どこの馬の骨かも分からないモブキャラにレベル四の情報閲覧権限を与えるっていくらなんでもおかしいんじゃないのかな?

 異世界生活百三十一日目 場所ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国、魔王領バチカル


 状況説明会の後、俺とジューリアは謎の食事会に参加させられてしまった。

 いや、料理は美味しかったよ。美味しかったんだけどさ……俺って魔王討伐のためにこの国に来た敵であって、歓迎される立場にあるとは思えないんだけど。


 挙げ句の果てに城内に俺とジューリア用に部屋まで用意されてしまって……いや、だから俺は魔王を討伐しに来た(ry


 何故、そこまで待遇が良かったのかは翌朝明らかになった。


「草子様、私達に戦い方をご教授頂けないでしょうか?」


 出た。最早定番、有無を言わさない弟子入り希望!! いや、俺ってただのモブキャラだからね! お前ら戦いのプロみたいな魔王軍が教えを乞うとか意味が分からないんだけど。


「あのさ。お前らって魔王軍だろ?」


「草子様は、私達が魔王軍だから戦い方を教えたくないと、そう言いたいのですか?」


「いや、そうじゃなくてだな。お前らは魔王軍――つまり、一国ではないにしろ、この魔王領バチカルを守護する最強の兵隊――戦いのプロってことだろ? それが、ぽっと出のモブキャラに教えを乞うだと? お前らにはプライドってものはないのか?」


「……と言われましても。草子様は規格外の意味不明ですし、恥も何もありませんが」


 魔王領バチカルの警備の全権を委任されている騎士団長のシュトライドフ=ノアルに真顔でそう言われてしまった。

 まあ、そこまで言うなら仕方ないか。


「ここの居る数は多過ぎるから、ポテムの村のキールって村人ほどの強化は難しいけど、それでもいいかな?」


「あの……草子様は、ここに来る前にも魔族に戦い方を教えられたのですか?」


「まあ、頼まれたからね。求められたのは大切な妹を《深淵の大罪アビス・シン》のような理不尽から守るための力。それに対して、俺が提案したのはこの世界で勇者と呼ばれる者の力と古代文明の負の遺産のうちの二つを小型化した兵器……俺の目算だけど、今のキールなら魔王領バチカルにいる戦闘経験者全員を相手取って勝利できるんじゃないかな?」


 あれ? シュトライドフ達、固まっている!? いや、俺の教え子が何故か俺より遥かに強くなって伝説級になるのはいつものことだから!!


「……あの、そのキールという村人を勇者にしたということですか? 勇者とは私達魔族にとっては仇敵……ミント正教会としても敵対する魔族に勇者の力を授けるのは嫌でしょうし、魔族としても敵の力を自分のものにするというのは嫌だと思うのですが」


 えっ、そうなの!? 俺とか敵の力を使えるようになるって燃える展開だなって思うんだけど……萌えるじゃないよ!!


「そういえば、キールさんも抵抗を示してたっけ? でも、最終的には覚悟を決めたよ。別に勇者になったからって魔王と戦わなければならない訳じゃない。その力を大切な妹を守るために使っても別にいいじゃないか。それに、勇者になるための〝勇者ノ義〟の方法も書物を元に独学で調べ上げたからミント正教会も文句は言えないだろうし。それに、これでもミント正教会の元教皇ポープとは友達だし、能因草子じゃなくてカタリナ=ラファエルとしてならミント正教会内にも多少の影響力はある。……あっ、でも流石にこの場にいる全員に勇者の力を与えるってのはしないよ! もし、この場にいる者達が力をつけたらその力を使って人間達と戦争を始めるかもしれない。人間側にも俺と深く関わりのある人達がいるから、そのような戦いが起こるのは嫌だからね。それに、魔族の軍だけにとんでもない力を持たせるってのは不公平だろう? まあ、そりゃ人間に対して思うことがあるかもしれないけどさ。それもお互い様だしさ、せめて仲直りはしなくても互いに不干渉を貫いてもらいたい訳だよ。無駄な血を流さない方がいいだろうしさ。……まあ、ミント正教会の方は、今俺の用意した大量の仕事に追われて勇者を送り出すどころではないと思うけど、一応正教会にこの国への勇者投入をやめてもらうように依頼しておくか」


 うん、お前ってなんだっていう風に見られているけど、ただの顔が少し広いだけのモブキャラですとしか言えないな。


「とりあえず、普段の訓練の姿を見せてくれないかな? 話はそれからということで」



 白崎達は異世界に来たばかりで戦い方を知らなかった。

 イオン達奴隷も抵抗力がないから奴隷落ちした訳で、戦闘の心得があるものはいなかった。

 キールもただの村人で、戦闘に関してはからっきしだった。


 俺にできるのは基礎を教えることと、武器を作ることくらい。

 魔法の適性を上げることはできないし、スキルを与えることもできないからね。


 で、シュトライドフ達の訓練を見させてもらったんだけど、何も教えることは無かった。

 というか、この人達が求めているのは圧倒的な力を持つ者を相手に勝利できる方法だから、基準が少し……というか相当おかしいんだよね。


「結論。レベルを上げて物理で殴れ! 基礎できてるし、魔法も使いこなせているし、後は本当に沢山魔獣を倒して強くなるしかない。……となると、改善の余地は武器だけか」


 魔王軍所属の魔族に与えられるのは、オリハルコン製の武器らしい。

 そういえば、ゴブリンディザスターもオリハルコン製の武器を持っていたっけ? 魔獣の武器システムについてはよく分からないけど、この辺りにオリハルコンが潤沢に存在するのは間違いないだろう。


 ……しかし、オリハルコンとミスリルの合金――オレイミスリルはこのオリハルコンの強度を凌駕する。

 それはもう、オリハルコンとミスリルの強度の足し算ではなく、掛け算だと思うくらいの硬さだ。


「武器……ですか? この魔王領バチカルには六人いる魔剣を打てる職人のうちの一人がいるのですが、よろしければお呼びしましょうか?」


 何? 魔剣だと!? ……もしかして、その人から教われば魔剣も作れるようになるのか?


「はい、お願いします」



「……初めまして、能因草子と申します」


「儂の娘シャルミットを救ってくれたのはお前さんか。……本当にありがとう」


 このジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国で六本の指に入る鍛治士、ブラックスミス=シャーヌフはなんとシャルミットの父親だった。


「いや、お礼を言われるようなことは何も。シャルミットさんの記憶を完全に取り戻すことはできませんでしたし……」


「それでも、娘が帰ってきたというのは嬉しいことだ。……お前さんの力が無ければ無理だったよ。……儂にできることならば何なりと協力させてくれ」


「では、お言葉に甘えて。魔剣の打ち方を教えてくださいませんか?」


 魔剣とは聖剣と対になる武器のことだ。この魔剣を持つ魔王は魔王固有技と呼ばれる勇者固有技と対になる超越技の残滓ロスト・トランセンデンタルを使用可能になる。


 この力を使える武器の中で老害タブレットにあったのは、魔剣レーヴァテイン、魔剣グラム、魔剣フリークダイアモンド……まあ、魔剣フリークダイアモンドは多分自分も半分死ぬからそんなに使い勝手はよくないと思うけど。


「……流石にそれは無理だな。魔剣とは魔族に伝わる特別な技術。……お前達人間も聖剣の製法は教えられないだろう?」


「いや、別にそれくらいのことなら教えるけど? 別に企業秘密って訳でもないだろうし、俺もドワーフの職人からオレイミスリルの製造法と引き換えに貰ったものだから誰かに教えるのも俺の自由だろうし」


「……えっ?」


「えっ?」


 いや、聖剣の作り方ぐらい教えるけど? そんなにいいものでもないし。


「それじゃあ、俺は聖剣の作り方とオレイミスリルってオリハルコンとミスリルの合金の作り方を教える。その代わりにブラックスミスには魔剣の作り方を教えてもらいたいんだけど」


「ああ、それならいいだろう。……こちらの方が得をしている気がするが、お前さんは本当にそれでいいのか?」


 いや、教えて困ることでもないし。それに、聖剣があっても勇者固有技が無ければただの聖なるよく切れる剣だからな……抜いていると微ダメージを受けないだけまだマシか。


 聖剣は魔晄石によって作られる。それと同じように魔剣は渾沌石という希少な石を基にして作るようだ。

 この石はミスリルやオリハルコンほど希少ではないが、加工が非常に難しいようだ……えっ? 【利己主義的な創造主】で一瞬ですが??


「……そんな、儂が何十年もの歳月を掛けてようやく完成させた魔剣作りの技……それを一瞬で」


「まあ、ズルしてますんで。【利己主義的な創造主エゴイスティック・クリエイター】っていう意味不明なスキルのおかげで楽させてもらってます。……素材があれば思い通りになんでも作れますので……実際に何十年も費やし、技を体得したブラックスミスさんには敵いませんよ」


 スキル無力化されたら俺ってほとんど何もできなくなるしね。ってことで、最近はスキルアシスト無しにできるように反復練習でやり方を体に刻みつけているんだけど、なかなか上手くいかないんだよね。


 ブラックスミスさんから渾沌石を貰い、代わりに魔晄石をいくつか渡した。……まあ、物々交換ってことだね。


「それじゃあ、一気に行きますか! 【利己主義的な創造主エゴイスティック・クリエイター】!!」


 素材はオレイミスリルと、伝説ファンタズマル・イメージシリーズや神聖双大剣アーティキュルス・エーアストを混ぜて作り出した神聖金属の鋳塊インゴット死霊騎士デスナイトシリーズを溶かして作り出した死霊金属の鋳塊インゴット

 これを混ぜて、剣や槍などの形にして完成!


「……とりあえず剣二万本、刀二万本、槍二万本……完成っと」


 ブラックスミスも含めてこの場にいる全員が絶句しているが特に気にしない。

 シュトライドフに武器を渡し、仕事を終えた俺は部屋に戻った。……いつまでここにいればいいんだろうか?



「草子様、何か御用がおありでしょうか?」


 こんな俺に側仕えのメイドとか必要ないと思うんだけどな。

 客人には一人ずつつけるみたいだ。


「大量に本がある場所ってどこかにないかな?」


 まあ、折角聞きに来てくれたんだから要望を言っておいた方がいいよね?


「本ですか? ……この国で最も本があるのは魔王領エーイーリーにある魔界中央図書館ですね。この魔王領バチカルにも小さな図書館がありますが……」


 【叡慧ヲ窮メシ者】を発動して確認……おっ、ここか。


「それと、こちらをお持ちください。バチカル立図書館の本をレベル四までなら自由に閲覧することを許可する許可証です」


 ルビーユによると、レベル五は魔族の機密などに関わる重要な書物なので、魔王軍幹部以上でなければ閲覧できないようだ。

 レベル四は、魔王領バチカルでもヘズティスの側近クラスの文官の閲覧レベルらしい……うん、意味分かんないな。機密保持する気ないだろう?


 ここに来た時は敵意の視線を浴びせられたが、今日は特に害意を持った視線を向けられることは無かった……あえて表現するなら普通? いや、一部の者達からは好奇の視線を向けられているけど。


「おっ、人間の兄ちゃんじゃないか? 散歩でもしているのか? 予定がないならウチの商品を見ていかないか?」


 バチカル立図書館に向かう途中、商人っぽい見た目のおっさんに声を掛けられた。

 ……うん、なんか最近商人と関わりを持つことが多いんだけど、俺って変なものを売りつけやすそうに見えるのかな?


 連れていかれた先は煉瓦造りの大きな店……もしかして……。


「自己紹介がまだだったけど、俺はザナッシュ=ヒューリゼス。ヒューリゼス商会っていう商会のトップをやっている。……まあ、そんなに凄くは見えないだろし、実際に凄くないんだけどな」


 確か、ヒューリゼス商会は魔王領バチカルで最有力の商会だってルビーユが言っていたっけ?


「はじめまして、ただの能因草子です。こっちだと人間だから珍しいかもしれませんが、実際に何の取り柄もありませんので」


「謙遜するなよ。この地の領主――ヘズティス様に勝ったほどの実力者なんだろう? ……それに、ヘズティス様ですら勝てない強敵を倒したっていうじゃないか」


 魔法少女マルミットのことか……まあ、確かに勝ったけどさ。


「俺は強い奴が好きだからな。お安くしとくぜ」


 と言って、薄利多売で売りつけるつもりか。

 恩を着せつつ利益はちゃっかり出す……商人って生き物は人間でも魔族でもそんなに変わらないな。怖や怖や。


「ちなみに、武器とか防具とかには困ってないか? お安くしておくよ」


「あっ、足りているんで大丈夫です。さっきも大量に作って置いてきましたし。素材の方も大丈夫です」


「……置いてきたって、まさか魔王軍に無償で提供したのか。……こりゃ、とんでもないお方に声を掛けてしまったな。危うく鍛冶屋に剣を売るような愚かなことをしそうになった。いや、実際にそうなんだが」


 釈迦に説法……みたいな諺か。まんまこの状況だな。……俺は鍛冶屋じゃないけど。


「なら、魔法書とかはどうだ? 魔族って言えばやっぱり魔法に秀でていることだし、人間よりも多くの魔法を使えると思うんだが」


「いや、大丈夫です。魔法はオリジナルのものを量産できますし……【時空魔法】の魔法書とかはないですよね?」


「これあかん奴やん。何か売れると思ったら、向こうの方が何枚も上手だったって……というか、オリジナルで魔法を生み出せるっておかしくないか!!」


 なんか今更感パナイ突っ込みだな。まあ、ここまで強敵と渡り合って来られた要因の一つは【魔術文化学概論】だし、このスキルには感謝しても仕切れないんだけどさ。


「なら、純黒馬ダークホースの馬車とかはどうだ? 魔獣だがきっちりと調教されているから心配はないぞ」


「いや、基本徒歩と【瞬間移動】と【空間魔法】で旅は十分できますので……というか、馬車に乗っていたらすぐに戦えないし」


「今時徒歩で旅ってやるなぁ……って【瞬間移動】と【空間魔法】!? それ、反則じゃん!!」


 魔法とスキル持ちの特権であって、別に反則でもなんでもないと思うのだが。


「それなら、ちょっとお高いけど魔王領バチカルに家とか」


「人間の支配領域に不可侵領域を貰ってそこに屋敷を持っているし、そこに【空間魔法】を使って移動すればいいんで、別にいらないかな」


「……最早意味分からん。なんなの、人間ってみんなそうなの!! いや、よくここまで魔族耐えられたな!! こんなんばっかなら一瞬で終わってるぞ、この国!!」


「まあ、多分俺みたいな奴はそんなにいない……と思うよ。モブキャラとはいえバグっているからね。……ちょっと貴族達の通う学園で先生をやる機会があって、その時に頼んだらその土地だけ割譲してくれたんだよね」


 あれ? なんで震えているの? いや、別にこれくらいのこと誰にでもできるでしょ? モブキャラな俺にだってできたんだから、俺と同じ立場だったらみんなできていたさ。


「……ということは、ウチの店には興味のある品物はないのか」


「いや、具体的にはすぐそこにあるんだけど。……寧ろ、なんで素通りするのか気になったぐらいだよ」


「食料品……ですか?」


 ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国にはこの国にしか存在しない食べ物がある。

 人間からしてみれば、この食べ物は非常に興味深いものだ。そして、それは人間側と似通った食料品に触れた経験のある地球人にも共通する。

 まあ、要するに金を持っている転移者トラベラー転生者リンカーネーターに売りつけたら利益を乗せても興味が上回って買ってもらえるだろうなって話だ。

 まあ、俺はそういうビジネスはしないけどさ。


 とりあえず店の中を歩いてみる。見たことのない食材は結構良心的な価格だった。

 家庭料理に使うのだろうか? ……まあ、高かったら買えないよな。


 店内の一角には実際に試飲や試食ができるコーナーもあった。

 おっ、コーヒーと紅茶の試飲がある! よし、飲んでみよう。


「あの、コーヒーと紅茶を一つずつ頂けますか?」


「クーフェとテネグロね。お口に合うかしら?」


 なるほど……こっちではコーヒーをクーフェ、紅茶をテネグロっていうのか。

 クーフェは、coffeeの別読み。テネグロは、スペイン語で紅茶を示すté negroかな?


 おっ、美味い。……あんまり飲んだことがない味だな。

 クーフェは後口がほとんど残らず溶けて無くなるような感じだ。こっち来てから飲んだコーヒーは若干後味が残るものだったから、少し新鮮な気分だ。

 テネグロも嫌味がない。結構甘めが強いけど、スッーと消えてなくなる。


「とりあえず、このクーフェとテネグロを貰おうかな。後、野菜をいくつか見させてもらうよ。……しかし、これだけ美味しいなら自由諸侯同盟ヴルヴォタットの市場に出しても対抗できるんじゃね?」


 えっ、なんか変なこと言った? 普通に買い物に来た一般市民の魔族達まで絶句して固まっているんだが……というか、そんなところで固まってないでとっとと買い物を終わらせた方がいいんじゃないかな? 時間は有限なんだよ! ほら、一緒に買い物に来た子供達が急かしている……ってあれー。子供達まで固まってる? 誰が時間停止を使ったんだろう……まさか、敵襲? 敵襲だ!? 負けないぞー! ……もしかして、喫茶店に下宿しているシスコンなのだろうか?

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