電波のムシロ

アリエッティ

自分の媒体

メディアは移ろいやすい、そんな話を聞いた事がある。

実際テレビは衰退して来てるし、どんどんネットに視聴者は流れて来ている


「あ、時間だ。」

だけど俺のメディアは未だにラジオだ

耳にチューブを挿すだけで流れる娯楽、ここだけは電子に勝る。

その中で俺が好きなのは専ら

『木曜ダスト

ラビバジルの優遇マフラー』

「これだ。」

ラビバジルは二人組の芸人、常に首にマフラーを巻いているのがトレードマークで肩の抜けたやる気の無い振る舞いが特徴的だ。ラジオでも毎週ゆるいトークを展開する。

決めセリフは

〈季節感ってなんですか?〉だ。


『こんばんは

ラビバジル、バジルです』

『こんばんはラビバジル、ラビです』

「始まったぁ‥優遇マフラー!」

『いやぁ〜五月だよ、五月。』

『そうだね、五月だよもう』

『なんかあったっけ、五月って?』

『な〜んにもない、休みが多いだけ』

『だよなー、多いよなー休みが。』

「今日もユルイなぁ…!」

殆どの芸人がラジオ用の話を作って話すのに対し、ラビバジルは本当にただ会話をしている。仲間内で話している部屋にマイクが置いてある感覚だ。


『今週なんかあったっけ?

スキャンダル。』

『なんかあったぁ?

無くはなかったと思うけどなぁ』

「お、始まった。」

ラビバジルのラビは実は毒舌家の一面が有り、カッコつけたモデルやアイドルを厳しい言葉でぶった斬る。それによって俺の心がどれだけ晴れてきたか

「ありがとうラビ、俺のヒーローだ」


『あ、あったこれだ

宮本 瑠璃香、実業家と熱愛。』

『宮本瑠璃香ぁ?実業家と?』

「うん、熱愛だって

4月の29日に、仕事を終え六本木の自宅に帰宅すると思いきや、タクシーに乗り込み青山へ。』

『青山なんだ、青山の実業家?』

『うん、それでタクシーを降りた後、長身イケメン実業家とバーへ、そのまま男の自宅に泊まった』

『自宅に行くのまで撮られてんだ』

『もう決まりだな。

宮本瑠璃香はすごいからな、人気が』

『すごい

なんであんな人気なんだろ?』

『可愛いからだろ?』

『可愛い?そうかなぁ。

俺全然良いと思わないんだけど』

『アッハッハッハ!

なんでだよ、ラビはいつも思わないよな人の事可愛いって』

出たラビ節!

これが俺を救ってくれる。


『だってブスじゃん、アイツ。

いつもツイッターに変な自撮り載せてるしさ、気持ち悪りぃじゃんなんか』

『確かになぁ‥。

本当に可愛いって思われてる奴って自撮りなんかしないもんな。』

『そう、載せない。

控えめになるもん普通、可愛い子ってさ、常に言われるから』

『逆に全然言われないんだろうな普段、自撮り載せちゃう奴って。』

『言われないよ、言われてたらしないもんそんな事』

『だよなー、じゃあお互い様なのか。

実業家もあんまり人に褒められないじゃん、良い奴いねぇから。』

『そう、褒められないの、どっちも。

ブス同士なのよ』

『実業家は別にブスじゃねぇよ。

なんで実業家がブスなんだよ』

『あっはっは…!違うの?』

ラビ‥ありがとう。


「宮本瑠璃香ざまぁみろ。」

嫌な女だよな、確かにアイツ。

「対して面白くないし可愛く無いのに人気でさ、〝私可愛いでしょ?〟っていうアピールと媚び売る事しか出来ないバカがよ。それと付き合う実業家もバカだよな…」

俺も性格は良くないな、気が付くと独り言で直ぐに人の悪口を言ってる。

「まぁゲボマンだからいいか」

〝ゲボマン〟

このラジオのリスナーの愛称だ。女の場合はゲボウーマン。

「悪口言ってもいいだろ、別に…。」

これだけラジオを崇拝してるけど聴き始めたのは16歳の頃から。今は21、今年22になるから6年くらいだ。

高校に進学したけど友達出来なくて、クラスは意地の悪い連中ばっかり。


「そんな奴等と仲良くしたいとも思わないよな」

夜になかなか寝付けなくて、偶々聴いたのが優遇マフラーだった。聴く前からもそこそこラビバジルは好きだったけど、ラジオを聴いた後はファンになった。そしてラビバジルをきっかけに、ラジオ自体のファンになった。


「聴いてるのは殆ど優遇マフラーだけど…」

それがこうじて気持ち悪いけど、自分でもやりたいと思うようにもなった。

そう思ったタイミングに、とある番組のオーディションの存在をネットのサイトで知り、応募してみたりした。

その番組は素人参加型の番組で、月〜金曜日までの五日間の生放送に参加して合格すれば番組の一員となるというもので、生放送の前に書類、面接を受けるシステムになっていた。

「はぁ…。」

俺は書類審査を通り、面接にまで至った。会場では三人のプロデューサーのオッさんが踏ん反り返り、椅子に座っていた。

オッさんの一人が

「志望動機は?」と聞いて来たから、俺はラジオをしたいと思って送ったから何になれば出来るかと考えて

「タレントになりたいです」と答えた


「おもいだしたくもねぇ。」

その瞬間に、三人のオッさんは、同時に俺を鼻で笑った。

聞かれたから答えただけ、そりゃこんな奴がそんな事をいったらそうなるかもしれないけど。

その後も質疑応答が続いたけど、三人の態度は俺を小馬鹿にするようなもの、挙句の果てに最後にドスの効いた声で「さよなら」と言われた。

絶対に落ちた、そう思ったがなんと三日後に合格通知がメールで届いた。

「連絡を入れるのでその週に来てください」という内容が添えられていた。


「だけど待てど暮らせど連絡は来なかった。」

忘れているのかと何度か連絡したが「お待ち下さい」の一点張り。

結局俺は呼ばれる事なく番組は進行した。

結果的に俺は二度馬鹿にされたのだ、

馬鹿な大人に。

しかし未だに機会があるならば、ラジオをしたいと考えている。俺も馬鹿だ

「優遇マフラーに貢献したい。」

何か出来ないか?

おこがましい願望ではあるが。

「うーん‥」

ここで一つ考えた、そして気付いた。

毎週聴いてはいるものの、とある事を俺はしたことが無かった。

「投稿…してみるか?」

六年間聴いているが、メールの投稿をした事が一度も無かったのだ。優遇マフラーでは放送中に投稿テーマが決まる。今日のテーマは‥?


『え〜っとじゃあ、今日のテーマ

これなんなんだろうと思った事』


「これなんなんだろうと思った事‥」

まぁまぁムズイ!

なんなんだろうと思った事、今探すのか?

「なんにも無い。」

過去に戻って探してみるか?

いや、過去の疑問は今考えたらそうでもない。そもそも俺の日常に面白いことなんか一つも起きない。


考えろ、考えろ、ダメだ思いつかない

‥なんか、腹減って来た…。

「取り敢えず、コンビニ行こう」

行ったところで何も無い、こんな片田舎の道中にだって何かが起こる訳も無い、それも深夜に!

「でもコンビニ行く、腹減ったから」


数分後‥。

「本当に何も無くコンビニの前に着いてしまった。」

仕方ない、食い物を買おう。

『ウィーン』

店内に入ってみたが、特別異変は無い

「いらっしゃいませ。」

店員も普通、商品も、普通。

「500円の弁当と、100円のミルクティー。」

いつものバディだ、さぁレジに向かおう。

「‥ん?」

レジの棚に置いてあるあれは…。

「くじ箱か」

対象商品を、800円分買うと一回引けるという。

「…一度、引いてみるか」

余分におにぎりを二つ買っておこう。

「いらっしゃいませ」

『ピ…ピッ‥。』

合計は、840円か

ということは……?

「こちらのくじ一回お引き下さい。」

来たっ…!

「よっ、これ‥出ました。」


「あ、アイスですね。

‥今持って来ますか?」

「え?

あ、はい」 「わかりました。」

……成る程。

「ありがとございました!」

『ウィーン。』

「行ってみるもんだな」

レジ袋を指に掛け、俺は足早く家に帰宅した。

「‥よし、まだ続いてるな。」

帰宅した俺は早速アドレスを入力し送信画面へ

「ペンネーム‥」

帰りの道中で、戦利品のアイスを齧りながら考えてた。

「ブラック、トータスっと‥。」

なんとなく響きだ、昔似たような名前のめちゃくちゃ高価なカードがあって、それに似てると思って付けた。

『ラビさんバジルさん用品店さんこんばんわ、僕は今日コンビニに行ってくじを引いたらアイスが当たりました。そのとき店員さんにレジで「今持って来ますか?」と聞かれ、「今じゃないならいつなんだよ」と思いました。』

「……まぁ、全然面白くはないな」

己のブレイブが完全に薄れる前に、メールを送信した。


「省かれるよな、絶対…。」

読まれる訳無いと思った、しかし奇跡は突然起きる。

『はいじゃあメール読むよ?』

『もう読もう読もうメール』

『ラジオネーム ブラックトータス』

「うっそ…!?」

俺の投稿は速攻で読まれた。

『あ〜コンビニのね、確かに意味わかんないね。』

『今持って来ますかってなんなんだろ、後でお願いしますって人がいたのかな?』

『いるぅ〜そんな奴?

でもこういう質問してくるって事はいたのかもしれないね、過去に。』

『いたのか、だってあれマニュアルだもんねコンビニとかってさ』

『いたんだな、多分な。

はい、次ラジオネーム‥』

初の投稿で読まれた!

なんて事ないメールだけど、優遇マフラーに貢献できた!

俺の媒体は、やっぱりラジオだ。



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