第60話 *秋穂

長兄王子は、客間の寝室に女性を下ろすと、女性の世話をするための侍女を呼び出して後を任せることにした。

抱きかかえて移動する間に、何度か女性の顔などを見ていたが、なぜか同じようなシチュエーションをしたような記憶が曖昧ながらあった。

侍女が到着し、あとを任せると声をかけようとしたら、その侍女が長兄王子の記憶を呼び起こす言葉を発した。


「あら、秋穂(あきほ)じゃない。結構、久しぶりだけど、全く変わっていないわねぇ」

「知っているのか?ええと、この女性のことを」

「長兄王子さま、この方と何度か遊んでいますよね?確か、あの木から、蹴落とされたと思いますけれど」

「…、あ、ああ、あの木って、世界樹か!」

「ええ、外側を伝って登っている最中に…。結構落ちましたよね?」

「秋穂、そうか。そういう名前だったのか」

「知りませんでした?」

「あっちゃんと呼ばせていたから、本名は知らなかった」

「あらあら。侍女の間では、結構有名な人なんですよ。何しろ、虫取り網と虫かごを持って召喚陣以外でも勝手に来て、虫を捕まえている姿を見かけるので」

「虫取り網?」

「本人は、虫を捕るためにあちこちに行っているそうで、なぜか異世界を渡り歩くことが多いそうです。無敵だし」

「無敵?」

「秋穂は、神格持ちですから、普通の人間その他には負けなし。時間なども操作可能だそうで、出身世界に帰る時に、調整しているそうです」

「しかし、ここと人間世界ではかなりの時間差があるはずだが」

「ええ、出発時に帰還するように調整しているそうです」


この世界での1時間は、人間世界での1年以上に匹敵すると言われるほど、時間の流れが違う。

浦島太郎みたいに、約1週間も滞在してしまうと、人間世界では約200年もの時間になってしまう。


「そうだったのか」


どうりで見たことがあるはずだったが、思い出したと同時に、いいようがない気分になってしまっていた。


「長兄王子さま、顔、真っ赤ですよ」

「なっ!」

「もしかして、初恋の相手とか?」

「…」

「図星ですか」

「…ノーコメントで」

「秋穂は、私たちが見ています。帰還される前に、対面されるようにセッティングしますので、ここはお任せしてください」

「分かった」


長兄王子は、そう言うと侍女にその場を任せて部屋を後にした。


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