古都
増田朋美
第一章
古都
第一章
今日は、富士市内でも、有数のお祭りである、ラーメンフェスタが開催された。そういうものに目がない杉三は、さっそく蘭を連れて見物に出かけた。ラーメンフェスタの会場である、バラ公園では、数多くのラーメン屋が、自慢のラーメンを携えて、出店していた。どの店の前にも、ラーメン目当てに、多くの客がやってきて、長蛇の列を作っていた。
「おい杉ちゃんこんなところに来て何になるの?こんな長蛇の列ができていたら、食べる気なくすよ。其れよりも、しずかな喫茶店とか、そういうところで、食べればいいじゃないか。其れじゃダメ?」
蘭は、杉三にそういうが、杉三は、そんなことどこ吹く風で、お目当てのラーメンを探し始めている。
「おーい杉ちゃん、どこへ行っても、これでは、一時間以上かかってしまうのでは?そうなったら、晩御飯も遅らせなくちゃならなくなるし。」
「もう、そんなことはムシムシ、せっかくラーメンフェスタに来ているんだから、一杯は食べないと面白くないだろう。この店は比較的行列してないぞ。」
それでは、と杉ちゃんは、連なるラーメン店の中で、一番端にある、ラーメン屋のボックスへ行った。
「よし、食べようぜ。この店は、すぐにありつける。」
と、杉ちゃんが指さした店を見て、蘭はまたびっくり。そこにはへたくそな字で、「がんそらあめん」という文字が書かれていたのだ。
「おーい、杉ちゃん。」
杉三が訳もなくその店まで近づくと、その店の主人であったぱくちゃんが声をかけた。蘭はどうしても、この人物が苦手だった。
「おう、お前さんも、ラーメンフェスタに出せるようになったのね!」
杉三は、ぱくちゃんに声をかけた。
「そうなのよ。めずらしいラーメンをつくっているとして、市役所の人に目をかけてもらってさあ。やっと僕たちのラーメンが、認めてもらえて大助かりさ!」
そう嬉しそうにいうぱくちゃん。蘭からしてみれば、ラーメンというよりも、黄色いさぬきうどんという感じなので、ラーメンとは言えないんじゃないの?何て思っていたが、ラーメンフェスタに出場できたことは確かだ。
「来てくれたんだから、ぜひうちのラグマンを食べて行って頂戴な。」
いわれると思った。これではだめかあ、と思いながら、蘭は、ラーメン屋さんのボックスの中に入る。杉ちゃんなんて、もう当然の様に入って、中で亀子さんとなにか話しているのだった。
「はいどうぞ。お二人とも醤油ラーメンでよろしかったですか?」
二人の前に醤油ラーメンが置かれた。蘭は、まだ注文もしていないのに!と言ったのだが、杉三が勝手に注文してしまったらしい。それでは、と、蘭は、仕方なくそれではと割りばしを取って、黄色い讃岐うどんのような、ラーメンを食べ始めた。
「こんなものがラーメンと言えるかな。これじゃあ、黄色いさぬきうどんみたいなもんだよ。 讃岐うどんをラーメンの醤油で食べても何もおいしくないんだが、、、。」
蘭はそういうが、杉三はにこやかに笑って、
「まあ、そうなのかもしれないが、ラーメンの先祖は、こういう太い麺だったんでしょうよ。」
と言って、その黄色い讃岐うどんを食べるのであった。
「うん、意外にうまい。」
そういってがつがつとラーメンを食べる、杉三。
「杉ちゃん、替え玉する?」
ぱくちゃんがそう声をかけた。蘭が、僕は結構ですから、と言うと、蘭さんは、いつも食べないでしょ。と、わかりきった様に、ぱくちゃんは言うのだった。杉ちゃんは、平気な顔をして、替え玉を受け取る。
「あーあ、変なところに来てしまったもんだ。せめて、店の看板を、平仮名で書くのではなくて、漢字で書けばいいのに。」
蘭が、あーあとため息をつくと、
「はい、それではですね。ただいまより特別ステージを行います。本日は、フルートと箏のユニットであります、ぬさの皆さんです。」
と、場内アナウンスが流れた。ラーメンを食べていた人たちは、みんな食べるのをやめて、ステージのほうを見る。
「ぬさ、なんだそりゃ。変なユニット名だな。」
杉三は、思わず呟いた。
「それではよろしくお願いします。では、どうぞ!」
司会者の声と同時に、箏と古筝による音が流れてきた。それに合わせてフルートの音が聞こえてくる。曲名は、フォーレのドリーによる、子守歌であった。
「はあ、変なユニットだな。古筝とお箏によるという組み合わせも難しいのに、それにフルートとはめちゃくちゃだ。」
たしかにお箏のつきものは、尺八、古筝のつきものは、二胡である。
「杉ちゃん、今は、なんでもありの時代なんだよ。平成も終わりなんだし。」
蘭は、そういったが、確かにこのようなめちゃくちゃなユニットのおかげで、伝統的なものが薄れてしまうという嫌な思いがあった。
「それでは、続きまして、次の曲に入らせていただきます。私たちは、単に楽器の枠を超えるだけではなく、新しい音楽を作って、皆さんに楽しい時間を過ごしてもらいたい。と、思っています。今回は、その代表曲として、エルクンバンチェロを演奏させてください。」
「エルクンバンチェロだって?野球の曲じゃないか。そんなものができるんかな。」
杉三がつぶやくと演奏が始まった。観客たちもおおっと声を上げる。
「はれえ、、、。びっくりさせんなよなあ。本当にエルクンバンチェロをやってる。」
また杉三がつぶやいた。
演奏者は、男性が一人と、女性が二人だった。古筝を弾いているのが男性で、箏を引いているのがやや高齢の女性。そして、楽しそうに体を振りながら、フルートを吹いている、その女性は、、、?
「おい、蘭。あの女性、どこかで見たこと無いか?」
不意に杉三がそんなことをいった。
「あの女性?」
杉三は、フルートを吹いている女性を顎で示した。
「あ、確か、、、。」
そういえば、蘭が以前、インターネットで呼び出したことのある、あの女性。
「あれ、太田さんではないか?」
まさしく彼女そのものであった。
「でも太田さんは、確かご主人の本を出版することで、決着がついたはずじゃ?」
「いや、そういう訳でもないよ。蘭。それでは、無理なこともあるだろう。咲さん、なにかきっかけがあって、また音楽の道に戻ってきたんだろうよ。」
「あのおばあさんは、もしかしたら、、、。」
二人がそうつぶやいている間に、エルクンバンチェロは、さらに盛り上がっていくのだった。
「それでは、続きまして、今度は、一寸しっとりしたナンバーをお届けしたいと思います。そのままお聞き下さい。メンデルスゾーンの春の歌。」
再び、彼女がそうしゃべって、春の歌が流れだした。たしかに前作と比べれば、穏やかで静かな曲だ。それでも前回のエルクンバンチェロのおかげで、見物客は減らなかった。
「えー、第一ステージ、最後になりましたが、それでは、未来へを演奏いたします。もし知っていらっしゃる方がおられましたら、口ずさんでみてください。」
と言って、最後の曲の演奏が始まった。今度は、美しいメロディーを持つ、有名な詩人が作詞した、合唱曲として有名な曲である。
「ああ、之かあ。結構若い子であれば、みんな知ってるんじゃないのか?学校の合唱コンクールなんかでも歌われているもん。」
杉三が解説すると、たしかにその曲は、蘭も聞き覚えのある曲であった。
それでは、と、周りの観客さんたちも、いい声で、歌いだしている。やがて、三人の伴奏に合わせて、みんなを巻き込んだ大合唱になった。なぜか、音楽というものは、そうやって誰かを巻き込んでしまうことが多いらしい。
「それでは、今日もありがとうございました。私たちは、年に一度、富士市民会館でライブを、と思っていましたが、今年、その夢がかないまして、私たちの単独ライブを、夏に行うことになりました。お暇の方はどうぞ、聞きにいらしてください!」
やや高齢のおばさんが、そういうと、お客さんたちは、ワーッと、声を上げて拍手した。この時の演奏で、ここまで盛り上がったんなら、それでは、多くの人が、ライブに訪れるだろう。
「なんだか宣伝文句見たいやあ。」
杉三は、ラーメンのスープを飲み込みながら言った。
「そうだねえ。でも、僕は、なんだか太田さんが、僕が来ているのに、気が付いている様に見えるのが怖いよ。」
蘭は、そのほうが、怖かった。こんなところで、自分の存在が知られてしまったら、大きな恥をかくことになる。
「杉ちゃん、この演奏が終わったら、すぐにかえろうか。」
蘭は、すぐにそういったが、
「いや、ほかのラーメンも食べなくちゃ。ラーメンフェスタなんだからよ。」
と、杉三は平気な顔をしていた。
「おい。杉ちゃん、帰ろうぜ。」
スープを飲み終わって、蘭が杉三に言った。それでも杉三は、どこ吹く風のようであったが。
「さてほかの店のラーメン食べに行くか。」
杉三は、スープを手拭いで拭いてそういったのであるが、どの店でも長い列ができている。それでは、どこの店に食べに行くにも、一時間以上待つことになりそうだ。
「杉ちゃん、之じゃあ、一時間以上待つことになるじゃないかあ。疲れちゃうからさ、もう帰ろうぜ。」
周りのラーメン店を見ながら、蘭はそういったのであるが、杉三は、早くもうまそうなお店を探し始めている。
「杉ちゃん。こんにちは!お久しぶり。」
不意に、一人の女性から、そんな声をかけられた。
蘭が後ろを振り向くとまさしく、太田咲さんその人が、楽器ケースの中に入れたフルートをもって、にこやかに立っていた。
蘭はぎょっとして、というよりがっかりして、下を向いた。
「おう、咲さん。」
杉三は、にこやかに彼女を見て笑った。
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