【榊翠雨視点】転生と再起――魔獣転生と正義の美少女?

 異世界生活十日目? 場所??????


「――とりあえず、まずは事情を説明していただけないでしょうか? 話はそれからです」


 まずは、女神オレガノから事情を聞き出す。それを元に今後のことを考えるのが今の僕の為すべきことだ。

 神の玩具にされる可能性はかなり低そうだが、その代わりに無茶振りをされる可能性が出てきた。

 もし、異世界カオスで転生し第二の人生を得られたとしても、その代償が釣り合わないものであれば考え直す必要が出てくる。


 ≪女神ミントは私にとって姉のような存在でした。普段は冷たく突き放した態度を取るのですが、たまに見せるデレが本当に可愛いんです。そんなお姉ちゃんが大好きで大好きで、それはもう好きすぎて……使用済みのパンティの匂いを嗅ぐのは序のく――≫


「おい、ちょっと待てい! 俺、まだ18歳以上じゃないから、R18禁止!! ……とりあえず、アンタが女神ミントが大好き過ぎる歩く18禁な女神だってことはよく分かったよ」


 ……これが駄女神という奴なのか? 悪質教の女神アク●も大概だったが、こいつに比べたら遥かにまともだ。……というか、アク●さんは普通に可愛いし。

 だが、コイツは駄目だ。色々な意味で駄目だ。コイツが最後まで話したらノクターン送りになっちまう……まあ、これはあくまで現実だから、ノクターン送りは比喩なんだけど。


「変態発言を省いて女神ミントの失踪に関わる話だけしてください」


 ≪え〜! 私の女神ミントへの愛を語りたいのに≫


「やめてください。ファンタジックな愛じゃなくてドロドロの現実的な愛を語られても嬉しくないので」


 ≪……翠雨さんってもしかして子供は卵から生まれてくるみたいなファンタジーなことを信じているのですか? 思春期真っ盛りの男の子なのに、こういう話に耐性がないのですか? あっ、分かりました。思春期だから恥ずかしいんですね≫


「うっせえ! しばくぞ、R18雑草駄女神!!」


 ≪……酷いです。そんなこと一度も言われたことないのに。……あれ、でもなんだろう、この気持ち。寧ろ嬉しい≫


 あっ、しくじった。変態女神は新たな扉マゾの扉を開きかけてしまったようだ。……だけど自覚してはなさそうだな。これ以上刺激しないようにしよう。


 ≪……その日がいつだったかは分かりません。唐突に女神ミントの足元に魔法陣が現れ、淡い光に包まれて消えてしまったのです。その時の魔法陣に描かれていた逆五芒星は、神を召喚する魔法陣特有のものでした≫


 ……神を召喚する召喚魔法? そんなもの、本当に存在するのか?


 ≪疑問に思うのも当然です。神とは通常、人間とは隔絶したとんでもない力を有する存在として語られます。ですが、翠雨様はそんな存在ではないことを理解している筈です≫


「神とはそもそも不死であることと個体によって特殊な力――権能を持っている以外は、人間となんら変わらない……だったか?」


 ≪その通りです。つまり、地上の皆様が思っているほど神殺しというのは難しいことではないのです。……ただ、そもそも神を認識することはこの特殊な空間でない場合、神を見る力――【神格認識】が必要となります。認識できないものは殺せませんが、逆にこれさえあれば後は実力で押し切ってしまえば神殺し達成……という感じです。あっ、私は殺さないでくださいよ。まあ、武器も持たない、アストラル体の翠雨様に私を殺すことはできませんが≫


 試しに【無詠唱魔法】を発動してみようとして失敗した。

 女神オレガノの言葉は正しいらしい……だが。


「MPって、生物の魂を表すのもじゃないってことか?」


 ファンタジー作品の中には、MPを魂や精神、記憶だとしているものがある。

 共●子エンパ●オムがその代表例だと言えるだろう。


 ≪何を言っているのですか? MPは文字通りその人が有する魔力量を指します。……もし、使うたびに記憶が削られていくとしたら、怖くて誰も魔法を使えませんよね? それに、失われた記憶が時間と共に修復していくというのもおかしな話です。HPはその肉体の命、MPはその肉体が有する魔力量を表し、その二つとは別に魂があると考えると言えば分かるでしょうか? つまり、今の翠雨様は肉体を失ったことで、その身体に蓄えられた魔力も失ったことになります。霊体――つまりアストラル体である翠雨様が有する魔力量はゼロ。だから、魔法が発動しないのです≫


 なるほど、そういうことか。

 身体がないから、そこに貯蔵されていた魔力が使えない。魔法を使うために必要なエネルギーがないから当然魔法が発動しない……つまりMP切れで魔法が使えないということか。……ただ、MPはいつまでたっても回復しないけど。

 同様に、身体がないから物理攻撃はできない。


「スキルはどうなんだ?」


 ≪通常は引き継ぎができないように刻み込まれた魂から外すのですが、今回は転生を念頭に置いているので外していません。ただ、物理攻撃に関するスキルは武器も身体もないので実行不可能ですよ≫


 じゃあ、因果干渉系のスキルは通用するんだな。……まあ、別にだからどうしたってことなんだけど。


「話が逸れたな。で、女神ミントの居る場所の目星はついているのか? そして、ついているならそれをどのようにして突き止めたのかを教えてくれ」


 まあ、予想はついている。犯人はミント正教会に所属し、神の啓示を聞いた存在だ。

 恐らく、教皇ポープ枢機卿カーディナルのどちらかだが、俺はマジェルダが犯人なのではないかと考えている。

 だが、それは俺がミンティス教国神殿宮で聞いた神の声と神の声を聞くことができる俺の抹殺を断行できる人物という二つの理由から判断した結果に過ぎない。


 神は神話で語られるようにあらゆる事象を見聞きできるのか? 全知全能ではないこの世界の神にそのような力はないと思う……まあ、女神オレガノがそれに特化した能力を持っていたとしたら、また別だけど。


 ≪……大変でしたよ。通常なら〈全知回路アカシック・レコード〉にアクセスして調べるのですが、何故か鍵が掛かっていてどんだけ頑張ってハッキングしても突破できませんし……仕方なく、知り合いの神の何柱かに手伝っていただき、ようやく犯人がミント正教会であることが判明したのが異世界カオス時間に換算すると一週間前……といっても確証がある訳ではありませんが。私の友人の神は過去の神格召喚が行われた時の波長を観測したのですが、その地点がミント正教会の総本山となれば可能性は十分だと思います≫


 〈全知回路アカシック・レコード〉……確か、元始からのすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶の概念で、アーカーシャあるいはアストラル光に過去のあらゆる出来事の痕跡が永久に刻まれているという考えに基づいているって感じだっけ?

 しかし、異世界カオスの〈全知回路アカシック・レコード〉に神すら突破できないプロテクトを掛けるとか……それって、異世界カオスの〈全知回路アカシック・レコード〉の管理者は神をも超越した存在ってことになるんじゃないのか? いや、神様は僕達の考えるような万能な存在って訳じゃないから、神を超えている人間も案外いたりするのかもしれないけど、ただ同じ土俵に立てないから比較できないって感じなのかな?


 ……というか、神がハッキングって。随分現代的な感じで来たな。もしかして、神界には超高性能なスパコンとかあるのか?


「ああ、それなら問題ない。僕も神の声を聞いたけど、その声は女性だった。しかも、助けを求めていたから囚われているのは間違いない」


 ≪そう……ですか。これで、犯人がミント正教会である可能性は高くなりましたが……結局私にできることはありませんね。神界の規定で神は地上世界に干渉できないのですよ。……神が干渉できるのは、同等の神が関わるような問題だけですし。それに、私如きの力では焼け石に水になるでしょう……女神ミントを助けに行って私まで囚われてしまっては元も子もありませんから。そこで、私は翠雨様に協力を求めたのです。――私が求めるのは、女神ミントの救出、私が差し出せるのは転生の権利……これは翠雨様にとっても渡りに船なのではないでしょうか? 翠雨様の大切なお仲間はミント正教会に囚われている。彼らを救うためには当然ながら転生して身体を手に入れることが必要になります≫


「ようやく話が見えてきました。……しかし、よくありがちなのは転生と引き換えに神の玩具にされてしまうこと。仮に女神ミントの救出に成功しても、その後に人生を滅茶苦茶にされるのは御免被りますからね」


 ≪……あの、何を言っているんですか? まさか、人間を玩具にして殺し合わせるなどと想像しましたか? あのですね、神様も暇じゃないんです。私が管轄している転生は、全て自動で行われますから『ただ見ているだけで楽だよな』ってよく他の神様に冷やかされますが、一体世界で一秒間にどれだけの人が死ぬと思っているのですか? しかも、神界が関与可能な世界の全世界線全ての死者の転生に問題がないかを確認しているのです。人間を玩具にして盤上遊戯ボードゲームに興じる? そんなことやる時間あるなら休暇よこせよ!! 私だって疲れてるんだよ!! ああ、どっかの世界の南の島に女神ミントと一緒にバカンスにいきてえ! そして、豊満な胸を目一杯堪能してえ≫


 ……このセクハラ雑草駄女神、本音を隠さなくなりやがったな。

 と、しまった僕まで口が悪くなってる。


「……まあ、とりあえず僕の方には断る理由がない。僕は照次郎と孝徳を救い出したい、オレガノさんは女神ミントを救出したい。交渉成立だ」


 ≪ありがとうございます≫


 協力者が残念美人な女神様ってのはかなり不安要素だが、条件自体はかなりいいものだ。

 ……僕だってあんなに苦しそうな声を上げている女神ミントを放っておきたいとは思わないし。だから、女神ミントを助けたいというのは僕の願いでもある……結局、僕だけが得してる気がするんだが。


「ところで、転生ってのはどうやるんだ? 理解のできない方法で生き返るってのも怖いからな」


 ≪翠雨様って相当用心深いですよね。だからこそ、真っ先にミント正教会を疑うことができたと思いますが……えっと、転生の方法ですね。それを説明する前に知っておかなければならないことがあります。翠雨様は、魂が一体どのようなものかご存知でしょうか?≫


 これはまた随分オカルティックな話になってきたな。

 大辞●だと①生きものの体の中に宿って、心の働きをつかさどると考えられるもの。古来、肉体を離れても存在し、不滅のものと信じられてきた。霊魂。たま。②心の活力。精神。気力。③それなしではそのものがありえないくらい大事なもの。④そのもののもつ固有の精神。また、気構え。⑤思慮。分別。⑥素質。天分。才気。⑦《武士の魂とされるところから》刀。……ってところか。

 どっかのオカルト雑誌だとその重さは21gだと書いてあったような気がするが、真偽は定かではない。


 魂の正体は魂を構成する何らかの物質が存在するか、磁気のようなものかのいずれかであるという説が濃厚だ。

 後者の説は生者と死者では周波数が違う――だから見えない。しかし、霊感が強い者は周波数を合わせることができるから幽霊を視認できるという寸法だ。


「魂は、魂を構成する物質が存在するか? 或いはある種の磁気なのか? そのどちらかだと思われます」


 ≪なかなか鋭いですね。魂とは、アストラルという特殊な物質の塊であるとと同時に、特殊な磁気でもあるのです。丁度光が観測されるか否かで粒子と波に変化するように、魂も観測されるか否かで変化するのです≫


 なるほど、観測されるか否かで状態が変化する。これは予想していなかった考え方だ。


 ≪記憶を保持したままの転生は、現在アストラル体である翠雨様の魂を磁気に変化させ、これを器となる身体に焼き付けるという方法を取らせていただきます。……そして、その器ですが、残念ながら人間を選ぶことはできません。無から有を生み出した場合、世界の因果律が異常を来し、世界そのものが滅んでしまうのです。また、生後間もない魂を伴った子供に翠雨様の魂を上書きするというのも倫理的に考えてとてもいい方法とはいえません。……そこで代替え案として提案するのが魔獣への転生です。そもそも魔獣の基礎身体能力は人間を上回ります。それに、魔獣にしかない特殊なスキルという物も存在します。このスキルは【完全掌握】、【魔獣喰らい】、【強奪】、【模倣】など希少なスキルを保有していない場合、獲得できないのです。翠雨様は聖濫煌剣アイリシュベルグという得物を失っています。その失った戦力を少しでも回復できるとなれば、魔獣への転生という悪条件も少しはマシに思えてくるのではないでしょうか?≫


 異世界モノでたまにある魔獣への転生。

 俺がミント正教会の行動パターンを読むために使ったテンプレの基となったネット小説でも主人公は魔獣に転生していた。

 有名なものにもスライムに転生し、魔王になるものもあった筈だ。……少し抵抗はあるものの、醜悪な見た目でなければ問題ない。できれば人に近い姿の方がいいが。そうすれば人間のコミュニティにも紛れられるし、ね。回復薬や武器も人間から手に入れた方が楽だし、品質の良いものが手に入る。


 ≪ちなみに、魔獣への転生といってもその魔獣の姿を変化させることができない訳ではありません。ベースとなる魔獣の姿を変化させてカスタマイズすることもできます。……喋るスライムとかだったら、人間に狙われて武器調達や宿泊どころではありませんからね≫


 なるほど……姿も変えられるのか。これは便利だ。


 ≪後は、私の力でいくつかスキルを作成しようと思います。私の神としての権能は、スキルの作成や〈全知回路アカシック・レコード〉へのハッキングといった所謂情報操作……ただ、異世界カオスの〈全知回路アカシック・レコード〉にハッキングできなかったので、そんなに自分の権能を自慢できませんけどね。ちなみに、魔獣への干渉はこの《情報操作》の権能を利用して行います。遺伝子の改変による変化の強制は当然ながら、無から有を生み出すことになりませんから≫


 ……この女神、意外と科学的な権能を持っているんだな。

 まさに現代の申し子みたいな神?


 ≪ところで、どのようなスキルが欲しいですか?≫


「そうですね。聖剣が無いので代用できる剣を生み出せるスキル……とかですかね? やっぱり得物となる剣がないと不安なので」


 ≪分かりました。ユニークスキルとして剣に関するスキルを作成しておきます。それから、旅のお供として私の分体をスキルに変換してお渡します。……あっ、ご心配には及びません。完全に私とは切り離されていますし、こちらから干渉することはできません。簡単に言い表せば、ある一時点における私をコピーした存在というべきでしょうか? 私のもつ知識と自我を保有していますが、そこから先は見聞きするものなどによって少しずつ価値観がオリジナルの私と変化していきます。まあ、アドバイザーが情報に関わるスキルのお得な詰め合わせと一緒についてくると思ってください。まあ、所詮は私の権能の劣化版ですが≫


 劣化版とはいえ神の力をプレゼントするということか……これは、それだけ今回の女神ミント救出を成功させたいってことなんだよな。

 動機に不純が混ざっていても、女神オレガノの女神ミントを慕う気持ちは本物だ。……だからこそ、絶対女神ミントを救い出したい。そして、照次郎と孝徳をミント正教会の魔の手から救いたいと思う。


 ≪それでは、私の権能で魂を磁気に変換しますので、一時的に意識を失っていただきます。転生まで少々お時間がかかりますが、翠雨様の感覚では一瞬になるよう調整しますので、ご心配には及びません≫


 女神オレガノが僕の霊体に手をかざすと同時に意識がぼんやりとしてくる。

 僕はやってくる睡魔のような感覚に迷うことなく身を委ねた。



 異世界生活十日目? 場所???山、???合目付近、?????


 目を開くと、あまりの眩しさに思わず目を閉じてしまった。

 光に慣れさせながらゆっくりと目を開くと、目の前には雄大に聳える巨大な山が、そして後ろには綿飴を散らしたような白雲が遥か下に見え、青々とした草原が広がるという雄大な景色があった。


「……ここは、どこだ……ッ! 声が」


 試しに声を出してみた僕は、予想外のアニメ声にガツンと頭を叩かれたような衝撃を受けた。

 音域はソプラノくらい。しかし、ただ高いという訳ではなく、どことなく可愛いさのようなものが付与されている。

 ……正直、転生前が男の者としてあまり看過できることではない。…………まあ、彼女いない歴史=年齢の僕には男であることに拘る必要もないのかもしれないけど。それでも、なんとなく認めたくないことだよね。


 身体を確認してみる。手はかなり小さくなっていたが、間違いなく人間のものだった。……物凄いきめ細やかな白肌だけど。嫌な予感しかしないな。

 視界に映り込む髪……髪? これってそもそも短髪じゃないってことだよな。短髪だったら髪が視界に映ることはないし……前がじゃなくて長い横髪が。

 しかも、シルクのように滑らかな白い髪……もう、なんだろう。色々と諦めた方がいい?


 視線も低くなっている。多分縮んだんだと思う。……本当に嫌な予感しかしない。鏡があっても覗きたいような覗きたくないような。……でも、例えどんなに絶望的な姿でも、知らないでいることは危険だしな……特に僕の予想通りだった場合。


 幸い? 胸は膨らんでいなかった。股間のものも無くなっていたが……要するにあれだよな、中性的って奴だよなぁ。


 覚悟を決めて近くにあった沢に姿を映す。


 シルクのような白い髪。白雪のように真っ白で白磁のように滑らかなもち肌と真っ赤に染まった瞳が対比コントラストを作り出している。

 その容姿はまるで作り込まれた精緻な彫刻のよう。美少女か美少年か区別がつけられないが、思わず可愛いと言ってしまうほどの美人――それが、今の僕の姿だった。

 そんな少女とも少年とも言えない存在が布に穴をあけただけの簡素でボロボロな貫頭衣? を身に纏っている。……それがまた、背徳的な色気というか、まあそんな感じのものを出していて……僕の姿はシャッ●リンと張るのか!? というか、これ絶対服じゃない! 横から肌色が見えてるし。


「……身長百五十センチくらい、か? なにこの美少女? ……まあ、犯人は分かるけど。しかし、悉く期待を裏切らないよな。魔獣転生だからこんな展開になるかもしれないとは思ってたけど……本当に空気を読んでやれって誰が言った!!」


 男言葉を使ったところで可愛いとしか思われないことは分かっている。でも、僕は心の底から怒っているんだ。――あのセクハラ雑草駄女神、ふざけるな!!


「……おい、どういうことだ?」


 ≪どうかしましたか?≫


 あの女神の声が聞こえる? いや、直接頭の中に響いてくるような。

 あれか? 転生する直前に言っていた女神オレガノの分体か?


(女神オレガノの分体か?)


 ≪その通りです。私、オレガノそのものを複製し、スキルに変化させたもの――それがユニークエクストラスキル【叡智賢者】です≫


 ユニークエクストラスキル? なにそれ?

 普通はユニークかエクストラのどちらかだろう?


(ところで、どうしてこんな姿なんだ?)


 ≪えっ、可愛くないですか?≫


(……分かったよ。つまり、これは女神オレガノの趣味ってことなんだな?)


 ≪はい! ショタとロリ――可愛い二つの存在の壁を越えた唯一無二の可愛い存在! それこそが男であり女であり、しかし男でも女でもない存在。両性共有ではない、全てないが故に美しい存在それこそが今の翠雨様なのです≫


 ……全く言っていることがわかんねえ。全く変態の思考ってのは理解不能だよ。


(……たく、折角転生したんだからこの機会にって新しい名前を考えていたのに)


 ≪えっ、考えていたんですか? 丁度名前が必要だったのでナイスタイミングです。今の翠雨様は名無しの魔獣ですからね。……そのまま翠雨の名前で押し通すという手もありますが≫


 しかし、男だと思って考えていた名前だからな。こんな可愛い容姿には似合わないというか。


 ≪ちなみにその名前は?≫


(レーゲン=イーザーだ。ドイツ語で雨を表すRegenとドイツの文学研究者、英文学者。受容美学の提唱者であるヴォルフガング・イーザーから取った)


 ヴォルフガング・イーザーは僕が最も尊敬する文学者だ。受容美学読者反応批評の提唱者である彼は、最初の読書のプロセスとその後テクストが「全体」へと発展していくさまを描き、いかにして読者とテクストとの対話が行われるかを示した。


 読者が居てこそテクストが効果を発揮するという理論に日本語訳されたイーザーの著作を読んだ当時の僕は感動した。

 今は、物語を紡ぐアマチュアとして作者の重要性を肯定するようになりつつあるから読者に阿るような作品を書くことはないが、読者を大切にし、常に念頭に置きながら作品を書くスタンスは変わっていない。

 ……まあ、読者が求めるものと作者が書きたいものがぴったりと一致するのが一番いいんだろうけど。書きたくないのを書き続けても筆が進まないだろうし、作者が楽しいと思えない作品を読者が好きになれるとは思えないから。


 ≪いいんじゃないですか? レーゲン=イーザー。可愛い見た目でカッコいい名前ってギャップ萌えしますよ≫


(……しばくぞ、セクハラ雑草駄女神)


 ≪あらあら、怒っちゃって可愛い。しばくなんて無理ですよ。だって私はスキルとして貴方の中にあるのですから≫


 ……ちっ、やっぱりセクハラ雑草駄女神をアドバイザーにするのは失敗だった。断れば良かったよ……もう、後の祭りだけど。


(とりあえず、今の僕がどんな感じになっているか知りたいけど……ステータスってステータスプレートが無いと見れたいんだっけ?)


 ≪なんですか? ステータスプレートって?≫


(えっ、ステータスプレートにステータスが表示される世界じゃないの? …………まさか、あれはミント正教会の策略だったのか? 僕が【神格認識】のスキルに気づかないようにという……そういえば無かったし。……たったそんだけのためにあんだけ大掛かりなものを作っていたのか? とんでもないな。努力の方向を変えろよ、ミント正教会)


 ≪そのステータスプレートを用意したのって誰ですか? もしかしたら……≫


(ああ、十中八九犯人はステータスプレートを用意した張本人――ミント正教会枢機卿カーディナルのマジェルダ=ホーリーだ)


 ……くそ! 油断したつもりは無かったのに、こんな勘違いを仕掛けられていたなんて。


(それで? ステータスはどうやって開くんだ?)


 ≪ステータスの閲覧には鍵となる言葉が必要ですが、特にこれが鍵という言葉はありません。念じず、言葉にすることが重要です≫


 要するに、決まってないのか。なら、適当でいいか。


「ステータス・オープン!」


 あっ、本当に開いたよ。こんな簡単なことに気づけないって……やっぱり無知って恐ろしい。

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