第三章「乙女ゲームの終わり 上」

【幕間】闇商人ギルドの白猫。※【三人称視点】

 シミ一つない病棟を彷彿とさせる部屋に同色の円卓。

 座る者達のほとんどは明らかに堅気ではないだろう見た目の者達。空席も目立ち、その席には円柱型の魔道具が置かれ、そこに映像が映し出されている。


「さて、そろそろ本日の裏商人ギルド会議を始めさてもらうにゃ」


 ほとんど男で構成される裏商人ギルド会議と銘打たれた犯罪臭の漂う会議を進行するのは、真っ白な猫耳と尻尾を生やした齢十三の少女――亜人種の一種でファンタジーの世界では獣人と呼ばれる種族だ。


「なんでテメエみてえな獣人のガキ風情に進行されねえといけねえんだ。奴隷風情が偉そうにしやがって」


 だが会議の進行を遮る者が現れた。見るからに頭の悪そうな男――確か最近裏商人ギルド会議に加わった違法な奴隷商人だった筈だ。

 ミンティス教国以外の国では奴隷制度が全面的に禁止されている。また、表向きは亜人種蔑視がないとされているが、それは表だけの話だ。

 亜人種を蔑視し、違法な手段で亜人種の奴隷を手に入れている者達も数多くいる。そういう者達に奴隷を供給するのが彼ら違法な奴隷商人なのである。


 男の言葉に他の参加者達は揃って頭を抱えた。

 男は何も分かっていない。目の前にいる猫獣人の少女は確かに奴隷だ。

 だが、少なくともここのいる誰よりも立場が上なのだ。


 そんな少女に対して男はその身の程も弁えずに喧嘩を売った。

 もし、この奴隷少女の主人である裏商人ギルドのCEOがこの事実を知ったら確実に男の息の根を止めに行くだろう。いや、CEOが出る必要すらない。少女一人で十分だ。


「……少し黙って下さい」


 一度耳にしただけで平伏してしまいそうな低く冷たい声音。その声の主がさっきまであざとく「にゃあにゃあ」言っていた少女だとは誰も思わないだろう。


「会議の進行に支障が出ます。言いたいことはそれだけですか? なら、とっととご退出下さい。他の皆様の迷惑になりますので」


 使う言葉こそ丁寧な敬語だが、その言葉に含まれる貫禄は桁違いだ。

 この場にいる者達はこの少女によって、敬語という言葉が使い方によっては凶器へと変わることを嫌というほど理解させられている。理解していないのは最近加わったこの男だけだ。

 もし、この場で男が少女に対して喧嘩を売っていなければ男はもう少し情報を得た状態で歩く厄災と対峙することができたかもしれない。……まあ、どちらにしても男の死は確定なのだが。


「ちっ、やってられるかよ!」


 その言葉を最後に男の映像は消失した。


「さて、会議を再開するにゃ」


 口調をあざといネコ語尾に戻すが、そんな少女にツッコミを入れようなどという強靭な精神を持ち合わせているものはこの場にはいない。


「本当はさっきのオジさんにこそ聞いてもらいたかったんだけど、出て行ったものは仕方ないにゃ。後は自己責任にゃ。……さて、話を戻すにゃ。――今回ある信用できる情報筋から重要な情報を仕入れることに成功したにゃ。とんでもなく、バケモンみたいに強い奴が自由諸侯同盟ヴルヴォタットに現れたらしいにゃ。今のところ我々と敵対する気はなさそうにゃけど、万が一の場合もあり得るから気をつけるにゃ。……特にこの手の若者は厄介にゃ。どんなことが地雷になるか分からにゃい。正義感に身を任せて暴れ回れるのが若者の良さなのにゃ。戦うなんて考えない方がいいにゃ、会ったら逃げるにゃ。逃げられないにゃろうけど、逃げるにゃ」


 情報はCEO経由のものだろう。今までCEO経由に来た情報の中に間違いは無かった。

 それほどまでの強敵の登場。そして、その強敵がもし正義感に溢れる少年だったら悪の組織以外の何者でもない裏商人ギルドは標的にされるだろう。


「しかし、若いってのは本当に羨ましいことにゃ。盗んだバイクで走り出すことだって、愛し合う二人で駆け落ちすることだってできるにゃ。……まあ、私にはそんな風に一緒に駆け落ちしてくれる殿方はいませんでしたが」


 「まだ十三歳なのにババ臭いこと言うなよ」とか「お前の夫は黒蜥蜴(裏商人ギルドCEOの異名の一つ、他に影法師、暗躍卿、死の商人)さんだろ!」などというツッコミはない。突っ込んだらまず間違いなく殺されるので、こういう時は黙っておくのが最善であることをこの場にいる者達は理解していた。


「それじゃあ、ウチからの報告は以上にゃ。じゃあ一人ずつ報告することがあれば報告して欲しいにゃ」



「……ふう、終わったにゃ」


 会議の参加者達からの報告も終わり、個別に用事がある者達の対応も完了し、ようやく一人になった円卓の間で獣人の少女――シャリスはタブレット型・・・・・・コンピュータ・・・・・・を起動した。


『お疲れ様、シャリス。いや、吉岡よしおか愛莉あいりさんと呼ぶべきだろうか?』


 背景を含めて映像が歪んでおり、その人物の居場所も姿すら分からない。

 彼は【情報偽装】と呼ばれるスキルの保有者。視覚・嗅覚などといった五感などの情報からステータスに至るまであらゆるものを見かけだけなら歪めることができる。

 だが、シャリスは連絡を入れて来た彼が偽物である可能性を疑わない。このやり取りはこれまで何度も繰り返された常套句……軽い挨拶のようなものだからだ。


「今はシャリス、貴方に拾われた奴隷ですよ」


 獣人の少女シャリス=マーガレット――その正体は吉岡愛莉という日本人を前世にもつ転生者リンカーネーターだ。

 容姿端麗、成績優秀――絵に描いたような高嶺の花だった愛莉は、そのまま超大手多国籍企業に入社、社長秘書の一人にまで上り詰めた。喪女のまま病で倒れて一生を終えたのだけが悔いだが、なかなかいい人生だったのではないかとかつてを振り返って思う。


 そして、愛莉は転生した。獣人の少女――シャリスに。

 困窮した家庭に生まれたシャリスは家族によって違法な奴隷商人に売られ、商人に連れられながら各地を転々としていたところをCEOに救われ、現在に至る。


「……しかし、流浪商人さん。とっとと帰って来てくれませんか? 可愛い貴方の奴隷が帰りを待ちわびているにゃ」


『……本当に好きだよね、ネコ語尾。まあ、そのあざとい感じがまたいいんだけど』


 まさか、シャリスのネコ語尾が愛莉の「次に転生するならネコがいいな」という願望から来ているとは誰も思わないだろう。


 高校時代までは高嶺の花として憧れの的になり、大学では首席卒業と四年連続ミスコン優勝という才色兼備の人生を歩んだ愛莉。

 しかし、家ではジャージのままゴロゴロと過ごしながら漫画を読み倒し、ポテチを食べながらアニメを見たりネトゲをしているズボラ女子だった。それに加え、高嶺の花という立場ゆえに友達という友達もいなかった。

 そんな彼女にとって唯一心を許せるのは家で飼っている猫。「にゃあにゃあ」と話しかけると慰めてくれる猫は愛莉にとって唯一心の友だったのである。……そこ、寂しい人生とか言わない。


 その思い出もあり、猫の獣人に転生したと知った時は嬉しくて庭を駆け回り、母に叱られたのはいい思い出である。

 ネコ語尾は、そんなシャリスにとって大切なものなのだ。


『まだ、しばらく帰れないかな。面白い子を見つけちゃってね。ほら、仙人のユェンが報告していた子だよ。……一回出し抜かれちゃってね。気に入っちゃったんだ』


「はぁ、また流浪商人さんの悪い癖が出た訳ですね……じゃなかった出た訳ですにゃ」


 CEOがシャリスを奴隷として買ったのは、シャリスがCEOを一度出し抜いたからだ。

 彼には一杯食わされた相手を気にいるMなのかよく分からない特殊性癖がある。闇商人達の親玉をやっているような人物なのだから、変わり者でなければそれはそれでおかしいのだが……。


 まあ、シャリスもそんなCEOのことが好きだ。もし、彼がそういう性質の人でなければ、このようにCEOと一緒にいることはできなかっただろう。

 そのまま奴隷として一生暮らしていたかもしれない。


『まあ、シャリスがいるから闇商人達のことを任せてこうして俺も好きなことをしてられる訳だよ。君なら彼らの手綱をしっかりと握っていてくれるだろう?』


 CEOが闇商人達の親玉になったのは、商人達に秩序を持たせるためだ。彼らが暴走したら今よりも悪い状態になる。それを回避するためにCEOは闇商人の親玉になったのだ。胡散臭い男だが、その根幹には世界の平和を願う優しさがあったりする……と、このことを知っているのが世界でシャリス一人だけなのは、シャリスの小さな自慢だ。


「勿論なのですにゃ。私は流浪商人さんの奴隷ですにゃ。それくらい完璧にこなしてみせますにゃ」


 転生してぺったんになった胸を張り、身体の小ささを感じさせないほど大きな期待を背負ってシャリスは笑った。


「でも、たまには帰ってきて顔を見せて欲しいですにゃ」


『……まあ、誰かに見られるといけないから【情報偽装】掛けているしね。どこかで一度帰るよ。その時は目一杯甘えてくれたまえ』


「楽しみに待っているにゃ。主人あるじ様」


 タブレットの電源を落とし、大きく伸びをしたシャリスは仕事に戻った。

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