第25話 表の指輪、裏の手(前編)
決闘が決まった会議から三日後、王宮の修練場はかつてないほど人が集まっていた。国王をはじめ、貴族諸侯、そして王宮の騎士に兵士など、誰もがこの前代未聞の決闘がどうなるのか注目している。
「これより、王太子を決める決闘を行う! 決闘はクリストフ殿下とメルヒオール殿下を含む二名対二名とし、この四人が修練場内にて戦う。使用する武器は剣や槍などとし、毒物の使用は禁止する」
朗々たる声で、ランドルフが任命した決闘の責任者が規則を読み上げていく。ざわついていた観衆が静まりかえった。
修練場内では四人が一列になって立っている。左から、ザシャ、クリス、メルヒオール、オリヴァーの順だ。ザシャは加工された金属板を取り付けた革の鎧、クリスは銀色に輝く金属製の鎧、メルヒオールとオリヴァーは真新しい金属製の鎧を身につけている。
「また、明確に敗北した者は素直に降伏すること、降伏した者は殺さぬこと。この決闘はあくまでも王太子に相応しい者を決めるためのものであり、殺し合いでないことを肝に銘じること」
決闘の責任者の声が響く中、ザシャは国王周辺を眺めていた。カロリーネの席はなく、ランドルフは無表情だ。しかし、ダニエラは笑みともとれる余裕の表情を浮かべている。
「決闘者達よ、国王陛下の御前である。その名に恥じぬ戦いをするように。それでは、全員所定の位置へ」
四人が声に応じて左右に分かれる。国王に近い左側にクリス、奥にザシャ、右側にはメルヒオール、オリヴァーの順で並んだ。
「はじめ!」
号令と共に四人が一斉に剣を抜いて構えた。
「この日をどんなに待ち望んだことか。兄上ぇ、ようやく決着がつけられますな!」
「国を治める能力と魔王を討伐する能力は違うって言っていなかった? 剣で優劣を決めても国を治める能力はわからないよ?」
「これは、どちらが玉座に相応しいかという正統性を証明するためのものですよ、兄上」
「だったら魔王を討ち取ったのだって正統性の証になるでしょうに。国を滅亡から救ったんだよ? こんな兄弟喧嘩の延長線上みたいな決闘よりも、ずっと価値があるじゃない」
メルヒオールは反論せず、顔を引きつらせる。こめかみを見れば青筋が立っていた。
「お前の実力は既に見切っている。聖剣と対になる魔剣を持っていようが大差ない。怪我をしないうちに降伏したらどうだ?」
「まさかお前に気遣ってもらえるとは思わなかったな。けど、メルヒオール殿下が負けるまで待てば二対一になるだろ。それまで我慢すればいいだけさ」
「普段なら遊んでやるんだが、今回はさっさと決めろと命じられている。長くは相手をしてやれん」
「いいねぇ、いいねぇ! どっちもやる気があってよ!」
二人の会話にオゥタドンナーが嬉しそうに声を上げるが、どちらもお互いへの視線を外さない。
「ならば、貴様に勝って魔王討伐など大したことではないと証明してみせる!」
最初に動いたのはメルヒオールだった。舌戦に負けた怒りで真正面から切り込む。
上段から振り下ろされるトゥーゼンダーヴィントの速度は速いが、クリスはメルヒオールの右側に動いて避ける。同時に、手に持つ剣でトゥーゼンダーヴィントの剣筋を逸らせつつ、その剣先でメルヒオールの兜を打った。
「うおっ!?」
軽く打たれただけなので実害はなかったが、メルヒオールは左側へよろける。ザシャへ向かってだ。
クリスが動いた次の瞬間にザシャも動く。
視線をメルヒオールへわずかに向け、ザシャは体を左に移そうとした。それに反応したオリヴァーが斬りかかってくる。しかし、ザシャはそのまま体を動かしながらオリヴァーの剣を受け流し、一歩踏み込んでメルヒオールの腕へオゥタドンナーを水平に打ち込んだ。
メルヒオールは地面へと転がって難を逃れた。そして立ち上がってクリス達の開始位置より奥へ移動する。
「貴様、王族に刃を向けるのか!」
怒鳴られたザシャに返事をする余裕はなかった。メルヒオールへの攻撃が空振りするとオゥタドンナーの切っ先をすぐさま上げつつ、反転して左足を一歩下げる。そしてその勢いのまま剣を振り下げた。
一方、オリヴァーは軌道をずらされながらも剣を振り抜いた体勢からザシャの背中が見えた瞬間、右腕一本で斬りつける。
両者の剣が交わると剣撃の音がひとつ、修練場に響いた。
「まぁ、この程度はできるか」
一旦剣を引いたオリヴァーが構え直して笑う。
ザシャも一歩引いてオゥタドンナーを再度構えて、オリヴァーに正対する。
「ふふ、さすがザシャだね。惚れちゃう」
「いやそこは、旅のときを思い出すって言うもんじゃないのか」
若干頬を染めたクリスがうっとりと呟き、ザシャがそれを聞いて苦笑した。
「今のでわかった。メルヒは一人でも相手にできるよ。だからそっちをお願い」
「そうか。なら俺は、こいつに集中すればいいわけだ」
クリスから意識を戻すと、ザシャは浮かべていた笑みを消す。こうなると問題はオリヴァーがどれだけ強いかだ。可能ならこのまま勝ってしまいたいという気持ちがある。
「ふん、確かに動けるようだがな、そんな脚で俺に勝とうってのか。上等だ!」
犬歯をむき出しにして笑うオリヴァーが猛然と斬りかかってきた。巨体から繰り出される剣撃は重く、決して力任せだけではないところが厄介だ。
ザシャはそれをうまく捌く。かつて人間だけでなく魔物とも戦った経験は伊達ではない。右に左にオゥタドンナーを使って受け流してゆく。しかし、反撃の一撃には守りの手ほどの冴えがない。
「どうした! 守ってばかりだと勝てねぇぞ!」
オリヴァーが更に攻撃的になる。ザシャは顔を歪めた。
一方、クリスとメルヒオールの戦いは、クリスが優勢に進めている。メルヒオールの技量も人並み以上あるのだが、さすがに激戦をくぐり抜けてきたクリスにはかなわない。
「なんだこれは!?」
己の切り込みや突きはすべて躱し受け流され、その度に強烈な剣撃が返される。回を重ねるごとにクリスへ剣は届かなくなり、逆に打ち込まれることが多くなった。メルヒオールの顔には焦燥の色が浮かぶ。
「おのれ、こんなはずでは!」
「もう結果は見えてるよ。降参したらどうかな?」
クリスは冷たく言い放つ。その間にも、メルヒオールを一撃ずつ追い詰めていく。
「ふざけるな! おい、トゥーゼント!
「
「こんな急に
「それはもう主の技量の問題だな。そこまで責任は持てぬ」
「それが貴様の主の言うことか! 主人を勝たせてこその聖剣だろうが!」
どうにかクリスの剣撃を防ぎながら、メルヒオールがトゥーゼンダーヴィントに不満をぶつける。その分クリスへの手数が減って更に追い込まれた。
「途中まで動きがいいのはやっぱり
「黙れ! あるものを使って何が悪い! 貴様も使ってたんだろうが!」
「別に使っても文句はないけど、使いこなせなきゃ意味ないでしょ」
メルヒオールの顔が屈辱にゆがむ。ついには防戦一方になった。
「この俺が、このまま終わるはずがない! 我が心を焦がし、我が身を高めん、応えよ、激しき精霊よ!」
呪文を唱えた終わった瞬間、メルヒオールの右手の薬指に嵌められた激情の指輪が鈍く輝く。すると、急にメルヒオールの動きが変わった。
「メルヒそんなの持ってたの!?」
「ははは! 俺が本気になれば貴様になど負けるものか! 力がみなぎってくるわ!」
「それ指輪の力だよね!」
「道具を使いこなすことも、実力のうちだ!」
今まで一方的にやられるばかりだったメルヒオールは形勢を互角へと戻す。
己の切り込みや突きはその多くがクリスの動きを止め、反撃を封じるようになる。剣技はまだ及ばないが膂力は圧倒しつつあった。
クリスの顔から余裕がなくなる。状況は完全に膠着状態に陥った。
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