【一ノ瀬梓視点】勇者パーティを追放された付与術師は今度は自分だけのために力を振るうそうです。

 異世界生活五日目 場所ウィランテ大山脈、フィジリィルの村


【ゼラニウム視点】


 もし、私が一人でツァーリ・クルイーサと戦っていたら、あの時梓さんが助けてくれなかったら、今の私はいないと思う。

 私が出会った中で、ツァーリ・クルイーサはトラウマになるほど恐ろしい敵だった。


 私を救ってくれた梓さんは、明日出発する……してしまう。

 そう考えると、切なくなってくる……胸が締め付けられるように苦しくなる。


 本当は梓さんについていきたい。一緒に旅をしたい。


 でも、私にはフィジリィルの村を守る役目がある。

 誰かが守らなかったら、フィジリィルの村の産業は壊滅する。場合によっては、強力な魔獣に襲われて村が壊滅してしまう。


 誰かがやらないといけない役目だけど、誰もやりたがらないから、だから私がやるって決めた。

 私はこの村のみんなのことが好きだから。


 考えても考えても思考の無限ループが続く。

 本当は私も分かっている。この問題には答えがないって。


 どっちを選んでもきっと後悔する。梓さんと離れ離れになるのは辛いし、もし私がいない間に村が壊滅したらと思うと背筋が凍る。

 どっちかを切り捨てないといけない。だけど、私にはどちらかを選ぶ勇気はない。


 もう時間がないのに……私は一体、どうするべきなんだろう? いいえ……どうしたいんだろう?



 準備は整った。

 今日、ボクはフィジリィルの村を出発する。

 レベル的にも金銭的にも安心してウィランテ大山脈を無事に降りられるようになったからね。


 唯一の心残りはゼラさんのことかな。好みだったから彼女になってくれたらって思ったんだけど、最後までそういう雰囲気にはならなかったなって。

 まあ、同性ってことでまず一つハードルがあるし、実際にゼラさんに「ゼラさんは、ボクの好みにどストライクなんです」って言った訳でもないから、そもそも切っ掛けすらないんだけど。


 ところで、この同性ってのは身体がってだけじゃなくて、心もだよ。えっ、言ってなかったって?

 まあ、ずっとはぐらかしてきたからね。ボクは歴としたGDだよ。知っているのは家族と一部の先生だけだけど。

 だけど、恋愛対象は女性だから……うん、自分でもかなりややこしいことになっているのは自覚している。


 えっと……なんの話だったっけ?

 ああ、今日の早朝にフィジリィルの村を出発するってところまで話したっけ? えっ、早朝だってことは言ってなかったって?


 とりあえずフィジリィルの村を出たら、少し降りたところにあるリュフォラの町に一泊して、その後に冒険者ギルドのあるウィランテ大山脈の麓の街――ウィランテ=ミルの街を拠点にしばらく活動しようと思っている。


「さてと、そろそろいきますか」


 ゼラさんが用意しておいてくれた料理を食べて、ゼラさんの家を出る。

 村の外には誰もいなかった……えっ、どういうこと?


 いつもならみんな畑仕事をしたりしているけど、たまたま今日全員寝坊した……ってのはありえないよね。


 本当はみんなにお礼を言ってから出発したかったんだけど、みんながいないなら仕方ないか。


 村の出口に向かって進む。すると、村の外に人集りができていた……えっと、今日って何かある日だったっけ?


「おう、みんな。梓ちゃんが来たぜ!」


 あれは、農家のウィムおじ様だ。隣には羊飼いのティグおじ様もいる!


「……えっと、今日何かあるんですか?」


「何がって……梓ちゃん、そりゃねえぜ。今日は梓ちゃんが出発する日じゃねえか。それでみんなで一緒に送り出そうって話になったんだよ」


 チーズ職人のファドシリェルさんが困った表情を浮かべている……確かに今日はボクが出発する日だよ。でも、まさかみんなで送り出そうってするとは思わなかったよ。


「ちなみに、発案者はゼラだ」


「それは言わない約束でしょ、ファドさん」


「ははは、そうだったっけ?」


 ゼラさんに小突かれてファドシリェルさんは、少し楽しそうだ。

 やっぱり、和気藹々としていていい村だな。


「で、梓ちゃん。この後はどうする予定なんだ?」


「そうですね。ウィランテ=ミルの街を目指す予定でいますが、多分一日では下りられそうにないのでリュフォラの町に一泊する感じで行こうと思います」


「それがええ。無理にウィランテ=ミルの街まで行こうとしてもどのみち野営が必要になるからな。女の子一人で野営は厳しいだろう……と、これは偏見だったな。虫も多いし魔獣も出る。余程の猛者でも野営は最終手段だ……昔冒険者をやっていた爺からの餞別じゃ、参考にしてくれたらありがたい」


「ありがとうございます、スャーラ長老」


 スャーラさんは昔“隻眼のスャーラ”の異名で知られた白金ランクの冒険者だったらしい。

 引退して村に帰った後、村長になったようだ。


 彼の言葉には現場を知っている者特有の重みがある。ボクもこんな風にアドバイスできるようになれるかな?


「では、そろそろいきます」


 ボクはみんなに別れを告げ、フィジリィルの村を出発した。


【ゼラニウム視点】


 梓さんは行ってしまった。

 ……でも、これで良かったんだ。


「さて、ゼラニウム。君もそろそろ出発の時間だ」


「…………えっ、どういうことですか?」


 私は一瞬、スャーラ村長の言葉に頭を殴られたような気がした。

 全く予想外の一言……私は、落ち着いた今でもその言葉の意味を理解できずにいる。


「ゼラニウム、君は今までよく村に尽くしてくれた。子供達の多くが新しい道に進む中、君だけは残った。そのおかげで、私達はどれほど助けられたか……感謝しても仕切れない。若くて優秀な君を見ていると、私達ももっと頑張らなくてはいけないなと思った。……だから、もういいんだ。ゼラニウム、君からは返しきれないくらいの夢と元気をもらった。今度はゼラニウム、君自身が自分のために生きなさい。……やっと一緒をしたいと思える仲間を見つけたんだろう? なら、一緒に行かなくてどうする?」


 ……スャーラ村長には全てお見通しだったんだ。……ううん、違う。本当はみんな私の気持ちを知っていた。

 つまり、これは梓さんを送り出すためじゃない、寧ろ本当の目的は私を送り出すため……そのために集まった者達。


「ゼラニウム、君は私達を軽視している。君がいなければ私達が生きられない? 私だって昔は冒険者として名を馳せていたし、みんなだって多少なりは戦える。全員で力を合わせればゼラニウム、君の穴を埋めるくらいはできるさ。――だから、安心して行ってくれ。このままだと梓さんに追いつけなくなるぞ」


 スャーラ村長は、私がこの村にいなければならない理由を破壊しようとしている。

 「梓さんと旅をしなさい」って、今の気持ちを大切にしなさいって、そう言ってくれている。


「ありがとう、みんな。行ってきます!」


 私はみんなにお礼を言って、梓さんの後を追いかけた。



 出現する魔獣はイェスハウンド、エステンメノスクス、スミロドン……以前は強敵に思えたけど、今は単なる雑魚敵にしか見えない。


 【死纏】の効果である黒い靄を身体全体に纏わせ、【縮地】を使って肉薄し、【無拍子】と【薙ぎ払い】を併用して薙ぎ払う。


 危なげなく魔獣を倒し終えると、再び下山に戻る。


 ……足が辛い。だいぶハイヒールにも慣れたつもりだったけど、やっぱり辛い。

 ヒールがない普通の靴をどこかで買おうかな? フィジリィルの村に靴職人はいなかったけど、リュフォラの町に靴職人はいるかな?


「…………はぁ、はぁ。よくそんな靴でそんなに早く走れるわね」


 ……あれ? ゼラさんだ。もしかして、忘れ物でもしたかな?


「ゼラさん、どうしたの?」


「突然声を掛けてごめんなさい。本当はもっと早く決断しないといけなかったんだけど、今までずっと揺らいでいて……でも、ようやく決心ができたの……私は、梓さんと一緒に旅をしたい、連れて行ってくれないかしら?」


 そりゃ、勿論一緒に旅をしたいよ! ゼラさんはボクの好みだし、魔法使いとしても優秀だし、人となりも知っているし……でも、ゼラさんにはフィジリィルの村を守る役目がある筈。


「フィジリィルの村のみんなに言われちゃったの。私がいなくても村は大丈夫だって。……今回のチャンスを逃したら、多分村を出る理由がなくなる。私が初めて一緒に旅ををしたいと思ったのが梓さんだったから。……もう二度と一緒に旅をしたいって思える人と出会えるか分からないし。……冒険者としての経歴はないけど、魔法の腕では負けていないと思う。どう? 美味しい話だと思うのだけど」


「ゼラさんだったら大歓迎だよ! よろしくお願いします、ゼラさん♪」


 こうして、ボクのパーティにゼラさんが加わった。


【コンスタンス視点】


 ミンティス歴2030年 11月9日 場所ウィランテ=ミルの街、冒険者ギルド


 私、コンスタンス=セーブルはアズール=アージェント率いる勇者パーティに所属している付与術師エンチャンターです。

 付与術師エンチャンターというのは【付与魔法】という味方のステータスを上昇させたり、敵のステータスを下げたり、MPの調整をしたり、とどちらかといえば目立たない職業であるとは、確かに思っていました。


 ですが、私はこの職業に誇りを持っていました。みんなを支援して強くできる力は、まさに私の想いそのものだったのですから。

 私はアズールさん達と一緒に冒険する時間がとても大切なものだったんですから。


 ……だから、アズールさん達からパーティを追放されると知った時、私は鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を受けました……いえ、比喩ですよ。殴られたら流石に死んじゃいますから。


「……コンスタンス、前々から思っていたんだが、君の力は僕らが魔王を倒すために不必要なものだ」


 冒険者ギルドに併設されている酒場で、なんの身構えもない私に、アズールさんは突如解雇通知を告げたのです。

 解雇するなら三十日前には通知を出して欲しいものですが……って言っても意味がありませんよね。というか、なんで三十日なんでしょう? 昔、魔王と戦った勇者パーティに所属していた盗賊が、「解雇は三十日前に申請するか、三十日分の給与を支払うって労働基準法に書いてある! さあ、払って貰おうか!」って言いながら勇者の持ち金全額を奪ったというのが発祥だと言われていますが……あっ、その盗賊はその後大きな商会のトップになったらしいですよ。


付与術師エンチャンターの【付与魔法】が不必要だと言いたいのですか?」


「そうだ! 昔から思っていたが、その魔法はなんだ! 直接的な攻撃力を持たない魔法に何の意味がある!!」


 アズールさんを含め、このパーティのメンバーのほとんどは、ミンティス教国の同じ村の出身です。

 昔から一緒に遊んでいるメンバーで、「一緒に魔王を倒そうぜ!」となってから、努力しているうちにミント正教会から認められ、そのまま正式に勇者パーティになった訳ですが、まさかアズールさんがそんな風に思っていたなんて。


「そうよ、そうよ! アンタみたいな、付与術師エンチャンター、要らないのよ! ねぇ、アズール♡」


 アズールさんに腕を絡めてこれ見よがしに見せつけるのはメイヴィス=オーア。最近パーティに入った治癒師だ。あっ……(察し)。


「まさか、みんなも私を追放しようとは……思ってないよね」


 私はパーティメンバーのナナディア=ギュールズ、リューズ=ヴァート、ジェームズ=アーミンの三人に視線を送るも、全員が揃って目を逸らした。あっ、皆さん買収されたんですね。


「……納得いきません! それならそうと早く行ってくれればいいでしょ! それこそ、いつだって機会があったんですから! なんで、今なんですか!」


「なんでって……」


 メイヴィスさんが甘えながら「あの女、パーティから追放しちゃってよ」とか言ったんでしょ。分かってますよ、なんとなく。

 でも、あの言葉はきっと本心から出たものなんでしょう。


 勇者ブレイヴのアズールさん、武闘家モンクのナナディア君、盗賊シーフのリューズ君、魔法師のジェームズ君……みんなとの旅は本当に楽しかった。


「みんなはどう思っている? コンスタンスを追放するのに反対意見を持つ者はいるか?」


 誰からも反対意見は上がらない。このパーティのリーダーであると同時にルールでもあるアズールさんに逆らえる者など、このパーティにいる訳がない。


「いないようだな、これがパーティの総意だ」


 冷徹な目を向けるアズールさんを見た時、私の中にあった思い出が次々と黒く塗り潰されていく。

 大切な筈の思い出の中のアズールさん達すらも、私を嘲笑っているようだった。


 今まで大好きだった付与術師エンチャンターの力が、その時嫌いになった。



 ミンティス歴2030年 1月3日 場所ウィランテ=ミルの街、冒険者ギルド


「貴女が“貪欲の魔術師ミス・グリーディー”か、お噂はかねがね」


 勇者パーティを追放された後、私は【付与魔法】以外の力を求めた。

 剣士の剣術、槍使いの槍捌き、魔法師の攻撃魔法、治癒師の【回復魔法】――それこそ、職業の枠に囚われずありとあらゆる職業を持つ者に弟子入りし、力を蓄え始めた。


 そして、ついた異名が“貪欲の魔法師ミス・グリーディー”――どこまでも貪欲に力を求める魔法師。


「いえいえ、かの有名な錬成師――シャエズ=ドワーフィゴ殿に比べれば足元にも及ばないただの雑草魔法師です」


 今回、声を掛けたのは希代の天才錬成師と言われるドワーフのシャエズ=ドワーフィゴだ。

 【錬成】と呼ばれるスキルを駆使し、変幻自在の攻撃を仕掛ける。また、武器職人としても有名で、彼の作る武器は一級品として扱われている。


 その実力は、亜人種嫌いで有名なミント正教会が、例外として扱うほどだ。

 信仰で決められていても、為政者の考え一つで変わる……信教というのも案外俗っぽいものなのね。

 まあ、私はミント正教会の熱心な信徒という訳でもないけど。


「……しかし、予想外だった。失礼な話だが、私は今まで貴女を様々な者達に色目を使い、誘惑する悪女のような人だと思っていた。……が、違ったようだな。どんな想いが動かしているのかは分からないが、ただ強くなるために最短距離で突っ走っている。若さというのは確かにいいものだが、あんまり突っ走っていると大切なものを落っことすぞ」


 このシャエズさんは本心から私のことを気遣って声を掛けてくれている。

 その優しさは勿論嬉しいものだ。


 けど、シャエズさん。私にはもう大切なものなんてないんだよ。


「まあ、よい。私は報酬さえ貰えればそれでいいからな」


「勿論、報酬は用意してあります。こちら、前金の金貨二十枚です。教えて貰い次第、残りの八十枚はお支払い致します」


「きっちりしているな。では、始めようか」


 ……私は強くなる。誰の力も借りずに戦えるくらいに。

 あの大うつけな勇者一行よりも強く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る