女の子になった王子様からは逃げられない!
佐々木尽左
プロローグ
生者を感じさせない森の中、頼りない焚き火の明かりが夜の木々を照らしている。
その揺らめく炎を挟んで人が二人、座っていた。
一人は、女と見間違える知的な雰囲気の貴公子。使い込まれた銀色に輝く鎧を傍らに置き、着込んだ厚手の衣服を晒している。服の上からでも体の線の細さが窺い知れた。
もう一人は、わずかに幼さを残した精悍な顔つきの男。加工された金属板を取り付けた革の鎧を装備している。わずかに除く四肢は引き締まっていた。
どちらもお互いの顔に目を向けているが、貴公子は真剣な表情をしており、男は若干戸惑い気味だ。
「僕は男だけど、前から君のことが好きだ。愛している」
口を開きかけて機先を制された男はそのまま固まった。
反対に、言いたいことが言えてすっきりとした表情になった貴公子が言葉を続ける。
「魔王との決戦前に、こんなことを言うのは良くないってわかってる。でも、もし負けたら何も伝えないまま死んでしまう。それは嫌だから、今、君に告白しておきたかったんだ」
固まったままだった男は、照れた表情で自分を見つめる相手の視線で我に返った。同時にその顔がゆがむ。
「クリス、この大切な時期に何言ってんだ!?」
「ごめん。どうしても気持ちを整理させておきたかったんだ」
クリスと呼ばれた貴公子は照れながら自分の剣をいじる。簡素ながらもため息が出るほどすばらしい白銀の長剣だが、今はクリスの気を紛らわせる棒でしかない。
「突然そんなことを言われる身にもなってくれよ」
「ほんとごめん、ザシャ」
ザシャは闇夜に溶け込むような色の髪をがしがしと片手で掻いた。
クリスの癖の無い金髪、紅い瞳、すっきりとした顔立ちが、炎の明かりによって照らされ、視界で揺れる。
落ち着きのなくなったザシャは、ついにクリスへ背けるとそのまま地面に転がった。
---
早朝の日差しが木陰の合間を縫ってザシャのまぶたを刺激する。最初はまったく無反応だったが、耐えかねたまぶたがゆっくり開いた。
「そっか、生きてんだ、俺」
ザシャは昨日のことを思い出した。
祖国を旅立って四年、艱難辛苦を乗り越えて魔王の住まう城へクリスと共に乗り込んだ。次々に現れる敵を退け、集結した四天王を倒し、そしてついにクリスが聖剣トゥーゼンダーヴィントをもって魔王を討ち取った。
今は決戦前に野営した場所で再び野宿している。寝心地は相変わらず最悪だが、二日前とは異なり自然と笑みがこぼれた。
「起きるか。痛っ!?」
勢いをつけて上半身を起こそうとしたザシャは、左脚に激痛が走って全身をこわばらせる。視線を向けると、左の太ももや足の甲に包帯が巻かれていた。魔王との決戦のとき、クリスをかばって負傷したのだ。
ザシャは朝一番から不意打ちで襲いかかってきた激痛に身をよじらせた。
「ねぇ、ザシャ」
寝起きから嫌な汗をかきつつ孤軍奮闘していたザシャに、微妙に聞き慣れない声が耳に届いた。振り向くとクリスが立っていたのだが、何か様子がおかしい。
「おはよう。どうした?」
「あのね、ちょっと困ったことになったみたいなんだ」
歯切れの悪い言い方に、左脚の痛みも忘れてザシャはクリスに向き直った。よく見ると心なしか青ざめている。他にも、なんとなくいつもと違うように見えた。しかし、何が違うのかがわからない。
「お前もどこか怪我でもしてたのか?」
「違う、そうじゃないんだ」
ザシャはクリスの態度の原因がわからない。ひどく頼りなく見える。それに、鎧の下に着込む厚手の衣服が体に合っていないようだ。
そこまで思考を巡らせて、ザシャは目を見開いた。
「お前、なんか一回り小さくなってないか?」
ザシャの問いかけにクリスはうつむいた。
否定しないということはクリスが認めたことになるが、なぜそんなことになったのかザシャには皆目見当がつかない。
しばらく沈黙が続いたが、クリスは顔を上げる。
「ボク、女の子になっちゃった」
再び二人の間を沈黙が支配した。本来ならすがすがしい気分で迎えられるはずの朝なのに、どちらもそれどころではなくなっている。
ザシャは今になって、クリスの声に違和感を抱いた理由がわかった。いつもより声色が高かったのだ。背が低い理由も女の子になったというのなら納得できる。
「どうしてまた!?」
「心当たりはあるんだ。たぶん、魔王の呪いだと思う」
「けどあれは、トゥーゼントが防いだんじゃなかったのか?」
「完全には防ぎきれなかったみたい」
クリスの持つトゥーゼンダーヴィントは、真の力を解放すると呪いなどの悪しきものから契約者を守ってくれる能力がある。魔王の呪詛が聖剣の守護に勝るなどザシャには想定外だった。
「魔王が自らの命を元にかけた呪いは、
言葉をなくしたザシャに対して、木の幹に立てかけてあったトゥーゼンダーヴィントが声をかけてきた。王家の至宝であるこの聖剣は己の意思を宿しているのだ。
「己の野望を阻んだクリスが余程憎かったらしい。物質化した呪いはさすがに防いだが、その余波が防ぎ切れなんだ」
「致命的な効力はすべて弾いたって聞いていたけど、まさか性別が変わるなんて思わなかったなぁ」
「トゥーゼント、呪いを解く方法はないのか?」
「呪いの効果の結果クリスの性は転換はしたが、呪いの力自体は既にない」
解くべき魔王の呪いは既に存在せず、呪いの結果だけが残った。つまり、男に戻る方法はないとトゥーゼンダーヴィントは言っている。
「はは、これからどうしようかな」
クリスは苦笑いをしていたが、無理をしているのは明らかだ。
思い出したかのように痛む左足に顔をしかめながらも、ザシャは何とか立ち上がる。そして、以前より細くなった両肩を掴んで向き合った。
「クリス、体が男であれ女であれ、お前がお前であることに変わりないだろう。それなら今まで通り俺達は親友だ」
同じ王国出身とはいえ、身分は王子と下級貴族というようにかけ離れていた。しかし、この四年間で築き上げた信頼関係は、そんな身分制度などを超えて二人を結びつけている。そんな思いを込めてザシャは静かに告げた。
「うん、ありがとう」
呆然とザシャの顔を眺めていたクリスだったが、その顔が次第に赤く染まってゆく。
「ザシャよ、もうひとつ伝えておかねばならぬことがある。我とクリスの契約だがな、今朝解除されていた」
「は? なんでまた!?」
驚いたザシャはトゥーゼンダーヴィントへと視線を向ける。
「クリスが性転換したのが原因だ。契約するときに性別も把握しているからな」
「もう一回契約できないのか?」
「できるよ。でも、魔王討伐後は王家に返還することになっていたからなぁ」
「国に帰るまでは魔王軍の残党なんかが残っているはずだが、契約しなくてもいいのか?」
「未契約の状態でも切れ味はいいから大丈夫だよ。さすがに魔王や四天王級の魔物は出てこないだろうし」
「お前がそう言うんなら、俺から言うことはないが」
トゥーゼンダーヴィントの扱いについてザシャが口を挟める余地はない。クリスがよしと言うのであれば従うしかなかった。
「トゥーゼントはこのまま持って帰ることにしよう」
微妙な表情を浮かべつつも、ザシャはクリスの言葉にうなずいた。
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