魔王城にて⑨-かくして、人間と魔族は新たな一歩を踏み出した-

 異世界生活百五十日目 場所ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国、魔王都市ジュドヴァ、新魔王城


 昨日はあれから色々あった。

 エンリ達がデータをコピーし終えてから異世界ガイアに移動し、異世界ガイアの人間側のトップになったフェアボーテネ教枢機卿兼クローヌ王国新国王のヱンジュと魔人族の新トップのジュナイドム=レオニッシュ、自由組合冒険者ギルドの新総帥グランドマスターとなったジョセフ=ドゥに声を掛けて異世界ガイアに来てもらい、俺の屋敷でお茶を出して寛いでもらっている間にエリシェラ学園に移動してセリスティア学園長兼国家同盟議長にジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国と異世界ガイアのクローヌ王国と魔人族の国家同盟参加を報告と議会の招集を依頼(明日に魔王城で開くことがトントン拍子で決まってしまった)、魔王都市ジュドヴァの北西部にポータルの設置……いや、忙しかった。


 そして、当日――俺達は議会の場となる新魔王城のホールに来ていた。


「では、草子殿。司会進行を頼む」


「……いや、セリスティア議長。俺は相談役で貴女は議長。どう考えても議長が司会進行を務めるべきだよね!?」


 しかし、俺が正論を言っている筈なのにフロアからはセリスティアの意見に追い風が……お前ら絶対おかしいぞ!?


「では、議長に替わり僭越ながら相談役の俺が司会進行を務めさせて頂きたいと思います。まずはレジュメ一ページ目をご覧ください。こちらに議会の出席者の一覧が載っております。今回は新たに所属が決まった組織・国家の代表者のみの名前を呼ばせて頂きますので、残りの方についてはレジュメをご覧ください。まず、ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国魔王のエルヴァダロット・ダル=ノーヴェ様、続いて異世界ガイアのフェアボーテネ教枢機卿兼クローヌ王国新国王の七曜ヱンジュ様、自由組合冒険者ギルドの新総帥グランドマスタージョセフ=ドゥ様です。ジョセフ様はこちらの冒険者ギルドとの交渉もあるそうですが、そちらは別件なので後ほど」


「……しかし、魔王領だけではなく異世界とも交流を持つとは。流石は顔の広さには定評のある草子殿だな」


「いや、旅をしていたら普通に異世界にも行きますよね?」


「「「「「「「「「「「「「行かないよ!!」」」」」」」」」」」」」


 行かないそうだ……いや、俺は途中で異世界に行かないといけない事態に直面したけど?


「幾つが議題がありますが……えっと、まずはポータルの設置? あっ、国家同盟加盟国の主要都市にポータルを設置する案件と、それに伴う奴隷商人の一斉摘発と討伐の案件ですか。……確か冒険者ギルドと各国の軍隊が参加してやるんですよね。大変そうですね」


「いや、他人事ではないだろう? 草子殿達も参加するのだからな」


 いや、ヴァイサル様? なんで拒否権がないのか……あっ、俺が平民だからか。貴族が下々の者に命令するのは当然だよね?


「……草子殿、何か勘違いしているようだが、我々国家同盟に草子殿に命令する権利はない。そんなことをすれば加盟国の全滅すらあり得るからな。ただ、草子殿達が参加しなければ奴隷商人の一斉摘発は無理だろう」


「まあ、白崎さん達の力は必要不可欠ですよね? 俺は白崎さん達の添え物として露払いくらいにはなりますよ」


 ……おいおい、なんで全員で大悪魔なのが見え見えの奴が村人をやっているような奴を見た感じの目を向けてくるんだよ? 俺はモブキャラ、正真正銘の小市民なのだよ!!


「それと、研究機関と教育機関に関してですが、それについては元魔王軍幹部のヴァルルス様が興味を持っておられるのでセリスティア議長とお二人が中心となって進めてください。一介の教師に過ぎない俺には全く関わりのない話なのでこれでおしまい」


「……関わってもらえたら心強いのだが、まあ草子殿に頼ってばっかりでもいけないしな」


 納得理由がおかしい気がするが、まあ納得してもらえたのならそれで充分だろう。


「他の大きな議題はありませんので、以上で司会進行を……」


「ちょっと待ってください。……草子様、今回の件の黒幕・・について教えてください。……今回の件は僕の堕天騎士にも関わりがあったのですよね?」


 ユーゼフは連中に被害者な訳だし、真実を知る権利がある。

 まあ、話さない訳にはいかないよな。


「まず、今回の黒幕はヴァパリア黎明結社開発部門の新部門長で魔王軍四天王六条夜華こと橋姫紅葉と、新副部門長の魔法少女ブルーメモリアことユークリッド=フォゲタルです。橋姫紅葉は地球に近いものの異世界といっても過言ではない世界出身で、この世界の六条夜華という鬼娘と魂を交換――その後、なんらかのアクシデントで元の体に戻れなくなったと思われますが、こちらはあまり関係ないので割愛しますね。今回の一連の魔法少女騒動の原因はヴァパリア黎明結社七賢者――開闢の魔法少女クレアシオンの弟子を自称するユークリッドによる異世界の魔法少女の召喚と、その技術の進化の過程の処理だったと思われます。まず、ユーゼフ様に渡ったソウルハゥトはかなり初期に近い失敗作だった可能性が高いですね。シャルミット様は魔法少女のカオス産第一世代で、その後ホムンクルスを元にした第二世代、第三世代がいました。まあ全部俺の血肉になりましたが。また、開発部門はサウロンというフリーランスの魔族によるオログ=ハイのミンティス教国侵攻の黒幕であり、オログ=ハイが倒された後にサウロンを拉致し、悪堕ち魔法少女の理論を応用した《惡の種子ヘレティック・シード》の実験に行方不明となっていたアズール勇者パーティと共に素体にされました。結果、《災神級ディザスト・ゴッデス》クラスの強大な《魂化者スピリタス・メタフィジカル》が誕生しましたが、それでもブルーメモリア達の求めるものからは遠く離れていたようです。魔王城を半壊させた一戦で六条夜華は消滅、ブルーメモリアには逃げられました。その際、《惡の種子ヘレティック・シード》の真の目的である解脱も完了してしまい、クレアシオンに匹敵する超因果魔法少女となってしまっています」


「……それは、一番逃がしてはいけない人を逃してしまったようですね」


「まあ、仙人は逃げやすいみたいですからね。ユェンにも逃げられましたし……というか、あれは逃げてもらって良かったのか。また、ブルーメモリアは命よりも大切な橋姫紅葉を失いましたし、大きなダメージは与えられたかと。相手も解脱に至った訳ですし、もう魔法少女を量産する必要は無くなったと思われます。一応、目的は達せられたということでいいでしょうか?」


「とりあえず危機は去ったということですね。……草子様、仇をとってくれて本当にありがとうございます」


「まあ、ユーゼフ様をそんな風にしてしまったのは俺ですしブルーメモリアを殺せなかった謝罪をしなければならないのであって、お礼を言われるような立場ではありませんが……まあ、結社として敵対すれば今度こそ確実に息の根を止めますので」


 ん? なんか会場の温度下がった? というか、なんでみんな震えているんだろう?


「では、奴隷商人討伐の日程が決まったら冒険者ギルドを経由せずに俺か白崎さんか……まあ、誰でもいいのでご連絡ください。まあ、パーティのリーダーは白崎さんなので白崎さんにご連絡なされるのが一番かと」


「どう考えても白崎殿ではなく草子殿がリーダーなのだが……分かった。日程が決まり次第連絡を入れるとしよう」


 残る国は超帝国マハーシュバラ、ただ一箇所。

 目的は超帝国マハーシュバラとの和解と、超皇帝との戦いに勝利すること、そして超帝国マハーシュバラのどこかにあるアッドゥ遺跡の調査。


 それが終われば、いよいよギシュヌムンアブ遺跡の探索とヴァパリア黎明結社との全面戦争……愈々終わりが見えてきたな。

 俺が地球に帰還する日も近そうだ。



【三人称視点】


「くっ……確かに今の僕では敵わないかもしれない。でも、だからって諦める訳にはいかないんだ。僕の、僕の大切な紅葉さんを消滅させたあいつを絶対に殺して……いや、殺すだけじゃダメだ。紅葉さんと同じ目に合わせなければ僕達の無念は晴らせない」


 草子から間一髪のところで逃げ出したブルーメモリアは、空を高速で飛行しながら魔王領を離脱しようとしていた。

 ブルーメモリアにとっては魔王ですらも雑魚扱いだが、今この場で見つかれば草子に情報が渡ってしまうかもしれない。


 あの因果や神すらも超越した本物の化け物を倒すためには準備が必要だ。

 そのための時間を得るためにブルーメモリアは一刻も早くこの国を抜け、ヴァパリア黎明結社の本部を目指す必要があったのである。


こんにちはBonjourお嬢さんMadame


 透き通る男の声が聞こえ、ブルーメモリアは思わずそちらに視線を向けた。

 燕尾服を身に纏った長いアッシュブロンドと紫紺色の瞳が印象的な男だ。ブルーメモリアは周囲を確認し、明らかに男は自分に声を掛けてきたことを確信し、新手かと身構える。


Iln'yapasなくてbesoinもいいd'êtreですよprudent。私は結社の人間です……ただし、元結社のメンバーではありますが」


 元結社……つまり、なんらかの理由でヴァパリア黎明結社と袂を分かったのだろう。

 そんな男が何故ブルーメモリアに声を掛けるのか、その狙いは何なのか?


「警戒しないでという方が無茶だね。君達・・は何者かを僕は知らないのに、君達は明らかに僕の素性を知っている。そんな状況で警戒しないなんてあり得ないだろう?」


これはC'était失礼impoli。私はグリフィス=インビィーツト……ヴァパリア黎明結社の初期メンバー、三幹部の一人で異理の力イミュテーションを持つ上位転生者ハイ・リンカーネーター……蘇生技能者リザレクサーでございます。そして、こちらのご婦人が【魔皇まおう鳴皇なるかみ黎衣れい様。元魔法の国の魔法少女の戦闘サークル《魔皇會》の會長。魔法少女の頂点になったものに与えられる【魔皇まおう】の二つ名を持つ最強の魔法少女の一人で神越者リベリオンに至った戦闘狂でございます。強者を求めて世界を渡る趣味があり、多くの強大な魔法少女を撃破して参りました。今は私の仲間の一人として協力体制を気づいています」


「鳴皇黎衣です。戦闘狂などと言われておりますが、戦う意思がない相手を虐めるような戦いは致しません。ブルーメモリアさんが戦う意思があるのでしたらお相手致しますが」


 黎衣という魔王? 風の破廉恥衣装の魔法少女は、その見た目に反して割と常識人そうだった。

 変身を解いた姿はどこにでもいそうなほんわかしたお姉さんであり、とても戦闘狂には見えない。


「私達の目的はヴァパリア黎明結社を本来あるべき姿に戻すことです。いや、戻すというのは語弊がありますね。本来あるべき姿にすることと言うべきでしょうか? そのためにはヴァパリア黎明結社の二代目首魁――ゼドゥー=ヴァパリアに死んで頂かなくてはありません。私はその役目を能因草子に任せようと考えております……あれはそのまま放っておいても勝手に私達の目的のために動いてくれますからね。まあ、利害の一致でございます。私はゼドゥーの死体が欲しい、能因草子はヴァパリア黎明結社を倒したい……利害が一致しているのならわざわざ目の前に現れて敵対関係を取る必要はありません。盤上に上がるから死の危険が出る……ですが、盤上に立たなければ死ぬことはありませんからね。まあ、これはあくまでも私の目的です。黎衣様は強い者と戦いたいからという理由で利害が一致して行動しています。我々は一つの真黎明希求結社リザレクション・オブ・リュートという組織ですが、その実態はお互いがお互いの願いを叶えるために協力し合う相互組織です。どうでしょう? 我々と貴女は良いパートナーになれると思いますが」


「美味しい話には裏がある……当たり前の話ね。それで、僕に一体何をさせたいのかな?」


「私達が求めるのは貴女の協力です。私達の組織は相互協力組織――そこで、我々が貴女に協力する分、貴女には我々組織のメンバーに協力して頂きたいのです。勿論、私や黎衣様、他のメンバーにも。……私達はヴァパリア黎明結社よりも良い環境を提供すると確約します。どうですか? 一応念のために言っておきますが別に断っても殺すということはありません。ただ、ヴァパリア黎明結社に私達の情報を流さないで頂けるとありがたいですね。処分する手間が省けますので」


 つまり、本気になればいつでもブルーメモリアを殺せるということである。

 ブルーメモリアは少し逡巡し……。


「分かった。……僕、ブルーメモリアは本日をもってヴァパリア黎明結社を抜け、真黎明希求結社リザレクション・オブ・リュートに加わる」


ありがとうございますMerci! それでは参りましょうか?」


 この日、ブルーメモリアはヴァパリア黎明結社を抜け、真黎明希求結社リザレクション・オブ・リュートに加わった。

 ヴァパリア黎明結社は発見された死体からブルーメモリアは死亡したと判断し、七賢者に新たな部門長を選定するように命令が下った。


 一方、ブルーメモリアから「フリズスキャールヴ産の魔法少女とマスコットがいる」を部下からの連絡で知ったクレアシオンは、異世界から帰還し、七賢者の会議で討伐許可を求めたが、ナイアーラトテップの時と同様に七賢者本人の能因草子との接触許可は降りなかった。


 ヴァパリア黎明結社首魁――ゼドゥーはこれまで一度たりとも直接草子と敵対したことはない。

 ゼドゥーにとって、能因草子はかつてのインフィニットと同じく取るに足らない相手――カオスを形成する一要因程度としか捉えられていなかった。

 その程度の相手のために、わざわざ七賢者が闇の世界から姿を現す必要はない。


 これまで草子と相対した部門長は全て彼ら自身の独断で動いただけなのであって、ヴァパリア黎明結社本部は無関係なのである。


 そもそも、今のヴァパリア黎明結社の注意は能因草子にも、【這いよる混沌】の称号を持つ似非天才にも、フリズスキャールヴ産の魔法少女にも向けられていなかった。


 超帝国マハーシュバラ――超皇帝と大将軍だけでなく、幹部全員が超越者デスペラードに至った表側最強の国家。

 ヴァパリア黎明結社はこの最悪の敵を倒すために最大戦力を送り込むことを決めた。


 ヴァパリア黎明結社人事部門新部門長――アルブレヒト=リレフクタ。


 ヴァパリア黎明結社監査部門部門長――畑山はたけやま愛梨子まりこ


 ヴァパリア黎明結社暗殺部門新部門長――ナジーム=ラームル。


 ヴァパリア黎明結社召喚部門新部門長――死霊術師ネクロマンサーの有馬英里。


 メンバーのうち三名が新部門長ではあるが、代替わり後成果を挙げている三名だ。

 しかし……。


「本当にこの人達に任せていいんでしょうか?」


 道服を身に纏って目を細めて拱手をする男――ユェンがふと疑問を口にした。


「不服かな? あたしもだよ。……なんかね、いくらなんでも舐めすぎじゃないかって。常に最悪の事態を想像して動かないといけないことは子供にでも分かることなのにね」


「そうでございますね、師匠」


「ということで、連中が失敗した時のためにあたしも動くことにするよ。まあ、尻ぬぐいというやつだね。最悪の場合はあたしが超帝国マハーシュバラを終わらせる」


 牙を光らせ、青のワンピースに白のエプロンドレスは獰猛な笑みを浮かべる。

 師匠の恐ろしさを知っているユェンは、無言で微笑を湛え続けた。


「それでは、いってらっしゃいませ。師匠」


「うん、行ってくるよ」



 能因草子の登場で停滞したカオスの時間が動き出し、世界は新たな時代に突入しつつあった。


 能因草子が最後の地――超帝国マハーシュバラに向かうことがいよいよ現実味を帯びてくる中、超帝国マハーシュバラを終わらせる七賢者の足音が少しずつ近づいていく。

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