愛してるゲーム

 結局、あの後先輩と会うことはなかった。まあ、メールは一応返してくれてたし、忙しいとも伝えてくれてたんだけど。でも不安が残らないと言えば嘘になる。

 そんなどろっとした不安を抱えながらも、夏休みは終わってしまった。そして学校には来てみたのだが、どうなっていることか。先輩とは学年が違うし始業式では見つけられなかったのだけど。


「はあ」

「まあ、なるようになるだろ」


 息を一つ吐く。事情を知ってるソノがテキトーに台詞を返した。

 そうだよね、今更後には引けない。というか、結果待ちの状態だし帰るなんて選択肢はない。そもそも今日午前中だけで終わるっていうのにわざわざお弁当作ってきてもらってしまったし。部活があるんじゃないかとふんで。

 行かないといけないのはわかってる。でも、もうちょっと、心を落ち着けてからなんて思うんだ。


「ほら、行ってこい。慰めパーティーの準備はしておいてやるから」

「ちょっと、まだ失敗するって決まったわけじゃないんだけど!?」

「ならその時は成功を祝ってだ。ほら、教室から締め出されるぞ」


 気づけば教室に残ってるのは片手で数えられるだけになってしまった。ソノありがと、僕のために残ってくれて。

 そうだな、よし行ってくる。


 人が少なくなった廊下を歩く。こんなに遅くまで残っているのは運動部で頑張っている奴か、僕のような数寄者すきものくらいなものだ。

 歩きなれた道。そこに、僕が歩くカツカツという音だけが響く。やけにその距離が長く感じた。


「ついた」


 灯りは、外からじゃわからないか。まあ、ここまで来たんだし、なるようになれだ。そう思って、ドアノブに手を掛ける。


「おっ」


 思わず声が出た。鍵は……、空いていた。


「こんにちは……」

「あ、やっと来た、遅いよ君。わたしをいつまで待たせるつもりなんだか」


 足を投げ出した行儀の悪い体制で先輩が笑う。僕を待っていたのだろう、机の上にはトランプで一人遊びをした跡が残っている。


「あ、それはすいません」


 扉を閉めて荷物を置いた。あはは、心配することなんて何もなかったじゃないか。


「そうそう、こないだはありがとうね。おかげですごい助かった」

「軽!? え、それだけですか!?」

「わたし、過ぎたことは気にしない主義だから。それに、やっぱり楽しいことだけ考えてたいじゃん?」

「まあそうですけど、はあ」

「うん、どうかしたのかな?」

「いや、なんでもないです」


 ただ辺に心配をしちゃったなって思うだけだから。それにしても、ホントに何もなかったように言うもんだから拍子抜けしちゃったじゃないか。はあ。


 でも思うんだ。いつもみたいにテキトーで明るくて、元気な先輩が戻ってきてくれたんだって。それが何よりうれしかった。ずっとあのままだと調子狂うしね。


「それじゃあ、部活、始めるよ」

「分かりました!」


 さて、久しぶりの部活だ。何をしようかな?



 *****



「そうそう、実はね。君に喜んでもらおうと思っておやつ作って来たんだ」


 バックギャモンが一勝負終わったところで先輩が思い出したように切り出した。そう言えば壁の時計もいい感じの時間を指している。小腹も少しすいてきたところだ。


「楽しみです。ちなみに何を作ったんですか?」

「ふっふっふ。なんと、ベイクドレアチーズケーキを作って来たのです、じゃん!」

「おお!」


 先輩がルンルンと冷蔵庫を開ける。なんかよくわからないけどすごそうだ。


「そういえばさ、思ったんだけどこれって矛盾してるよね」

「何がですか?」

「いや、だってベイクドでレアだよ? 焼いてるのに生なんだよ? おかしいじゃん」

「……確かに、でもステーキのレアも生ってわけじゃないですし、いいんじゃないですか?」

「まあ、それもそうだね。食べよう食べよう」


 そう言って先輩は切り分けてあったケーキをお皿に乗せる。


「コーヒー淹れるね」

「あ、じゃあ僕準備手伝います」


 お湯沸かすのとかミル回すのとかくらいはできるし。それに、僕もコーヒー淹れられるようになったらいいなって思ったしね。

 先輩はサイフォンを取り出した。手軽に淹れたい気分みたいだ。


「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」


 フォークを突き刺す。とっても柔らかい。


「これ、すごくおいしいです!」

「ありがと。頑張ったかいがあるよ」


 先輩が微笑む。くちどけがすごいし、チーズの優しい味もする。それに何か、フルーツの香りも漂ってくる気がして手が込んでるなあなんて思った。その分とってもおいしい。

 何となくだけど、わざわざ先輩がこれを作ってきた気がした。この前のことのお礼の照れ隠しみたいな。勘違いかもしれないけど。


「ごちそうさまでした」


 気がつけばあっという間に食べ終わっていた。コーヒーをすする。それにしてもおいしかったなあ。


「喜んでもらえてよかったよ」

「いえいえ」


 同じタイミングで食べ終わった先輩が手を合わせる。


「それじゃあ、これもあげる。実はもうひと切れあったんだよね」

「そんな、いらないですよ!」


 実は後でこっそり食べるつもりだったなんて言われても、それ先輩の分でしょ!? 僕はもう十分堪能しましたから。

 お皿を押し返す。だけど先輩はもっと強靭な力で押し返してきた。


「それに、わたしも喜んでくれる人に食べてもらいたいからさ」

「いえいえ、僕もうお腹いっぱいですから! それは先輩が是非どうぞ」


 なんというか、ちょっと申し訳ないじゃん。奇数個あるうちの最後の一個をもらうのって。それもしかも先輩が作ってきたやつだよ!? 食べられるわけないじゃん。


「そうか、わかった」


 先輩が肩を落とす。だけどその瞬間目に光が宿る。


「よし、それじゃあゲームをしよう!」

「……ゲーム、ですか?」

「そう! それで負けた方がこれを食べるってことで」

「まあ、いいですけど」


 それなら仕方ないかなと思った。まあ、先輩の術中にはまっている気がビンビンしてるんだけど。


「それで、何をするんですか?」

「愛してるゲームをしようと思ってね。順番に告白して行って照れた方が負けってやつ」

「ああ、聞いたことあります」


 中学の時に修学旅行のバスの中でやってた人がいた。僕はそんなの当然参加してないけど。


「それじゃあ、先攻はわたしからでいいかな」

「はい」


 そう言った途端、先輩は真正面から僕の顔を覗き込んだ。真摯な瞳に見つめられるとちょっとむず痒くなる。先輩、策士だな。


「わたしは、拓海君のことが好きです」


 ぐっとこらえる。その上目遣いは反則ですよ! 一瞬ぐらって来ちゃったじゃないですか!


「ふーっ、ふーっ」


 息を吐き出す。でも何とか耐えた。


「それじゃあ、次は……」

「どんなわたしでも好きって言ってくれたところが好きです」


 えっ!? その、僕の番……。


「いつもちょっと文句は言いつつも最終的には付いてくれるところが好きです。コーヒーとかお菓子とか、私が作ったものを褒めてくれるところが好きです」

「ちょっと先輩順番!」

「一緒にいて楽しいところ、楽しいって言ってくれるところが好きです。ふざけてもちゃんとツッコミを返してくれるところが好きです」


 無視された! というか恥ずかしいんですけど!


「時折見せるかっこいい姿が好きです。かと思えばすぐにふにゃけるところも好きです。アクセサリーとかのセンスが好きです。何をしても受け入れてくれて、優しく諭してくれるそんなお兄ちゃんみたいなところが好きです」

「わ、わかりました! 僕の負けでいいですから! だからもうやめて!」


 というか僕の方が年下なんですけど! これ以上は我慢できないからもうやめて!


 先輩が僕を見つめる。そして、にやっと笑った。あ。


「誰も好きになれないんじゃないかって諦めかけてたところを救ってくれたところが好きです。からかっても笑って受け流してくれるところが好きです。からかいがいがあるところが好きです。わたしを励まそうといろいろ頑張ってくれたことが好きです」

「もうやめてえぇぇぇぇぇぇ! やだ、はずかしいからさあぁぁぁぁぁああ!」


 床を転がる。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! 自分がやったことをこういう風に後から言われるとめちゃくちゃ黒歴史なんですけど!


 というか、全部図ったな!? ケーキが3個なら絶対譲り合いになると思って! この前のこと絶対根に持ってただろ! 僕が褒め殺しにしたから恥ずかしがらせてやろうって思ったんだろ! ああ、失敗した失敗した失敗した!


「それから何より、わたしはわたしなんだって。そう認めてくれたところ。それが1番好きです」

「うわああぁぁぁぁぁああ!」


 そう言うと先輩は微笑んだ! いや、あれ絶対僕を見て笑ってるだろ!


「勝負はわたしの勝ちだね。ふふっ」


 ズルい! めちゃくちゃズルい! 勝負でそんなこと言ってくるなんて。あれが本音で間違いないとは思うけど、疑わしくなっちゃうじゃないか! しかも僕を悶えさせて! やっぱり先輩って本当にズルいんだから!


「はあ、疲れた」

「ありがとうね。拓海君」


 体を投げ出すと先輩が上からのぞき込んできた。ホント、好きになっちゃったんだもんなあ、もう。



 *****



 どれくらい寝転がっていたのか。背中が冷たくなってきたころだった。


「ん?」


 コツコツと廊下を歩く音がする。そして、その音は僕らの部室の前で止まった。誰だ? そして何の用だ? 僕ら以外に部員はいないはずなのに。


 そして、扉が開いた。


「あれ、鍵開いてる」


 入ってきたのは女の子だった。先輩より少し身長が低いくらいで、黒髪をポニーテールにしている。第一印象としてはとても真面目そうだ。


「えっと、どちら様でしょう?」

「生徒会副会長の神代侑梨かみしろゆうりです。この場所は文化祭用の倉庫として使うので私物を撤去して明け渡してもらえますか? 期限は、かなり多いので来週の金曜日まであれば十分でしょう」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 今この人なんて言った!? 僕の勘違いでなければ部室から退去するように言われた気がするんですけど!?


「ここ写真部の部室ですよね!? なのになんで出ていかないといけないんですか!?」


 けれど、彼女はキョトンとしたような顔で言ってのけたのだ。


「写真部……、ですか? そんな部活は存在しませんが」

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