたから」


 ユェンにとって、能因草子は自分の存在を脅かす悪魔のような存在だが、アルフレートとシャリスは能因草子を肯定的に捉えているらしい。


「草子はシャリスさんらには手を出さないと約束してくれた。来たる戦いで俺は大切な人の忘れ形見を守るためにアイツと戦うつもりでいる。安心してくれ、俺は最後までヴァパリア黎明結社のために戦うさ。嗚呼、そうそう。俺が裏商人ギルド会議のアジトで負け掛けていたシャリスさんの前に王子様のように颯爽と現れたんだけどさ」


「…………主人あるじ様、その話は今しなくてもいいのでは。確かに、あの時は物語のお姫様になったみたいで年甲斐もなく乙女のようにときめいてしまいましたが」


「……いや、乙女だろ? 十三歳だし」


「女の子の年を軽々しく口にするのはデリカシーがないと思いますよ、主人あるじ様」


 プクッと頬を膨らませるシャリスをアルフレートは撫でた。

 蕩けた表情を浮かべながら猫のように可愛らしく微笑む。


「楽しい時間をお過ごしなところ申し訳ございませんが、話を続けて頂けないでしょうか?」


「それもそうだな。ナイアーラトテップさん、アンタに関わる話だ。……確か、相沢秀吉だったか? ナイアーラトテップさんの一部を持っていてずっと探していたんだろ? 会ったぞ、そいつに。能因草子のクラスメイトなんだそうだ」


「相沢を見つけたのですか!?」


 驚きの表情を浮かべるナイアーラトテップ。

 ずっと求めていた自身の一部を持つ存在――その手掛かりが得られたのが余程嬉しかったのだろう。

 そもそもナイアーラトテップは相沢に総力を注ごうと考えて七賢会議に許可を求めたが却下され続けてきた。もし、ナイアーラトテップが総力を挙げて捜索すれば簡単に見つかっただろう。だが、ヴァパリア黎明結社に所属している以上、組織の意向に従わなくてはならない。


 求めていた重要な情報の一部を掴みながら、捜索ができなかったナイアーラトテップ。

 しかし、相手が能因草子のクラスメイトで共に行動しているのならいずれ相対する時が来る。待っていれば必ず向こうからやってくるのだ――ヴァパリア黎明結社を倒すために。


「それが、な。その相沢秀吉なんだが、例の称号を持っていなかった。ちゃんとステータスを確認したんだぜ。代わりに【混沌之外神】ってスキルを持っていたんだ。で、ここからは俺の想像だが、【這いよる混沌】は能因草子が持っているんじゃないのか?」


「……また、能因草子ですか?」


 ユェンにとっての能因草子は、自分の生を脅かす存在。

 アルフレートにとっての能因草子は、親友と呼べるほど親密な存在。

 そして、ナイアーラトテップにとっては自身の一部を持つかもしれない存在。


「能因草子、ヴァパリア黎明結社と縁深い存在のようですね」


「どうやらそのようですわね。……私の愛弟子ブルーメモリアを殺し、情報思念体フリズスキャールヴの端末――マスコットを匿う男。私にとっても許し難い相手だわ」


 白と桃色を基調としたドレスに、桃髪のロングヘアをツーサイドアップにした金色の瞳を持つ女神の如き存在がいつの間にか半透明の桃色の翼を折り畳み、椅子に座っていた。


「初めまして、仙人さん。私は紅麗亜紫苑、魔法少女をやっているわ」


「開闢の魔法少女クレアシオン様は『魔法少女を生み出す元凶を滅ぼし、全ての時間軸の魔法少女を救いたい』という願いで超因果的存在となった一姫当神の魔法少女でございます」


 クレアシオンの言葉をナイアーラトテップが補足する。


「アルフレートさん、能因草子の今後の動向について今回の会議で報告があるのよね?」


「ああ、能因草子から近々最終戦争ラグナロクを起こすって話を聞いてな。まあ、正式な宣戦布告は草子がYGGDRASILLを手に入れてからってことになるみたいだが……」


「ヴァパリア黎明結社や超帝国マハーシュバラがあれだけ探して見つからなかったものを一年も経ずに確実に手に入れると言えるところまで進めるなんて……なんだか、バカにされているみたいね」


 芳山はヴァパリア黎明結社の中でもゼドゥーを凌駕するほどの強い気持ちを抱いてYGGDRASILLの捜索に取り組んでいた。


 全ては未来からやってきた愛する人に再会するために。例え離れ離れになることを受け入れなければならなくても、芳山は愛する人の力になりたかった。

 愛する人がいる地球に帰還するためにはYGGDRASILLが必要不可欠だ。少なくとも、芳山はそう考えていた。


 芳山はできる限りYGGDRASILLの捜索を行った。それでも見つからなかったものがたった一人の男によって呆気なく見つかろうとしている。

 ナイアーラトテップの【這いよる混沌】も能因草子が握っている。


 欲しいものを全て手元に集め、「さあ、俺を倒して全てを手に入れてみろ」と言わんばかりの能因草子に、芳山は怒りを募らせる。


「まあ、草子も別に努力をしていない訳じゃないんだろうけどな。……確かにアイツは俺でも想像できないような方法を編み出し、予想もつかないほどの短時間で目的を達成している。でもな、そこには目に見えない努力と、溜め込まれた知識、大胆な発想、そういう色々な見えないものが、土壌があるんだよ。確かに運もいいけどな、いく先々でヴァパリア黎明結社と関わるとか……これは運が良いと言えるのかどうかは分からないけど。……アイツが求めているのは、芳山さん、貴女と同じだ。もしかしたら、アイツなら芳山さんの願いを叶えられるかもな。本当にYGGDRASILLの中に帰還方法が載っているかどうかも分からないし、案外確実なのはアイツに頼ることかもしれないな」


「…………私は、そんな得体の知れない男に委ねたくはない。私はこれまで心血を注いでYGGDRASILLを探してきたんだ。それを、ポッと出の変な奴に先を越され、その人に懇願して地球に帰してもらうなんて、そんなの、私のプライドが許さないわ」


 怒りの篭った冷たい双眸を向ける芳山に、アルフレートは「これはやってしまった」と思った。

 もし、芳山が本気で願えば草子は力を貸してくれるだろう。草子は冷徹非道な悪魔ではない……皮肉屋で勘違いされやすいが、或いは勘違いされるように振舞っているが、その実態は優しい心を持つ少年だ。


 だが、芳山本人が望まなければ、草子は力を貸さない。草子立ちはだかる存在に対しては老若男女問わず容赦をしない。真の男女平等主義者と言える存在だ。

 アルフレートは、「芳山が折れて草子に助力を願う」か「草子がお節介を働くか」の二択に賭けた。そのどちらかでもなければ、芳山が草子に敗れて消滅するという未来が必ずやってくる。

 ゼドゥー以外では攻略不能とさえ思われていたアリスほどの猛者を破った猛者だ。芳山相手に負けるとは思えない。



 最後の七賢者、ノストラダムス=アワリティアが会議室に集まり、全ての七賢者が集結した。

 最後の一人、いや一柱は肌を含め全てが黒い男だ。終わりきったものの残滓――終焉残滓オメガマターと呼ばれる物質で構成されている彼は当然人間ではない。

 宇宙の彼方からやってきた七体の堕ちた創造神の一体で強欲を司る存在であり、終わり切った存在のため【即死】も通用しなければ、物理攻撃は勿論のこと魔法攻撃やエネルギー攻撃も通用しない。


 ノストラダムスが姿を現した直後、会場に最後の一人が姿を現した。


 男の名は、ゼドゥー=ヴァパリア――ヴァパリア黎明結社の首魁である。


「さて、全員揃ったことだし、七賢会議を始めようか?」


 ――そして、ヴァパリア黎明結社史上、最も大きな意味を持つ会議が幕を開けた。

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