どうしてここに……
一博に呼び出されたのは、とあるゲームセンターの片隅だった。人の目もある場所だし監視カメラもあるし、まあ安全だろうと思う。少なくとも、襲われる心配はなさそうだ。
「よう。ちゃんと話をするのは10か月ぶりだな」
「本当に、これが最後にしてくれるんだよね?」
「ちゃんと文乃が話をしてくれたらな」
そう言って、一博は肩をすくめた。我が強い。拓海君だったらこんな皮肉言わないのになんて思って、かぶりを振った。
「それで、何を話すの? さっさと終わらせない?」
「そうだな。前置きは不要か」
ポケットに手を突っ込んだ一博がにやける。そうだ。わたしは終わらせるためにここに来たんだ。関係をきちんと清算するために。
「文乃、俺のところに戻ってくる気はないか?」
「それはないよ。そもそも、一博のものになった覚えなんてないけど」
「だろうな」
ニヒルに一博が唇の端を吊り上げる。だとしたらなんでそんなことを。
「冷静に考えてみればわかったさ。もう文乃が俺のことを別に好きじゃないことくらい。あの日の俺は少し調子に乗っていた。それは認めよう」
「だったら、もうそれでいいよね」
「よくない」
そう言った一博が真面目な顔つきで私の瞳を見据える。
「今は俺のことが好きじゃないとしてもだ。去年はどうだったんだ? 俺のことが好きだったんじゃないのか!?」
「違う、そんなことない!」
「嘘だ!」
一博が叫ぶ。その剣幕に、わたしは一歩負けた。
「嘘だとしたらあれは何だったんだ!? 映画館にもいったし野球観戦にもいった! 君には特別だって言ってちょっと高いコーヒーを淹れてくれた! 艶っぽい仕草も見せてくれたし、他の人には秘密だってお菓子ももらった! なのに、好きでもなんでもなかったって言えるのか!」
そんなの……。
「そうだよ。別に好きでもなんでもなかった」
冷たい声がした。
半分本当で半分嘘だ。別に好きだったわけじゃない。一博に恋愛感情を抱いていたわけじゃない。だけど、ひょっとしたら好きになれるかもなんて淡い期待を抱いていたのも確かだった。そうして、一博が好きなんだなんて自己暗示もかけた。
まあ、結果は失敗だったんだけど。
「3度目のデートの後で、『一博のこと好きになりそう』って言ったよな! 冬休みにはどこかスキー場に遊びに行こうなんて話もした! それも好きでも何でもない奴にやることなのか!? 好きでも何でもない奴にできることなのか!?」
「……そう、だね。できるよ。それくらい」
言った瞬間しまったって思った。だって、一博が笑ったから。
「つまり、こういうことか。文乃は別に好きでも何でもない男のことをからかって弄んで、その気にさせることができる。俺のこともそうだったと。そういうことでいいな?」
「……さすがにそこまでじゃないけど」
でも、改めて言われると、わたしってクズだよね。それにうんうんと、一博が頷いた。自分で言うのもあれだけど、一博って私のことが好きなんじゃなかったのか。
「で、だとしたら今はどうなんだ?」
「今って?」
「拓海のことだ。聞いたぞ、実験なんだってな」
ギクッとした。汗がだらだら流れ出す。冷房が効いてる部屋だってのに。
「俺の時も実験だったんだろ。それと同じように、今度は後輩か。また好きでも何でもない人間をからかってるんだろ」
「違う! そんなことない!」
「何が違うというんだ!」
ドン、という音がして、一博がプリクラを切り取る台に拳を叩きつける。
違う! そんなことじゃないんだ! そんなの認めない!
「何か違うことをしたか!? 俺と同じことをしてるだけだろ! からかって、遊びに行って。好きになれそうなんてことを言ったり、どこかに遊びに行ったり。何か俺と違うことをしたか!?」
「違う、違う! 全然違う!」
「違わない! 文乃は好きだなんて決定的なこと一言も行ってないだろ!? 実験なんだろ!? 俺と同じで好きになれるかの実験なんだろ!? 何か俺の時と違うことでもあるのか!?」
「違う、違うの! ともかく違うの!」
何がなんてうまく言えないけど! だけど、一博の時と拓海君とは全然違うの、それだけはわかるの!
息が上がる。わたしも一博も。
「言えないだろ。理論立てて説明できないだろ。だから俺が言ってやる。ただ順番が違うだけだ。今の対象が拓海だから、ちょっと特別だと思い込んでるだけだ。また違うと思ったら簡単に捨てられるんだよ! そうだろ!?」
「そんなことない! それに、拓海君のことは一博には関係ない!」
「それは、文乃が拓海を理由にして俺から逃げようとしてるからだ!」
「うっ!?」
図星だった。確かにそうだった。わたしは、拓海君を理由にして『拓海君が好き』なんてことを免罪符にして一博から逃げようとしている。そのことにようやく気づいた。
鼻をすする。
「でも、拓海君は違うもん……」
「何が違う? 何か違うことをしたのか? それがあるなら言ってみろ」
「それは、ないけど……」
「ほら見ろ、同じじゃないか」
「そんなことない!」
ああ、みっともない。本当にわたしってばみっともない。
分かってるんだ。別に一博が言ってることは間違ってない。一博にしたことも拓海君にしてることも同じだって。だけど、それでも何か違うんだ。
「ともかく! 何かわからないけど一博と拓海君は違うの! 何がなんてうまく言えないけど、拓海君は、なんていうか、その、これまでの人とはやっぱり違うの! 胸がその、もにょっとするの!」
「じゃあそれは、好きっていう感情なのか!? 違うんじゃないのか!?」
「それは……、確かにそうだけど。でも違うの!」
みにくい。みっともない。こんな姿、拓海君には到底見せられない。だけど、本当に違うんだ。酷いかもしれないけど、拓海君は何かちょっと、そう特別なんだ。
「どう違うか説明できないだろ。それに、喧嘩して連絡も取ってないんだってな。拓海に聞いたが泣いてたぞ。どうせ、俺と同じように失敗したらポイって捨てるつもりじゃなかったのか?」
「うっ……」
何で、そんなことを。そう思って、黙りこくってしまった。どうして、そんなことが分かったのかって。それが致命的だった。
諦めたかのように、一博が肩をすくめる。
「もう分かっただろ。俺も拓海も同じだって。ほら、出て来いよ。そして一言言ってやれ」
……えっ!?
戸惑っている間もなく、一博が手招きをして。
「ど、どうも」
……どうして、どうしてここに……。
「いつから、いつからいたの、拓海君!?」
そして、
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